タイトル「流刑の館-主線-3」



 小袖を浴室に連れて行き風呂に入れると部屋に帰ってきたクラークと見つめ合う。
 どうしたらいいか…だ。
「いかがされます」
「いかがとは何だ、いかがとは」
「あの者。今夜ここに置いていかれたと言うことは、なにがしかの使命があるから。おおよその見当はついているでしょうが」
「僕にあいつを抱けと手みやげ代わりに置いていったんだろ?」
「さようかと」
「それは無理な話だな」
「…しかしちゃんと使命を果たさないとあの者は仕置きを受けかねません」
「だから?」
「いかがされますか?」
「…言っただろう。僕にはそんなつもりはないと」
「…承知しました。ではあの者はゲストルームに一晩泊めて翌朝返します」
「そうしてくれ」
 はた迷惑な話だ。
 海聖はムッとしたまま自分のベッドに向かうとさっさと寝てしまおうと思った。
風呂だけは使わせてやるが、後は勝手にしろだ。
「僕はもう寝る。あいつが風呂から出たら部屋まで案内してやってくれ」
「承知しはました」
 深く頭を下げたクラークはベッドの上掛けを開いて海聖が腰掛けてベッドにあがるとしゃがみ込んでスリッパを揃えたのだった。
「部屋の明かりはいかがされますか?」
「ベッドヘットの明かりだけつけておいてくれ。今夜は不意打ちがあったから気分が悪い」
「…では」
 一礼して立ち上がると浴室に向かうクラークの後ろ姿を見つめる。
 あいつも苦労性だな。
 思いはしたが、優しい言葉はかけてやらない。
海聖は柔らかい布団に潜り込むとホッとして目を綴じたのだった。



 ウトウトしてもうすぐ眠りにつけると思った時、また不意打ちで声をかけられた。
「お館さま。小袖です」
「…」
「この度はすみませんでした。一晩ありがたく泊まらせていただきます」
 声の調子が少し変だと思った。
この分だと小袖は床にひれ伏して言葉を出しているのだろう。
そんなことはしなくていいと言いたかったが、眠気のほうが勝ってしまっている。
「ぅん…」とだけ言うのが精一杯だった。
「さっ、いきますよ」
 静かにクラークが促す。
小袖はもう一度「ありがとうございます」と礼を言うと部屋から出ていった。
パタンっと言うドアを閉める音がすると後は静かな空間が戻る。
海聖は安心して深い眠りについていったのだった。


