タイトル「慣習と憧憬の狭間で生きる僕らは」

 校舎の一番端にある理科準備室の窓から見える外は、さして手入れの施されていない木々が生い茂り、うるさいほどに色んな種類の蝉が鳴き競っていた。
 校舎に沿って2M幅で貼ってあるコンクリートに直射日光があたって、その照り返しが室内まで入ってきている。カーテンもしてない窓を閉め切った室内は、うだるように暑かった。
 高校になって初めての夏休み。
続木侑(つづき たすく)は理科部の観察に駆り出されていた。
月曜日の午前中。朝十時から十二時まで、部室とは別にここで観察するように言われている。二人一組になった相手は、部長に決まったばかりの二年になる宮本唐(みやもと から)だ。
 未だに中学生ぽいところが残っている侑に対し、唐はもう大学生だと言っても通じるほど大人びていた。
 長めの前髪で端正な顔を隠し、おまけに黒縁の眼鏡までかけている。真っ黒な髪は肩ほどまで伸びていて光があたるとツヤツヤと輝く。白い開襟シャツから覗く、ほどよく焼けた素肌は健康的で、それがちょうど侑の目の位置にあったので、彼を見るためには見上げなければならないほどだった。
「暑っいなぁ……」
 理科準備室に入ると無意識にそんな言葉が出てしまう。鍵は開いているのに誰もいない。 先輩まだ来てないのかな……。
 窓を開けようと額の汗を拭いながら奥へと進み、ひとつひとつ窓を開けていく。家からここに来るまで十分汗をかいていたが、ここに入ったらまた汗が吹き出してくる。
 なんて暑いんだ。それにうるさい。
 窓を開けていくと蝉の声が一段と大きくなる。それでも風が入ってくるほうが有り難いから全部の窓を開けにかかった。
 表側と廊下側の、窓と言う窓を全部開けると風が流れて心地良い。大きく両手を開いて息を吸い込んだ時、先輩である唐が入ったきた。
「ああ、来たか」
「ぁ、おはようございますっ」
 とっさに振り向いて頭を下げる。相手は黒縁の眼鏡はそのままで髪を後ろでひとつにまとめていた。
「暑いね。窓開けてくれたんだ」
「はい」
 彼はもう先に来ていたのか、汗ひとつかいていなかった。それを不思議に思っていると彼は侑のそばまで来て何も言わずに椅子に腰かけた。
 えっと………。何か意味があるのかな………。
 近くに座られたはいいが何も言ってもらえないので意味していることが分からない。侑はどう行動すればいいのか戸惑うばかりだった。
「ぁ、あの…今日は何をすれば………」
「ああ初めてだったね」
「はいっ」
「そうだな………。どこかに観察ノートがあると思うんだけど……」
「ノート…ですか?」
 目立つところには置かれていなかった。いったいどこにそんなものがあるのか……とキョロキョロと探すが見つからない。
 窓際には理科の教師用の机が四つ置かれてあるが、実際教師が使っているのは二つだけだ。残りの二つは空いているので理科部が使ってもいいよと言われているのだが、部室とは距離があるので実際は埃が被った状態だった。
 彼は思い出したようにニッコリと笑ってそこを指さすと、机まで歩いてひとつの引き出しを開けた。
「これだな」
 表に理科部観察ノートとあるから間違いはないだろう。後ろからついてきた侑はそれを見て頷いたのだが、いったい何を観察するのか……。そこまでは聞かされていなかった。
「何を調べるんですか?」
「ここは蝉が異様に多いからね、中には珍しい種類のものが交じってる時だってあるのさ。それを見つけるのが本来の仕事なんだけど……。後は蝉の抜け殻探しプラス死骸集めってとこかな」
「ぇ………」
 サラリと言われると「へぇ…」と納得してしまいそうになるが、それはいわゆる体のいいお掃除屋さんでは……と言いたくなる。
 そんなことしなきゃならないのか……。
 正直ちょっと引いてしまったが、彼は慣れているのか、あまりこだわっている様子はなかった。
「ひと夏の数を調べるって言うのかな。それによって暑さの関係とかも分かるからね。まあ、抜け殻と死骸集めは数を数えるついでの清掃作業だと思ってくれればいい」
「はあ…」
 やっぱり……。
「まずは午前十時の温度と湿度調べ。それが終わったら数を数えながらの清掃作業。そして最後に帰る前に再度温度と湿度調べ。午後から来た連中は三時と五時パターンリピート。これ、OK?」
「…はい……」
 それにしても………。
「あの………」
「なに?」
「その……死骸集めとかって、素手でするんですか?」
「したけりゃしてもいいけど、僕は外の道具置き場に置いてあるハサミ使うよ」
「……俺もそれがいいですっ…! 数…ありますよね?!」
「………あると思うよ」
 ムキになったのを鼻で笑われてしまった……。ちょっと落ち込むが、やっぱり絶対素手で掴みたくはなかった。
「じゃ、さっそく始めようか」
「はい」
 準備室の壁に掛けられている温度計と湿度計を調べてノートに書き込む。それから二人して表に出た。
「あのっ…! スリッパのままなんですけど……!」
「気にしない。どうせここまで誰も来ないから、入る時裏側洗えば問題ないよ」
「ぁ…はぃ……」
 そんなもんなんだ……。と相手の大らかさに気負いしてしまう。
 言われてみればここから下駄箱まで行くにはひたすら遠い距離だった。それに外は汚れる要素は少なそうだし……。侑は彼がやってることを真似てスリッパのまま表に繰り出した。
 準備室の掃き出し窓から外に出る。準備室を背にすると左側に一面の森が見える。
「エリアは下にロープが張ってあるから、そこの中。それより外のはわざわざ取らなくていいから」
「はい」
 校舎に張り付くように建っている道具入れの中から金属のハサミとビニールのゴミ袋を手に持つ。左右二手に別れて、まずは蝉の死骸からポイポイと袋に突っ込んでいった。
 うぉぉ……。予想以上にいっぱいいる………。
 エリア内にも拘わらず所狭しといる蝉の死骸に驚きながら作業していると、しばらくして唐が声をかけてきた。
「言い忘れたけど」
「……な…何ですか?」
「入れながら数数えたほうがいいよ。いっぱい取れると思うから、後で数えようとすると色々大変だから」
 ニヤッと笑いを含んだ声で言われると、その「色々」と言うところを想像してしまい嫌な気分になる。
「そ…そうですね、分かりました……」
 きっと一度入れたものをもう一度出して数えると、出した時点で羽とか足とかボロボロになっちゃって見る影もないんだ………。
 そう考えるとブルブルと首を横に振ってしまう。
 やだやだっ……! 絶対そんなことしたくないからっ!
