タイトル「Se・Frie…?」

 彼には同類の友達がすぐ近くにいる。それは時にうっとおしく、時に頼りになる。
「好みじゃないんだけど…」
 この際仕方ないか…とも思う。
 吸血鬼じゃないけれど彼の場合、定期的に欲求が押さえられなくなる。そんな時役に立つのが近くにいる同類だ。

 定時近くなり、会社の中が一気に慌ただしくなる。みんな定時で終わりたいからだ。
「中野さんは直帰ですって」
「森本さんは?」
「えっと……搬入行って、まだ戻ってきてません」
「それじゃ、これは彼のデスクに。それでこっちは中野さんのところにね」
「はい」
「忙しそうだね」
「ぁ、片瀬さん……」
「只野、いないんだけど」
「ぁ、彼ですか? 彼なら…」
「倉庫ですよ。いらない物整理しないと、もう新しい物が入らないから困ったね…って言ってたら只野さんが率先してやってくれて…」
「そっか、倉庫ね」
 礼を言って倉庫に向かおうとすると、後ろからまた声をかけられた。
「片瀬さん」
「んー?」
「私たち定時で上がるんで、只野さんに鍵閉め頼んでいいですか?」
「いいよ」
 じゃ…と片手をあげて事務所を出る時に倉庫の鍵を手に取る。
 倉庫は社屋の中でも一番使われない二階の奥にあった。いらなくなった物はまずここに持ってきて保管。そして一年使わなければ書類とともにゴミに出される。ただ厄介なのは書類のような可燃だけではなく、機材のような不燃物も調子よくここに詰め込まれることだった。
 三階の事務所から階段を使って二階まで降りる。二階は主に会議室や接待ルームとして使われているフロアだった。
 夕暮れ迫る時間になるとそこはもう人影などなくて、ガタガタと小さく聞こえてくる音は只野が倉庫を片付けているその音だけだった。そこに鼻唄でも歌うような足取りで近づいた片瀬は、しっかりとネクタイを緩めてからドアを開けた。
「……」
「…只野」
「……」
「もうすぐ定時になるぞ。まだ終わらないのか?」
「……………切りのいいところまでやる」
「あっそ」
 パタンとドアを閉めて中に入り込むと内側から鍵を閉める。視界には汗だくになりながら機材と戦う只野がいた。みんな人気のないところは苦手なのか、入り口に置いて逃げるようにこの部屋を後にするので、入り口付近に荷物が滞積しているのだ。それを今只野が片付けているところだった。
 薄暗くなってきている中、黙々と働く彼を片瀬はドアに背を凭れかけて腕組みをしながら眺めた。汗で濡れたワイシャツが筋肉質の彼の体に引っ付き、額から流れる汗がポタポタと床に落ちる。
「………見ているなら手伝え」
「やだよ。汚れるだろ」
「………じゃあ帰れ」
「それもやだ」
「……………鍵か?」
「ああ」
「じゃあ、そこに置いて行け」
「いやだ」
「………………」
「それ、いつ終わる?」
「………切りのいいところまでやる」
「だから、それはいつだって聞いてる」
「……………用があるなら言え」
「口では言えないから待ってるんだろ?」
「………」
「それとも、そのまま襲っていい?」
「お前また…………」
「体が干からびてるんだ。さっさとそれ、切り上げろ」
「………随分自分勝手だな」
「いつものことだろ?」
「……」
「いいからさっさとしろよ。俺、もうタイムリミットなんだってば」
「……」
 それを聞いた只野は、大きくため息をつくと額の汗を拭って手を休めた。
「……………俺、お前の犬じゃないぜ」
「分かってるよ、そんなの」
「………………じゃ、切り上げる」
 只野は言葉通りあっさりと仕事をやめると、片瀬を押しのけて倉庫を出て行ってしまった。
「ぁ、ちょっと」
 慌てて彼の後を追い倉庫を出ると、しっかりと鍵をかける。只野は汗で濡れたワイシャツを脱ぎながら洗面所に入って行った。
「只野っ。只野ったら」
 しかし相手からの返答はなく、中からは水の音が聞こえてくるばかりだ。彼を追って中に入っていくとスポーツ選手よろしく頭から水を被ってあたりは水浸しだ。
「あーぁ、こんなにしちゃって…」
「………どうせタイルだ」
「だけどさ…」
「タオル」
「あるかよっ、そんなの」
「………」