 早朝。まだ夜も明け切らぬ内に騒動は起きた。
海聖の布団の中に何者かが潜り込んできたのだ。
まるで犬のように暖かい感触に気持ちよささえ覚えた。
しかし体をまさぐられた時、ぼんやりと覚めていた意識がはっきりとする。
「なっ…!?」
 何事かと起き上がりざまに布団をめくりあげる。
中からは乱れた姿をした赤襦袢の小袖が現れたのだった。
「何をしている!」
「ご奉仕です」
「僕には必要ない!」
「でもしないとマスターに怒られます」
「マスター?!」
「はい」
「あの小屋主のことか?」
「はい」
「ではしたと言っておけばいいだろう!」
「調べられるので、それは無理です…」
 悲しそうに言われて言葉に詰まる。
いったいどうやって確かめると言うのだろう。
海聖は単純な疑問を感じて、つい口にしてしまった。
「調べ…られる?」
「はい」
「どう…やってだ」
「中に…指を入れられて…相手の汁が出てくるかどうかを確かめられます。だから無理なんです…」
「そうじゃない場合もあるだろう」
「でもマスターの確認はそれしかないんです。いくら私が頑張っても確認出来る手だてがなければ…」
「しかし他にもあるだろう。たとえばその…縛って満足する相手とかは中に出しはしないだろう」
「はい。その場合は体に付いた痕で…。お館さまもそうされますか?」
 ちょっとビクビクしながら聞いてくるあたり、それは嫌なのだろうな…と察知出来る。
「いや、僕はそういう趣味はない。それに年端もいかぬ子供を抱く趣味もない」
 それを聞いた小袖は目を見開いて口を開けた。
何か言いたそうにしたのだが、それを止めて俯くと「それではどうしたらいいのでしょう…」と泣き顔を作ったのだった。
「どうしたら…と言われてもな…」
 今の驚きは何だ。
 ちょっとムッとするものを味わう海聖は小袖が「お前だって同じくらいなのに…」と
言おうとしたかったと分かってしまったので、怒るにも怒れずにただ笑うしかなかった。
「ふっ…。お前と言う奴は…」
 どこまで染まってるんだ。
 いたいけな子供をここまで使うとは、大した見せ物小屋だと思ったが、案外健全な人間はこんなことでしか使えないのかもしれないと思わされた。
「お館さま…。小袖は女の格好はしてますが、女ではないのです」
「分かっている」
「えっ…」
「そんなことは調べ済みだ」
「じゃあ何をしているのかも知ってて泊めてくれたんですか?」
「あの寒空の中、どうやって返せと言うんだ。
それにあんなことを言われては泊めるより他にないだろう。そんなことをっやてお前は幸せなのか」
「……僕には…私には幸せと言うものがどういうものなのか分かりません」
「分からない?」
「はい。何がどうなれば幸せなのですか?」
 真剣な眼差しで問われて言葉に詰まった。
 何が幸せなのか。
 改めて聞かれると明確な物言いがなくて困る。
「お館さまはどんな時幸せですか?」
「う…うーん…。たとえば…だな…」
「はい」
「村人が幸せだと思えば僕も幸せだ。
無事に稲がなり米が出来、一年分の食料が蓄えられる。飢饉が来ても大丈夫なようにいつも年貢は保存してある」
「それは領主さまとしての幸せでしょ? 僕が言っているのは、お館さま自身の幸せです」
「僕自身の?」
「はい」
「そう…言われてもな…」
 自分はここに来てから村のために生きてきた。
ここしか自分には与えられていないからだ。
飢え死にしたくなかった。
その点では海聖は小袖と一緒だった。
「お前は幸せがどんなものか分からないと言っているが、
そこまでデカくなっていて無事に食事を取れているのだから、町中にいる子供たちよりは幸せなんじゃないか? 
僕だってここの領主と言われているが、それは望んでそうなったわけではない」
「えっ」
「僕は親から捨てられたからここにいるんだ。ここにしか居場所がないからここにいるんだ」
「捨てられた? じゃあ僕と一緒なの?」
「…お前は捨てられたんじゃなくて売られたんじゃないのか?」
「捨てられたって聞いた」
「誰から」
「マスターから」
「そうか。それならそうなんだろうな」
「一緒だっ。僕とお館さまは一緒なんだね?」
「嬉しそうに言うな」
「だって今までそんなことないから嬉しくて」
 素直ににっこりと微笑まれると、その純粋さにドキッとする。
海聖はこの小袖と言う女のなりをした少年を身近に感じ始めていた。
「お前の仕事は体を使った接待の他ないのか」
「ふだんは人魚をやってます。一度小屋に見に来てください。僕頑張りますっ」
「その人魚と言うのは何をやってるんだ」
「魚の下半分を履いて水槽に浸かってるの。でもずっと潜ってなくちゃならない時もあって、その時は死んじゃうかもって思う時もある」
 そのせいで年よりも体が小さいことを小袖は気にしていた。
「芋虫のおじさんが言うには、僕は時々失神するから酸素が足りてない時があるんじゃないかって。
でもマスターは女の子は小柄なほうが可愛らしいからいいんだって言ってた」
「お前は女の子ではないだろう」
「でも男じゃ駄目なんだって。僕は酸素が足りてないからお脳も目出度いんだって。それがいいんだって」
「なにがいいもんか。お前はもっと自立が必要だな」
「駄目だよ。そしたら捨てられちゃうって芋虫のおじさんが言ってた。何か売りのものを持ってないと小屋ではいらないんだって」
「それは…そうだが…」
「だから僕いいんだ。このままでも」
「しかし」
「ほら、僕まだ下の毛も生えてないんだ。大人はこういうのがいいらしい」
「…お前、年はいくつだ」
「はっきりとは分からないんだけど…たぶん13くらいだと思う」
 思春期まっただ中だ。
もしかしたらこれから変化してくるかもしれない。
いや、普通は変化してくるし、それを心待ちにするのが普通だ。
だがたぶん小袖はそれが始まると自分に嫌悪感を抱くだろう。
それが少しでも浅く済んでくれたらと思うのだが…。
海聖は片手でこめかみをギュッと押すと瞼を綴じた。
「小袖」
「はい」
「…本当の名は何と言うんだ」
「…最一です」
「では僕とふたりだけの時は最一と呼ばせてくれ」
「はい。いいですけど…」
 何で? と小首を傾げる。
その姿がまた可愛らしくて普通の大人ならイチコロだろう。
海聖はクスクスッと声をあげて笑った。
「何がおかしいんですか?」
「おかしいんじゃない。嬉しんだ」
「…じゃあ、何が嬉しいの?」
「本名が小袖じゃなくて良かったってことだよ」
「…お館さま、なんだか意地悪ですね」
「ああ。意地悪でいい。ふたりだけのときは敬語もいい。好きに話せ。しかしふたりだけの時だけだぞ?」
「分かりました」
 最一も嬉しそうに笑うと海聖に抱きついてきた。
海聖は一瞬最一を引き取ってやりたい衝動に駆られたが、それはクラークが許さないだろうし、最一は犬や猫ではないから駄目だと分かる。
最一も自分と同じように定められた人生に立ち向かっていかなければならない身なのだ。
海聖は抱きついている最一を自分も抱きしめると意を決したように言葉を出した。
「僕は今年15になる。領主としては成人だ。だがまだ一人前ではない。手伝ってくれるか?」
「何を…手伝うの?」
「お前がしなくちゃならないことの相手を僕はまだ経験したことがないんだ。だから教えてくれ」
「あ…うん。分かった。…ってことは…僕が一番ってこと?」
「ああ」
「嬉しいな。僕いっつもおじさんばっか相手で嫌だったんだ」
 ふふふっと笑った最一は自分が海聖にとっての一番最初の相手だと言うことにし凄く満足しているようだった。
海聖自身クラークに毎週出されているのだが、他人の体を使って射精するのは始めてだったから多少の興奮もあった。
ここはクラークがしゃしゃり出て来ない内にさっさと初体験をしてしまおうと判断していたのだった。
「見て」
 言った通り最一の股間には陰毛が一本も生えていなかった。
それどころか彼の体は赤ちゃんのような綺麗な肌なのだ。
それには、ただただ感心する。
「おじさんの股には頭みたいにボーボーの毛が生えてるの。だけど僕には何にもない。でも僕にもいつかはあんな風に毛が生えてくるのかな」
「同じように生えるかは分からないが、生えるとは思う。だから安心しろ」
「…安心、なの? 僕は心配だよ」
「ああ。そうだったな。悪い。お前にとっては、これじゃあ駄目な展開か。
しかしその時になっても小屋から見捨てられないように何かを見につけろ。そうしたら新しい道が開けるかもしれないぞ」
「言ってることが難し過ぎる。僕にはよく分からないよ」
「分からなければそれでいい。しかし生きることには努力が必要だ、お前も僕も。その点は分かるな?」
「うん」
「だったらいい。では、教えてくれ」