 今の内に数えておかなければ、ととっさに袋の中の蝉を数えた。そしてそれから入れるたびに間違えずに数えてエリアを回る。自分の取るべき場所を取り終えた時、案の定袋の中はいっぱいになっていた。でもそれは見るだけで嫌な光景でもあった。
 うげげ………。
 採取が終わって手にしたビニール袋を持ち上げて嫌な顔をしていると後ろから声がかかった。
「終わった?」
「…終わりました………」
 見るのは嫌だが放っておいてそれを足で踏んで歩くのも嫌なので、嫌ながらも取れて満足な部分がある。
 でも多いよなぁ。
 見える範囲全部を取ったわけでもないのに、この量の多さはなんだ?! ちょっと驚いてしまったが、相手の持っている袋を見ても同じくらいだったから、けして変ではないのだろう。
「いくつあった?」
「えっと…304匹です……」
「そう。僕は400。まっ、こんなもんだろう」
「多くないですか?」
「普通のところより多いとは思うけど、ここは毎年こんなもんだよ。それより、珍しいのいた?」
「ぁ………すみません、そこまで見てなかったです………」
「気にならなかったのなら、いなかったんだろ。異様に小さい蝉とか色が違う蝉がいたら注意して。きっと珍しい種類だろうから」
「はい。気を付けます」
「じゃ、次」
 ノートに数を書き込んで、次は違う袋に持ち替えて抜け殻を取りに向かう。もうこれだけで汗まみれだ。
 抜け殻はハサミではなく手で掴まないと崩れてしまうものが多い。だから最初は死骸と同じようにハサミを使っていた侑もすぐに素手で取るようになっていた。
 木の根っこから這い出てきてすぐのところにあるもの。それよりももう少し上まで這い出してきているもの。様々だったが、場所的には木の根っこに集中しているので、さっきよりぐんと楽な作業だった。
「終わった?」
「はい、終わりました」
「じゃ、数書こうか」
「はい」
 こっちはそんなに数は多くない。とは言ってもそれぞれ100づつくらいは余裕でいたのだが。
 ノートに数を書き込みながら侑は思わず首を傾げてしまった。
「毎日取ってるのに、どうしてこんなに数いるんでしょうね」
「どうしてだろうね。ここは毎年こうなんだ」
「毎年やってるんですか?」
「うん。文化祭での発表用にね」
「そっか…」
 理科部はその他にも色々な観察や実験をやっていたが、それぞれに部員が割り当てられているのではなく、全員で全部をやる形を取っていた。だから誰かが来れなくても誰かが変わりにやるとしても支障なく出来る利点を持っている。
「よし、じゃあ中に入ろうか」
「あ…これ、どうするんですか?」
 ゴミ袋に溜めた蝉を指しながら聞いてみる。
「ああ、そうか。まだそれがあったね」
「はい」
「袋に日にちを書いて……。ああボールペンでいいよ。そっち書いて」
「はいっ」
 言われるままに日にちを書き込んで、回収倉庫まで運ぶとようやく作業が終わる。
 二人とも小一時間の間にぐっしょりと汗をかいてしまっていた。
「先輩、背中凄い汗ですよ」
「ああ。そういうお前も凄いよ。こりゃ絞れるな」
「そうですね」
 二人して笑って掃き出しになっている準備室の窓に向かった。
「入る前にスリッパの裏洗わないと」
「そうですね」
 唐が掃き出し窓の近くにある花壇に水をやるために設置してある水道に近づくとホースを持って蛇口を捻った。
「スリッパ裏にして出して」
「はい。でも先輩から……」
「いいから早く」
「はい」
 申し訳ないな…と思いながらも自分のスリッパを先に水の前に差し出すとスリッパの裏側を洗い流す。だけどスリッパは裏側だけでなく全体水がかかってしまっていた。
「あ〜」
「やっぱり裏側だけなんて無理ですね」
「ちょっと水を出し過ぎたかな。それなら…っと……」
 蛇口をそこそこ捻って水量を多くした。
「ぇ…なにするんですか?」
「水、頭からかけてもいい? 暑いし、どうせ濡れてるし」
「いいですけど……俺、着替え持ってないから……」
「この天気なら一時間もあれば乾くよ」
 ジョロジョロっと最初は本当に頭から水をかけられた。
「わっ! ちょっ! ホントにやりますか?!」
「そりゃね。ベトベトしてるからよく洗って。終わったら僕も浴びるから」
「あ、はい」
 人にやるだけじゃなくて、やっぱり自分も浴びたかったんだと分かると安心する。侑は頭から水を浴びながら開襟シャツの前を開くと、悪ノリしてベルトを外して下半身にも水を注いでもらった。
「ううぅ………気持ちいい……のかな………」
 妙な感触に顔が引きつったり笑ったりする。それを見た唐は黒縁の眼鏡を頭の上にずり上げ、カチューシャのようにしながら笑顔を見せた。
「そりゃベタベタよりは気持ちいいだろう。何ならここで全部脱いでもいいんだよ」
「いやですよ。いくら人がいないからって……。それじゃあまりに開放的過ぎますっ」
 水道の水も最初は生ぬるくてしょうがなかったが、それでも徐々に冷たくなって気持ち良くなってくる。ほぼ全身洗えたなと思った時点で、侑は唐からホースを奪い取った。
「先輩、今度は俺が」
「ああ」
 とは言っても、身長差から唐のように頭から彼に水を浴びせてやれないことに気づく。
 どうしよ………。
 キョロキョロと辺りを見回して掃き出しの一段高くなっているところに自分が立つと唐に向けて水をかけ始めた。
「っ……ぅぅ……さすがに二番目だと冷たくなってるなぁ……」
「あ…すみません。冷たすぎましたか?」
「いいよ。それに冷たすぎても調整なんて出来ないんだから構わないって。どんどんかけてくれ」
「はいっ」
 侑は嬉しくなって言われるままにどんどん相手に水を浴びせた。
