タイトル「仮)男人魚と人の子と その7」

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 あれから数時間。幸太郎は露天風呂に入ってパシャパシャやっていた。自分から直接栄養補給が出来なかったので大丈夫なのかな……。と思っていたのだが、考えてみれば琳太郎と同じ夕食を取っているのだから足りるんじゃないかと思う。
「人魚って胃袋ふたつとかあったっけ?」
 聞いたことないな……。栄養補給とかってことは、また食事とは違うんかな……。
 色々考えてみるのだが答えなんて出るはずもない。聞いてみようかとも思ったが、話がズレて摂取されては堪らないと思い口にするのを思い留まる。
「俺、先に寝ていい?」
「どうぞ」
「……お前はベッドで寝るの? それとも風呂で寝るの?」
「ベッドに決まってるでしょ。ここで寝たら茹で人魚になっちゃうじゃないですか」
「ぁ、そっか」
 あまりに気持ち良さそうだったので、もしかしたらそこで寝るのかなとも思ったけどやっぱり違ったらしい。
何もすることもないし、テレビはつまらないし、なのでフカフカの高級ベッドで眠りにつこうと考えた。琳太郎は3つあるベッドルームを見て回ると一番ベッドが大きい部屋で眠ることにした。
「人の数よりベッドの数が多いなんて初めてだな……」
 布団に潜り込みながらそうつぶやいて目を綴じる。
 明日は極マヒルのコンサートか……。チケットなかったらどうしようかな…………。



 目が覚めると幸太郎を抱いていた。
「ぇ…………」
 いくつもベッドはあると言うのに幸太郎は琳太郎が眠るベッドを選び、しかも自ら琳太郎の胸の中に入って眠りについていたのだ。
 暖かい…………。それに髪の毛サラサラだ…………。
 までは良かったのだが、彼が何も着ていないのに気づくと今まで彼を抱いていた手がビクッと震えた。琳太郎はクローゼットにあった浴衣を着ていたのだが、寝ている間にメチャクチャになってしまい前ははだけて紐しかないような状態だ。
丸まるように抱きついて眠っている幸太郎を見て、このままそっと離れようか、それとも起こしてしまおうかとすごく迷う。だが琳太郎は自分が動けば起こさなくても起きてしまうのではないかと思い、動くに動けなかった。
「どうしようかな…………」
 窓のほうを見るとカーテンの隙間から光が差してきている。
時間はまだ朝早いようだった。自分の格好が格好なので、そっと抜けだしてシャワーを浴びようと思った。少しづつ少しづつ体をずらしてベッドから降りる。そしてそれが成功すると、抜き足差し足で部屋にある浴室ではなく違う部屋の浴室へと足を運んだ。途中時計を見ると時間は午前五時だった。
「早すぎる……」
 いつも起きる時間ではない。
健太郎は苦笑しながらも自分の相手にまた違う相手が存在していることへのヘンテコな気持ちをどう処理したらいいのか分からずに複雑な気持ちを抱えたまま今後を考えなくてはならなかった。
「でもとりあえずはチケットだよな」
 と言うか、金だ。手持ちの金で足りればいいが、そうじゃなかったらどうしよう…とか思ってしまった。
「それにあいつ。あいつはコンサートに出向くからいいか」とも思ったが、自分としてはマヒルに会いたい。
 会って直接これからどうなるののかが知りたかった。
数ヶ月吸われてポイ状態なのか。その後どうなるのか。彼との記憶がある…のは希なのか常なのか。
色々色々聞きたいことは山ほどあったが、彼がこちらとコンタクトを取りたいと思ってくれなければとても会える気がしない。
 シャワーを浴びて、それから朝日を浴びて朝食を待つ。
暇なので携帯を見ながらテレビをつけてリビングのソファに座ると、部屋に珈琲サーバーがあるのに気がついてコーヒーを作って飲んだ。
「あー。なんか生き返ったみたいだ」
 その匂いに釣られてか孝太郎が起きてきた。
「早いですね。いつもこんなに早いんですか?」
「いつもはもっとぐうたらしてるんだけど、場所が違うと居心地がね」
「そうですか……」
「……」
「今日の予定は?」
「お前はコンサートだろ?」
「はい。でもそれ夜ですし」
「ここはもう引き払うのか?」
「まだですよ?」
「じゃあ後何日いるつもりなんだよ」
「あなたはどうするんですか?」
「俺はもう家に帰りたいよ」
「では私も」
「でもお前はコンサートに呼ばれてるんだろ?」
「はい」
「……」
「もしかしてもしかしたら琳太郎は私が邪魔ですか?」
「邪魔っていうか、そっちとこっちのスケジュールが合ってないだろう。修正しようとは思わないのか?」
「でも私の予定は変えられません」
「だったらさぁ」
 分かれよ。とばかりに深いため息をつく。
そっぽを向いてどうしょうかと考えていると「もしかして一緒に行きたいとか」と言ってきた。
「行きたいって言うか、彼に会いたい。2人っきりで」
「え……それって…………」と勘ぐるようなまなざしで見つめられてちょっとだけ戸惑う。
「なっ…なんか変なこと考えてるんだとしたら、違うからなっ!」
「……どう違うんですか?」
「あのさ、お前にとって俺はたくさんの接種者の中のひとりだろうけど、俺にとっては今も現在も戸惑いしかないわけよ。俺がここに来た理由知ってるか?」
「そう言えば知りませんね。てか私が呼び寄せたんですけどね」
「じゃねぇよ。俺はバイト先の女の子にコクって振られたの。振られただけならまだしも、それ周りに知られちゃっていたたまれなくてバイト辞めたの。で、今は傷心旅行なわけ」
「ですか」
「ですよ。だから、ソコんところもうちょっと理解してくれよ」
「それはご愁傷様です。でもそれは最初から縁のなかった相手なんですよ。何故なら縁のあるのは私なので」
 エッヘン! と誇ったように言われても納得出来ない。
「お前はさ、予定通りとか思ってるかもしれないけど、俺の気持ちは全然くんでくれないのな」
「そんなことはないですよ。私はあなたに合わせてますし、今だって本来の部屋よりも随分といい部屋を利用してます」
「そうだけど」
 言ってもあまり通じてない様子だった。
これでは埒が明かないなと頭を抱えてしまったが、ちょっと考えた孝太郎が「では」と提案してきた。
「こういうのはいかがでしょう」
「なに」
「今から彼に会いに行きましょう」
「ぇ…………」
「ふたりだけで話してもいいですよ。でも何を話すんですか?」
「……」
「 あ、もしかして彼がこっちでちょっと有名になってるから会ってみたいとか」
「なんで俺があんなじいさんに憧れて会いたいとか思うんだよ。まあいいや。会えるんなら会わせてくれよ」
「分かりました。朝食を取ったら電話してみましょう」
「ああ」
 やった。これでマヒルと会えるぞ!
 心細さが少し消えた気がした。


