タイトル「ミルククラウンの謎」試読。

 いつまでも暑かった夏が終わり、一気に寒さがやってきた。
 冬の制服に上からコートを羽織る季節。三月幾早(みつき いくさ)と楠木仙(くすき せん)は、今日も仲良くバス停で待ち合わせて学校である時澤学園高等学校に向かっていた。長くて緩やかな上り坂をお揃いのウィンドブレイカーを着込んで歩いて行く。
「今日も北風ピューピューだね」
「キツいよな、この坂」
「うん。でも僕は三月と一緒なら何てことないよ」
「ぇ…」
「三月は?」
 寒さで凍えそうな中、にっこりとほほ笑んでそんなことを言われると絶対に嫌なんて言えなくなる。
「お…俺も」
「寒いね。腕、組んで歩こうか」
「………ばか…」
 言われて顔を真っ赤にした三月だが、相手に腕を組まれると悪い気はしない。ギュッと腕を掴まれて身を寄せられると思わず顔が緩んでしまった。
「ほら、あったかいだろ?」
「ぅ…うん、まぁ………」
「ずっとこうしていたいね」
「ぇ…」
「三月はそう思わない?」
「そ…そりゃ……」
 いたいよ。と言いたいところだったが、通り行く人の目を気にして言うに言えない。でも緩んでいる顔のせいで回りにはバレバレなわけで…。後ろから来る他の生徒にクスクスと笑われながら二人は寄り添って正門までの坂道を歩いたのだった。


「お前ら、ホント磁石みたいな」
「んだよ、それ」
 教室である1-Eに着いたとたん、三月は友達の矢野にちょっかいを出されていた。前の席に勝手に座り込み、座り背もたれを抱きながら上目使いに様子を伺ってくる。奴は同じ中学出身の何でも吹聴野郎だ。
「N極とS極のあるアレだよ、アレ」
「分かってるよ、そのくらい。なんでそう言われなきゃならないんだってこと」
「それを俺に言わせるのかよっ。さっきまでの騒ぎ、お前らが原因だっての知ってるんだぜ?」
「騒ぎ?」
「ああ。またイチャつきながら学校来ただろう」
「べ…つにイチャついてなんか……」
 口元がヘラヘラっと緩みそうになるのを何とか引き締める。三月は何ともないような顔をして椅子に座ってカバンから教科書を取り出していた。が、その時ふいに後ろから首に手を回されて。
「? ……ぇ…ぐえっ!」
「んっ?!」
「みんなには僕ら、そう見えるのかな。それって何か…迷惑なこと、なのかな」
「ぐぐっ!!」
「い…いゃ……別に迷惑なんかじゃないとは思うけど……」
 矢野が驚きながら顔を上下にと素早く何度も動かす。上は楠木・そして下は三月を見ているのだが、今まで矢野と話していた三月が楠木に後ろから首を締められている、その光景に驚いて次のアクションが起こせないでいた。
 締められている三月はと言えば、「ギブギブ!」と言いたいのに言えなくて、瞳に涙が溜まってくる。必死になって手で回った腕を叩き、足をバタつかせながら潤んだ瞳で矢野に助けを求める。それでも後ろから回された楠木の腕は緩んでくれなくて……。
「……あのさ、言ってもいいか?」
「なに?」
「そのままだとミツキ死ぬ」
「え…ぁ、ごめんっ!! ちょっとギュッと締め過ぎたかな」
「ひぃぃ…ぐわっ…ぐわっ…ぐぇぇ…」
 変な声が口から飛び出て驚いてしまったが、とりあええず息苦しさから解放される。三月は涙を滲ませながら反射的に机に突っ伏して肩で大きく息をした。
「ごめんっ! ごめんね、三月。大丈夫?!」
 心配した楠木が机の横に回って、背中を撫でながら顔を覗き込んでくる。
「ごめんっ! そんなに効くとは思わなくって……」
「だ…だ………だいじょうぶ……だけどさ……………。本気でやるなよ……」
「ごめん……」
 すっかりしょげ返ってしまった楠木だが、これは昨日冗談半分で三月が彼に教えてやったプロレス技でもあった。厳密には柔道の締め技らしいが、詳しくは三月自身もよく知らない。ただ楠木のことが心配で、彼に何かあった時のために自衛策としてと教えた技だ。それを今使われようとは、思いもよらなかったが……。
 んだよ、これ……。俺? 一発目、俺がその技かけられるの?