 頭にカチューシャのごとくつけた眼鏡が水を弾いて光が反射する。水が弧を描くところで虹を作って唐にダブる。透けた開襟シャツから見える乳首が生々しくて、思わず目を逸らしてしまったほどだ。
 いけない、いけない……。
 妙に変な気分になってどうなるんだ! と首を振ると、賢明にシャワーを浴びせて見せる。でも侑は口元の笑みを隠すことが出来なかった。
 実を言えば、侑が理科部に入ったのは唐にもっと近づきたかったと言うのもあるからだ。 この部活に入らなければ学年も違うし、もちろん共通する友達がいるわけでもないので、手っ取り早くお近づきになるには入部が一番だと思ったのだ。
 けして近づいて何か悪さをしようとか思っているのではなく、ただ近くにいて一緒の空気の中にいたいと言うか……その程度のものだ。
 侑から見た彼は、やんちゃなイメージはなく静かで適度に品が良く笑いのツボも心得ている「兄貴」と言うよりは「兄様」と言ったほうが合っている存在だった。だから今日のこの状況もただ単純に嬉しい。それだけだった。
 数分それをしていると、相手も綺麗になったようで「もういいよ」と笑顔で言われて蛇口を絞った。しかしそれからが問題だった。
「さて、どうしようかな」
「はぁ……」
 何も考えずにこんなことをしたんだとしたら自分たちは相当馬鹿だなと思う。全裸になるわけにもいかないし、ここはどうしたもんだろう……としばしその場に立ち尽くし考えてしまう。
「とりあえず上とズボンは脱げるだろう」
 慣れた感じで唐がシャツを脱ぐと、ギュッと手で絞って窓枠に引っかけた。ズボンも同じようにするから、侑もそれを見習って窓に衣類を引っかけるとようやく室内に入ることが出来た。
「そして最後の砦を脱ぎにかかるか」
「はっ? もしかしてパンツもですか?!」
「お前ノーパンで帰る気?」
「いや……そういうわけじゃないんですけど………」
 だってその一枚を脱いでしまったら……俺たち丸裸なんですけど………。
 躊躇もするだろう。丸裸で一時間は一人だって辛いと思うのに、ましてや憧れの先輩がいると言うのに股間を手で一時間隠し続けるなんて…考えが及ばない。
 情けない顔をしていると考えていることを当てられるようにニヤリと笑われてしまった。「フルチンで小一時間準備室で向かい合ってる?」
「………先輩、何でそんなこと言うんですかっ! もぅぅ!」
「馬鹿だな。ちゃんとそのくらいの準備はしてあるんだよ。ほらっ」
 部屋の片隅にいつの間にか置いてあったカバンからタオルを取り出すと投げて寄越す。
「ぁ、どうも……」
 ぇ……。まさかこれで隠せってこと……?
 信じられない……と言う思いがした侑だが、相手はそのつもりらしい。普通サイズのタオルを腰に巻き付けると最後の一枚をすんなりと脱いでしまった。そして侑の見ている前でギュッと絞るとそそくさと窓に掛けに行く。
「風で飛ばされないように注意してないと、本当に帰りに何かひとつアイテム足りないかもしれないから気を付けて」
「ぇ………」
 そんな怖いこと平気で言うなんて…………。
「お前も早く。見えないんだからいいだろ?」
「は、はぃ………」
 あんまりそういう問題じゃないような気がするんだけどなぁ……。
 言いたいところだが、状況が許さないので口にはしない。侑は仕方なく唐と同じように腰にタオルを巻き付けると最後の一枚を脱いでギュッと絞り窓に引っかけた。
 しかし………。
 さっきまで風が吹くと気持ちいいなどと思っていたのに、今はあんまりそういう気にもなれない。だってちょっと油断すると何かがどこかに飛んで行ってしまうかもしれないからだ。たとえ「そんな風吹かないだろう」と言われようが、ちゃんと来た通りの姿に戻れるまで油断はしちゃならないのだ。
「うん」
 ひとつ大きく頷いて振り向くと、したり顔の唐が侑を見つめていた。
「ぇ…えっと………なにか………」
「これから一時間何する?」
「何って………」
 何するんだろう………。
 初めてのことだから何をしていいのか分からない侑にあえてそんなことを聞くなんて、彼はかなり意地悪なところがあると思った。
 的確な答えが言えなくて困り顔で相手を見つめると、唐はタオル一枚の姿で机に腰掛けながら腕組みをしていた。そんな彼のメガネの奥がキラリと怪しげに光る。それを侑はどう捕らえたらいいのかが分からなかった。
「さて、何しようか」
「ぇ……っと………。いつもは、みんな何してるんですか?」
「…いつも?」
「ええ」
「……いつもは、先輩が先に帰るのがしきたりだったりするよ。残った後輩が、後の温度と湿度を計って帰る」
「ぇ…じゃあ……」
「でも今日は濡れちゃったからね。それも出来ないだろ?」
 この格好でどう帰れと言うんだ、とでも言いだけに唐がクスッと笑った。
「ぇ…ぇぇまぁ…」
「だから、これからどうしようかな…って言ってるんだ」
 腕組みしていた手を解き、今度は自分の顎を撫でながらこちらを伺っている。まさにそんな感じで侑は彼から物色されていた。
「ぁ…あの………。なんで…今日に限って水浴びなんて………」
「………別に今日に限ってってわけじゃないよ。暑いからね、たまには水浴びする時だってあるさ」
「…そ…そうなんですか………」
 ぅ…うーん…………。
 またまたどう答えたらいいのか言葉に詰まる。侑は唐と話がかみ合わないのに困り果ててしまった。
「あの………あの、じゃあ服乾くまで、この部屋の掃除とかしてみますか?」
「僕が?」
「いや…ぁ……あの俺が………」
「やるならやってもいいけど……。その格好でやられると、かなり魅惑的になるよ。まるで誘ってるみたいだ」
「ぇ………じゃ、じゃあやめますっ」
 もぅぅ……!
