タイトル「所持金830円」

 窮地に立たされていることは確かだ。だって今俺は男相手にベッドの上にいるからだ。
「ぇっ、君着たまましたい派なの?」
「ぇ、いやそういうわけじゃないんだけど…………」
 金に困ってその手の店に行くと『売り』と間違えられてホテルに直行されていた。
俺としては、ちょっと我慢すれば金が手に入るのなら我慢もしようじゃないかっという気持ちでいっぱいになっていたのだが、すみません、やり方が分かっていません。
相手は俺と同世代だけど、ちょっと年上かな……と言う感じの好青年な彼だった。
「ごめん、俺正直よく分かってなくて……」
「ああ…………。もしかして素人?」
「てか、あーーーっ。俺、金は欲しいけど『売り』は初めてなんだ…………」
「そう…………」
「そう…………なんだけど…………。やれば金、くれる?」
「いいけど…………。そんなんで君は僕が満足させられるのかな」
「ぇ……」
「満足、させられる?」
「っと…………」
 何せ初めて尽くしで、何をしたらいいのかからして分かっていない。
そういえばそうなんだよなっ。お金をもらう以上ちゃんと仕事しろよって言われても仕方ないことだ。分からないじゃすまないのが今ってことかな…………。
「君、名前は?」
「コウジ」
「僕はシン。君、お金のためにこういうことするの、手っ取り早いけど後悔するかもしれないからやめておいたほうがいいと思うよ?」
「…………」
「所持金はいくらあるの?」
「…………」
「言いなよっ」
「八百……三十円」
「そっれは…………ご愁傷様」
「後一回食事したら終わっちゃうから金が欲しかったんだ」
「そうだね」
「……」
「……」
「…………しないの?」
「聞いたよね? 僕を満足させられるのって。出来るの? その自信あるの?」
「い、いや……初めてなんでそれはちょっと…………」
「だよね。僕もよく知りもしない相手を拾ったことに後悔してる」
「ごめん…………」
「これからどうするの?」
「どうするって……また街に行ってどうにかならないかな……ってその辺うろつくとか……かな」
「あのさ、もうちょっと身になること考えようよ」
「考えようにも、もう俺腹が減り過ぎて思考停止一歩手前なの」
「困った人だね」
「ごめん……」
「ならさ、僕の家に来てハウスキーパーとかやらない?」
「……何それ」
「手っ取り早く言えばお手伝いさん」
「……俺、そういうのやったことないんだけど……」
「皿くらい洗えるだろ?」
「うん、それはまあ出来る」
「じゃあ洗濯も出来るよね?」
「やったことないけど……」
「洗濯物と洗剤入れてボタン押すだけだから」
「それなら出来るっ」
「その他にも色々あるけど、まずはそれくらいから」
「……」
「僕は君に職を提供してるんだけど、する気はある?」
「……あ、あるっ! したいっ! 出来るかどうか分からないけど、してみたいですっ!」
「じゃ、長居は無用。行こうか」
「はっ、はいっ」
 本当について行って大丈夫な相手なのかどうか……。それさえもよく分からないまま相手の後について行く。
「まずは食事だね。家に着いたらご飯を食べよう」
「ご飯!?」
 ご飯と聞いて完全に期待モードに変わる。この人はいい人だっ!