 教訓。
「知らないことは、知らないままのほうが回りが幸せかも」だ。

 ゼーゼーとしていた息を整えて指で涙を拭う。顔を上げた三月はちょっと恨めしげに楠木を見上げたが、彼の目にも涙が浮かんでいるのを見るとたちまち全てを許せてしまえていた。
「ごめん。ごめんね、もうしないから……」
「う…うんっ。でも、しなくちゃいけない時には迷わずにしろな」
「うん」
「でも俺はもうやめて」
「うん…」
「おいおい二人とも……。そんなんでいいのかよ………」
 会話を聞いていた矢野が、両手を広げて呆れ顔をする。それでも二人の世界は、ほんわかまったりと流れていた。
 それをかき消すように教室に入って来たのは、不破清世(ふわ きよせ)だった。クラスの中では一番背が高く、目付きも悪い。真っ黒な髪と瞳は物おじしない印象を与えるのか、よく上級生から気に食わないと呼び出されているらしい。
「よぉ」
「………」
「おはよ」
「不破か。早いのな」
「そんなに早くはないと思うが?」
 回りに挨拶をしながら通路を挟んだ右隣の席に腰掛ける。そこが彼の席だ。
 三月はこいつが感覚的に嫌いだったので、警戒心丸出しで威嚇するポーズを取る。だけど楠木はそんなの微塵も感じないのか、普通に奴と接していた。三月が楠木に締め技を教えた本当の理由は、言うまでもない彼の存在があったからだ。
 あいつ態度も体もデカイからな…。もし楠木に何かあったら……。
 そう考えるといても立ってもいられなくて、何かひとつでも防御策を教えなくては…と締め技を教えたのだ。
「何だお前ら、二人してピーピー泣いてたのかよ」
「なっ…!」
「涙で瞳が潤んでるぞ」
 フッ…と鼻で笑われると本当にムカつく。三月はそう思ったのだが、楠木の反応はそうではない。
「今さ、ちょっと僕が三月のこと殺しかけちゃったみたいで……」
「それは穏やかじゃないな」
「そういう言い方をすると確かに穏やかじゃないな。でも何であんな締め技、急にミツキにかけたわけよ」
 矢野が不思議そうに楠木に問いかけた。
「ぇ………っと………言っていいのかな」
 困った顔の楠木が三月をチラチラと伺ってきた。仕方ないので大きくため息をした三月が、矢野に向かって口を開いた。
「楠木はおとなしくて可愛いから、変な奴に変なことされそうになったらするために昨日俺が教えた」
「で、さっそくされたのがお前か」
 また不破に鼻で笑われた。憤慨した三月は椅子を倒す勢いで立ち上がると、一歩踏み出して相手の胸倉を掴んでいた。
「お前に話してないっ!」
「……」
「まあまあ」
 そんなこと言わないで…と、とっさに矢野が間に入りそれ以上にはならない。いつものことだが面白くない。三月はフンッ! と鼻を鳴らすと、そっぽを向いて自分の席に座り込んだ。
「ごめんね、三月……」
「なんで楠木が謝んだよ」
「だってやったのは僕だし……」
「いいんだってば、楠木は。俺がムカついてるのは、こいつの態度だから」
 指だけで「こいつ」とされた不破は、もう何事もなかったようにカバンを机に引っかけている。矢野は矢野で、今度はそんな不破にくっついて何か話しかけようとしていた。
 そんなの全然興味がない三月は、締め技をかけてしまったことを気にしている楠木の肩をパンパンッと叩くとにっこりとほほ笑んだ。
「もう気にしなくていいから、さっさと自分のことすれば? まだカバンそのままじゃん」
「うん……」
 言われてすぐ後ろの席に座った楠木は、机の上に出しっ放しになっているカバンから教科書を取り出すと机の中にしまい出した。
『でさ………なわけよ………』
『ふぅん……』