 朝食はランクのいい部屋だったのでボーイが運んできてくれていた。上層階はこんな感じらしい。
直前に和食か洋食かのセレクトを聞く電話がフロントからかかってきて和食と答えた。答えたのは孝太郎だった。
「やはり和食はおいしいので好きです」
「………お前ってさ、出回り場所この辺だけ?」
「何ですか、その出回り場所って」
「今の話し方だと海外とかもありそうだから」
「私は日本の外側海洋が生息地なので、だいたいその付近ウロウロしてますが、もちろん違う人だっていますよ」
「……聞いてもいいか」
「はい」
「お前らって、どのくらい生息してるの」
「……それは年数ですか、それとも…………」
「人数だね。人間くらい多いのかな。それともある限られた数なのかな」
「……集落ひとつ分くらい……としか言いようがないですね」
「集落ひとつ分?」
「ええ。私たちは元々そんなに多人数というわけでもなく、一定量で固まって行動してます。でもこうして接種しに来ている人魚もいるので正確な数は分かりません」
「入れ替わり立ち替わりってヤツ?」
「ですね。代わる代わる陸に出て寿命を長らえる。それが繰り返されています」
「街中でバッタリ出会ったりするのかな」
「それは……ごくたまには」
「そしたら、どうするの」
「いえ。別段何もしませんよ。会釈するだけ。それで終わりです」
「調子はどう、とか聞かないんだ」
「聞きません。よっぽどじゃなければ私たちは口をききません」
「どうして」
「話すこともないですしね。個々獲物は違いますから」
「……今、獲物って言った?」
「あ、すみません。別に他意はないです」
「……」
 十分あるように思う。
少なくともこっちは接種される側だからだ。相手からしてみれば、「気持ちいいんだからいいでしょ」くらいのノリかもしれないが、なにか釈然としない。
確かに気持ちはいいのだが、気持ちがないと言ったら合っているだろうか……。
相手は自分のことが好きでも、こちらはされて反応しているだけのような気がする。
そのズレに納得いってないのかもしれない……などと思ってみるのだが、じゃあ止めてくれと強く言えばいいのに言えない。
貧乏性なのかな……と苦笑するしかない琳太郎だった。