 ついて行く男の名前は波多野小路(はたの−こうじ)・21歳。
連れて行く男の名前は君島芯(きみじま−しん)・27歳だった。





 ホテルを早々に出てタクシーに乗ると彼の家に向かう。タクシーの中では何も喋らなかった。ただお腹の音が鳴らないか、それだけが心配だった。
「ぇ、ここ?」
「そう」
「ここの五階だから」
「へぇ……」
 街中にあるのに低層階なマンションは真ん中に中庭がある造りになっていて、彼の言う五階が最上階の建物だった。
エレベーターで五階まで上がると玄関のドアはふたつしかなかった。どうやら他にもエレベーターがあって、限られた人しか乗り込まないように作られているらしかった。
「お兄さん、もしかして金持ち?」
「金持ちと言えるほど金持ちじゃない。それでも少しは稼げるようになったと言うのが妥当かな」
 室内に入ってもお洒落な雰囲気は変わらずで、打ちっ放しのコンクリート壁や天井、無垢の木材を使った床。大きな観葉植物とお洒落な照明や家具は雑誌で見たことあるような代物だった。
「ご飯、食べるだろ?」
「ぁ、はいっ!」
「ならシャワー浴びておいで。服は用意するから」
「……」
 そういえばこの人とはそういう関係だったと、今まで浮かれていた気持ちがスッと消えて真顔になってしまった。
「何」
「……するの?」
「食事をね」
「なら、なんでシャワーなんて浴びろって言うの」
「単に汚いといけないから。ここ僕の家だし、言う権利あると思う」
「ごもっともですっ……」
 すぐにそっちに結びつけるのは自分でもどうかしてると思う。小路は「すみません」と謝るとおとなしく風呂場に向かった。
「ぇ、ここ?」
「これは僕の趣味じゃないからね。ここ賃貸だし」
「それにしても……凄いね」
「ひとりだから気にならなかったけど、ふたりだと気になるかな……」
「スケスケって俺、初めて見た」
 洗面所と風呂場の境目が全面ガラスになっていて、お風呂に入ってるところが丸見えになってしまうと言うラブホテルばりの空間が広がっていたのだった。
「まっ、気にしないで風呂に入って。入ってる間に新しい服用意するから」
「ぁ、はい……」
 ちょっと仰天しながらもとりあえず風呂に入れと言われたので入ることにする。
「俺、汚いかな……」
 自分で自分の体を嗅いでみるが、よく分からない。
「でもここ何日か風呂には入ってないか」
 じゃあ言われても仕方ないか、と納得してポイポイッと服を脱ぎ捨てると風呂場に入った。洗面所も広いなと思ったが風呂場も広い。広いし洗練されている。
「何だこれはっ」
 普通のシャワーと見たこともない大きな固定されたシャワー。大きな黒いタイルが貼られた浴室は今風で格好良かった。それに風呂もヘンテコな形をしていて色んなボタンが付いている。
「これは怖くて触れないな……」
 ジェットバスとか色々出来る仕組みなんだろうけど、無難にシャワーだけ浴びて善しとしようとコックを捻る。目の前にはボディシャンプーやシャンプー、コンディショナーなど色々置いてある。それを使ってゴシゴシと体を洗っていると、外のドアが開いた音がしたけれど、あいにく今相手がいるかどうか確認しようとしても泡が目に入ってしまうので無理だった。小路は全裸をバッチリ見られながら全身を洗うしかなかったのだった。
「チェックされたかな……」
 それもいいと思った。何せ今はただの居候だし、満足に仕事出来るかどうかも分からないのに受け入れてくれたのは奇跡としか言いようがないからだ。
「俺、役に立つのかな」
 今までしたこともない仕事に不安はあったが、雇い主はいい人らしいから幸運だと思った。もし、これで迫られても仕方ないなとも思ったけれど。



「綺麗になった?」
「ありがとうございます。とりあえず体は綺麗になりました。それに服も……ありがとうございます」
「うん。スエットだしね。それで寝るといいよ。それよりご飯、出来たから食べよう」
「ぁ、はい」
 手招きされて対面キッチンの向かいにあるテーブルに向かい合って座る。目の前には湯気の出たパスタが置かれていた。
「手を合わせて、いただきますっ」
「ぁ、いただきますっ」
 こういうの保育園でやったよな……と思いながら両手を合わせると食事につく。
「旨っ」