『だからさ………のほうがいいと俺は思うぜ?』
『そうか……』
 不破と矢野の話が断片的に聞こえてくる。だけど知りたくないからわざと聞かないふりをした。そうしていつものようにいつもの学園生活が始まろうとしていた。





「次は何だっけ…」
「生物だよ、生物。教室移動になるから急がないと」
 楠木にせかされて教室で体操服を脱ぐ。さっきまで外で体育をしていて、ちょっと長引いたら休憩らしい休憩もなく着替えをしてすぐに授業だ。移動教室だと移動する時間も考えなくちゃならなくて、着替えの遅くなってしまった三月たちには大変な作業だった。
「ロスってる?!」
「うんっ。ロスってるっ! 早くしないとっ!」
「俺、もう行くからなっ。お前らダッシュで来いなっ!」
「分かってるよっ!」
 ひと足早く着替え終わった矢野が二人を残して教室を出て行った。
「教科書教科書っと……」
 机の中から教科書を探して顔を上げると手にしていた筆箱が落ちる。
「もぅっ!!」
 悲鳴に近い声を上げながら三月は筆箱を拾い上げた。
「行くぞ楠木っ!」
「待って。まだ僕…」
 何かを探しているようだが、それが見つからない。そんな態度に三月はちょっと苛立ちながらも足を止めた。
「何かないのか?」
「……ネクタイがない……。僕シャツから引き抜いてないのに………」
「またか……」
 よくあることだった。
 入学してから三月が知ってるだけで三度、こんなことがある。代わりに置き手紙が置いてあったりしたこともあるが、三月が全部破り捨てた。
「それは後で紛失届出すとして。もう行こうぜ。いくら探しても出て来やしないから!」
「うん………。でも………」
「んだよっ!」
「高かったのに……」
「そこかいっ……!」
「だって……だってさ、一本\2,500だよっ?! 何本無くてると思ってんの?!」
「そんなことはいいから早くっ!!」
 ブツブツ言う楠木の手を取って理科室目指して走りだす。特別教室は別棟にあるから、いくら平地移動でも時間はかかった。
「三月早いっ! 早いったら……ぁ…」
「ぁ!」
 引っ張られていた楠木が段差につまずいて転びそうになる。慌てて進む足を緩めた三月だが、立ち止まりはしなかった。
 渡り廊下を通って別棟に行く時、向こうにあるもう一本の渡り廊下に不破の姿を見つけた。
 あいつ……。あんなところで何やってんだ……? あっちは校舎の反対端なのに……。
 ちょっと不思議には思ったが、必要以上に奴の名前を口にしたくない。三月は奴を見なかったことにして楠木を引っ張る手に力を入れた。


 ちょうど教室に滑り込むと同時にチャイムが鳴り、隣の準備室から教師が出てきた。その時になっても不破は現れず、結局生物の授業には来なかった。
「お腹空いたね」
「まあそうだけど……」
 四時限目が移動教室だとだいたい購買部のパンは狙えない。もうすぐ授業が終わろうとしている。
 焼きそばパン、欲しかったなぁ……。
 理科室の後片付けをしていたせいで、またまた出遅れた。二人は他の生徒よりひと足遅く昼食時間を取ることになっていた。
 それでも教室に戻らずに購買部のパンにかける奴らは、その足で全然違う校舎の端に向かって突っ走ったが、出遅れていると分かっている三月は諦めて教室に向かっていた。
「俺、今日はうどんかな……」
「うどん?」
「うん。金ないから素うどん」
「じゃあ僕も素うどん。あ、でもね…おにぎりならあるから一緒に食べようよ」
「おにぎり?」
「へへへ…。買ったんじゃないよ? 作ってきた」
「楠木が?」
「うん」
「わざわざ?」
 俺のために?
