タイトル「流刑の館」-主線-1

昭和初期。山間の静かな集落・紅成(くなり)。
ここは都会からはずいぶん離れているため、けして豊かな生活ができる地ではなかった。
そんなところに数年前、領主様はやってきた。
数少ない従者を従えてやってきた。

 年端もいかぬ領主様は集落の話題になり、そして期待にもなった。
病弱とも噂された領主様はその執事を使い近隣との便を良くし、貧しかった集落に新しい産業をもたらした。
そして楽しみのないこの集落を活気づけるために、たびたび旅芸人の一座を呼んで下さりもした。
村人は皆領主様のお館に向かって手を合わせ感謝を忘れはしなかった。
だけどそんな領主様は、けして幸せではなかった。
それを知るのは執事のみ。
守られた秘は誰に知られることもなく、いつでも楚々と済まされる。
これまでも、きっとこれからも。




 季節は秋。村は収穫の時期を迎えていた。
今年は豊作に恵まれ村人の顔も明るかった。
目下の関心は、数日後に開かれる秋祭りに領主様がどんな催しをしてくださるかだった。


 午後三時。少し傾いた日差しが入り込むサンルームで、当主であり領主である須磨海聖(すま かいせい)は紅茶を口にしていた。
室内には野外の小鳥のさえずりしか聞こえてこない、いたって静かな昼下がりだった。
カップをソーサーに戻す音が小さく室内に響く。
彼のお茶が終わるのを待って、執事である白石クラーク琉輝が傍らにきて腰を屈めた。
「坊ちゃん。来週から興業をする旅の一座が、ご挨拶をしたいと申し出でいるのですが……いかがされますか?」
「いかが、とは何だ。何か問題でもあるのか?」
「……少々如何わしい一座かと思われますので」
「如何わしい?」
「はい」
ニッコリとほほ笑むクラーク。
それを見た海聖は訝しげに顔を傾けた。
角度を変えると差し込んでいた光のせいで彼の銀色の髪がキラキラと光って眩しいほどだ。
「如何わしいと分かってるのに、何故そんな奴らをここに入れる」
「時期が時期ですし、催しがもうそこまで迫ってますので、今回はやむを得ないかと」
「ふんっ。いかにも、だな」
「はい。すみません」
 丁重に頭を下げる彼を尻目に窓辺まで歩くと、海聖は外を眺めた。
窓の外には庭師によって綺麗に手入れされた森が広がっていた。
この季節、木々の葉は何色にも色を変え儚げに地面へと落ちる。
常緑樹と、それとの調和がうまく取れていて海聖の好きな風景でもあった。
「で、いつ来るんだ」
「早ければ今夜にでも」
「ふんっ」
 いけ好かないな。
 何がいけ好かないかと言えば、後ろに控えるこの執事だ。
「クラーク」
「はい」
「お前、僕より先に収穫祭の行商主を選んだと言うことだな?」
「すみません。
坊ちゃんが今年は「洋風で」とおっしゃったので達しを出したのですが、なかなか集まりが悪く選択の余地がございませんでした」
「……それは厭味か」
「いえ。事実でございます」
「口が減らない奴だな」
「ありがとうございます」
「褒めてはいない」
「はい」
「もういい。下がれ」
「…失礼いたします」
 深々と頭を下げると執事が部屋を出ていく。
誰もいなくなった部屋で大きくため息をつくと改めて椅子に腰掛ける。
海聖は片手でこめかみを押しながら天井を見上げた。
「あいつめっ………」
 海聖は産まれた時から自分に引っ付いているクラークのことが好きではなかった。
正確に言えば「好きではなくなった」だ。
幼い頃は彼が好きでたまらなかった。
それもこれも父も母もいないこの地で頼れるのが彼しかいなかったからだ。
それに気づいてしまってからは彼のやることなすことがただ疎ましい。
いつでも先回りされることが癪に触って仕方なかった。
「くそっ!」
 座っている椅子の膝立を叩いて痛みに顔をしかめる。
自分が子供なのだと分かる分、余計に苛立ちが収まらない海聖なのだった。



