タイトル「君に咲く花、僕の花」

 夏休みが終わって一カ月半。
 十月中旬に定期テストが終わると、ほとんど準備期間もなしに体育祭と文化祭がやってくる。それに振り回されているのは何も生徒だけではない。教師だって連日動きっぱなしでヘロヘロ状態だった。
「先生。是清先生」
「ぇ…なに? 何だっけ?」
 シャツの裾を引っ張られて歩くのを阻まれた松葉之是清(まつばの これきよ)は、ボケた頭で後ろを振り返った。いたのは受け持ちのクラスの女生徒だ。名前は…確か川島まつみ。
「やだなぁ。今日は体育祭終わったら、そのまま文化祭の準備するよって言ったじゃないですかっ」
「うんまぁ…。時間ないしね…」
「先生帰ろうとしてんじゃない?」
「職員室だよ。そこまでボケてないから大丈夫」
「ホントかな…。先生今日徒競走コケたでしょ。頭打ったんじゃないかって皆心配してたよ」
「ははは……それはどうも。ちょっと寝不足だけどね、後で顔出すから。先に準備してて」
「はーい」
 手を振る生徒にほほ笑んで、だるい体を引きずって職員室に向かう。
 今日は金曜日。思いっきり体を使ってしまった体育祭のせいで体はボロボロだ。そして明日から二日間の文化祭では生徒に外来者にと気を遣い、ほとんど自分の楽しみはない。
「あー……」
 ここで倒れたら、もう絶対起き上がらないぞ……。
 進める脚の一歩一歩が重くてそんな気持ちを沸き起こされる。是清のクラスは逆パフェをしたいと申し出があったので、即効で出し物は決まった。男女逆の服。つまり男はメイド姿、女は執事姿で接客する喫茶店だ。
 生徒が定期試験をしている間に保健所に提出する書類に目を通し、食事を作る生徒たちには検査を徹底させる。担任や顧問を持つと責任としてこんな作業がつきまとう。これも仕方のないことだと分かってはいるが、定期テスト・体育大会・文化祭と、これだけ行事が凝縮されてしまうと体が追いつかない。


「松葉之先生。これ、明日の注意事項です」
「ぁ、はい。すみません」
 職員室に行くと、隣の机にいた鈴木が保健所から配布された書類を手渡してくれた。
「やっぱり全員に渡したほうがいいですよね」
「ですね。とりあえずウチは全員に渡す予定です」
「そうですか…」
 となると、これを人数分コピーしなければいけなくなる。自分の腕時計で時間を確認した是清は、今座ったばかりの椅子から立ち上がると廊下を挟んだ向かいにあるコピー室に出向いた。ここにはコピー機が二台置いてある。部活の人間が使ったり教師が使ったりと様々な人間が出入りするが、一応職員用と銘打ってあった。
 ちょっと斜めに歩いてるな…と自覚しながらもそこまで歩くと部屋に入る。するとそこには珍しいことに誰もいなかった。
 急いで人数分コピーして……とも思ったが、原稿をセットして部数分刷っている間に少しでも体を休めようと大きなコピー機に覆いかぶさる。
「ぅー………暖かい………」
 こんな姿生徒には見せられないな……。
 でも暖かい。出来ればこのまま少し眠りたい。そんな気持ちを引きずったままコピーが刷り上がるまで体を休ませる。もうコピーする紙が出てこなくなってもしばらく動く気になれなかったが、いつまでもそうしているわけにもいかない。是清は仕方なく体を起こすと原紙とコピーした紙の束を抱えて職員室に戻ろうと廊下に出た。
「先生」
「…ぁ」
「帰りのHR、やらないといけないんじゃないですか? 皆待ってますよ」
「…ああ、ごめん。今行くからこれ、先に配っておいてくれないか」
「はい」
 今コピーしたばかりの紙をその生徒に渡す。彼の名は日ノ岳隻(ひのたけ せき)。是清の担任している生徒のひとりだった。きっとグスグスしている是清をわざわざ呼びにきてくれたに違いない。
「あれ、日ノ岳何かの委員だっけ?」
「いえ。皆忙しそうなので俺が見てくるって行ったんですよ」
「ふーん」
「じゃ、先に行ってますから」
「ああ、悪い」