「うん。お弁当ってのはちょっと無理あるから、おにぎりくらいだったら出来るかな…って思って」
「楠木ぃ…」
 何てイイ奴なんだ………。
 世界がまた薔薇色になって夢見心地になる。あんまりほわほわして歩いていたせいで、さっき楠木が転びそうになったところで今度は三月がつまずいてしまった。勢いよくドテッと前のめりに転んで教科書や筆箱・ノートがふっ飛んでいく。
「痛ってぇ………」
「大丈夫? ここさっき僕が転びそうになったところだよ……」
 心配そうに三月に手を差し伸べながら教科書と筆箱に目をやる。楠木は三月が起き上がると、ふっ飛んで行ってしまった教科書や筆箱・ノートを拾いに行った。
「はい」
「うん。ありがと」
「膝大丈夫? 擦りむけてない? 血とか出てない?」
「どうかな…」
 恐る恐るズボンを捲り上げてみると、擦れてはいるものの血は出てなくて赤くなっているだけだった。
「大丈夫っぽい。うん、大丈夫」
 ズボンを下ろして立ち上がると、埃で汚れてしまった膝とかお尻をパンパンッと手で払う。
「行こっか」
「うん……」
「飯食ったらさ、職員室に紛失届け出しに行こ」
「うん」



「多いわね」
「すみません…」
「いいのよ、楠木君が悪いんじゃないんだし。でもいくら楠木君のものが欲しいからって、これはないわよね。一度校内放送で注意したほうがいいかしら」
 ふぅぅ…と大きなため息をついたのは、担任の網谷先生だった。
 教師歴×年。長い黒髪を垂らしタイトスカートに白衣姿はまるでどこかの研究機関の人間のようだが、ただの国語教師だ。彼女の場合、白衣はただの寒さしのぎの防寒着だったりする。それも理科教師のお下がりだったりするから、よく見ると所々に薬剤が染み込んでたりして結構色とりどりだ。穴が開いてないだけマシだと言う感覚を持つ彼女に、お近づきになりたいと思う男性は少ないだろうと噂されていた。
「じゃあこれ、紛失届の紙ね。それから」
 ピッと彼女が職員室の壁に沿って置かれているファイルボックスのひとつを指さした。
「…?」
「あの黄色のボックスの上に段ボールあるでしょ?」
「ぁ、はい…」
「あの中に落とし物が入ってるから、あの中から適当にネクタイ持って行きなさい」
「ぇ…いいんですか?」
「良かったじゃん」
 隣で聞いていた三月は肩先でチョンと相手に触ったのだが、それをどう取ったのか見ていた網谷がキョトンとしてから納得したようにほほ笑んだ。
「三月君も欲しかったらどうぞ?」
「ぇ…俺は取られてないからいいですよ…」
「何だ、欲しいのかと思った」
「欲しくないですっ。でも…またこいつ取られたらもらっていいですか?」
「いいけど……。何か楠木君のものって特別な御利益とかあるのかしら」
「ないですよ、そんなの」
「そうだよなぁ。なーんでみんなが楠木のもの欲しがるのか俺もさっぱり分かりません」
「そうね。そういう考え、先生もよく分かんないっ」
 その段ボールの横で紛失届に記入して、届けを網谷に渡してから段ボールを探り始める。
「けどいいのかな」
「何が?」
「落とし物だよ? 誰かが僕みたいに探しに来た時なかったら……」
「いいんじゃね?」
「ぇ……」
「だってこれ、たぶん廃棄処分するヤツだ。ほら、期限書いてあるもん」
「どこに?」
「ここっ」
 段ボール箱の横にマジックで数字がいくつか並んで書かれてある。よくよく見ると、それは年月日と取れないこともなくて…。
「そう思う?」
「普通そうだろっ。先生っ、これ廃棄処分のヤツなんでしょ?!」
 網谷に向かって大声をあげると、ガタッと立ち上がった彼女が慌ててこっちに走ってきた。そして二人の前まで来ると、人差し指を唇に押し当てる仕草を見せる。
「…?」
「あのね、あのね。先生たちは知ってるからいいんだけど、生徒には公にしちゃいけない事実っのがあるわけね?」
「はぁ」
「だから言い忘れたけど、このこと他の生徒には内緒にして」
「ぁ、はい…」