 今年海聖は15歳になる。
 この年、本家では次期跡取りを決める習わしがあった。
本来ならば特別な儀式などしなくても長男である海聖に家督は譲られるはずだが、この代はそう簡単に事は運びそうもなかった。
 海聖には同い年の弟がいた。
幼い頃、病弱だった海聖は療養の名目で父親にこの地に追いやられた。
つまり長男として役立たずと判断されたのだ。
だから家督は弟であり、今も本家で育つ須磨典聖(すま てんせい)に渡されるはずだった。
海聖としては意も介さずだったのだが、逆に父親のほうが海聖に興味を示してきたのだ。
放蕩息子の典聖よりも、この地を立派に収めている海聖に関心を持ったのだ。
 それを快く思わないのが典聖だ。
これまで来たこともなかったのに、今になって秋祭りにかこつけて都会から田舎に遊びにくると言う。
どんな姿になっているのか……。
幼い頃別れたままの兄弟に会うのが楽しいと言うよりも怖い海聖だった。



「坊ちゃん。典聖さまがお着きになりました」
「そうか」
「ひっさしぶりぃぃっ! お兄ぃちゃん」
「………お前が…典聖か………」
「ああっ。俺が典聖だよ。兄ちゃん、思ったより小さいなぁ。いくつ?」
 チョンチョンと頭に手をやられて屈辱に耐える。
見た目があか抜けていて、都会風な若者は海聖よりも10cmは高いと思う身長で、顔も双子だと言うのにあまり似てはいなかった。
「100…50だ」
「150cmかぁ…。そりゃ平均よりも随分低いなぁ。
あ、でも病弱だったんだから仕方ないか。それでこんな田舎にいるんだしな。はははっ…!」
 天然なのか厭味なのか。
海聖には後者にしか聞こえなかったが、他の人が聞けばまた解釈が違うかもしれない。
海聖はあえてそれには触れず、応接間の大きなソファーに腰を下ろした。
「そんなことより。ここには、どのくらいいるつもりだ?」
「分からないよ。でも一年はいない」
「だろうな」
「ああ。ぁ、こいつ佐久間。今の俺の執事」
「よろしくお願いいたします」
 椅子に腰掛ける典聖の横でお辞儀をしてきたのは、黒髪をきっちりと七三に分けた几帳面そうな男だった。
それに頷くとドアの近くで立っていたクラークを振り返る。
「通せ」
「はい」
 海聖の言葉を待つようにクラークがドアを開く。
「どうぞ」
 入ってきたのは二人の少年だった。
一人は燐としていて隙がない背の高い少年。
もう一人は、その後ろに隠れて時折顔を覗かせる可愛らしい少年だった。
「聞いてはいると思うが、とりあえず紹介しておこう。
僕らにとっては義兄弟になる沢城愁耶(さわしろ しゅうや)と光本叶瑠(みつもと かなる)だ」
「初めまして」
「……」
 愁耶がお辞儀をしてから挨拶を口にする。
その影に隠れた叶瑠は、相変わらず愁耶に隠れたまま心細げにするばかりだった。


 海聖自身も彼らとはつい一カ月前に会ったばかりだった。
父の手紙とともに突然この館にやってきた。
彼らの内、年上である愁耶が父の妾の子だったのだ。
 手紙には母親が急死したので成人するまでここに身を寄せるよう書き記してあった。
弟は何の関係もないが、愁耶の「どうしても」と言う申し出を海聖が承諾したに過ぎない。