 じゃあ何をすればいいんだっ! と、すっかりお手上げ状態になってしまった。仕方なく侑は窓に近い机に唐と同じように腰を掛けた。
 手を机の縁にして改めて自分の格好を見ると、確かにこれで掃除をすると違和感有り有りだ。ここはおとなしく時が過ぎるのを待ったほうがいいのかな…と軽いため息をついて外の景色を眺めてみるが。
 これで一時間はキツいよなぁ……。
「侑」
「ぁ…はいっ…」
 でも何で? 
 直接名前を呼ばれたことを不思議に思いながらも返事をする。
「直射日光浴びてちゃ暑くてしょうがないんじゃない? こっちにおいで」
 ポンポンッと机を叩かれて横に来るように促される。
「そう…ですね……」
 言われてみれば、それもそうだと日陰になっている部屋の奥に移動する。だけど先輩の隣に座るなんて図々し過ぎるので躊躇していたのだが、その手を取られてちゃっかり隣に座らされてしまった。
 隣に座って感じるのは、やっぱり体格差だった。
 相手の肩ほどの身長しかない侑は、唐ほど奥まで座り込めない。軽く座ってもその指先が床に届くか届かないかだ。
「すみません…」
「別に」
 蝉の声が響く教室内に先輩と二人きり。しかもほとんど裸で。
 いくら憧れの先輩とは言っても、こんな状況じゃ恥ずかしくて居心地のいいものではない。侑は俯いたまま話す言葉も見つからず床を眺めていた。その時。
「ぇっ?! …なに……?!」
「ああ、ごめん。ちょっと触ってみたかっただけ」
 不意に背中を撫でられて体がビクッと反応してしまった。指先で背中の真ん中をすぅぅと撫でられたのだ。
 格別酷いことをされているわけでもないので拒絶することも出来ず、かと言ってそれが冗談なのか何なのかが分からない。侑はどういう反応をしたらいいのか分からなくて少し顔を引きつらせたまま隣の唐を見た。
「ぇ……っと………………何かおもしろいですか?」
「……人の体ってのは色々面白いよ」
「…そう…ですか?」
「うん。たとえばここ。ここは何でこんな形してるんだろう。……まるで羽を引きちぎられた跡みたいだよね」と肩甲骨を撫でながら言ってくる。
「そう思わない?」
「ぇ…ええまぁ……」
「そしてここ。ここは何で存在するんだろう。機能も果たさないのに……」
「ぁ…ちょっ……っと……」
 腋から手を差し込まれてキュッと乳首を摘ままれた。これにはさすがにちょっと驚いてしまう。
「ぁ…あの……」
「なに?」
「それは……何も俺のじゃなくても………」
「自分の弄くって何が面白いって言うんだ。他人のだから反応が面白いんじゃないかっ」
「そ…そうですか………」
 少し厳しい口調で言われると反抗出来ない。何せ憧れの先輩だからだ。
 憧れの先輩にそんなことをされているのも信じられないが、そもそもそんなことをしていいのか…とか、からかわれてるのか? とか、苛められてるのか? とか、色々な考えが頭を巡ってしまい、侑はもう気絶寸前だった。

 その後。
 片方だけだった乳首を両方とも弄られて、耳元で甘い息を吹きかけられながら、その反応をつぶさに見られて恥ずかしくてしょうがなくなる。侑は顔を真っ赤にしながら後ろも振り向けずに何とか抗議した。
「せ…先輩っ………っ…な…んで? な…んで、こんなことっ……」
「ただの暇つぶしだよ………」
「暇つぶしで、こんなこと……っ…」
 だんだん変な気持ちになってきているのが自分でも分かる。
 だから何とか理性を保ちたかったのに、相手はそんな気持ちを分かっていないのか、ちっともその行為をやめようとしてくれない。ジッとしていられなくて足をモジモジとしだすと、すかさず唐が聞いてきた。
「……ちょっと変な気持ちになってきてる?」
「ぇ……?!」
「どっかが変化しつつあるとか」
「どっ…どっ…どっかって……どこですか?!」
「たとえば……こことか………」
 腰に巻いたタオルの中心を指さされ、バッと両手で隠してしまった。
「なっ…なっ…なにを………」
「変化とか、しそうにない?」
「なっ…なんでですっ?!」
「いや、乳首クニクニ触ってるから」
 後ろから両手で乳首を揉まれながら顔を覗き込まれると、逃げ場がなくて余計にドギマギする。
「なっ…なんで?!」
「なんでって……普通こうすれば大抵の奴は感じるから」
「ぇ……?!」
 た…大抵の奴って……?!
 びっくりして後ろを振り向くと、本当にすぐ近くに彼の顔があって勢いで眼鏡がずれて唇同士が触れてしまった。
「ぁっ…!」
「へぇ……。結構暴力的って言うか、積極的なんだ」
「ちっ…! 違いまっ…」
「違わない」
「えぇ………?!」
「体は嘘をついてないだろ? そんなことくらい誰だって分かるよ。ほら」
「ぁっ……!!」
 裾からタオルの中に手を差し込まれて半勃ちになっているモノをキュッと握られると、思わず身が縮まってしまう。
「やッ…」
「ヤじゃないよ。お前はもう僕のものだから」
「ぇ………?」
「まだ分からないの? 部長権限だよ」
「…………」
 正直、相手の言ってる意味が分からなかった。
 確かに僕は彼に好意を持っているけど……。
 それを相手が知るはずもないし、別に教えるつもりもない。それなのに彼のしてくる行動を見ていると、まるで自分を囲おうとしているような……。
 な……何言ってるんだ? この人は………。
 硬直したまま相手を見つめるが、彼は股間のモノからいったん手を離すと内股を撫で回した。
「毎年この時期になるとね、部長は特定の相手をチョイス出来るんだ」
「ぇ…?」
「もちろん品定めのために全員試してみるってのも有りなんだけど……。僕は、お前に決めようと思う」
「ちょっ…! そ…んなの…………横暴ですっ!!」
 ギュッと脚をすぼめて、相手の手を払いのけながら慌てて机から降り立つ。
 帰らなきゃ! 帰ろう!!