「そう? 良かった」
 明らかに手作りなパスタに感心する。
「作れるんですね」
「何が?」
「食事」
「出来るけど、どうせなら作って待っててくれる人がいると張り合いがあるって言うかな」
「ああ、そういう」
「そう。そういう相手が欲しいんだよね、僕」
「それで俺ですか」
「まだ絶対じゃないけどね」
「はい」
「君は最終的に僕を満足させなきゃいけないんだけど、それでもいい?」
「いや、やってみないと分からないし。ハウスキーパーとかも……出来るかどうかが疑問だらけなんで……」
「住み込みでお給料もちゃんと出すよ?」
「……いいんですか?」
「うん。君、気に入ったから。でも聞いていいかな。今まで何してた?」
「今までですか?」
「最終学歴は?」
「高校です」
「職歴は?」
「色々。でもほとんどバイト的なものですかね」
「ふぅん。たとえば?」
「テキ屋とか。呼び込みとか。パチ屋とか。後警備員とか」
「君、親とかは?」
「ああ、いますよ。てか今もいるのかな……」
「うん?」
「俺、高校卒業と同時に独り立ちしてるので……」
「独り立ち、とは?」
「親からの独立です」
「へぇ。まあそうだと思うけど」
「卒業と同時に生き別れって言うか……。元々賃貸に住んでたんで、俺は住み込みで働く予定あったんで家を出て、次に家に行ったら家族はもうそこには住んでなかったと言う……」
「でも携帯とかで連絡つくんじゃない?」
「それが俺のほうが携帯盗まれちゃって……」
「連絡つかないと」
「そう、ですね……」
「……まあ、いいけど。けどどうして「売り」とかしようと言うことになるのかな」
「俺、金も盗まれちゃって……。転職すればするほど立場が悪くなるって言うか……。気が付いたら無一文同然って言う……」
「マヌケ、なのかな?」
「えっ、そんなに直に言う?」
「だって聞いてたらよく引っかかりそうな魚だなって思ったから」
「どうせそうですよ。今だって食い物に釣られてやって来てますし」
「そうだね。でも裏がないところがいいよ」
「ホントに?」
「うん。馬鹿だけど裏がないところがいい。君、僕は買いだね」
「あ……りがとうございますっ」
 ちょっと自分を理解してくれたような相手に出会えて涙が出そうになる。だけどそれは安心したからもあってで眠気も襲ってきた。ウトウトッと舵を取るとコツンッと頭を叩かれて口の中にパスタがあることを自覚する。
「食べてる間に寝ないっ」
「すみま……せん……。あれ、寝てた?」
「寝てた。ここは寝る場所じゃない」
「はい……」
「さっさと食べて寝よう」
「俺、どこで……?」
「ゲストルームで」
「へぇ。そんなのあるんだ……」
「とりあえずね。誰も泊まったことがないから遠慮せずに使うといいよ」
「ありがとうございます」
 それから歯磨きを命じられると、そのゲストルームに案内される。ゲストルームは玄関から一番近い部屋でホテルの部屋みたいに整っていた。
「ここ……使っていいんですか?」
「どうぞ。明日は六時に起床」
「ぁ、はい。でも時計が……」
「時計はベッドにあるから目覚ましかけて」
「わ……かりました」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 相手が出て行くのが早いか自分がベッドにダイブするのが早いか。その位の早さでベッドに横になると潜り込んで眠りにつく」
「フカフカだっ……。それに柔らかいっ……。なんて心地いい……」
 そこで思考が途切れる。小路は明かりを点けたままぐっすりと眠りについたのだった。



「こらっ。起きろ。六時起床って言ったよね!?」
「ふぁっ!? あっ、すみませんっ!」
 叩き起こされて目覚めた。
 あれからすぐに眠ってしまったために目覚ましをかける間もなかった。飛び起きてベッドの上で土下座すると時間を気にする相手に詫びを入れる。
「朝食取るから来て」
「ふぁ、はいっ!」
 慌てて相手の後に続くとリビングキッチンのテーブルにはもう朝食の準備がされていた。
「……」
「明日からは君が担当だからねっ」
「はい、すみませんっ」
「座って。さっさと食事取ろう」
「はい」
 本当にこれでいいのか。首を傾げながらも目の前のトーストとサラダ、目玉焼きなどに口を付ける。