 二人は挨拶を済ますと部屋に帰って行ったが、典聖は踏ん反り返って面白そうにそんな彼らを眺めていた。
パタンとドアが閉められると身を乗り出して聞いてきた。
「あれが妾の子か」
「正確には大きいほうが、だな。僕らより年上だ」
「いくつだ」
「17だそうだ」
「そりゃ父上もお盛んなことで。で、小さいほうは何だ? 奴のお気に入りなのか?」
「弟だそうだ。僕らとは何の関係ない」
「よくそんなもの置いてやるな。さっさと施設に送っちまえばいいのに」
「父上の手紙には成人するまでと記してあった。後三年だ。一緒にいても支障はなかろう」
「と言う兄ちゃんの判断か。父上がそれを知ったらどうなるかな」
「一度として顔を見せたこともない親に何が言える。そういう点では、あいつも僕も似たようなものだ」
「あ、それを言うなら俺も同じだぜ?
兄ちゃんは、俺と父上が同じ家に住んでるんだから何かしら接触してると思ってるかもしれないけど、
俺、ここに来るために半年ぶりに父上と会って話をしたくらいだ。
結局どこにいてもあの人とはなかなか会えないってこと。分かった?」
「ふっ…」
 それは自分が遊び歩いているからに過ぎないからだろう。と言おうとしたが、あえてやめておいた。
本家のことなど自分には関係ないからだ。
海聖はクラークがお茶の支度をしているのを知っていながら苛立ちから席を立った。
「クラーク」
「はい」
「彼らを部屋に案内してやれ」
「お茶は、いかがなさいますか?」
 何も答えないでいると典聖が立ち上がって代わりに答えた。
「部屋で飲む」
「だそうだ。僕は書斎に用がある」
 片手をあげて部屋を出ると書斎へと足を向ける。
本当は用事などなかったのだが、初対面にも近い人間と話すのはとても疲れるので早く切り上げたかったのだ。
 書斎の長椅子で横になろう……。
 朝からずっと仕事に追われてクタクタだ。
唯一の救いは今日は勉強の時間がないことくらいか。
「あんな奴が僕の弟だなんて……」
 あと何日あいつと顔を合わせなければならないんだ……。
 そう考えると気が重かったが、それも数日だと言い聞かせて我慢する。
能天気な弟に父親が家督を譲りたくないわけが分かる気もしたが、お鉢をこちらに向けられても困るばかりだ。
「いまさらだろう。それが分からない父上でもあるまい」
 海聖は書斎に入って長椅子に横になるとすぐに寝入ってしまった。



 そして次に目覚めた時には、もうすっかり陽は落ちていた。
「坊ちゃん。すっかり体が冷えてしまわれてますよ」
「ぁ……ああ……」
 覆いかぶさりながら顔を近づけてきたクラークに揺すり起こされて寝ぼけながら返事をする。
少しだけのつもりが結構眠ってしまったらしい。
寒さで身を丸めていたのか体中が痛かった。
「申し訳ございません。まさか眠ってらっしゃるとは思いませんでしたので毛布の用意もございませんで」
「いい。もう起きるから」
「待ってください。少し、こうして暖まってからのほうが」
 ふんわりと包み込まれるように抱き締められる。
確かに暖かい。
思わずまた眠りたくなってしまいそうになるくらいだ。
「いいっ。放せっ」
「…承知しました」
 吸い込まれそうになるのを断ち切るようにクラークを押しやると床に足をつける。
襟を正しながら時計を見ようとするが、辺りが暗くてそれは叶わなかった。
「何時だ」
「七時でございます。
夕食の支度が出来ましたので皆様をお呼びにうかがったのですが、愁耶さまがご自分の部屋で食事を取りたいと……。
いかがいたしましょう」
「叶瑠か」
「おそらく」
「いい。食事は好きに取らせろ。出来れば僕も典聖とは遠慮したいくらいだ」
「……」
「冗談だ。僕は当主だぞ?」
「いかにも」
 ニッコリとほほ笑まれるとそれ以上何も言えなくなる。
海聖は月明かりが差し込む室内をドアに向かって歩いて行った。
「クラーク」
「はい」
「お前、どうして明かりを点けなかった」
「よく寝てらっしゃるようだったので」
「最初から点けなかったんじゃないのか?」
「はい」
「見当をつけてきたと言うことか」
「……」
「まあいい。それより食事だったな」
「はい。今から典聖さまをお呼びに行こうかと」
「では僕は先に行くぞ」
「はい」



