タイトル「仮)男人魚と人の子と その9」

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「おかえりなさい」
「うん」
「彼と何話したんですか?」
「何って……ほら、えっと…………」
「人魚の生い立ち、とかですか?」
「は? そんなのお前しか知らない話じゃん」
「ですね」
 ふふふっ……と笑みを作る幸太郎を見ると『人と変わりないのにな』と思ってしまう。だから思わず『お前って本当に……?』と聞きたくなってしまうのだが、それを何とか堪えるとズカズカと先頭立って室内に脚を運ぶ。
 後ろからくつついて来ている幸太郎は、きっとさっきの笑顔のままだ。実際に何を話したかなんて、その場にいなかったのだから分かりはしないのに何だか見透かされているような、ちょっと居心地が悪い感触だ。
「彼はどうでした?」
「何が?」
「初めて会ったんでしょ?」
「まあ。あんなに間近で有名人と会ったことなんてなかったけど」
「いい男でしょ?」
「何? 俺よりいい男ってこと?」
「あ、昔の男と比べられてる、とか思ってます?」
「思ってないけど?」
「思ってるでしょ」
「思ってないって」
「いいですよ。そういうことにしておいてあげますっ」
「何だよ、それ……」
「まっ、いいってことよ。ってことですっ」
 ふふふんっ……と嬉しそうにソファに座る幸太郎の向かい側に座るが、すぐに立ち上がってコーヒーを作り出す。
体裁が悪いと言うか、また何を聞かれるんだろうと言う戸惑いから落ち着いて座っていられないのだ。
「今日は何しますか?」
「なーんにも。別に観光にきたわけじゃないし」
「だったら観光しましょうよ。天気いいです」
「……」
 天気は確かにいい。それに幸太郎の用事は夜だから、それまでは暇で暇でしょうがない。あんまりゴチャゴチャ何かを考えているよりも、ここはパッと楽しんだほうが得かなと思いつく。
「私、スポンサーですよ? スポンサーの言うことは聞くべきだと思いますけど」
「……ラジャー」
「楽しみましょうよ。琳太郎はこの辺知らないんでしょ? 私も遊びに行きたいです」
「どこへ?」
「それは……今から考えます」
「知らないんなら調べるよ?」
「どうやって?」
「ああ。これで」とポケットの中のスマホを取り出して見せる。
「それで?」
「これで」
 言いながらソファに座ると物珍しそうに幸太郎が寄ってきてソファの後ろから操作する画面を眺めだした。
 現在地を出して、それから近くの『行って楽しいだろうところ』を探す。
「レジャーランドとかどう?」
「そこは楽しいですか?」
「うん。まあ楽しい。一般的には皆好んで行くところだよ」
「じゃあ行きます。ここからどうやって行くんですか?」
「駅からバスで30分」
「じゃあ行きましょう!」
「ああ。コーヒー飲んでからな」
「うんうんっ」
 どこに行くのか、よく分かってないと言うのに楽しそうな幸太郎の姿を見ているとこっちまで楽しくなってしまう。
 スマホは珍しくないのかな? などと思いながらもコーヒーの匂いに出来上がりを察知すると立ち上がって飲む準備をしだす。
「飲む?」
「いえ。あなただけどうぞ」
「そう?」
「はい。レジャーランド、どんなところでしょう。ワクワクしますっ」
「……」
 後にも先にも『レジャーランドと聞いてワクワクする人魚』を見るのは初めての人間なのではないかと思ったりすると心が踊った。それから琳太郎はゆっくりとコーヒーを飲むとチェックアウトはせずにレジャーランドへと向かったのだった。