 言うと、只野は上半身ずぶ濡れ状態で廊下に出た。
「おいっ、どこ行くんだよっ!」
「…………更衣室」
「そんな格好でか?!」
「……」
「待ってろ、タオル持ってきてやるからっ」
「………」
「いいか、そこの会議室入ってろ。ぁ、ロッカーの鍵寄越せ」
 催促してやっと只野はロッカーの鍵をスラックスのポケットから取り出した。何かにつけて反応が遅いと言うか…。いや、反応は遅くないのだが、言葉が少なすぎるのが彼の欠点だった。ガタイはデカくて逞しく、顔もそれなりにいいのだが話さない。だからなかなか女子とも打ち解けなくて遠い存在になっている。片瀬にとっては都合のいい相手なのだが、一般的に見ると厄介な相手だろうな…と伺えた。
「タオルタオルっと…」
 それに比べて片瀬のほうは、只野とは真逆とも言える。女性には優しくレディーファースト。まんべんなく優しすぎて誰からも相手にされないけど、本人はそれで満足している。何と言っても愛の対象が女ではないからあまり頓着ないのだ。
 三階に上がってすぐにある更衣室に入ると只野のロッカーからタオルと着替え一式の入った袋を持ち出す。そして自分のロッカーからもタオルとローションを取り出すとポケットに忍ばせた。
「カンペキ」
 にんまりと笑うと只野の元に急ぐ。
 定時を知らせるチャイムが鳴って数分の間に、社員はクモの子を散らすように退社してしまった。だから今社屋にいる社員は、自分たちを含めても数人だ。その数人は三階に固まっていると言ってもいいだろう。片瀬は荷物を抱えながらスキップする勢いで二階に降りていった。


「持ってきてやったぞ。ほら、タオル」
「………サンキュ」
 一枚を渡すと只野はポタポタと落ちていた滴をふき取るように頭をガシガシと拭きにかかった。
「そんなことしたら体拭けないだろ」
 だと思った…と、ばかりに片瀬が自分のタオルで彼の体を拭きにかかる。後ろから肩と背中を拭きながら抱き着いて頬や唇を寄せた。
「相変わらず…いい体してるよなっ………」
「……………ここで…か?」
「どうせ誰も来ないだろ? 俺…もう疼いて駄目なんだ……。朝からお前ばっか見てた……」
 後ろから腰に手を回しベルトを外しにかかる。
「全部脱いじゃえよ。着替え持ってきたから」
「………」
 されるがままにベルトを外された只野だが、そこまでされると片瀬の手を止めた。
「…なに?」
「……」
 無言で立ち上がると自らすべてを脱ぎにかかる。それを見た片瀬は、クスッと笑うと自分も下半身を脱ぎにかった。
「お前ってさ、何でそんなに言葉足らずなわけ?」
「……」
「ま、いいけどさ……」
 下半身を脱ぐとネクタイを外してラフな格好になる。冷たい床の感触が直に足に伝わってきたが、もうすぐそんなことも感じていられなくなる。片瀬はにっこりとほほ笑みながら只野の首に手を回して抱き着いた。
「身長差あるんだからさ、もうちょっと屈めよ。俺、キツいだろ?」
「…」
「ん……っ………んんっ………」
 相手が腰を屈めてくれたかと思ったら、いきなり尻の割れ目に指を這わせられ体がビクンッと跳ね上がる。片脚を只野に絡ませて必死になって抱き着きながら唇を合わせる。床についた脚が爪先だちになりキツいと思っても、只野は姿勢を一瞬屈めてくれただけだった。
「…ワイシャツ……替えはあるのか?」
「ある…けど………」
 唇が離れると初めてまともな言葉を聞いた気がした。が、それもつかの間で、片瀬は会議室の長机の上に上げられると、そこで四つん這いの姿勢を取らされた。
「な…んでここ?」
「……脚、もっと広げられないのか?」
「…机の幅が限度だろ?」
 広げられないのか? と言うことは、広げろと言うことで。片瀬は文句を言いながらも両脚を机ギリギリまで広げた。すると尻に回った彼が片瀬のワイシャツを捲り上げて尻肉を開いた。
「ちょっ…! いきなり?!」
「…」
「ぁ、ローション! ローションあるからっ! それ、使お。なっ?」
「……どこ」
「ポケット。ズボンのポケットにあるから」
 自分のスラックスを指さして取れと促す。只野は腰を屈めるとスラックスのポケットからチューブになったローションを取り出した。
