タイトル「(仮)そこが終わりじゃないだろうっ?!」

 社内でも一番忙しい総務の最奥の部屋。
たくさんの書類と棚に囲まれた中に河合継(かわい つぐる)はいた。
御年42。

 ただいま午後の読書中だ。

 部屋の外からはいくつもの電話のコール音や社員の話し声が聞こえてくるが、ここは異世界のように静かで邪魔するものは誰もいなかった。
 この年になってこんなに静かな環境を与えられるとは思っていなかったので今はすっかり居心地がいいが、いかんせん空調設備が十分ではなく今ひとつ寒い。
だから数少ない稼働するエアコンの届く範囲プラス窓からの明かりが十分な場所での活動をすることにしている。
 午前中は女子社員が持ち込んだ書類の整理整頓処理に追われるが、午後になると暇になってくる。
あまりに暇なので書類をデータにしようかとも考えたが、そうすると時間がかかるので面倒になってやめた。
 総務部9課9班。ここは河合のために作られた河合しかいない部署だった。
 今までは。





「ども」
「………君は?」
「はいっ。本日付けでここに移動になりました御剱誉(みつるぎ ほまれ)と言います。よろしくお願いしますっ」

 ペコリと頭を下げられて相手の顔をマジマジと見つめてしまった。
年はまだまだ若い。
入社数年といったところか。
精悍な顔付きにまぶしい笑顔。
特に白い歯が垣間見える口元は爽やかさ万才で、どこかのファッション雑誌で見かけるんじゃないだろうかとさえ思えるほどだった。

「……聞いてないけど」
「はい。急遽の配置転換ですので達しは後から来るかもしれません。ぁ、ここいいですか?」
 前の部署から持ってきたであろう私物や備品の入った箱を手近な長机の上に置くと男は改めて頭を下げてきた。
「営業一課から来ました御剱ですっ」
「営業一課……って、何かしたのか?」
「いえ」
「でも営業一課って言ったら……」
 この会社の要になる部署だった。
だから河合は「絶対何かやらかしたな」と判断して読書中の本に目を落とした。
「ここの部署の仕事は……書類整理ですかね」
「そう。毎朝全部署から社員が持ってくる書類をチェックして、それから資料にするためにファイリング。それから必要書類の出し入れと要らない書類の箱詰めね。一週間に一度業者が来るからいるのと要らないのはっき
り分かるように区別すること」
「はぁ。………で、あなたは今何してるんですか?」
「僕? 僕は今午後の読書タイムだよ」
「つまり暇ってことですか?」
「うん、まあね。だから君が来てもそうそうやることなんてないよ。元に戻してってお願いしてみたら?」
「そう簡単には行かないでしょ」
「…そうだね。だからってふたりいても仕事の取り合いにしかならないよ?」
「ここは総務なんだから、それに準じたことしてもいいんですよね?」
「やることがあればどうぞ。ただし君ひとりでだ。僕は僕の仕事をやるから」
「ぇ…」
「あっ、僕の名前は河合継(かわい つぐる)。君よりいくつも年上だけど河合さんって呼んでくれていいよ? 僕は君のこと御剱君って呼ぶからね」
「はい。よろしくお願いします」
「あのさ、今暇だから聞いてもいい?」
「はい」
「何でここなの?」
「…志願したからですよ?」
「えっ………?」
「俺、ここに志願してきたんですよ」
「何で?」
「あなたがいたから…って言ったら変ですか?」
「………変だよっ! 君、いったい何考えてんのっ! 第一僕は君を知らないし、君だって僕を知らないだろうっ?! なのに何でそんな理由でここに来るかな!」
「あなたのことが好きだから……ですかね」
「話したこともないのに、それは通じないよっ?!」
「あ…すみません。でもあなたの武勇伝はいくつも聞いてますから」
「武勇伝っ?! そんなの僕にはないよっ! いいかげんなこと言わないでくれるかなっ! いいかい?! 今から人事に行って訂正してもらってくれないかっ?! ここにはひとりだけで大丈夫だから元に部署に戻りま
すって!」
「嫌ですよ。ここに来るの結構大変だったんですから」
「そんなに大変な思いしなくていいよっ! あ、そうだ。僕が今から人事に行って来てあげようっ」
 立ち上がってドアに向かうが、途中で躓いたりして自分がとても焦っているのを知られてしまいそうだと思った。
「河合さんっ!」
 グイッと後ろから腕を取られて勢い余ってターンしてしまった。
向かい合うカタチになって初めてマトモに彼を見た。
自分よりも随分高い身長なせいで目の前には相手の肩しか見えなかった。
そのせいで一瞬怯んで、それから上を向くとムキになる。
「危ないだろっ?!」
「すみません。でも俺、ここから移動する気はサラサラないんで」
「っ………。ここはっ! 君なんかが来る場所じゃないっ!」
「でも河合さんはいるじゃないですかっ!」
「僕はいいんだっ!」
「いいわけないでしょ。大体なんであなたはこんなところにいるんですかっ」
「何でって……」
 そんなこと言われても分からなかった。

 栄転と言うカタチで海外赴任を言い渡され数年勤務。
それから国内でも新天地開拓と言う名目で色々な都道府県をいくつか回り、やっと本社に帰って来れたと思ったらこの部署になっていただけの話だ。
それをこいつに言っても仕方ないと口を噤んだ時に相手が顔を近づけてきた。
「俺、言ったでしょ? あなたのことが好きだからここに来たって」
「……ここに来なくてもそれは言えると思うけど?」
「一緒に帰りませんか? 一課に」
「なっ…に言ってんの……? 君は」
「知ってるって言ったでしょ、あなたの武勇伝。一課で初めて海外受注取ってきた人。ろくに英語も出来ないのにうまく立ち回っちゃった人。大量受注記録、未だに破られてませんよ?」
「うっ…うーん…………」
 ふたりの勤めている会社は一流には及ばないが、それに続くくらいの商社だった。
名が売れてない分、海外への進出は冒険とも思えたが、河合が一課にいた時は時代が見方してくれたと言ってもいい。
失敗してもイケイケドンドンな時代でもあったのだ。
「君には何か間違って伝わっているんじゃないのかな。確かに僕はかつて一課にいたけど、それは今とは時代が違ってるんだよ? 今は石橋を叩いて渡れって時だろ? 僕はもう化石だ」
 けして卑下しているつもりはなかった。
事実を事実として言っているだけだ。だけど御剱はそれを肯定しなかった。
「いいですか? あなた今生きてるじゃないですか。もっと自分を活用しようとは思わないんですか」
「思わないっ。僕はここが今一番好きなんだっ!」
「困った人ですね」
「それはこっちの台詞だよっ。君こそまだ若いんだから、さっさと一課に帰って仕事すればいいじゃないかっ! 僕のことは放っておいてくれないかっ?!」
「嫌です」
「何故っ?!」
「何度も言わせないでくださいよ。俺はあなたのことが好きなんですっ」
「調子が良すぎるっ!」
「何とでも」
「僕は君なんか知らないのにっ!」
「ええ。でも俺はあなたのこと知ってますから。てか学習済みですから」
 ニッコリと笑われて返す言葉をなくす。
「君は馬鹿か?」
「はい。河合馬鹿です」
本編に続く
タイトル「(仮)そこが終わりじゃないだろうっ?!」
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