「このパン旨いだろ?」
「ぁ、はい」
「高いの買ってみたんだ」
「旨いっすね」
「うん」
 この人はもしかしてこういう他愛ない会話をする人を探してたのかな? と思う。
「俺が……もっといい条件の男だったら良かったのに……」
「んっ? 何それ」
「だって今の俺は無一文で……」
「気にしてるなら、ハウスキーパーちゃんと出来るようになろうね」
「すみません……」
 色々と教えることはあるけれど、とりあえず今日は主人が帰って来るまでは家から出ないこと。もし出たら入れないからと言われて首を縦に振る。
「もしよんどころない事情で出なくちゃならない事態になったら、僕が帰って来るまで家の周辺で待機してて。そこの中庭にいてもいいよ」
「分かりました。今日俺に出来ることはありますか?」
「料理と掃除、洗濯かな。出来そうなものだけでも試してみて。冷蔵庫に入っているもので何か夕飯とか作ってくれると嬉しいな」
「分かりました。やってみます」
「僕は……六時半くらいには帰って来れると思うから」
「はい。いってらっしゃい」
「行ってきますっ」
 片手をあげて玄関から出ていく彼を見送ると鍵をかけて踵を返す。
朝食を終えてそれから何をしようか。寝起きの頭ではまだちょっと回っていなくて彼の言いつけを反芻している。
「まず何からしたらいいんだろう……」
 テーブルまで戻ってきて皿を洗おうと言う気になる。
キッチンまで汚れ物を持って行くとマジマジと周辺を見る。キチンと整理された食器に余分なものが出ていないキッチン。
「几帳面だな……。大丈夫かな俺……」
 水道で皿を洗いながら、そんな心配をする。
これまで質素な生活と言おうか、最近じゃほとんどコンビニ弁当とかインスタント食品で腹を満たしていたので、作ると言う行為など久しぶりなのだ。冷蔵庫を開いてみると中も充実していた。棚が食材でほとんど埋まっている。野菜室も冷凍庫も同じだったので、これはきっと料理が上手い人なんだろうなと思うとますますプレッシャーがかかると言うものだ。
「部屋も綺麗だし…………。ぁ、洗濯。洗濯しよう」
 ドラム式だったら使い方分からないからどうしよう……と思ったが、普通の縦型洗濯機だったのでちょっと安心する。
「でも……無駄にデカいよな」
 一人暮らしだと言うのに、設置されていたものなのか10キロタイプの洗濯機が設置されていてちょっと驚く。近くにあった洗剤を入れてスイッチを押すと言われた通り自分で量を感知して水を入れ出した。
「おー、ファジーってやつね」
 しばらく上からそれを眺めてから風呂掃除をすると掃除機を探してモップも手に入れた。
綺麗だけど、とりあえず今は居候状態なので一生懸命に掃除する。掃除が済んだ頃には洗濯も終わったようなのでドアを開いたら乾燥まで終わってて後は畳むだけだった。
「これ、縦型なのに乾燥まで出来るんだ……。賢い」
 感心しながらもホカホカの洗濯物を取り出すと洗面所で正座して畳み出す。
一人暮らしなので洗濯物も何日か貯めてからしないと洗濯機を回すだけ勿体ないくらいだ。下着と上下の衣類、靴下など何日分かと自分の衣類を畳む。
 どこに仕舞おうか迷った末に自分のものは自分の寝た部屋に、そして彼の物は彼の寝室であろう部屋を探してひとつひとつのドアを開けていった。
 一つ目は自分がいる部屋と同じサイズの部屋だった。だけどこっちは倉庫として使われているのか雑然と物が置かれてあるだけだったから、もうひとつの部屋のドアを躊躇しながら開ける。
「ぁ、やっぱ広いな…………」
 ゲストルームとは違い明らかに広い寝室。とは言っても、ベッドスペースだけではない。クローゼットと書斎がセットである部屋で、やっぱりコンクリートの壁と天井に無垢の床。それにダークな灰ピンクの色合いで揃えられていた。
「シックだな……」
 キョロキョロと立ったまま回りを見てから遠慮がちに一歩を踏み出す。
「クローゼットに置いておいたほうがいいのかな……。でもそれは聞いてからじゃないとマズいかな……。まずはベッドの上に置いておこう」
 迷ったけれど、余分なことを最初からしないように洗濯物をベッドの上に置いてさっさと部屋を出た。それからリビングだけ掃除機を転がすとモップで床拭きをして時計を見る。けどまだ昼にはなってなくて暇潰しにリビングでテレビをつけて白いソファに座ってみる。