 もう服が濡れていようがいまいが、そんなことは関係ない。とっととこの場から逃げなければ! 
 侑は相手の考えについて行けず、後ろを振り返りもせずに洋服が干してある窓に向かって歩きだした。でも焦っているのは自分だけで、部長である唐はいたって冷静だった。
 大股で歩いて行く侑を、それよりも大股で歩き後ろからかっさらった。
「やッ!!」
「逃げられないよ。てか、逃げても無駄だから」
「やッ! ヤですったらッ!!」
「輪姦されたいの?」
「えぇッ?!」
「部長の申し出を受けない奴は、そうなるみたいだけど」
「ぇ……………」
 こ…この人、何言ってるんだ………。
 信じたくないけど、どう良いほうに考えても「一度目を付けられた奴は犯られる」と言っている。
「そ…んなの……何……そ…んなの……信じられないッ……………」
「僕もそう思いたいけど、みんな通ってきた道だ」
「なにそれっ……!」
「これは、この学校の風習だよ。この時期には、どこの部活でもやられてることだ」
「ぇ…?!」
「テニス部、バレー部、卓球部にバスケ、どれでもだよ。ちなみに…帰宅部は、いつどいつに犯られても文句は言えない決まりがある」
「……」
「お前は気づいてないの? 時々授業中に一人とか二人、いないことあるだろ?」
「ぁ………」
 言われて思わず声をあげてしまったが、それがこれと関係あるかなんて分かりゃしない。侑はがっしりと捕らえられている腹に巻き付いた相手の腕を必死になって解きにかかった。でもそう簡単に相手の腕を解けるはずもなく、逆に暴れたせいでお互いの腰に巻いたタオルがハラリと床に落ちてしまった。
「ぁっ…!」
「最初からタオルなんて出さなきゃ良かったかな。よく人から甘いって言われるんだ」
「…あなたって人は………」
 キッと相手を睨んだが、彼にそんな態度は当然通じなかった。
「もっとも…僕より甘いのは、お前なんだけどね」
 クスッと笑った唐は、侑の体を捕らえたまま机の影にねじ伏せた。
「う゛う゛っ……!」
 バタンッと背中が床に勢いよく当たると空気中に埃が舞い上がる。唐はそんなこと気にせずに侑の脚の間に入ると力任せに両肩を床に押し付けた。
「今、僕の言うことを聞いておいたほうがいい。でないとお前は、卒業まで誰でも受け入れなければならない便所になるから」
「う゛う゛う゛っ………」
「言うことを聞け」
「だッ……って………」
 そんなの聞いたことないッ!
「今は信じられないかもしれない。だけど夏休みが終われば必然的に分かるっ」
「っ…」
「その時、後悔させたくないんだっ!」
 やにわに股の間に手を入れられて秘所を弄られる。侑は相手がしていることが信じられなくて半泣きのまま唐を見つめるしかなかった。
 な…んで? 何で先輩にこんなこと………。
 思いはしたが、心はすごく複雑だった。思ってもいなかった展開に浮ついている自分と理不尽だと喚く自分と。そのどちらが正しいのか分からない。でも今は抵抗出来ないから流されるしかないんだと思うと気持ちはグチャグチャだった。

「そう。そうして力を抜いていれば、だんだん気持ち良くなってくる。なるべく痛くないようにするから」
「ぅっ…ぅ……ぅ……」
 なるべく痛くないようにと言われても、その度合いがまったく分からない侑はただただ脅えるばかりだった。
 おとなしくなった侑に唐が髪の毛をすいてくる。そしてその手は顔に移動し耳から頬、鼻や唇を触って首に移っていった。
「初めて?」
「こ…んなの……っ………当然でしょ?!」
 理不尽過ぎると言いたくて目に涙を溜めながら訴える。だけど彼の手は秘所を弄るのをやめはしない。内側の感触を確かめているように指の腹が中で蠢く。最初は一本。そして頃合いを見て二本。グニグニと動き回り、時にはピースをするように指を広げてみせる。それが見ていなくても体で感じてしまう。恥ずかしさと、もどかしさが交互に来る感じはどう表現したらいいのかが分からない。侑は必死になって息を整えようとしていたが、心臓のバクバクは早まるばかりだった。
「力を抜いて」
「ぅっ…ぅ………」
 両方の脚を肩に担がれて体がくの字に折れ曲がっていく。
 圧迫感と内部で蠢く指の違和感、それに密着している相手の熱がもろに伝わってきて、自分ではどうしようもない感覚に襲われていた。
「ふっ………ぅ……もう一本……入れるから」
「ぅぅっ……ぅ……んっ…」
 耳元で熱い吐息をかけられて首元に顔を埋められるとブルリと震えるものがある。
「ぇ……ぁっ…」
 なっ…何これ………。
 彼がすることにだんだん体が反応しだしている。それに一番驚いたのは侑だった。太ももの裏側にギュウギュウ押し付けられてくるモノの熱さが自分のほうに伝染してきているような……。
 肌にニュルリとした感触が伝わってくると、それが何だか分かってうろたえる。
「ゃっ…」
「ヤじゃないだろ。こういうことはさ、お前も知ってると思うけど途中じゃ止められないんだ」
「ぁッ…!」
 ズルリッと秘所から指を引き抜かれて、今まで太ももに当てられていたモノをそこに押し当てられる。
「やだっ…! やッ…! やめてくださいッ…!」
 怖いッ!!
「…………駄目」
 ニッコリと微笑まれ、あたふたともがき出した矢先、あてがわれたモノを一気に奥まで押し入れた。
「ぎゃッ…! ぁぁッ…! ぁッ……!」
「ッ……ぅ…………」
「う゛う゛ッ…! ぅぅ……………」
 苦しかった。
 息が…できな………!!