 食堂に行くと、そこにはもう先客がいた。
「海聖、他の方が来ませんが」
 彼はこの家の家庭教師だ。
正確には海聖の家庭教師なのだが、今は愁耶や叶瑠も面倒を見てもらっている。
そして今度は典聖も、かもしれない。
引き受けてくれるといいのだが。
 彼の名前はグスタフ・バルテス。
日本育ちのドイツ人だ。
だから外見は外人なのだが、中身は生粋の日本人。
この館の中で一番の年長者であり一番の理屈屋だったりする。
大きくウェーブのかかった栗色の髪を後ろに撫でつけて、こんな田舎なのにいつでも小洒落たスーツを着こなしている。
 彼がこの席にいる理由。
それは彼が須磨家の使用人と言うよりも招いて教えていただいていると言う点にあると思う。
彼はここに来てからクラークが見つけてきた家庭教師だった。
「先生。今日、僕の弟が来たことは知ってると思うんですが、どうやらしばらく居そうなので勉強を見ていただくことになるかもしれません」
「そうですか。ではその彼にも今から会えるのかな」
「ええ、たぶん。その代わり愁耶たちは自室で食事を取るそうです」
「ああ。叶瑠君はシャイだからね。少しづつ慣れさせていかないと、大きくなったら大変だよ?」
「ええ。それは愁耶にも分かっていると思いますし、僕も分かっています」
「それならいいんだけど、食事はまだかな。お腹がすいたよ」
「彼らが来るまでもう少し待ってください」
「分かった分かった、分かりました」
 腹に手を当ててちょっとおどけて見せる。
こんなところが彼のいいところだ。
しばらくすると執事を従えた典聖が洋服を着替えて入ってきた。
「あ、何か待たせたみたい? 悪い悪い」
 用意された席にストンッと腰を下ろすと、その他には席が用意されていないのに首を傾げる。
「あれ、妾の子は?」
「愁耶と言え」
「はいはい、愁耶君とその弟君は?」
「部屋で取るそうだ」
「じゃ、俺の目の前のこのオッサンは?」
「オッサン?!」
「彼はウチの家庭教師だ」
「グスタフと言います。よろしくっ」
 語尾を強めながら彼が手を差し出してくる。
だが典聖はそれに答えるのが面倒くさいのか、片手をヒラヒラとさせて軽く拒否をした。
されたグスタフはちょっと顔を引きつらせて手を引っ込めたが、典聖は意に介さない様子だった。
「それより飯。さっさと運んで来てよ」
 コンコンッと目の前にあったスプーンで机を叩く。
極めて行儀が悪い。
「典聖。家では何も言われないのか?」
「このくらいは想定内だよ。俺は誰にも関心を持たれてないしね」
「………」
「兄ちゃんは親に捨てられたと思ってるかもしれないけど、俺は本家にいてもネグレクトだよ。どっちが幸せだ?」
「………」
 自分にされてた仕打ちを考えれば、そのくらいのことは平気でしていそうだ。
しかしだからと言って許されることとそうでないことくらい判断してほしい。
海聖は彼の後ろに控える執事の佐久間を怪訝な表情で見つめた。
それに答えて佐久間が深く頭を垂れる。
海聖は深くため息をつきたくなったが、ひたすら押さえることにした。
「クラーク。食事を」
「はい」
 彼が返事をすると同時に典聖の後ろに控えていた佐久間も食堂に歩きだす。
どうやら執事のほうは少しはマトモらしい。
「兄ちゃん。秋祭りは来週だろ?」
「ああ」
「今年は一風変わってるって聞いてるんだけど、どんな感じ?」
「西洋風だ」
「西洋風? 何だそれ」
「この季節、外国ではハロウィンと言う祭が催される。それにあやかろうとしたんだが」
「だが? その続き言えよ」
「……肝心の興業主が、今ひとつらしい」
「………兄ちゃん。物の言い方があやふやだな。そういうの、人は曖昧って言うんだぜ?」
「どうとでも言え。今回は僕の意とする物が揃わなかったから、いささか理不尽なだけだ」
「へー。でも催しに支障はないんだろ?」
「たぶんな」
「だったらいいじゃん。兄ちゃんは取り越し苦労するの好きなんだ。
俺なんてやってから後悔するタイプだから、そういうのよく分からないや」
「………」
 やってから後悔していては話にならないのだ。
今回は事前のリサーチが全然出来てない。
実際にどんなことをしているのか、よく確かめられないままこの地での興業を善しとしなければならないのは甚だ遺憾だった。
「兄ちゃん。明日は暇なわけ?」
 食事を取りながら典聖が尋ねてくる。
「一日として暇な日はない。僕はお前と違ってこの地を収めていかなくちゃいけないからな」
「ちぇっ。ちょっとくらい時間裂いて村の案内とかしてくれればいいのに」
「案内?」
「そうそう」
「来る時に見なかったのか? この村にパッとしたものなど何もない。案内するも何もないだろう」
「そんなことないだろ? たとえば鉱山とかさ」
 サラリと言われて手が止まる。
ゆっくりと顔をあげて相手を睨みつける。
「お前に、その権利はない」
「一般公開とかしてないのかよ」
「鉱山は鉱山だ。一定の人間しか立ち入ることは許されない」
「そりゃそうだけど、俺くらいいいんじゃね?」
「どこがいいんだ」
「弟じゃん」
「別れてから一度も会ったことはないが?」
「別にいいじゃん」
「よくないっ。あそこは関係者以外立ち入り禁止だ。場所も詳しくは発表していない」
「へー。兄ちゃんホントにここ動かしてるんだな」
「当たり前だ」
 でなければ生きていけないからだ。
 ここに来た当初は療養の目的でだったが、それも数年。
海聖が二桁の年になるとその費用も回を重ねるごとに少なくなっていった。

