タイトル「偽りの恋は恋にならない」サンプル文・試読

 ああいう男は好きじゃない。光一はムカつきながらも冷静さを装って歩き続けた。
場所は駅構内。わざと肩をぶつからせておいて謝りもしない。仏頂面で睨まれて嫌な気がした。
 季節は夏。暑い中、ただでさえムシムシしていてイラついてると言うのにこんな理不尽なことをされては一言言い返したい。だけどこれ以上関わりたくなくて顔を背ける。
「早くしないと」
 ただでさえ遅れてるって言うのに、これはどう言い訳しようかと考える。だけど色々考えても結局彼の前ではウソがつけなくて謝るしかないのだが…………。
「あーもうっ!」
 階段を下りて上がってまた下りる。そうしてやっと改札口に着くと外に出て辺りを見回すが、お目当ての相手は見つけられなかった。
 約束の時間からは三十分近く遅れている。光一はスマホを取り出すと相手に電話してみた。コール音が鳴ると留守番電話に切り替わる。
「チッ……」と舌打ちした時に後ろから肩を捕まれてビクッとしながら振り返った。
「ごめん、敦。あ…あの……あのな」
「言い訳はいい。それより押してるの自覚しろ。行くぞ」
「ぅ、うん……」
「今日の相手は老舗の七代目だ。くれぐれも粗相のないようにな」
「分かってるよ」
 彼らの仕事はいわゆる「ナカモチ」と言うヤツで、言葉通り仲を取り持つのが役目。それも人と人との仲。男女または男と男の仲を取り持つのを生業としている。男の名前は赤坂敦(あかさか あつし)。そして仕事に遅刻してきた光一は滝光一(たき こういち)と言った。どちらも二十代後半のスラッとしたモデル体型だが、脱げばそれなりの筋肉はついていたのだった。
 これから向かうのは近くの高級ホテルだった。そこのラウンジで待ち合わせなのだ。
敦の足取りが時間を気にして早くなる。だけど「待って」とはなかなか言い出しにくい。だから目的地まで着いた時にはもう汗だくで、ちょっとみっともない姿になっていた。
 一礼して席に着くと相手はこっちのふたりを微笑ましく眺めていた。彼の名前は玉園契(たまぞの ちぎり)。光一たちよりもいくつか年上の女形だった。普通の格好をしていてもナヨナヨしていると言えば言葉は悪いが、明らかに誰かのお稚児さんをしていると言える風貌だ。
「君たち仲いいんだね」
「……一緒に仕事してますしね。ある程度の遊びがないと、こういう奴とはやっていけません」
「……」
 何だよ、その遊びって。
 ちょっとムカついた光一だが、文句は言えなかった。
「今回の内容は何でしょうか」
「うん。弟にね、最近好きなヤツが出来たらしい」
「はい」
「だから仲を壊して欲しいんだ」
「ぇっ……それはどういう……」
「……こちらに関心を向けるだけでいいですか?」
 光一の質問を遮るように敦が返事をする。相手は敦相に対して話をしていた。
「まずはそこまで、お願い出来るかな」
「分かりました」
「では。相手になるのは、どちらがお好みで?」
「……そうだな。弟の好きな男は、君みたいなのが好きなんじゃないかな」
「僕、ですか?」
「ああ。ちょっと懐いて刺激してあげて欲しい。それで靡けばそういうことだし、そうじゃなければまたそれなりの対処をしなければならないだろう?」
「ですね。と言うことだ。頑張れよ、光一」
「……はい…………」
 この仕事でエサになるのは、どちらかと言うことが多い。
そうでなければ、違う人間を頼むこともある。しかしこれが普通に引っかける程度で終わってくれればいいのだが、時には体を張った仕事だっておおいにあり得るのだ。
そのせいでちょっと本当にヤバかった時もある。そんな時には高収入だし敦に気の済むまで慰めてもらえる。それが特権と言えば特権なのだが、そうはなりたくないなと言ったところだろうか。



 弟の資料と、それからターゲットの資料をもらうと帰り際公園で作戦会議になる。店で買ったドリップコーヒー片手に芝生の上で寝ころびながらの会議だ。
「……ここ、暑いんだけど」
「だから冷たい飲み物があるんだろうが」
「じゃあ飲み物いらないから木陰に入りたい」
「いいか。コーヒーはもう手の中にある。だったら我慢しかないだろう」
「……そういうの屁理屈って言うんだよ。ただちょっとあっちまで歩けば涼しくなるだろう?」
「木陰に入れば涼しくなると言う単純な発想はどうかと思うな」
「……そうやって理屈ばかり言って譲らないってのもどうかと思うよ」と、しばらく言い合いをして「じゃ」と仕方なく会議が始まる。
「弟ってさ、たしか前も仲介したよね。たしかあの時は引っ付けるほうで」
「ああ」
「それはどうしたのかな」
「破談したんだろ」
「そりゃ今回また依頼がきたんだから、それは分かるけど……」
「もっと把握しろ」
「?」
「俺らはお兄ちゃんの味方だ。弟の味方じゃあない」
「分かってるよ、そんなこと」
「お前が言いたいことは分かる。引っ付けたり別れさせたり面倒くさいなってところだろ?」
「てか、そんな奴のために僕ら頑張るの?」
「これが仕事だからな」
「これって、ただのきまぐれに付き合ってるだけって気がしないでもないんだけど」
「いいんじゃないか? それで金がもらえるんだから」
「……でもちょっとなんかな……」
「嫌なのかよ」
「逆にいいのかよ」
「いいよ。どういう用件であれ、客は客なんだし」
「僕が危ない目に会っても?」
「お前なら事前に回避出来るだろ?」
「人事だと思って」
「今回は俺じゃ役立たずなんだから仕方ないだろ」
「分かったよ分かった」
 資料をパラパラと見て接触する相手を把握する。
弟の好きな相手は公務員で名前は佐野涼太(さの りょうた)と言った。年齢二十七歳。高校卒業してすぐに役所に入れたラッキーな奴だった。顔は誰もが振り向くと言うよりも好きな人は好きと言う感じの顔。でも悪くはない。シュッとした顔だ。今で言う高橋○生みたいな顔と言えばよく分かるだろうか。光一も好きな顔だった。
「敦はさ、僕がどうすればいいと思う」
「学生でも装ってみれば?」
「高校生?」
「バカ。大学生だろ」
「高校生には見えないか」
「さすがに高校生は無理があるだろ」
「僕ならそのくらいいけると思ったんだけどな」
「自画自賛だな」
「そうでも考えないと、こんな仕事やってられないよ」
「ホントよく言う」
「後で十分に可愛がってくれる?」
「仕事の内容が良ければな」
「十分な仕事はするつもりだよ? なんなら相手に抱かれてもいい」
「なんだよ。自分だけいい気持ちになるつもりなのかよ」
「仕事だからね」
「仕事で済ませられるお前がうらやましいよ」
「なんとでも。そうさせているのは、あんただから」
「…………」
 それには答えなくなってしまった敦を横目に、光一はゴクリとコーヒーを飲み込む。
好きでもない相手との偽物の恋に抵抗がない奴なんていないと思う。光一はそう言いたいのを抑えて大きく息を吐き出したのだった。

サンプル文・試読終わり