 だからもちろん苦しいのは自分だけだと思っていた。犯られて不利なのは自分だけだと思っていたから大袈裟に頭を左右に振って、これ以上ないと言うほど涙を流した。でも。
「ッ…………ぅぅ………」
 その割りには相手も随分苦しげな声をあげているように思える。苦しい中、侑は薄目を開けて相手を仰ぎ見てみた。
「……!」
「…………………苦しいのは自分だけ、だなんて……思っちゃいないだろうね」
「そ…んなことッ……」
 彼の顔がすぐ近くで苦しげに微笑んでいた。それを見てしまった侑は組み敷かれながらもうろたえてしまった。そして初めて相手にもリスクがあるのだと言うことを知った。
「ぁ……ぁ…の………」
「お前だって苦しいだろうけど、僕だって今お前に食いちぎられそうなんだけど」
「ごッ……ごめんなさぃ…ッ……」
「分かっているなら力を抜いてくれ。とても痛い…と言うかキツいんだ………」
「………でも、どうしたら………」
「ここをこうして……上下にしごいてやれば、少しは緩くなるんじゃない?」
「ぁっ…ぁぁ………! んっ……く…………」
 股間に手を伸ばされ半勃ちになっているモノをしごかれる。反射的に彼の手の上に自分の手を重ねて上下されるまま感じてしまっていた。
「自分で…してみな……」
 彼の手が離れ自分指だけがそこに残る。侑はすっかり勃起した自分のモノを直接握るはめになっていた。
「……………んっ…んんっ………」
 言われるまま身近で見つめられながら自慰を始める。
 こんなこと考えられなかったが、ここで嫌なんて言えやしない。侑は痛いほど彼の視線を感じながら、それを直視出来ずに唇を噛み締め目を伏せながらモノをしごいた。
「み……見ないでッ……」
「そう言われてもね……」
 太ももの裏を撫でられながら言われて、結局自分が目を瞑るしかなかった。
「ぅっ…ぅぅ…………」
 両手で懸命にモノをしごく姿を見られいると思うと、目を瞑っていても感じてしまい入れられた秘所がヒクついてしまう。それにしごいている先端からはトロトロと透明な汁が惜しみ無く流れてしまっていた。それがまた恥ずかしくて見ることも出来ずに顔を背ける。 その間も唐は侑の体を弄り続け、ふくらはぎや足首にキスをしてきた。
 彼の唇の柔らかさを知り、彼のモノで穿たれていると思うと、それだけで自分が駄目になってしまいそうになる。
「ぉ……」
「ぇ……?」
「少し…緩んできた」
「そ……………」
 思わず「それは良かった」などと言おうとしてしまった。十分恥ずかしい。
 言葉を交わすのに思いっきり相手を見つめてしまっていることに気づいた侑は、顔を真っ赤にしてまたすぐにそっぽを向いた。だが相手の手が伸びてきて侑の顎を捕らえると無理やり正面に向けてくる。
「やッ…」
「僕たち、今繋がってるんだよ」
「ぁ……」
「僕を感じてる?」
「…………」
 それはとても声にしては答え辛い。
 簡単に直球勝負で言えば感じていないはずがない。だけどそれを言ってしまうと、自分で自分のしていることを肯定してしまいそうな気がして返事が出来ない。
「僕も初めての時はそうだったな。感じてるのに感じてるって言えなくてね……。もっとも僕の場合はもっと無理やりだったから、初めてで感じるなんて出来なかったけどね」
 そんなことをサラリと言われてしまうと、どうしたらいいのか分からなくなる。
「あ……ぁの…先輩………」
 申し訳になさそうに声を出すと、相手はこちらが言いたいことが分かったのか、それを遮るように笑みを消した。
「同情はいらないよ。僕のは、もう終わったことだから。それより、そろそろ…動き出しても良さそうだね」
「ぇ…ぁッ…!」
 チュッと唇にキスされて体を押さえ付けられると、今度は容赦なく攻め立てられた。
「やッ…! あッ…! ぁ…ッ……!」
 ガンガン奥まで貪るように突かれ、床の上で体が木の葉のように揺れる。侑は片手で自分のモノを握ったままあたふたする感じで揺られ続けた。
「う゛う゛う゛ッ……!」
 なっ…何……、この激しさッ…! 痛いッ! 
「痛ッ…! せ…なか……!」
「ああ、ごめんっ」
 言うなり肩を持たれて繋がったまま体ごとかつぎ上げられる。向き合ったまま抱き合う形になった侑は自然と彼の首に手を回していた。
「こうすれば…背中は痛くないよね」
「う……ぅぅ………」
 そりゃ背中は痛くなくなった。
 けど繋がった部分は結合の度合いを深くしたと言うか……。
 体を串刺しにされた格好になった侑は自分で動くこともままならなくなっており、相手の首元に顔を埋めてひたすら耐えるしかなかった。
「背中は痛くないんだから、今度は腰を動かしてくれなきゃ」
「で…でもッ……」
「もっと深く繋がりたいの?」
「ぇっ…?」
 今よりも…なんて………と思っていたら、彼が侑の腰に手を置いてグッと下に押し付けてきた。
「う゛う゛ッ!! う゛ッ!」
「…こうしてね……腰を回すんだよ」
「う゛う゛う゛ッ! ああッ…!! やッ……ぁ………ッ!」
 ドクンッと体が跳ね上がり、彼よりも先に自分のほうが頂点に達していた。
「う゛う゛う゛………ぅ………」
 密着した体と体の間に白い液が飛び散れずにドロドロと張り付いて下に流れていく。侑は相手の首に必死になってしがみついて息を整えようとしたが、相手はその腰を回すのをやめようとはしない。
「ほら、もっと腰を揺らして。出来ないなら上下でもいいんだよ」
「う゛う゛ッ…くぅッ……!」
 腰を回してから左右に揺らされたり縦横に揺らされたり、挙句の果ては下から突かれたりして背中は痛くなくなったが、秘所が摩擦でジンジンしていた。そこに自分の放ったモノが流れてきてグチュグチュと卑猥な音を立てだす。
「さっきから、いやらしい音が大きくなってるよね」
「そ…んなことッ…」
 言わなくていいのに……!