 そつなく何でもこなすように見える彼は教師の是清よりも背が高く、伏せ目がちにしたさっきの仕草も様になっていてカッコイイ……とか思ってしまう。
 実は是清はここに赴任して来てからずっと彼を生徒としてではなく意識していた。だけどそれを表面に表すことなど出来るはずもない。
「はぁ……」
 毎日会ってるって言うのになぁ……。
 本当にやるせなくなる。だけどこれも後一年ちょっとすれば終わりだ。
 今高校二年の日ノ岳は、彼がここを卒業してしまえばもう会うこともないだろう。今年は運がいいのか悪いのか、担任になってしまったから仕方ないと諦めている。そして後一年は極力彼を見ないようにしよう。そう決めているのに、どうしても意識してしまっている自分がいる。それが相手に知られてやしないかと、彼と話す時是清はいつもドキドキなのだ。
「疲れてます?」
「ぇ…? ぁ、いえ……。皆さん一緒でしょうし…」
 職員室に戻って自分の机までくると、立ち上がって自分の教室に行こうとしている鈴木に声をかけられる。彼も遅れているのか時間を気にしている様子だったが、ボケボケしている是清を気にかけてくれているようだった。
「じゃ、あんまり無理しないで。倒れる前に保健室行ってくださいよ」
「分かってます」
 にっこりとほほ笑むとやっと相手も納得したのか、片手をあげて職員室を出て行った。自分も早くしないと…と、是清も自分の教室に向かう。体は相変わらず疲れが抜け切っていないようで足取りが重く感じられた。



「清ちゃん来たー!」
「遅いよぉ」
「ごめんごめん。はい、席に着いて」
「ぇー、いいじゃんもぅ」
 もう生徒たちは後ろのほうに陣取って明日の支度に取り掛かっていた。
「仕込みの連絡ってもうしてある?」
「酒屋に?」
「そう。酒屋と…パン屋は?」
「パン屋は今から確認するつもり」
「ぇっと……みんな? ちょっとこっち向いて」
「はいはい」
「何か連絡事項とかあるんですか?」
「さっき日ノ岳からプリントもらってると思うけど、ちゃんと目を通しておくように。特に料理する者、分かったか?」
「分かってますよーだっ」
「ここにいない者にもちゃんと渡しておくんだぞ?」
「分かってる分かってる」
「清ちゃん。連絡はそれくらいでいいでしょ? さっさと支度しないと追い出されちゃうよ」
 生徒が言うように時間は限られていた。
 体育祭が終わったのが三時半。片付班に駆り出されているのは各クラス三名。部活での参加者はそっちを優先してもいいことになっているので、積極的に教室に残ってくれているのは半分いるかいないかだった。
 正門が閉められるのは午後八時。それまでに施設の組み立てをしてしまわなければならない。簡単な飲み物と出来合いの食品ならばさして問題はなかったのだが、クラスの誰かがタコ焼きをしたいと譲らなかったので機械をレンタルするはめになった。しかし一つの教室で、作るのと接客をするスペースを取るのは狭すぎる。
 そこで少し離れてしまうが、特別教室がある棟で2−Aの催しは開催されることになっていた。それは何も特別なわけではなく、文化部がそこここで店を出していたり発表するスペースを出していたりするので離れ小島的な感覚はなかった。でもクラスの出し物としては、やっぱり特別と言われても仕方ない場所での催しとなってしまっていた。
「はいはい。じゃあ運べるものから運んで、小道具作る人は作る。以上、始めて」
「始めてるじゃん」
 ガヤガヤとうるささがピークに達する。是清はクラクラしてしまい、それを隠すために教室を出て特別教室のほうに行こうと思った。
「いいか? 先生は先に特別教室のほうに行ってるからな。どんどん運んでくるんだぞ?」「はーい」
 元気のいい声が聞こえてくると、それだけでちょっと自分も元気を分けてもらえた気になってくる。是清は重い脚を引きずらないように努力して教室を出ると、特別教室のある棟に向かって歩き始めた。
「先生っ」
「ん?」
 廊下に出て少し歩いたところで後ろから声をかけられる。
「俺も行きます」
「……うん」