 これ? と片瀬に見せると、頷くのを確認して中身を指先にたっぷりと出した。そして捲り上がったままになっているワイシャツをもっと捲り上げると尻の割れ目に指を這わせた。
「ぅ……」
 割れ目から前のモノまでたっぷりとローションをなすり付けると、ようやく秘所に戻ってくる。しかし只野は簡単にはそこを解そうとはしなかった。何度も往復されて四つん這いになった片瀬の体が戦慄く。
「な…んで……? なんでだ……?」
「……」
「なんで…そんなに焦らす?」
「……夜は……長いから」
「は?」
 そんなセンチメンタルな言葉が相手から出るとは思わなかった片瀬が、素っ頓狂な声を上げる。
「なぁ………」
「んだよっ! 言いたいことがあるなら早く言えよっ」
「俺…」
「んっ…ぁぁっ…ばっ…ばかっ……。そこ…さ…わりながら言うなって…!」
 だけど只野はローションを塗りたくったそこに指を這わせ、両手で前と後ろを弄りながら言葉を出した。
「お前…………俺のこと好き?」
「ぅ……ぅぅぅ……それかっ……。それを聞かれると……っ……ちょっと困るなっ……ぁ……ぁぁっ……」
 彼とは体の相性はいい。
 だけどこの言葉数の少なさが致命傷で、片瀬は相手が何を考えているのかが分からずに踏み込めないでいた。
「……嫌い?」
「嫌いでこ…んなことっ………出来るかよっ……っ……ぁ………」
 やっと只野の指が秘所の中に押し入ってくる。
 前を袋ごとしごかれ、秘所を解されながら背中に只野の舌を感じる。片瀬は腰をくねらせて必死に言葉を出した。
「タイプじゃ…ない。……っ…それだけだっ………」
「タイプ?」
「ぁ………ああっ…」
「………」
「も…いいから………入れて……。これ以上されたら俺……出ちゃう……っ……」
「……」
「た…只野ったらっ……ぁ……駄目だっ……ぅぅっ…ぅ……」
 それでもやめてくれなくて、片瀬は彼の手の中で弾けていた。
「ぅ………ぅぅっ………」
 それでも只野は、前をしごくのをやめないまま後ろの指を増やした。
「ばかっ……ぁ…ま…まだ弄るのかよっ………。くそっ……」
 しつこい。このしつこさも嫌だ。なのに近くには、こいつしかいない……。
 片瀬は四つん這いの姿勢を崩し上半身だけうつ伏せになった。尻が上がり猫の背伸びのようなポーズで相手が飽きるのを待つしかない。只野は片瀬が吐き出した精を彼の腹に胸にとなすり付けて回った。体中がローションと精液とでグチャグチャになっても、只野は片瀬を嬲るのをやめなかった。
「しつこいっ……しつこいんだよっ……お前はっ……!」
「………」
「いーかげん入れろよっ…! てか、入れてくれっ! そうじゃないと俺…」
 何度もそう言って相手を振り返ると、只野は大きくため息をしてようやく体を弄るのをやめた。
「やる気…出ない」
「こんだけ弄っておいて、それはないだろっ?! んだよ! じゃあ、どうすればいいわけよっ! 俺だけグチャグチャじゃん!」
「………………縛って…みる」
「は?! って、ちょっ! 何、お前そういう趣味もありなわけ?!」
「………」
 驚いて身を起こすと、床に散らばっているネクタイを手に取ってジリジリと詰め寄る只野がいた。
「ぇ…ほんとに…?」
 頬をひくつかせて笑うしかない。片瀬はすっかり暗くなってしまった部屋の中で廊下から差し込む明かりだけを頼りに只野を見つめていた。


「こんなことやっても一緒だろ?」
「………」
「萌える?」
「………ぅーん」
「なら解けよ」
「やだ」
「やだってのは、即答なわけねっ! みっともないだろ?! こんな姿…」
「………」
「それには答えないのかよっ! すっかり俺、萎え萎えなんですけどっ!」
「………」
 片瀬はワイシャツを全開にして後ろ手に縛られると床に転がされていた。只野は文句を言う片瀬の側に屈むともう一本自分のネクタイで片瀬の首を縛った。
「何これ」
「綱」
「何するための?」
「散歩?」
「………犬かよ」
「……」
「馬鹿にしてる?」
「いや」
「じゃあ、ただ単にしたいんだ」
「うん」
「………変態っ」
「……」
「下種っ」
「…」
「馬鹿っ!」
「………」
