タイトル「アイツが生意気」
A5 36P 本代¥400
文/藤田貴理 絵/おかぷぅ

内容/TIGER&BUNNY・兎虎BL小説。
三層構造未来都市で特殊能力を持つ刑事として働く二人の話。
やっかいばかり起こすのでN部署に移動させられた茶虎猫・虎徹と研修中のエリート候補生兎のバーナビー。
上司ベンからコンビを組むように言われるが、全然反りが合わない。そんな中、チョコレート工場で紛失事件が起こる。1203

タイトル「あいつが生意気」試読

鏑木・T・虎徹
右の者を本日付けでN地区捜査五課に配置転換とする。


 巨大な三曹コロニーのE地区警察から急遽N地区警察に配置転換となったのは、鏑木・T・虎徹、36歳だった。特殊技能を有する第五課に所属している虎徹は、仕事を頑張ってしまうと必ず起こしてしまう器物破損のせいでE地区では疎ましがられていた。そしてとうとうサジを投げられたと言ったところだろうか。ある日突然辞令が出されて、N地区への移動を余儀なくされていた。
「おー、ここかぁ……」
 N警の第五課を前にひとしきり感慨深げな顔をした虎徹は、深呼吸をするとそのドアを開けていた。
「ちわーすっ。本日付けで転属になった鏑木・T・虎徹ですっ。よろしくお願いしまっすー」
 少し古びた部署内に足を踏み入れると移動のための箱を手に抱えたままボスである一番奥に牛耳るデスクに歩いた。目の前に見えるその席には太った黒人の男が渋い顔をして座ったままだった。まるで番犬みたいだ。と言うか、彼は一目見るだけでブルドックだと分かった。名前はプレーとからするとベン・ジャクソンだった。
「あー、君が虎徹君ね」
「はい。本日付けで移動になりました鏑木・T・虎徹ですっ」
「ふーん……。虎徹って言うから虎かと思ってたけど………君、猫だよね?」
「ぁ、そうですけど……。猫が虎って名前…駄目っすか?」
「駄目じゃないけど……。君、前の職場じゃ『タイガー』って呼ばれてたんだろ?」
「ええ」
「それってやっぱり名前から?」
「だと思いますよ。俺、どっからどう見ても猫だしっ」
 カカカッと大きく笑うと、その声は部署内に響いた。
「君のことだけど、器物破損の名人なんだって?」
「あー…そのことですか。他意はないんですが、結果として破損って感じになっちゃってますね、はい」
「………そのことで移動になったってこと、自覚してる?」
「言われてはいませんけど、そうだろうな……ってことは薄々気づいてます」
「ここでも同じことばっかやらかせば……。結果は分かってるね?」
「また移動……ですか?」
「だといいんだけどね、次はないかもしれないから十分気を付けて行動するように」
「は…はぃぃぃ………」
 苦笑するしかなかった。本当に他意はないのによく物を壊すせいで抱えている裁判は多い。その全てがこちらサイドで賠償金を払うはめになるので、元の署もやってられなくなったのだ。
「今抱えてる裁判はいくつだ?」
「現時点でふたつくらい…ですかね」
「そうか。それならそこから増やさないようにしろよ。でないと今度は俺まで飛ばされそうだ」
「すみませんっ」
「分かったならいい。タイガー、君は今後勤務中はいつでも二人でいるように指示が出ている」
「え? 仕事中ってことでしょ? それなら」
「どうやらそれは違うみたいだぞ。勤務中は始終と指示されている。だからトイレ以外は全てってことだろう」
「は? 何それ」
「それだけお前が注目されてるってことだ」
「注目……ね。何事も言い方次第ってことっすか」
「そんなこと言うな」
「すみません。ボスはちっとも悪くないのに」
「……じゃ、ここでの新しい相棒を紹介しよう。バーナビー。バーナビーはいるか?」
「はい」
