タイトル「見栄っ張りの純情」

「好きって言われた」
「誰に?」
「教師」
「それは大変だな」
「………九郎っ! なんで他人事なんだよっ!」
「ぇ?」
「仮にも恋人である俺が、よりにもよって先生から告白されてるんだぞっ?! 少しは慌てろ」
 放課後の教室で、クラスメイトでもあり恋人同士でもある笹目未来丸(ささめ みくまる)と住友九郎(すみとも くろう)は言い合いをしていた。
 いや、言い合いと言うよりは未来丸が一方的に吠えていたにすぎないのだが、九郎は頭を傾けて耳に指を突っ込むと興味のないような素振りを見せた。
 背が高くて短髪刈り上げの九郎は、学年でも外に出てもとてもよく目立った。視線を合わせると怖いと言われてしまうので、わざとそっぽを向いて興味のないふりをするのが癖になってしまっているのだ。そしてもう一人の未来丸はと言えば、そんな九郎を怖いなんて思ったことは一度もなくて、最初に飛び蹴りで一発九郎の顎を押さえてから勝利宣言をした生徒として有名だったりする。顔は可愛らしいが、やることは半端ない。教師と喧嘩をしても勝つだけの自信があるとみんなの前で公言してしまっているくらい恐れを知らない。
 そんな未来丸に愛の告白をしてきたのは、今年入ったばかりの数学の教師だった。名前は布施。見るからに『俺、頭いいんだぜ』と言う顔をしているのが気に入らないと評判の教師だ。知らないから出来る恐怖と言うのもあるが、まさにこれがそうなのだろうと思う。布施は未来丸がそんな生徒だとは思ってないし、そんなに凶暴だとも思ってないので顔に騙された口である。去年未来丸たちと一緒にこの学校に入っていたら絶対にそんな行動には出られなかっただろうと思う。
「いいじゃん。付き合ってみれば」
「お前、付き合うってどんなことするか知ってるよなっ?!」
「…」
「付き合うって、キスしたり抱き合ったり」
「セックスしたり?」
「………お前、俺が奴とそんなことしてもどうってこてないわけっ?!」
「そんなことないよ。今猛烈に焦ってる」
「ならそれ顔に出せよっ!」
「………そんなに簡単に表情に出せてたら苦労はしてない」
「九郎は苦労しっぱなしっ、とか言うなよっ!」
「言わないよ。ただそれは未来丸が決めることだ」
「………恋人としてだめとか言わないのかよっ!」
「だから俺が嫌でも決めるのはお前だってこと」
「ふーんっ!! そんなら俺がお前を振って布施と付き合ってもいいんだなっ?!」
「嫌だけど、お前がそうしたいなら止めることは出来ない」
「まどろっこしいことばっか言いやがってっ! ぐぅパンチしてもいいかっ!」
「いや、それは駄目だ」
「何でだよっ! それを決めるのも俺なんだろっ?!」
「違うね。それを決めるのは俺だ。俺は被害者になってしまうわけだから」
「うっとおしい奴だなっ! 屁理屈ばっか言ってっと、俺、本当に奴と付き合っちゃうぞっ!」
「………」
 はっきり駄目だと言ってほしいのに、煮え切らない九郎の態度に苛ついた。未来丸はいすに腰掛けている九郎の胸を思いっきり突き飛ばして教室を後にした。
「ばーかっ!!!」
 嫌いだっ!
 いつもどこかが違ってる。ストレート過ぎる未来丸と、それを理解しているのかいないのかはっきりした態度を取らない九郎。二人とも好き合っているのは事実なのに、物の言い方ひとつでこんなに気持ちが食い違ってしまう。未来丸はプンプン怒りながら下駄箱への廊下を勢いよく歩いた。
「嫌いだっ! 嫌いだっ! 嫌いだっ!」
 俺がこんなに九郎のこと好きなのにっ! あいつときたら、俺が違う奴と付き合ってもいいなんてっ! どうかしてるっ!
 プンプンプリプリしているところにちょうどトイレから出てきたばかりの布施と出くわしてしまった。
「笹目…」
「………」
「昨日の返事だが……僕は少しは期待していいのかな」
 ちょっと斜めに構えて決めポースをした布施が笑顔を作りながら聞いてくる。内心ウゲッと思いながらも、それを顔には出さずにニッコリとほほ笑んだ。
「先生は入って一年目から生徒と付き合っちゃっても抵抗ないんですか?」
「君は? 君は教師と付き合ってもいいと思ってるの?」
「建前上は駄目でしょ。でも興味はあります」
「………じゃあOKってことでいいんだね?」
「………はぃ」
 やけっぱちだった。ほとんど当てつけだと分かっていても、そにはいられなかった。未来丸の返事に気を良くした布施が、今でてきたばかりのトイレに未来丸を誘うように肩に手を回してきた。
「!」
「……」
 一瞬ギクッとした。ドキッではなくギクッだ。見上げると布施が舌なめずりをしている狼みたいに見えた。無言のままトイレの中に入って個室へと誘われる。
「俺っ……!」
「怖がらなくていいんだよ?」
「………」
「先生が今まで味わったこともないような快楽を君に教えてあげるから」
 言いながらドアが閉められて布施が覆いかぶさるように迫ってきた。
「やっ…………めろーっ!!!」
 次の瞬間にはドスッ! とかバキッ! とか言う音がトイレに響いていた。未来丸は迫る布施をキックしたりパンチしたりして本能的に攻撃してしまっていたのだった。その攻撃が何度か続いた時、トイレのドアが乱暴に開いて個室のドアに足蹴りが鳴り響いた。
「やめとけっ!!」
「九郎っ!」
 閉まっているドアの上から九郎が顔を覗かせる。
「先生もそいつに手を出しちゃ駄目ですよ。そいつそういう奴だから、俺じゃなきゃ面倒見られないし」
 ニッタリと笑った九郎を見た未来丸は、大きくフンッ! と鼻を鳴らすと「最初っからそれ言えよっ!」と恥ずかしそうに怒鳴ったのだった。
終わり
20110626
タイトル「見えっ張りの純情」