 声をかけてきたのは日ノ岳だった。彼の手には各テーブルに飾る花瓶や花が入ったカゴが持たれていた。自然と横に並ぶように歩くと、是清は俯き加減になってしまう。
 こんなことで嬉しい…とか思ってしまうとは……。
 これじゃあ生徒と一緒だと思いはするが、嬉しさは隠せない。
「先生」
「……何だ?」
「疲れてません? なんかフラフラしてるように見えるんだけど」
「…………分かるか?」
「……まぁ」
「ちょっと……色々初めてのことが多くてな」
「…」
「先生がこんなんじゃ駄目だって分かってるんだが……」
「……仕方ないでしょ。誰だって初めてだらけじゃ疲れますもん。でも先生、倒れないように気をつけてくださいね」
「ぁ、ああ…」
 そう言われると嬉しくなる。たぶん他の誰に言われるよりも嬉しいんじゃないかと思う。是清は頬が赤くなってやしないかと冷や冷やしながら俯き加減で歩いた。

 数日前まで。どこがどこの教室を使うかで特別教室棟内でももめていたのだが、運よくジャンケンで勝って第二調理室が借りられた。だから隣の準備室を調理場に使うことにして準備を進める。
 校門から一番近い位置にあるこの棟は、たぶん前売りよりも当日チケットのほうが多く出るだろう。だから売れているチケットよりも多めに色々頼んではあるのだが、予想が外れたら最悪だった。
 もしモノが残ったとしても要は赤字にならなければいいわけで……。しかしレンタルした料金は、稼がないとそこは教師の自腹…になるのかな……。いや、でももう前売りで半分は回収出来てるから……。
 ブツブツとそんなことを考えていると棟に到着してしまう。そこにはもう文化部が動きだしていて結構な賑わいになっていた。
「文化部ってもっと静かだと思ってましたよ」
「そんなこともないみたいだね」
「ええ…」
 考えてみれば一年に一度の校内発表だ。中には発表をしながら飲食出店もするところもあるので、入れかわり立ちかわり人が出入りしていた。だから廊下は荷物もあいまって普段では考えられない賑わいになっていたのだ。
「さて、僕たちもオロオロしてられないな」
「ええ。でも本当に準備期間ないですね」
「ああ。僕も初めて来た時はびっくりしたけどね。ここではこれが普通らしい」
「…同じ二年生ですしね」
「まあな」
 日ノ岳はもちろん高校二年だが、是清も教師二年生なのだ。だから去年は右往左往したものだ。だが今年は担任も持ってるし、仕切らなければならない立場なのに気がつけばこうして生徒にフォローされている。駄目だな…と思うが、これも日ノ岳ならいいか…とか思ってしまう。
「駄目だな…」
「…何がですか?」
「いや、何でもない」
 第二調理室と準備室の鍵を開けると窓を全開にする。空気の入れ替えをしながら設置されているテーブルを全部拭きにかかると次々と教室にいた生徒たちが荷物を運んできた。 こんなに準備期間がないと言うのに欲張りな企画ばかり出した生徒たちは、前日になって暗幕をつけて室内を暗くしたいと言い出していた。だったら最初から理科室を選択すれば遮光カーテンがついて何も苦労しなかったのに…と文句のひとつも言いたくなる。
 言うまい言うまい……。
 ギシギシと歯軋りをしたい気持ちを抑えた是清は、すでに到着しているレンタルのタコ焼き機を調理室の教台の前に設置してガス栓と繋いだ。
「タコ焼きだけはこっちに出してもいいんだよね?」
「ええ。しかし…これはやっぱりマズいような気がします」
「ん?」
「暗幕。やめたほうがいいんじゃないかと思うんですよ」
「えー?! 日ノ岳が変なこと言い出したっ!」
「なーんでいまさらっ!」
 カーテンに理科室から拝借してきた暗幕を取り付けようとしていた生徒たちが口々にブーイングしだす。それを制した日ノ岳は真剣な顔をしていた。
「皆次々自分のやりたいことばっか出して実行しようとしているけど、暗くして室内でガス使ったらどうなるか分かるだろ? ここは生徒会に提出した通り、通常パフェでいいと思う」
