タイトル「福田博士の超マイナーな研究の果て-3」

今ここから出られたら何をしたい?
そんなことを夢の中で聞かれた。自分が自分に聞いてくるのだ。
まったくおかしな夢だった。福田夜行(フクダ−ヤコウ)は固い石の部屋で目覚めると隣で寝ているヒカリゴケの神だと言うヤマガミコウを
見下ろしていた。
もうここに来て何日になるだろう…。
深く考えたことがなかったので一週間くらいかな…と思うのだが、多分現実の世界ではその何倍もの日にちが経っているのだろうな…と思
われた。
「あれ…もう起きてたんだ…」
「あ…ああ」
福田の顔がすぐれないのに気づいたコウが心配そうな顔つきになる。
「やっぱりここにいるのが良くないんだよ、きっと」
「……」
「ここはお日様当たらないし、福田の体はお日様不足になってきてるんだよ、きっと」
「うーん……」
何となく説得力のある言葉にやっぱりそうなのかな…と福田は思った。
「俺の出す光は太陽光よりずっと弱いから、このままいくとたぶん福田は死ぬ」
「死ぬ?!」
「うん」
「そう…か……」
「うん」
「…」
「お前死にたいのか?」
「…」
「死にたくないのか?」
「……どっちかな…。お前が言う神様みたいに何の苦痛もなくパッとこの世からいなくなれればそれでもいいよ」
「…お前は神じゃないから無理だな」
「そうか。じゃあ苦しんで死ぬって言うのか?」
「どうだろう」
答えになっていない答えを返してきたコウは福田の腰に手を回しガシッとしがみついてきた。
「俺っ…お前を助けたい」
「ぇ…?」
「ここにいるとお前がどんどん弱っていってしまうのならば立場を逆にすればいいことだ」
「逆?」
「そう。逆だ」
逆とはどんなことなのか、にわかには分からなくて目を丸くする。
「何を…考えている」
「何をって…お前と同じことだよ、たぶん」

石から出る。

そんなことを考えているんだろうか…。
いやそれはないだろう。コウはここしか知らないのだ。
それにここから出たらどうなるのか…。
もしかしたら粉々になって宙に消えてしまうかもしれない。
そんな危険を犯してでも福田と一緒に出たいと言うことか?
「か?」
「ぇ?」
「出たいと言うのか?」
「俺ひとりでは嫌だが、お前とならば大丈夫な気がする」
「いや。いやいやいや。それはないだろう」
「どうして? それはお前が決めることではない。俺が決めることだ」
「だが…」
「お前が俺を好いてくれている内は俺は死にはしない。そうだ。そういうことだ。福田、外に出よう」
「どうやって?」
「こうやって」
コウがパチッと手を叩くと石がミシッと言って割れだした。
自らの意思で石が割れようとしているのだ。これには福田も驚いた。
「お前、これじゃあ帰る家が…」
「俺は今から福田と運命共同体になる。俺はお前が好いてくれないと消えてなくなるかもしれんが、それでもいいと思っている。それを了
承してくれ」
「そ…んな大事なことっ……!」
「好いていると言ってくれっ。そうすれば俺は強くなれるんだっ」
「………分かった。俺、福田はヒカリゴケの神コウを愛す、これからもずっと」
「良しっ」
言うと同時にヒビの入った岩が桃太郎の桃のように左右に割れた。そして外の世界・いわゆる現実へと戻ってきたのだった。



「ここは…」
以前通っていたヒカリゴケのある山だった。
パカッと割れた岩は割れたら中身が岩になっていた。そして福田の前には消えてなくならないコウが笑って立っていたのだった。
「どうだっ」
「どうって…」
まだ本当に本当なのか分からない。
「現実社会に戻ってこれたって言うのか…?」
「空気が……揺れているっ」
「…ああ。風のことかな?」
「そう。風っ! 風だっ! へぇ。これが風と言うものか。匂いがするな。ブルッとする」
「あ…ああ。夜風が冷たいな。こっちに来い」
言われるままに歩いてきたコウは素足だった。
「このままでは足に怪我をしてしまうな。どれ」
よいしょっと抱きかかえるとこれが案外重かった。
「重っ…」
「ん? 重いとは何だ?」
「難しいな…」
「大きいと言うことか?」
「いや、一概にはそうとも言えん。だが半分くらいは合っているかな」
クスクスと笑った福田は彼をいったんおろすと、今度は背中に背負って山を下ったのだった。


自分の家はまだあるだろうか。
今は何年なんだろうか。
あれからどのくらい時間が経ってしまっているのだろうか…。
考えることは色々あったが、コウが消えないでいてくれるのだからそれでいいと思った。
ゆっくりと時間をかけて慎重に山を下って行く。
途中で眠ってしまったコウが一段と重くなりしんどさを増したが、それもあまり苦にはならなかった。
福田の家は村の外れにあるほったて小屋のような一軒家だった。
何でも昔は祈祷をやるばあさんが住んでいたらしいのだが、外見がボロボロの割には中は綺麗にされていたのだった。
だがその家はあったのだが、ずいぶんとホコリを積もらせている。この分だとだいぶん時間が経過しているだろうと思えた。案の定電気も
水道もガスも止められていた。
仕方がないので布団だけ綺麗にするとひとまず寝て朝になるのを待とうとなった。
「寝るのか?」
「ああ。よ夜だからな。朝になったら村に顔を出してみよう」
「顔を? 出す?」
「…どうしてるかなって行ってみるってこと」
「あ〜あ」
なるほどとコウが手を叩く。
「わかったら寝よう」
「ああ。寝よう寝よう」
ホコリを払った布団を敷き直すと一人用に仲良くふたりで入る。コウの温もりが暖かくて幸せな気持ちになれた福田だった。