 口に出して言いたいのに、相手の肩に顔を埋め続けていた侑は抗議したいのに出来なくてただ口をパクパクと開けるしかなかった。でも相手に腰を動かされているせいで自分では思うように体を制御出来ない。そうするつもりはなかったのだが、侑は唐の肩に唇を付けるだけではなく歯が当たった結果噛み付いてしまっていた。
「うう…」
「痛ッ……ぅ……。やってくれるね」
「ううう………」
 そんなことないッ!
 こんなことやるつもりじゃなかったのに……。と言いたいのに言えない。
 彼は痛さで口を歪めながらも笑っていたが、それだけでは済まなかった。

 それから侑は繋がったままで軽く四つん這いの格好にされて後ろから突かれまくり、モノをしごかれて無理やり勃起させられていた。
「や…もぅ………ぅ……ッ……」
「もっと出しなよ。床がベチョベチョになっちゃうくらい」
「ううぅ……ッ……ぅ…」
 繋がっているところから唐が体内に放ったモノがポトポトと流れ出しているのに加え、しごかれて無理やり勃起させられた侑のモノからも透明な液が流れ出てくる。
 床は唐が言うように精液と汗で濡れていた。何度も中で射精され自分もさせられた後、捨てるように放り出された。侑は力が入らないまま汚れた床に突っ伏していた。
「ぅ……………」
 体が…………。
 思うように動かなかった。ただ、今はこのまま眠りたい衝動に駆られる……。
 侑は目を開けるのも億劫なほど体がだるかった。だから目を綴じたまましばらく動かないでいた。

 数分。
 もしかしたらもっと長かったのかもしれないし、短かったかもしれないが、頭から水をかけられて目が覚めた。
「とっとと綺麗にしてくれないかなッ」
「…………ぇ…?」
 ギシギシとしか動かない体をどうにか起こして回りを見てみると、床は水浸しでそこにゾウキンが投げ捨てられていた。
 声のしたほうに視線を向けてみると、そこには空になったバケツを手にした唐が仁王立ちで立っていたのだった。
「お前は今年僕の奴隷だから、言われたことは嫌でもしてもらわなきゃならないんだ」
「………」
 彼はもう綺麗に身支度をしていて、汚れた床に転がる侑を見下ろしていた。
 これって………。
 自分の小汚い姿と、彼の綺麗に身支度した格好を比べるとそれだけで劣等感に満ちる。
「早く」
「は…はぃ…」
 思わず返事をしてしまいゾウキンを手にした侑は、反射的に掃除をし始めた。ゴシゴシと水浸しになった箇所をゾウキンで拭いて、唐が置いたバケツに絞り出す。
 その姿を近くの椅子に座り肩肘付きながら見てくる唐の視線を背後に感じてしまい後ろが振り向けない。侑は汚れた体のまま唇を噛み締めながら床の掃除をした。
「お……終わりました………」
「うん。よく出来たけど」
「……」
 けど?
「次は、お前を洗わないと」
「………」
 そりゃそうだけど………。
 改めて自分の体を見てみると、床の汚れと精液と汗で全身薄汚れていた。
「で…でも…」
 いったいどこで………。
「表に出ろ」
「えっ! だ…って………」
「どうせ誰もこんなほう来やしない。僕もお前がくたばってる間に外で洗ったし」
「ぇ………」
「気持ちがいいから来いって」
 手を引っ張られて表に出ると、水を使った場所がそこだけ濡れていた。と言うことは、やはり明言通りなんだろうな…と納得出来るものがある。
 でもいくら人が来ないからって……。
 ちょっと苦笑ものだ。
「そこ、座って」
「………はぃ」
 指さされた場所に座ると、さっきと同じく頭からホースの水をかけられる。水は最初は生暖かいけど、ある程度いくと急に驚くほど冷たくなる。それもさっき経験済だ。侑はいつそれが来るかとドキドキしていたのだが、唐は体の表面を軽く流すと、そのホースの先をこちらに渡してきた。
「後は自分でやって」
「ぁ…はぃ…」
「特に体の中は丹念に洗っておいたほうがいいよ。帰りに尻から垂れ流しってのは、いただけないしね」
「…………はぃ」
 聞いたこっちが恥ずかしくなるくらいの言葉をサラリと言って退ける。侑は水を浴びながらも頬を赤らめたのだが、言った彼は頓着ないらしく教室の日陰になっている場所に座ると机に突っ伏してしまった。
「………」
 それを見てしまうと、余分なことは…したくないんだな……と思ってしまう。
 されても困るけど、することをした後は、何だか独りだけ取り残された気分だ。
 侑は受け取ったホースの水がすっかり冷たくなってしまっているのに気づくと、寂しいような悲しいような変な気持ちが込み上げてきて口元をキュッと引き締めたのだった。


 炎天下の校舎の外で水浴びよろしく体を洗うはめになった侑は、唐が体内に放ったモノも綺麗に洗い出そうとしたのだが、結局うまく出来ずに帰ってから自宅でどうにかしようと言う結果になった。
「だって…どうやっていいのか分からないんだもん………。仕方ないじゃん…」
 言い訳にも似た言葉を独り吐き出すと乾いた洋服を身に纏う。その頃になると冷たい水を浴び過ぎたのか、腹の調子が思わしくない。
「うっ……」
 この感覚は……。
 トイレに行きたかった。行って全部出してしまいたい衝動に駆られる。侑は顔を歪めながら俯くと腹を摩った。
「せ…先輩………」
「ぅん……?」
「トイレに……行ってもいいですか……?」
 すごく困り顔で訴えてるだろうな、と言うのが自分でも分かる。でもどうしても今行かなければ、とんでもないことになるのは目に見えているので言わなくては。
 必死の形相で言ったこちらの気持ちが伝わったのか、彼は机に突っ伏していた顔をあげてからゆっくりと首を傾けてにっこりと笑った。
「本来ならここで我慢させるのが常だけど、もし漏らしたりチビッたりされたら嫌だからね。…行っておいで。僕はその手のプレイは苦手なんだ」
 ヒラヒラッと手で促されるとパッと顔が明るくなる。
「す…みませんッ」
 言いながらお辞儀をして走っていたのではないかと思うほどのスピードで、侑は一番近くのトイレに駆け込んでいた。