「んっ…んん…ん……」
「海聖さま。気持ちいい?」
「いい…っ…と言うか……何と言うか……」
 執拗な前戯を終えて、ようやく確信にたどり着いたとでも言おうか…。
海聖は最一にされるがままになっていた。
その最一は今海聖の上で体をくねらせて喘いでいる。
秘所にはもちろん海聖のモノを咥え込んでいる。
海聖のモノは最一の中に入る前に二度ほど爆発していた。
一度目は最一の手淫によって。
二度目は最一の口による奉仕で。
そして今、体を張っての奉仕で三度目を迎えようとしていた。
海聖は初めて。
最一は百戦錬磨。
踊らされていると言ってもいいほどの体験に海聖は目眩さえ感じていた。
 クラークの時とは違うっ……。
生身に入れると言うのは、こんなものなのかっ……。
「んっ…んんっ…ん……!」
「ぅぅぅっ…う……」
 執拗に腰をくねらせる攻撃は海聖には未知の世界で、あっと言う間にまた弾け飛んでしまった。
よく言えば玉砕。
だけどそれも三度目となると笑っていいものかどうか迷う。
「海聖さま、海聖さま。良かった? 俺の仕方」
「……言っただろう。僕はこういうのは初めてで…。それより心配がひとつある。聞いてもいいか?」
「なに?」
「僕は早漏だろうか」
「え?」
「だから僕は早くないかと聞いている」
「なにが?」
「その…出すのがだ」
「そんなことないと思うよ。おじさんとかだとちっとも何にもならない人もいるんだ。
その反対で触っただけで爆発しちゃう人もいる。海聖さまはどっちでもないから普通だと思う」
「そ…そうか。普通か…」
 ホッとしたようなそうでもないような。
不思議な感覚に襲われる。
海聖は甘えて抱きついてくる最一を片手で抱きしめながら頬を擦り寄せた。
「人はこう三度もイくものか?」
「イッたんだからイくんじゃない?」
「こんなに短い時間でか?」
「でもイッたのは事実だよ。それだけ俺の仕方が良かったんじゃないの?」
 ふふふっとご満悦な表情で笑う最一をもう一度強く抱きしめると、ようやく自分を納得させる。
 これで良かったのか…。
 良かったんだ。
 人から見れば幼い二人だが、それぞれ置かれた立場から一瞬解き放たれた気持ちになる。
だが海聖には分かっていた。
これが最初で最後になるだろうと言うことも。
「また会える?」
「…来年もお互いに同じ立場にいられれば、もしかしたらもしかして会えるかもしれない」
「うーん…。どうなんだろう。会えるかな…」
「分からないな。だがまた会えないとも言えないだろう。運が良ければな」
「あんまり難しいこと言わないで。俺でも分かるようなこと言って。また会える?」
「ああ。会えるかもな」
「会えるように、また来年も一座を呼んでよ」
「それは今回の興業次第だ。今回が良ければ来年もあるだろう。お前もせいぜい今の立場でいるように頑張れ」
「うん。来年も海聖さまに会えるんなら頑張れる。絶対だよ? 絶対に呼んでね」
 ふふふっと笑うと本来の意味である接待が成功したことに喜びを感じる。
海聖はヤラレタと感じながらも、それも悪くないなと微笑んだのだった。