「おー、フカフカだ。皮……かな、これ……。どうやって手入れするんだ?」
 汚さないように、またまた遠慮がちにチョコンと座る。
まるでお尻と背中だけサワッとつけているだけのようで体重がかけられない。それでも雰囲気だけは味わえる。
真正面には大きくカーブを描いた全面ガラスが設置されている。それは小路からしてみれば金持ちの象徴にも見える。加えてガラス前の床に置かれた大きなテレビも同じ印象を与えた。
角部屋なのでこんなに大きく窓が取れているのは、外から見ればどこかの施設なのかと思わせるほどだ。嵌め殺しになっているので、明かりを通す以外は風も通さず景観を楽しむくらいしか意味はないが、あると見栄えは断然いい。
「こういうの……カッコイイよな…………」
 角部屋で広くて余分なものが置かれていないリビングは小路には初めてで改めて緊張する。
いつまでここにいられるか分からないが、気に入られてる内は楽しもうとも思う。テレビもつけないまま外の景色をソファに座ってただ眺めた。
青空と遠くまで見える風景はちょうど道路と道路がクロスしているからこそ見える景色だった。
 しばらく風景を楽しむと改めてキッチンを探索することにした。キッチンはリビングに面してL字の対面式になっていて、ここからも景色が楽しめるようになっていた。部屋数と言いキッチンの大きさと言い、ここはファミリー用でも十分大丈夫なんじゃないかと思うほどだ。
「夜は……いつ帰って来るんだったかな。…………の前に自分の昼か」
 何がどこにあるのかさっぱり分からないので引き出しを漁ってみる。
乾物など十分なストックがないのでどこか別に置き場所があるのだろうと近くの引き戸を開けてみると、そこに大量のストックが置かれていた。
「おー。何これ。何日持つかってレベルじゃないほど食料あるじゃん」
 そこで物色を始めて結局よく分からないものを食べる勇気もなかったので無難にパスタにしてみた。
「ガスで良かった」
 キッチンに立って一人分のミートスパを作る。
とてもじゃないが、ソファで食べるとかは出来なかったので、キッチンの向かいに作られているカウンターでこじんまりと味わうことにする。
 市販のレトルトミートソースと茹でたパスタだったが、普通においしく食べられた。
「小技とか使っておいしくしろとか言われても俺、出来ないからどうしようかな…………」
 考えながらパスタを口に運ぶ。
「そもそもこの皿も高そうだしな……。割るとかしちゃったら取り返しがつかないような気がするっ…………」
 そう思うとカチャカチャ音を立てて皿を傷つけるのも良くないと思ってしまい、食欲も半減する。それから先はやることもなくて自室で寝こけた。そしてユサユサと揺り動かされて気がつくと、時間はもう夜七時を回っていたのだった。
「小路。ただいま、小路。晩ご飯は何?」
「ぅ……うーん…………。うんっ?!」
 ガバッと起き上がると、ここがどこだか把握するのに数秒かかる。
「ぇっ? あっ、はいっ! すみませんっ、今! ただいまっ!」
「さては支度してないね」
「すっ、みませんっ!」
「ずっと寝てたとか言わないよね?!」
「いや、はいっ」
「どっち」
「昼飯を食べてそれからぐっすり……」
「悪い子だ」
「すみませんっ! でも俺、ちゃんと洗濯したし、掃除もしたし……」
 恐る恐る相手を見る。まなざしはとても申し訳なさそうに、だ。
 ホント申し訳ない。家の主が帰って来るのに合わせて、せめて夕食くらい作っておいて当たり前なのにぃっ……。
「じゃあ小路も夕食食べてないんだ」
「ぁ、はい」
「……仕方ないね。じゃあ今日は特別。僕が夕食を作るよ。その代わり」
「その代わり?」
「お風呂で体を隅から隅まで洗って欲しいな」
「あ、はい。頑張りますっ」
 気軽に返事をしてしまったはいいけれど、本当のところはそっちのほうが大変だった。
 メーカーこそ違えど、昼と同じミートスパを食べることになり複雑な気持ちになりながらも「おいしいです」と口にする。
 あー、人って時短だとミートスパ作るんだ……と自覚した小路だった。



「んっ…んんっ……んっ……ぁっ……」
 夕食を食べてから、ふたりしてバスルームに入る。