 駅まで歩いて、それからバスに乗ってお目当てのレジャーランドに着く。時間がまだ早いせいか客は少なくてまったりとした空気が流れていた。
「はぁ…………」
 入り口を入って広がる風景に圧倒されていると言った感じだろうか。幸太郎が笑顔のまま固まっている姿を初めて見た。
「大丈夫か?」
「はい。でも…………ここは夢の国なんでしょうか?」
「…………人魚でもそんなこと考えるのか?」
「……いけませんか?」
「いや。意外だったからビックリしてるだけだ」
「綺麗です。色が…………」
 眼の前に見える色鮮やかな花時計やメリーゴーランド。遠くに大きな観覧車や山あり谷ありのジェットコースター。緑の中に見え隠れする他の遊具も皆それぞれに鮮やかな色合いをしていた。それに魅入られていたのだ。
 二人はワンデーパスポートを購入していたので、どれに乗ろうが自由だ。幸いまだ人も少ないから選り取り見取りなのだが、笑顔のまま固まってしまっている幸太郎をもうしばらく見ていたいと思った。
 家族連れが二人を追い越して行くのを何回か見て、それから幸太郎の背中をゆっくりトンッと叩く。
「そろそろ行くか?」
「ぁ、はい。すみません……」
「どれから乗りたい?」
「乗り物ですか?」
「どれも乗って楽しむものだ。最初のゾーンはお子様向けだけど、お前なら楽しいんじゃないかな」
「何ですか、その言い方」
「だって初めてなんだろ?」
「まあ、そうですけど」
 ちょっとだけ不服そうな顔をしていた幸太郎だが、歩いてすぐにあるコーヒーカップとメリーゴーランドを見てまた目が輝いた。
「あれっ! あれは何ですっ?」
「乗ってみる?」
「はいっ」
 案の定キャピキャピ状態でふたつを楽しむと、次に見えたバイキングへと小走りする。慌てなくても大丈夫なのだが、どうしても脚が前に進んでしまうらしい。それに追いつこうと琳太郎も小走りになるのだが、楽しそうにしている彼を見ると自分も嬉しかった。
「船ですね? 水もないのに船に乗るんですか?」
「まあね。さっ、乗って」
 先端に乗り込むとおとなしく船が動くのを待つ。さっきのふたつの乗り物と同じように動き出す前にプルルルルッと音が鳴ってガクンッと船が動き出した。最初はゆっくりと。そして徐々に振り幅を大きくしていく。
「ああ。こうして動くんですねっ?!」
「そうそう」
 船の形をしているけれど、けして船のようには動かない。まるで大きなブランコに乗っているような感じだが、先端に乗っているためにその傾きは大きい。
「すごいですねっ!」
「しっかりバーを掴んでないと、振り落とされるぞ?!」
「はいっ!」
「……」
 なんか……。笑顔が眩しいって言うかな…………。
 純粋に楽しむ幸太郎を横目に琳太郎はそんなことを考えていた。どれも珍しいものはなく、いわゆる地方のレジャーランドだったのだが二人で回ることによって新鮮さは十分あった。幸太郎はとにかく色鮮やかな色合いがお気に入りらしく「綺麗ですね」を繰り返していた。
 バイキングが終わると「世の中には色んな船があるものですね」などと感心していたが、次の乗り物を見た時にはもっと珍しがったのだった。
「あれは…………タコ、ですよね?」
「ああ。タコだな」
「何故タコなんでしょうか……」
「……海が近いから、ってのも言えるんじゃないか?」
「ああ、そうですね」
「うん、まぁ……。そう……とも限らないか」
「どっちなんですか?」
「往々にしてああいう形はあるものだからね」
「……じゃあ、どうしてタコなんですか?」
「タコの脚ってウネウネしてるだろ? だから」
「ウネウネの先端にボックス、ですか。ある意味単純ですね」
「まあね。違うパターンとしては、空飛ぶゾウとかもあるよ?」
「あれで上下運動するんですか?」
「回りながらね」
「さっきみたいに早いですか?」
「そんなに早くはないと思うよ?」
「……」
「でも回りながら上下だから、それなりに楽しめると思うけど、どうする?」
「乗りますっ」
 フンッ! と鼻息荒く意気込むと乗り物に向かって歩きだす。オクトパスと書かれた乗り物には、もう数人乗り込んでいて発車寸前と言ったところだった。
「乗りますか?」
「乗りますっ。琳太郎、早く!」
「はいはい」
 勢いいいな……と思いながらも一番手前のボックスに誘導されて乗り込む。幸太郎は作り物のタコを見上げながら「茹でダコチックですね」などとマジマジと眺めていた。

「思ったよりもグワングワンしましたね」
「そう?」
「そうですよ」
「ふーん。でも、そんなこと言ったらアレなんかは到底無理なんじゃないかな」といくつかあるジェットコースターの中から一番激しそうなものを指さしてみた。
「あれは?」
「ジェットコースター。あそこを乗り物に乗って突っ走る。ぁ、ほらやってきた」
 ちょうどジェットコースターが急降下してきて、乗っている人の叫び声や乗り物の騒音で会話が途切れる。それが通り過ぎていってやっと話が出来るなと思ったら、幸太郎の顔が引きつっていた。
「拷問ですか?」
「は?」
「あれは拷問の機械じゃないですか?」
「違います。乗ってた人楽しんでただろ?」
「叫んでました」
「楽しいから叫んでたんだろ」
「違います。怖いから叫んでたんです」
「うん。まあそうだけど……」
 これは説明するのに時間がかかるし、たぶん拷問器具で終わる。そんな予感がした琳太郎は「じゃ、あれはやめて違うのに乗ろう」と彼の手を引いた。それには従順に従った幸太郎だが、やっぱりジェットコースターに近づくのは怖かったみたいで腕にしがみついてきた。
 お、可愛いじゃん……。
 そんなことを思ったが、レジャーランドの一番の売りであるジェットコースターに乗れないのはちょっとばかり寂しい気もした。だけどジェットコースターには乗れなくても最後に観覧車には乗ろうと决めている。あれは勢いもないし、のんびりしているから絶対に大丈夫だろうし、ぜひ乗ってみたい。
 ジェットコースターが駄目なら、これはいいだろうとウォーターコースターに乗ってしっかり濡れ鼠になってしまった。
「何故わざわざ濡れると分かっていて乗るんですか?!」
「ごめん。ちょっと計算違いだった……」
 まさかこんなに濡れるとは思ってもみなかった。売店でタオルを買うとふたりして体を拭いて、温かいレストランに入ると食事をして服を乾かした。
「ここは、あなたが言うほどにいいところでもなさそうですね」
「そう? 濡れたから怒ってるのか?」
「タコまでは楽しかったです」
「ああ。ジェットコースターが許せないんだ」
「私は乗りませんよ、あんなもの」
「分かった分かった。じゃあ最後に一番大きな乗り物に乗らないか?」
「……何ですか?」
「観覧車。ほら、大きな輪っかみたいなのあったたろ?」
「はい。あれは何です?」
「ボックスに入ってゆっくり回るだけ。それならいいだろ?」
「それだけ?」
「うん。それだけ」
「それだけで楽しいんですか?」
「まあ、乗ってみなよ。それなりに楽しめるから」
「……それは、急に落ちたりはしませんよね?」
「そしたらすげー怖いわ。事故だわ」
「落ちないのなら乗ります」
「うん。きっと気に入ると思うよ」
「だといいですね」
「ああ」