 朝。目覚めはいたって良かった。
「おはようございます」
 いつものようにクラークがベッドの脇で声をかけてくる。
「ああ」
 そしていつものように海聖も返事をして体を起こしたのだった。
「今日の予定は午前中は勉強。午後から祭の視察を兼ねた興業の視察と採掘現場への顔出しとなります。
今月は少し採掘のほうが疎かになっているようなのですが、いかがされますか?」
「業績が悪いと言うことか?」
「はい。そろそろ新しい穴を掘り出したほうが賢明かと思いますが、いかがされますか?」
「そうか…」
 山には人の手によっていくつもの穴が掘られていた。
クリスタルを掘り出すにはそれを崩さないように人の手が一番安全なのだ。
だが人による人海戦術は手間もかかる。
それに犠牲もある。
時には穴を掘っていて自分が埋まってしまうと言うこともままあるのだ。
その場合、まず助からないと言ってもいい。
穴は塞がったまま近くは掘らないで遠くの場所を掘り進める。
遺族には十分な金を握らせて不満を言わないように説得する。
今まで、穴に埋まった人間は両手になってしまったが、誰も不満を言う者はいなかった。
皆それなりに納得しているのだ。
それどころか親の代わりに子供が後を次ぎたいと言う始末だ。
が、それには年齢が達してない者は海聖が許さなかった。
それよりも勉学を学び、この村に役立つような人間になるように外の学校に行ってでも勉強する道を選ばせたのだった。

「昨晩の子供ですが、朝にはもうおりませんでした。帰ったのでしょう」
「そうか。朝食くらい取ってから帰ればいいものを」
 言った口が笑っていたのだろうか。
すかさずクラークの伺いが立った。
「あれから。あの者と何かありましたか?」
「…何かあったと思うのか」
「…どうでしょう。私には分かりかねます」
「何かあったほうが嬉しいのか?」
「…」
「それともないほうが嬉しいのか。どっちだ」
「どちらでも。私には言う権利はございませんので。ただ、あの者が本当の女だったら別です。
男だったから何があってもさして気にしないでいられるのです」
「ふん。口が減らないな」
「ありがとうございます」
 言い合いながら洋服を着替える。
二人の光景は普通の執事と主人にしか見えなかったのだった。



