タイトル「仮)男人魚と人の子と その6」

***************************************************************6


「何泣いてるんですか?」
「ん…………ぅんん…………」
 ユサユサと揺すられて眠い目を擦って相手を見るとニコニコした幸太郎の顔がすぐ近くにあってちょっとびっくりした。
「私がいなくて寂しかったんですか?」
「は?」
「涙、出てますよ?」
「えっ?!」
 言われて慌てて擦っていた手を見ると自分の手が濡れているのに驚いた。
「あれ…………」
「ね?」
「…………あれだ。涎と一緒だな。無意識に出ただけだろ」
 寂しかったわけじゃないからな、と言わんばかりに勢いよく涙を拭うとベッドから起き上がる。幸太郎は「なーんだ」と残念そうに肩をあげたが、それ以上追及しては来なかった。
「ふたりだけにしてくれてありがとうです。色々と懐かしい話が出来ました」
「ぁ、ああ」
 懐かしい話って何だろう…………。
 思いはしたが、そんなこと聞くことじゃないだろうと頭を振る。
「彼もあなたを気遣ってしまたよ。私に吸い尽くされるんじゃないかって」
 ふふふっと思わせぶりな笑いをしながらベッドから降りて琳太郎の近くに寄り添ってきた。
「琳太郎」
「んだよ」
「聞いてください」
「だから何」
「彼は私に言いました。これ以上人間を食い物にするなと」
「…………ぇ?」
「だから私は海に帰ろうと思います」
 驚いて幸太郎の顔を見ると彼の顔は笑ってはいなかった。
「何て?」
「もう一度言いますか?」
「いや、いいっ! ちょっと待て! 今考えるからっ!」
「はい」
 こいつ今何て言った?! 海に帰るって?! そりゃ俺にとっては嬉しいことかもしれないけど、こいつにとったら死活問題なんじゃね?! いや、それより何よりあの話具合からこの展開?! 極マヒル、そんなこと言うために海回りやってたっていうのかよっ!
 何だか納得出来なくて渋い顔をしたまま幸太郎を見つめてみる。だけど相手は見られてニコッとか微笑んでくるからタチが悪かった。まるで今さっき自分が口にしたことをなかったかのように笑ってくるのだ。
 こいつ自分が何言ったか分かってるんだろうか?
「幸太郎。ちょっとここに座ろうか」
「はい」
 ソファーセットの一番大きなソファーに座らせると自分もその横に座って相手を覗き込む。
「あのさ、奴との懐かしい話ってそんな話だったんか?」
「そんなことないですよ?」
「でもそう言われたんだろ?」
「はい」
「どうしてだ?」
「…………たぶん嫉妬ですね」
「嫉妬?!」
「ええ」
「嫉妬…………」
 そうか…………。嫉妬か…………。そうだな、いくら今年取ってるって言ったって幸太郎と出会った時には彼だってまだ若かったから…………。にしても嫉妬って…………。
「そんなこと鵜呑みにするのか?」
「はい。建前上はしないといけないでしょう。何せ私は彼のものをいただいている過去があるわけですし」
「一度でもそういう過去があると従わなければならないとか?」
「重視しなければなりませんね」
「…………ぁ、じゃあさ。お前は俺の願いも重視してくれるってわけだよな?」
「…………まぁ」
「じゃあ言わせてもらおうか。あいつの言うことは聞くな」
「……いいですよ?」
「よしっ!」
「…でも、あなたはそれでいいんですか?」
「はっ?」
「私はあなたにいただかなければ生きていけないんですよ?」
「ぁ……」
 そうだった…………。
 そう考えるとちょっと考えるところはあったが、何だか幸太郎があいつの言うことを聞くというのは癪でならなかったのだ。
 何が癪かって。素直にそれを聞いてしまうこいつに怒りを覚えるって言うか……。琳太郎は我が身に起こるそれよりも、他の男の言うことを聞く幸太郎が許せなかったのだった。
「予定を変更する場合は、やはり相手にもちゃんと言ったほうがいいんでしょうかね」
「もう会わないんなら言わなくていいんじゃね?」
「…会いますよ」
「いつ?!」
「明日。コンサートに来てと誘われました」
「うんって言ったのかよっ!」
「用事もないですし、支障もないですので」
「そこでイエスと答えるかっ!」
「先にもいいましたが」
「分かった分かった。じゃあ明日は俺も行くっ」
「チケットありませんよ、あなたの分」
「ぇ……」
「買いましょうね」
「ぁ…ああ……」
 なんて無駄遣い……。
 確かこんなに田舎でも結構な金額が書かれていたはず。琳太郎は頭のなかで財布の中身がいくらあったかな……などと思い出していたのだった。