「えーーーっ」
「つまんないよーっ!」
 生徒たちの会話を聞いていてギクッとした。それは本来自分が言わなければならない言葉ではないだろうか……。是清は思ったからだ。
「あの………日ノ岳」
「何です?」
「いや……って言うか…………」
「先生も今気づいたでしょ? 暗くしたら不衛生だし、第一死にますっ」
「そ、そうだな……。迂闊だった……。皆、暗幕取りやめっ! 撤収っ! 元の部屋に戻してきて」
「って言うかぁ、やっぱ生徒会に提出した通りにやらなきゃ駄目じゃん?」
「ぅ……ぅん………」
「まぁ……」
 やる気になっていた女子を川島まつみが軽くたしなめる。それに対し抗議する者は誰もおらず、皆決まり悪そうに笑いながらカーテンを片付けだした。
「ごめん…」
「ごめんね…。何かあったら駄目だもんね…。そこまで考えてなかった…」
「そうだよね。何かあったら全部先生の責任になっちゃうかもしれないんだもんね…。駄目だよね。ごめん清ちゃん…」
「いや………分かってくれればいいんだ………」
「ナイスフォロー」
「ナイスアシストッ、日ノっ!」
 バシッと肩を叩きたいところが、そこまで届かなくてカーテン片手に女子たちが日ノ岳の腕を叩いていく。彼の口元は笑っていたが、是清の顔は真っ青だった。
「どーしたの、清ちゃん!」
 川島が叫ぶ。その声に日ノ岳が是清を振り向いた。
「先生っ、顔真っ青ですよ」
「……ごめん。ちょっと血の気引いた………」
 そのまま開催したら…と考えたら言葉通り血の気が引いた。心配して手を伸ばしてくる川島に「大丈夫だ」と制すと苦笑するしかなかった。
 これじゃあ教師として失敗だな…。
 それからも着々と作業を進めはしたものの、是清の頭の中は真っ白で何をしたのかと聞かれたら答えられないほど意気消沈していた。
 そして夜になって発注ミスなのか、それとも元からそうだったのか、明日の朝イチで届けてくれるように頼んでおいたはずの食品材料が届いてしまった。
「明日の朝、お願いしたと思ってたんですが……」
「あれ、そうでしたっけ? こちらには前日搬入と連絡いただいてるんですが…」
 困った……。何年か前ならそれでも十分許されたかもしれない。だけど昨今色々なものが混入される事件も起きているので迂闊には了承できない。だけど相手も困っているようなので、考えた末商品は受け取ることにした。
「分かりました。じゃあ隣の準備室に搬入しておいてください」
「あー良かった。断られたら洒落になりませんからね」
 心底良かったと言う顔をされると自分の判断は間違ってなかったんだな…と思える。是清は納品書にサインをすると配達してきた人間を帰した。



「それじゃあ作業はこれで終わりますっ。明日は各自遅れないように」
「分かってまーすっ」
「じゃ、解散っ!」
 すっかり暗くなってしまったが、予定の時間よりも早く支度が出来たので皆を帰らせる。だけど是清は近くのコンビニに行って夕食を買ってくると再び準備室に戻ってきていた。
「一晩くらい、どうってことないさ」
 どうせ疲れているのだからもう少し無理しても変わりないんじゃないかと言う勢いで、是清は運ばれてしまった食品を見張るために一晩ここに泊まるつもりでいた。
 食事をして職員室に届けを出して保健室から布団を借りてくると、大きな机の上に布団を敷く。しかし転がって下に落ちてしまうことを考えて、もう一度床に敷き直すと靴を脱いでコロンと横になる。
 横になると疲れた体は正直で、掛け布団もかけないまままぶたが重くなった。

 あー…暖かい……ってか、なんか体が痛いような………。
 堅い床の上では、いくら布団を敷いていても節々が痛くなる。その痛さに眠りから覚めた是清は、まず天井のライトが煌々とついているのに気づき、ここが準備室だと言うのに気づいた。だが今ひとつ自分の置かれた立場が分かってない部分がある。それはこの腕枕の主だ。目の前には胸板があり、まるでぬいぐるみの熊が抱かれているような自分の位置。