 朝食を取るために食卓につくのは、この家の全員顔を合わせるいいチャンスでもあった。
昨晩顔を見せただけの異母兄弟である愁耶は今日も弟の叶瑠を連れて食卓まで来ていた。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
 食卓でも主人しか座るのを許されていない一番奥の場に腰かけた海聖が愁耶たちに返事を返す。
それに続いて顔を出したのは昨日来た弟の典聖と言い合いになったドイツ人講師のグスタフだった。
「おはようございます。今日はお早いですね」
 後半は愁耶たちに向かって声をかけたグスタフが朝食の席につく。
最後に時間ギリギリで部屋に入ってきたのは、案の定昨日来たばかりの典聖だった。
「悪い。もしかして俺のこと待ってた?」
「いや。時間になれば朝食は始まり終わる。朝がいらない奴は来なければいいだけの話だ」
「ふーん」
「では朝食を取ろうか。クラーク」
「かしこまりました」
 待ってましたと言わんばかりにワゴンに置いた朝食の皿を配って歩く。
典聖の執事もそれを手助けするために紅茶のポットを手にカップに注ぎだした。
「今日の予定は午前中勉強だそうだ。グスタフ先生、ちょっと人数が増えてしまって申し訳ないが、よろしく頼む」
「分かっています。今日から四人ですね。とりあえずは国語と歴史からいきましょう。外国語はもう少ししてからにしましょうね」
「イエス、マスター。これでいいか?」
 意地悪そうにそう言ってナイフとフォークを鳴らしたのは典聖だった。
昨日の今日だったので、もう免疫が出来ているのか
席についている皆は典聖の行儀の悪さなど意に介さずと言った表情で用意されていく食事に手をつけだしたのだった。
ただ愁耶と叶瑠を覗いてだが。

 朝食はたいがい洋食と決まっていた。
パンは村でひとつしかないパン屋が毎朝運んできてくれる。
これも海聖がパン作りの修行に行かせたからだ。
そして卵は館で飼っている鶏が生むもの。
ハムなどは買いだめしてきてあるものを少しづつ使うとなっていた。
 朝は時間にすると八時が朝食の時間と決まっていた。
それもこれも朝食を作るまかないのお秋さんが来れる時間に合わせたからだ。
海聖が文句を言わない限りこれは変わらない。

 時間は八時半。勉強が始まるまでには、まだ30分時間があった。
海聖は愁耶たちをチラリと見てから典聖を見て、ここは自室に戻るのが正しい選択だなと思ったのだった。
「お館さま」
「ん?」
 声をかけてきたのは愁耶だった。
「叶瑠が自習したいと申しております。自室にて勉強してはいけませんか?」
「……」
 一瞬了承しようと口を開いたが、いつまでも引っ込み思案ではしょうがない。
海聖は叶瑠ではなく愁耶を見つめて首を横に振ったのだった。
「理由は分かるな?」
「……はい。私からちゃんと言い聞かせます。失礼しました」
「うむ」
 愁耶の気持ちは分かるが、これからのことを考えるとっやぱりこうしたほうがいいと思う。
たった四人しかいないのだ。
クラスと呼ぶには少なすぎる人員に中途半端だなと思うが、だからこそ勉強くらい一緒にしてもいいのではないかと思う。


 自室に戻ると食事の始末をしたクラークが一緒に部屋に入ってきた。
「愁耶さまは何と」
「叶瑠が自習したいと申し出てきた。が、断った」
「そうですか。…叶瑠さまの引っ込み思案もどうにかしないと…これからが心配です」
「だな。後三年でこの家を出ていかなければならない身としては、どうにかしてやりたい気持ちもあるのだが…」
「あの二人をどうするおつもりですか?」
「それは彼らが決めることだ。僕にはどうしようもない」
「…坊っちゃんはその点何か考えておられるのかと思ったのですが…」
 そうではないのか…とちょっと落胆したような物言いをされてしまったと
明らかにしょげてしまったクラークを見ると、もっと何かしなくてはならなかったのかと考えてしまうのも確かだった。
叶瑠はとにかく愁耶は片親とは言え繋がっている身。
この地を去る時には何がしかの持参金とも取れる何かを持たせてやるのが筋なのだろうと思っていた。
本来ならそれは親がするものなのだが、あいにくここには親などいない。
だからここで一番地位のある自分が何かアクションを起こしてやらなければならないのだと口にはしなかったが、それはクラークも同様な感じだった。
「しょげるな」
「私はしょげてなんかいませんよ」
「ではそんなに浮かない顔をするな」
「はい。坊っちゃんのお考えは尊重したいと常々思っております」
「うん」
「では、そろそろお時間です。グスタフの部屋に移動しましょう」
「分かった」