 まるで二人の漫才が終わるのを待っていたようにスクッと立ち上がった男は颯爽と虎徹の前に現れた。見るからに若い白兎。しかも随分と自信のありそうな顔付きに跳ね上がった髪形と眼鏡は、いかにも生意気そうな雰囲気を漂わせた奴だった。
「彼は今研修中で各署を回っている」
「そんな彼を何故俺につけるんです」
「悪いな。皆とばっちりを受けたくないんだ」
「…………ああ、そういうことね」
 とりあえずこいつと組んでおいてくれれば他の奴らは被害に会わなくて済むぞと言うことらしい。その気持ちは分からないでもなかったので、頷くしかなかった。
 少しの間ってことだな、と自分を納得させて荷物を足元に置くと相手と向き合う。
「初めまして、バーナビー・ブルックスJrです」
 スッと差し出された手におずおずと手を差し出す。ギュッと握手をしてから手を放そうとすると、グイッと引き寄せられて顔と顔が近づいた。
「なっ…なに?!」
「よろしく、おぢさん」
 ニッと口の端をあげて小声で言われると、ギョッとしていたのがムッとなる。
「なっ…」
 なんて奴だ…!
 手が離れてもムッとしたのが収まらない。虎徹は不服そうにバーナビーの姿を見ていたが、彼はそんなことは気にかけずにボスであるベンと話しをし始めていた。
「僕と彼の担当エリアですが、ここのところ盗難が多いと聞きましたが、資料をいただけると助かります」
「ああ、あそこね。F地区でも今まで犯罪なんてなかったところだから珍しいんだが……」
 ガチャガチャとスチール机の引きだしを開けるとギュウギュウに詰まったファイルの中からそれを探しにかかる。あれでもない、これでもないと同じようなファイルがいくつも机の上に並び、見る間に山積みになっていく。
「まっ…待ってくれよ。この引き出しにあるはずなんだっ」
「聞いてはいるので、まずは現場に行ってみます。帰ってくるまでに資料のほう、よろしくお願いします」
「ぁ…ああ、悪いな」
 冷や汗をかきながら愛想笑いをするベンを尻目にバーナビーはドアに向かって歩きだす。放って置かれた虎徹は自分の荷物と出て行こうとするバーナビーを交互に見ながら慌ててしまった。
「ぁ、ちょっと! 待てよっ! 俺まだ来たばっかだぜ?! 荷物っ、荷物どこ置けばいいですかっ?!」
 慌てながらベンに聞くが、彼は自分のことで手一杯で机に出してしまったファイルを手で押さえながら、返事をしてきた。
「そこに置いて行けっ。まだデスクが片付いてないんだ。いいからもう行けっ。ちゃんと二人で一緒にいるんだぞっ?!」
「おっ…オッケーっす………」
 仕方なく自分の箱をベンの机の前に置くと、部署を出て行こうとしているバーナビーを追いかける。
「待て。待てって」
「おぢさんは後からゆっくり来てもらっても構わないんですよ? ぁ、それじゃあ駄目でしたね。僕たちいつでも一緒にいないと駄目でしたもんね」
 ふふん…と鼻で笑われるとカチンと来ずにはいられない。
「おっまえ、その口の利き方どうにかならないのかっ?!」
「ならないですね。それより貴方こそ、僕の足を引っ張らないでくださいよ?」
「なーんだよ、それっ! 気に食わないなっ!」
 早足に歩くバーナビーとそれを追いかける虎徹。それは長い廊下を歩き終わるまで続いた。そして階段になると駆け足で降りていくバーナビー。それにいよいよ追いつかなくなった虎徹は悔しそうに言葉を吐いた。
「バッ………バニー。バニーちゃんっ! 早いって!」
「………今、何て言いました?」
 言われたバーナビーが怒った顔で立ち止まった。ようやく彼に追いついた虎徹は悪気もなく「バニーはバニーだろっ?」と言いながら相手を追い越した。
「いえ、それではなくてっ!」
「なっ……んだよ。俺、それ以外何も言ってないだろっ?!」
「言ったでしょ、今。バニーちゃんって!」
「ぁ………ははーん。もしかしてお前、『バニーちゃん』って呼ばれるの嫌なわけっ?」