「そんなことより琳太郎。私は栄養補給がしたいのですが」
「ぇ…栄養補給……?」
「はい。あ、でも彼にも少しいただきましたので、ほんのお口直し程度でいいのですが」
「って! あのジジイから栄養補給したのかっ?!」
「…しなくても良かったのですが、彼がどうしてもと言うので少しだけいただきました」
「すっ…すっ…少しって、どうやって?!」
「………どうやってだと思いますか?」
 当ててください。
 にっこりと笑いながら答えを聞きたがるところが悪魔とでも言おうか……。ニコニコされればされるほど口元が引きつってしまう琳太郎だった…………。
 ねぇねぇ…と甘えた声で迫られて答えないわけにはいかなくなった琳太郎は低い声で聞いてみた。
「まさかヤったとか?」
「まっさかぁ……!」
 バシンッと肩を叩かれて、その勢いで後ろに倒れそうになる。
「ぁ、大丈夫ですか?!」
「大丈夫だけど……」
 じゃあ何をやったら栄養吸収出来るんだろう……と訝しがってみる。
「……もしかしてキッスとか?」
「やんっ……!」
 またまた肩を叩かれそうになって慌ててそれを回避する。今度はうまく避けられたので幸太郎のほうがズッコケてしまい床に転がってしまったのだった。
「ごっ…ごめんっ! 大丈夫かっ?!」
 手を伸ばして相手を引き上げながら言葉を出す。
「大丈夫ですよ。でもあなた随分大胆なこと言うのですね」
 凄く恥ずかしそうに言うその顔は少し赤くなっていて、今まで見た中で一番赤いと言っていい。
 恥ずかしい……のか? 恥ずかしいんだろうな、この仕草は…………。
 相手が意外にもそんなことで恥ずかしがるのを見た琳太郎は、珍しい物でも見る感じで相手を眺めてしまったのだった。それに気づいた幸太郎が恥ずかしさからちょっとした怒りに変わって行き表情が見る見る変わっていく。
「あなた、もしかして今馬鹿にしてました?」
「そ…んなこと……ないよ?」
「今、馬鹿にしてましたよね?」
「馬鹿になんてしてないったらっ!」
「じゃあ何故そんなに笑いをこらえたような顔をしてるんですか?! 私には分かるのですよっ?!」
 今度は勢いよく立ちあがると食ってかかってくる。その勢いが凄くて反射的にまた笑ってしまったのが悪かったらしい。
「あなたにとってキッスなんてどうってことないんだろうけど、私にとっては大事なことなんですよっ?!」
「でもしたんだろ? あいつと」
「だって……言われましたから…………」
 モゴモゴと口ごもる幸太郎に「言われたからやるの?」と言いたいのを抑えた琳太郎は「ぁ……」と気がついたことがあった。
「キスでも栄養補給出来るの?」
「……基本その行為じゃ、あんまりしませんけどね」
「じゃあキスってどんな時にするの?」
「…………私たちにとってキスと言うのは特別なものなので……」
「それってもしかしてs●xよりも上ってこと……なのかな?」
「ぇ…………ええ、まぁ…………」
「さっき、露天風呂で俺ともしたよね? あれって……特別? あの時も栄養補給したの?」
「いいえ?」
「じゃあ、あれは何?」
「あれは…………ちょっとテンション上がっちゃって……。すみません……」
「ぁ、テンション上がるとしちゃうような行為?」
「相手によります。あなたは私のお相手ですし」
「加えて質問っ。普通のキスと栄養補給する時のキスに違いはあるのかな? どこか違うの?」
「……力……と申しましょうか…………。それは慣れ合いのようなキスではなく吸い取るような感じの……」
「吸い取る……。なんか……怖いな」
「見た目に変わりはありません。ただ、いただくものはいただくので、相手の体力消耗はそれなりにあると思います」
「うーん……」
「……」
「……」
「あの。もうしませんので安心してください」
「それって俺とはもうしないってこと? それとも彼とはもうしないってこと?」
「どちらもです」
「……」
 それくらい特別なものってことなのかな? と首を傾げたが、それ以上は聞くに聞けなかった。

 それから琳太郎は、「ちょっとだけ栄養補給」と言う名目でソファーで下半身の衣類を剥ぎ取られるとしゃぶり尽くされていた。
「ちょっ……」
 ちょっとだけじゃないじゃんっ……!
「んっ……ん…ん………」
「くっ……ぅ…………!」
 こういうのっ……一日一回とかじゃないのかな…………。
 暇あったらどんどんって感じだと本当に勃たなくなるまで吸い尽くされる可能性はある…………のか? 
 そう考えるとモノは一気に萎えた。
「あれ…………」
 どうしたんですか? と心配げに顔をあげられる。
「なんか…………」
「私のせい、ですか…………?」
「そうも言えるし、そうじゃないとも言える……かも…………」
「……」
「なんかさ、俺……普段そんなにガツガツしてるほうじゃないんだよな。だから数時間おきに……とか、これからのこと考えると急に萎えちゃって……。ごめん…………」
「ぁ、私こそすみません…………自分のことばかり考えてしまって…………」
 これからはもっとあなたのことも考えますね? と、ことは途中で終わった。いいのか悪いのか……。それは分からなかったが、「これから」のことを考えるとどうしたらいいものか、すごく迷う琳太郎なのだった。