「阿呆っ!」
「……」
「間抜けっ!」
「……」
「屑っ!」
「……」
「うーっ!」
「……」
 罵ってみたが、相手は全然堪えてない様子だった。
 いつものごとく何も表情を表さない。片瀬が一通り終わるのを待って、垂れたネクタイの綱を持つと片瀬を引っ張って向かい合った。
「しゃぶれ」
「……」
 一瞬戸惑ったが、相手が新しいことを試みたいと感じ取った片瀬は、言われるまま口を開けて差し出された相手のモノを咥えた。雁まで咥えて舌で丹念に鈴口を舐めて吸い、もう少し奥まで咥える。角度を変えて少しづつ彼を味わっていると、只野は脚で片瀬の股間を刺激してきた。
「ぅ…ぅぅっ…ぅ……」
 反射的に腰を引いてしまった片瀬は、床に尻餅をついてしまっていた。それを綱で引っ張られて机にうつ伏せにさせられる。さっき開いた秘所に今まで口にしていた只野のモノが宛てがわれた。腰を掴まれてゆっくりと只野のモノが中に入ってくる。それをなるべく力を入れないでやり過ごそうとするのだが、気持ちはそうでも体は到底無理な話だった。
「ぅぅぅっ……痛っ…………………はっ…ぁぁっ………………」
 大きく口で息をして何とか呼吸を整えようとする。だけどこの圧迫感は変わりようがない。綱を引かれ息苦しさが倍増し、モノを弄られて爪を立てられるとビクビクッと反応する。
「てめっ……ぅ…………くぅぅっ……」
 根元までモノを入れられ、操縦桿でも握る勢いで股間のモノを握られたまま、綱で方向を指示するように引っ張られ片瀬は弄ばれた。
「も…やっ………」
「まだだ」
 そんな姿勢にも飽きたのか、只野は片瀬の脚を片方づつ机の上に上がらせて、後ろ手のままましゃがんだポーズを取らせた。そうしておいて腰を持ったまま下から突き上げる。
「あぅっ! くっ…ぅっ…ぁ…! ぁぁっ…! あっ…ぁ…ぁぁっ!」
 片瀬は嗚咽を漏らしたが、只野は突き上げるのをやめなかった。
 何度も何度も突き上げて、そのたびに片瀬のモノから先走りの汁が飛び散る。頬に涙が伝い綴じようとする脚を余計に広げられて突き上げられる。
「ぅっ! ぅっ! ぅっ!! ……くっ……ぅ……!」
「中で…出すぞ…っ……」
「ぅっ…ぅぅっ…」
 答えを聞くつもりもなく答えるつもりもない。二人は汗を滴らせながら、ひたすら互いの快楽だけを貪った。
「出るっ…!」
 どちらが先にその言葉を口にしたのか。それさえも把握出来ないほどに、互いが互いを感じ合っていた。一瞬間があって只野が片瀬の中に精を注ぐと、ほぼ同時に片瀬も会議室の机や床に精を飛び散らせていた。


「手、解けよっ」
「…」
「只野、手っ!」
 机の上で横たわったまま片瀬が怒鳴る。すると仕方なく只野が後ろ手に縛ったネクタイを解きにかかった。
「なんでSMなんだよっ。たく……痛てぇだろうがっ!」
「感じてたくせに」
「っ…。そういう時だけ即答しやがってっ………!」
 ようやく解かれた手首を摩りながら片瀬が毒づく。
「手首も……首も……。赤くなってるだろっ?!」
「……」
 どうせ見えない。
 そんな目で見られて、片瀬はまたカチンときてしまった。
「お前ってホント嫌な奴なっ!」
「………」
 善がってたくせに。
 またそんな目で見られて顔が真っ赤になる。一瞬見つめ合って睨み合ってから二人は自分の身支度を始めた。
「…………なぁ」
「んだよっ!」
「しゃがんで犯るの……良かった?」
「ぇ…」
「………」
 良かった?
 素朴な疑問とも取れる言い方で聞かれると、真っ赤になった顔がますます赤くなる。片瀬は汚れたワイシャツを掻き抱くと床に降り立ちながらコクンと頷いた。
「すげぇ…きた」
「そうか」
 良かった。
 ニッコリとほほ笑まれると、恥ずかしさでいっぱいになる。片瀬はわざと彼を見ないように背中を向けるとスラックスに脚を通したのだった。
 嫌な奴…………………。
 二人の関係は、互いを干渉しないことから始まり今に至る。一歩踏み出せば一歩引く。そんな微妙な駆け引きがいつも抜群なタイミングで噛み合っていることに、彼らはまだ気づいていない……。
終わり 080904 
タイトル「Se・Frie…?」