「………」
 是清は固まってしまった。顔をあげれば相手はすぐに確認出来る。だけどそれを知ってしまった時の驚きはどうしたらいいだろう。第一相手は誰なのか。それさえも予想が出来ないから怖いのだ。しかしこうしていても埒が明かない。是清はゆっくりと顔をあげて相手を確認することにした。
「ぁ…っ……!」
 ぇ…何で………?! 何でこいつが………。
 心臓が飛び出るかと思った。今自分を抱いて眠っているのは、帰ったはずの日ノ岳だったのだ。
「ぅ……ん……………」
 ジッと見ていると日ノ岳が小さく唸りながら寝返りを打とうとして、抱いている是清を確認すると動きを止めた。両手を相手の胸について顔をあげていた是清は、それだけで心臓がバクバクしてどうしていいのか分からない。
「日ノ岳……」
 呟いた時、パチッと相手が目を開けた。
「ぇ…」
「ぁ…」
「……………どうして……」
「どうしてって…先生ひとりじゃ心細いでしょ?」
「で…でも……僕は………」
 誰にもそんなこと言ってないのに…。
 見上げた瞳が揺れていた。だけど日ノ岳は是清を抱いた手に力を入れるとニッコリとほほ笑んだ。
「ひ…日ノ岳……?!」
「先生の思ってることくらい分かりますよ」
「………ぇ?」
「最近巷じゃ針入れるとか、変なもの混ぜるとか、嫌な事件起きてますからね。材料配達ミスでしょ? そんなの断っちゃえばいいのに…先生優しいから。今夜は絶対泊まり込みすると思ったんです」
「…」
「だから心配で来ちゃいました」
「心配って……」
 食材? 僕? どっち? と聞いてみたくなってしまった。口を開いて声を出す寸前までいったのに、それからが続かない。
 聞いて違ってたら……。
 自分の思う通りの答えが返ってこなかったら辛くて仕方ないから聞くに聞けない。是清は彼の胸についていた手を無意識にギュッと握った。
「先生?」
「…………ん? なに?」
「………………いえ。それより先生、全然見張りになってないですよ。俺来たら鍵開いてるし、布団の上で倒れて冷たいしで、一瞬死んでるのかと思いましたよ」
「ごめん。疲れてて横になったらそのまま寝ちゃったみたいだ」
「ですね。でもあまりに無防備すぎです。先生、襲われたりしたらどうするんですか」
「って、そんなことは…」
「自覚ないんだからな、ったく……」
 大きく肩でためいきをつかれると、改めて自分の軽率さを恥じる。
「そうだな…。寝てる間にぶん殴られて死んじゃいましたなんて言ったら様にならないもんな…」
「じゃなくて。………もういいですっ。もう寝ましょ」
「……でもお前、お家の方には言ってきたのか? って、何時だ?」
 彼に気を取られて時間まで気にしてなかった。是清は室内の時計を探そうと首を伸ばした。
「三時ですよ、三時」
「三時……?」
「親にもちゃんと言ってありますから大丈夫です」
「そうか?」
「はい。…ぁ、こんな時間まで明かりとかつけておかないほうがいいですかね。逆に標的にされそうだ」
 言いながら身を起こした日ノ岳が照明を消しに立ち上がった。
「小さい電気とかつくかな…」
 スイッチで消そうとしてから照明を確認してないことを知ると「残念」と舌打ちした。それでも今日は全館廊下だけは明かりがつけられているので上半分磨りガラスになっている引き戸から明かりが漏れてくる。
 室内の照明を消されるとシルエットに近い日ノ岳が再び布団に入ってきた。その時になって改めてまたドキドキが倍増する。
 僕は……今日ノ岳と一緒の布団に入ってるんだ………。どうしよう……。ドキドキが止まらないっ………。
 ギュッと目を綴じると抱き締められて余計にバクバクしてしまう。
「さっさと寝ましょ。明日も早いんだから」
「ぅ…うん……」
 答えはしたが、これからもう寝るだけの自信は是清にはなかった。
 沈まれ心臓っ…。沈まれっ……。
 日ノ岳の匂いに包まれながら、是清はそんなことばかり考えていた。
終わり 080916
タイトル「君に咲く花、僕の花」