『療養』の次は『自立』と言う名目で海聖は本家から突き放されたのだ。

 本家から与えられたのは、この領土のみ。
それを生かすも殺すも海聖にかかっていたのだ。
だからここに来て数年は暗中模索の日々が続いた。
運よく鉱山を発見出来たから良いようなものの、でなければどうやってこの貧しい村を収めていこうか……。
途方に暮れる結果になっただろう。
「いくら話してもお前には分からないと思う」
「うん、分かんねぇ。兄ちゃんがどうしてそんなにイケズなのか分かんないよ」
「あの…もし宜しければ僕が明日村を案内してあげるよ?」
「オッサンが?」
「オッサンではない。グスタフ先生だ」
 海聖が少々苛立ちながらたしなめる。
「え~?! 俺にとっては先生じゃないんじゃね?」
「そんなことはない。お前もここにいる限りちゃんと勉強はしてもらう。いいな?」
「え~~?! せっかく学校行かなくていいと思ってたのにぃぃ」
「では明日、勉強が済んだら案内してあげますよ? 一緒に勉強しましょう」
「ちぇっ。余分なこと言うんじゃなかったな……」
 分が悪くなったと口を尖らせた典聖だが、独りぼっちでは面白くないのも分かっているようだ。
さっそく目の前のグスタフに関心を示した。
「オッサンはさ」
「グスタフ先生だ」
「はいはい。じゃあグスタフはさ、見た目外人に見えるんだけど、ホントに外人なの?」
「…そうですね。私は村で唯一の外人、ではなく唯二の外人ってところでしょうかね。彼がいますし」
 ほほ笑んで執事のクラークを指さすと海聖がひとつ咳払いをした。
「先生。人を指さすのはどうかと思います」
「ああ、失敬。失礼に当たるんだったな。僕はどうも上流階級のことが理解出来なくて」
 ははは…と苦笑いするグスタフがペロリと舌を出しておどけてみせた。
それでまたその場が和む。
海聖は彼がそれを計算してやったと分かっていたので黙って会釈をした。
それに対してグスタフは黙って笑顔を返してきたのだった。

 そうしてその晩の夕食は皆ぎこちなさから解放され、部屋を出るころには典聖などグスタフに懐いてさえいた。
「勉強は朝九時から昼までです。ちゃんと朝食も取ってから勉強して欲しいので、いつまでも寝ていないようにお願いしますね」
「分かってる分かってる。何ならさ、ミスター。あんた起こしにきてくれてもいいんだぜ?」
「あまり遅いようならそれもありえますが、あなたはそんなことしないでしょう?」
「あんたウマいなぁ。俺を動かす言葉よく知ってるぜ」
 構ってもらえるのが嬉しいのがありありと分かる。
海聖は典聖とグスタフの会話を聞きながら、もしかしたら彼はグスタフによって人生を軌道修正出来るのではないかと思っていたのだった。