「僕は確かに兎ですけど、そういう言い方は好みではありませんっ!」
「じゃあどういうのが好みなんだよっ。だいたいあだ名なんて人が付けるものであって、いちいち指示して呼んでもらうもんじゃないぜ?」
「僕はあだ名のことなんて言っていないでしょう?!」
「じゃあ何だよ。本名か? バニーはバニーだろ? だからバニーちゃんでいいんだよっ!」
 はははんっ! と今度は虎徹が鼻を鳴らす。先を急ごうとするのはいいが、目的地が分からないことに気づくと「ぁ…」と足を止めた。とたんに後ろからきたバーナビーが虎徹にぶつかり、その勢いで虎徹が階段を転げ落ちそうになる。
「わっ! とっと………」
「あっぶないじゃないですかっ!」
 ガシッと抱き締められて事なきを得るが、その近さに内心驚いて胸がドキッとときめいた。でもそれを表に出すことなく、しっかりと抱いてくれている相手の腕を解くと気恥ずかしそうにコホンッと咳払いをして相手を振り返った。
「あっ……のさ」
「お礼ですか? それは言い心掛けですね」
「じゃなくて」
「…」
「俺ら、今からどこ行くんだ?」
「………」
 聞いてから「しまったかな……」と思ったが、もう訂正のしようがなかった。虎徹はバーナビーの冷ややかな視線をまともに浴びながら顔を引きつらせたのだが、抵抗だって忘れてやしなかった。
「だっ…だからさっ! お前が勝手に部署出ちゃうから俺は追いかけてきたわけじゃん。その先を知らないってのは当然だろっ?!」
「ですね、とでも言ってもらえると思ってるんですか?」
「イエッスッ!」
「単純ですね、おぢさんは」
「………お前さぁ、さっきから『おぢさん』『おぢさん』って、うっとおしいんですけどっ!」
「『おぢさん』を『おぢさん』と呼んで何が悪いんですかっ。それより行きますよ。ちゃんとついてきてくださいっ」
「あっ、おい!」
 またさっきのようにタタタッと階段を駆け降りると地下の駐車スペースまで急ぐ。そしてそこにあったバイクに跨がるとヘルメットを被った。
「あれ、車は? 車じゃないのか?」
「僕たちは機動性を考えてバイクだそうですよ」
「じゃ、俺のは?」
「は? あなたのなんてあるわけないじゃないですかっ。言ったでしょ、僕たちって」
「ぇ」
「あなたのはこれ、ここですよ。さっさと乗っちゃってくださいっ」
「えぇぇぇっ〜〜〜!」
 ぶっきらぼうに言うバーナビーの指先はバイクの横にくっついているサイドカーだった。今までテレビでしか見たことのないそれは、当たり前だが、ただそこに座るだけのタイプで自分で運転するような代物ではなかった。
「俺だって運転出来るってのにっ、なんで!」
「それはご自分が一番よく知ってるんじゃないですか?! N署はあなたのために出す賠償金を極力押さえたいんですよ、たぶん」
「あーーー」
 だから俺にはバイクは乗るなというのか?
 虎徹は天を仰ぐと顔を手で覆ったが、バーナビーはそんなこと構わずにバイクのキーを回した。ブルルンッと低いけれど軽い音が地下に響いた。
「行く気がなければ置いていきますが、どうします?」
「行く。行くって」
 仕方なくヘルメットを受け取るとサイドカーに片足を入れる。するととたんにバイクが発進して虎徹は引っ繰り返るところだった。
「こっ、こらっ! 俺まだ乗ってないだろうがっ!」
「片足乗れば十分でしょ。急ぎますよ」
 ブルルンッとエンジンを鳴らしながらバイクが速度をあげる。どうにかちゃんと座ると道路に出たので回りを確かめるように眺める。いつもより低い位置からの街の景色はちょっと変わっていて新鮮でもあったのだが。
「かったるいなぁ……」
「文句言わないでくださいっ。いいじゃないですか。座ってても目的地に着くんですから」
「じゃあ俺がそっちに座るって」
「駄目です。許可が降りてませんから」
「ちぇっ」
 結局どう足掻いてもこっちしか与えられない立場らしい。虎徹は大袈裟に「あ〜ぁっ!」と叫ぶと頭の後ろに手を君でリラックスを決め込むことにした。どうやら新天地は規制が厳しいらしい。
本誌に続く