「それからこの箱も処分するものなんだけど、いつどうやって処分するかは内緒なの。と言うか大半ゴミに出すだけなんだけど、ネクタイみたいなものは再利用って言うかな。忘れた生徒のために貸し出すために事務所行きになるの。その前にどうぞってことね。生徒。あそこにもここにも職員室内にいるでしょ?」
「はぁ」
「だから内緒。口外してはなりませんよっ? 分かった?」
「はい……」
 分かったことは分かったが、そこまで徹底しているのなら最初からそう教えてくれればいいのに…。二人は網谷がまくし立てるのを聞いて顔を合わせると首を傾げた。
「俺、たぶんお前が今考えてること当てられる」
「僕も」
「………疲れたな。さっさと教室帰ろうか」
「うん。何か…それって僕たちだけに口止めしてももう遅いと思うんだけどな……」
「……暗黙の何とかってあるだろ? きっとそれだよ」
「そっか。見られてても僕たちが言わなきゃいいんだね?」
「たぶん」
「うん。分かった」
「さっ、これ」
 箱の中から真新しい同じ色のネクタイを取り出すと楠木に手渡す。渡された楠木はネクタイと三月を交互に見て苦笑してから自分の首に回した。



「お前ら…昼休みにまたイチャついてたんだって?」
「別にイチャついてなんかいないし」
「うん。別にそんなことはしてないよ?」
 食事をしてから職員室に寄って始業ギリギリで教室に戻って来たら、待っていたかのように矢野が三月の席に陣取っていた。それを押しのけて自分の席に座ると次の授業の教科書を机の中から取り出す。矢野はそれでも食い下がって離れてくれなかった。
「何言ってんだ。仲良く手作りおにぎりを食堂で食べたって聞いたぜ?!」
「あれは…」
「一緒に昼食べてただけだろ?」
「じゃあ問題のおにぎりはどうしたんだ」
「それは僕…が………」
「ほらみろっ! 楠木に作って来てもらってんじゃんっ!!」
「って言うか……それって、いちいちお前に報告しなくちゃいけないことなのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、放っとけよ。うるさいんだよっ。そんなことよりさ、矢野」
「んだよっ」
「楠木のネクタイがなくなった」
「えっ! 俺じゃないぞ?!」
「……誰がお前が取ったって言ったんだよっ! 誰が!」
「じゃあ俺に言うなよ」
「聞いてんだろ?」
「何を」
「取った奴」
「分かるかっ! だいたい楠木のネクタイ取られたのも知らんわいっ! って、ちゃんとしてるじゃん」
「いや、これはね。今職員室に行って…」
「借りて来たんだっ!」
「へぇ…貸してくれるんだ」
「言っておくけど普通は貸してくれないからっ」
「ぇ…楠木だけ特別ってこと?」
「違うだろっ! 楠木は無くしたんじゃない、取られたんだっ! だから特別処理って言うか…」
「ふぅん、そんなの有りなんだ。にしてもさ………前にも確か取られてたよね?」
「ぅん…」
「あれって結局出てきたの?」
 矢野が楠木に問いかける。楠木は俯いたまま首を横に振るだけだった。
「人の物取って何が面白いのかな…」
 でもイジメじゃないのも分かっているからタチが悪いのだ。
「それが分かってれば俺がとっちめてるっ!」
「またまたミツキは過激なことばっか言って……」
 冗談はやめようぜ…と矢野が三月の肩を叩く。それを黙って聞いていた不破を目の端に捕らえた三月は、まさかな……と一瞬思ったことを否定した。
 いくら奴でもそんな卑怯なことはするはずないよなっ……。
「三月?」
「ん?」
 心配げに声をかけてくる楠木に笑顔で答える。三月はクルリと教室を見回すと、誰もかれもが楠木を狙っているように思えてしまいブルリと体を震わせた。
「お前、絶対一人になるなな」
「……ぅん」
「…………」
 始業のチャイムが鳴って各自が席に着きだす。三月は楠木のことが心配になり、楠木はそんな三月のことが心配だと言う顔をしていた。
本誌につづく
タイトル「ミルククラウンの謎」