 ガチャガチャとベルトを外すのももどかしいほど焦っている。腹の調子が座るまで待てるか待てないかの瀬戸際だと言うのも分かる。だから何とかさっさと綺麗に済ませたいのだが。
「あ〜もぅぅっ…!」
 下着とスラックスを一緒に下げると同時に便座に座り込む。
「ぅぅぅっ…」
 出るものは何とか間に合い無事に出てくれたのだが、今まで散々突っ込まれていた秘所はヒリヒリして涙が出そうだった。
 もしあのまま我慢しろなんて言われてたら……。
 思うだけで冷や汗が流れてきた。
 侑はもう出てくるものがないようにギュウギュウと腹を押さえると、最後の最後まで絞り出してからようやく個室から出た。
 その時には暑いのもあってシャツまで汗ばんでいてとても嫌な感じがした。
「せっかくあんな所で洗ったってのに……」
 汗ばんでしまった自分の体が許せずに、水道で手を洗うついでに顔と腕も洗い汗を取る。そしてポケットにある、いつ入れたか忘れてしまったハンカチを取り出すと水を拭った。人から見たらただのトイレの一光景なのだが、侑にとっては特別で、さっきから秘所がヒリヒリジンジンと脈打つようになってしまっていたのだ。
 歩けないことはないけど……。
 でもやっぱりいつもと違う。
 それにこの一時間ほどの間に自分に起こったことを振り返ると、信じられない気持ちでいっぱいになった。
 侑はトイレから出て廊下を歩きだしていたのだが、だんだんその足が遅くなり、最後には立ち止まって足元を見てしまっていた。
「俺……なにしてんだろ…ぅ………」
 目の前がぼんやりと霞んできて、瞬きをした瞬間にポツリと一滴涙が落ちた。
「ぇ……? なに……?」
 自分でも意識してないのに涙を流していた。そんなことは初めてで、自分で自分に驚いてしまい指先で涙をすくい取る。
「なんで……?」
 分からなかった。
 屈辱を受けたとか恥を晒したとか、そんな意味合いで泣いているのではない。それは分かる。
 でも…なら、どうして………。
 わけも分からずに出てしまった涙をゴシゴシと擦ると、遅まきながら手にしたハンカチを目にあてる。
「どうしてなんだろう………」
 思えばちょっとカッコイイな…と思ってた先輩に、馬鹿な自分があれよあれよと言う間に犯られてしまっただけで……。
 でも好きだから一方的に犯りました、犯られましたと言うのとはまた違うところが嫌なのかもしれない。
「でも…こんなの………なんてことないしっ」
 気持ちが落ち着かないまま自分に言い聞かせた侑は、早々に先輩の待つ理科準備室に戻ろうと足を踏み出す。
 準備室にたどり着くと、侑は勢いをつけて自分のカバンがあるところに歩いた。
「もう…帰ってもいいんですよね」
「駄目だよ。まだ最後の温度と湿度記録してかなきゃ」
「………はぃ」
 そうだった……。
 最後の仕事がまだ残っていた。ガックリと肩を落としながら最後の仕事である温度と湿度を見てノートに記入する。その間に唐は二人分のカバンを手にすると出入り口でほくそ笑んでいた。
「一緒に帰ろ」
「…………はぃ」
 帰りまで一緒に行動しなくちゃいけないのか……。
 出来れば独りで帰りたかった。侑はその場に座り込んでしまいそうになるのをなんとか抑えると、泣いたのを悟られないように普通を装った。近づいてカバンを受け取る時になって自然に指先が触れ合う。それにビクッとしてしまい、思わずカバンを受け取った手を引っ込めてしまった。
「そんなに脅えなくていいのに」
「脅えてなんかッ…!」
 キッと相手を睨みつけた時、相手と目が合ってしまってキョトンとされてからニッコリと微笑まれた。
「もしかして泣いてた?」
「違いますッ!!」
「でも目が」
「擦っただけですッ! 何ともありませんからッ!」
「………ふぅん。ならいいけど」
 スタスタと歩きだす唐に続いて仕方なく歩きだす侑。二人の距離は一定を保ち、縮まることもなければ伸びることもなかった。
 下駄箱まで来て靴を履き替えると校門まで直射日光を浴びながら歩く。
「侑」
「! ………はぃ」
 な…んで名字じゃなくて名前なんだろう……。
 疑問はあったが、必要以上に口を聞きたくないから仏頂面のまま相手を見る。
「これ」
「………?」
 差し出された紙っ切れをもらうと学校から誰かの家までの地図が描かれていた。
「明日は午前中そこに来るように」
「………ここは?」
「僕の家」
「ぇ……?! な…んで……?」
「集中講義するから」
「何のですッ?!」
「さっきの続き」
「ぇ……えッ?! やッ…ヤですッ! もうこれ以上……!!」
「駄目。これから一年、新しい部長が決まるまでお前は僕付きになるんだから、ちゃんとした心構えが必要だ」
「またそんな勝手なこと……」
「今は嫌でもいいよ。でも、お前の恥は僕の恥じにもなる。それだけは心しておくように」
「……はぃ……」
 それには素直に頷けるが、それとあれとは全然違う。ブスッとしていると、唐は侑の肩を抱いて歩きだし軽くキスしてきた。
「や…めてくださいッ! そういうことはッ……!」
「僕はずいぶん紳士的だと思うけど」
「そうじゃなくてッ……!」
「分かってるよ」
「ぇ…」
「理不尽だって言いたいんだろ?」
 顔を覗き込まれて言われるとギクッとしてしまう。
「分かってて何で……」
「何でかな。それは今のお前に言っても分からないだろ? おいおいに知っていくしかないんじゃない?」
「……」
 唐はまた侑にチュッとキスをするとサッと侑から離れて歩きだした。
「明日は、ちゃんと来るように」
「……」
 返事を期待してないのか、侑をおいて唐は独り校門から出て行ってしまった。残された侑は紙切れを手に、その場に立ち尽くすしかなかった………。
終わり


続くといえば続くし、これで終わりと言えば終わりかも。
書き下ろしのため、まだ未定。
自分としては受要素の強い攻「唐」が好きなんですけどね。