小路は今、彼の体を素手で洗っていた。
ボディソープではなく石鹸を泡立てて作った泡で背中から腰、尻や胸を洗う。最初は後ろから背中を洗っていたのだが、彼が振り返り自分に腕を絡めてきたが嫌とは言えない。彼は腕を絡め、次は脚を絡めてきた。今がそうだ。
「いいよ……。小路、シャワー浴びてベッドに行こう」
「ぇっ……でも俺、うまく出来るかどうか分からないんですけど……」
「いいよ。僕がその気にさせるから」
 ふふふっ……と口の端をあげて笑われて身の危険を感じるほどに武者震いした。
 濡れたままの彼と一緒に風呂を出るとバスタオルで体を拭き合う。抱きつかれてキスを迫られ拒まずに受け入れた。
「んっ……ん……」
「んっ…………」
「ベッドまで、抱き抱えて欲しいな」
「ぁ、はい」
 言われるまま腰にタオルを巻いた彼を抱き抱えると寝室に直行する。そしてベッドの引き出しからジェルとゴムを取り出され、あっという間に臨戦状態になった。
 小路は今彼に股間のモノを口に含まれている。そしてくわえたまま舌でレロレロと刺激されて勃起したモノからトロトロと汁も流していた。
「すっ……すみませっ……。俺、もう……」
「ふふふっ。じゃ、一度出しちゃおうか」
 口を離した彼にそんなことを言われてキュッキュッとしごかれると見事にその手の中で射精してしまった。
「ぅぅぅっ……ぅ」
「たっぷり出たよね」
「すみま……せん……」
「いいよ。これも使うから」
 見てて。と彼が自分の股の間に手を入れて秘所に指を入れるとソコを広げて行く姿を見せつけられた。それがまた初めてだったのに鼻血が出るかと思うほど魅惑的で、知らぬ間に自分の股間を握ってしまうほどだった。
「すっ……ごぃ……」
「……そぅ? 凄い?」
「凄いっ……。俺また元気になっちゃいそうです」
「そう。それは良かった。……もうちょっと見てて。広げないと痛いから」
「はっ、はい」
 ゴクンッと生唾を飲み込みながら首を縦に振る。小路は彼が目の前で自慰をしながら秘所を広げるところを特等席で見つめていたのだった。
「んっ……んっ……んんっ」
「ぁっ……ぁぁっ……入ってくっ……ぅっ」
「進めてっ……。もっと奥までっ……。ぁっ……んっ。んっ。んっ」
 ジェルのついたゴムをつけて広がったソコに突き進む。柔らかく熱いソコに根本まで突き進むとキツく抱き合って腰を振り続けた。
「あっ……あっ……ぁっ……」
「いいっ……。いいっ、もっと。……もっと腰を振って。突き上げてっ」
「はいっ」
 言われるまでもなく、欲望に忠実に小路はガンガン腰を振って相手を突き上げた。角度が変わるかと引き抜きを大きくしてみたりもした。腰に相手の脚が絡み付き首に手を回されながら首筋を吸い上げられる。背中をもう片方の手が這い回りガリッと爪を立てられて「うっ」と呻いたかと思ったら同時に感じて射精してしまっていた。
「あっ……! ぁっ……ぁ……」
 ビクビクッとモノが震えてゴムの中で弾ける。
「ぁぁぁっ……んっ! んっ! んっ!」
 小路が震えると彼のソコもキュッと締まって余計にビクビクッと感じてしまう。小路はガリガリガリッと背中に爪を立てられながら身を反らせると動きを止めた。
「あっ……ぁぁぁっ」
「気持ちいい?」
「ええ……。とても……」
「ふふふっ。じゃあ今度は立場を変えようか」
「えっ?」
「今度は僕が入れる番だから」
「えっ。えっ……ぇっ?」
 ズルリとモノを抜かれると、あれよあれよと言う間に立場が入れ替わる。小路は爪を立てられた背中をシーツに付けると馬乗りされて股間のゴムを剥ぎ取られた。
「ぁ……」
 ゴムの中にあった精液がトロッと自分の股間に垂れるのを感じる。
「次は君がされる番だから」
「ぇ……ぁ……あーーー、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫」
 変な質問をしたと自分でも思ってはいるが、この場合想像が出来なくてそんな言葉が口をついて出た。
 彼の「大丈夫」と言う頼もしい言葉に惚けていると、さっき見せてもらった行為を自分がされていた。大きく脚を割って真ん中に陣取られるとモノをいじられながら秘所を開発される。今までしたこともされたこともない行為に体がビンビン感じていた。
「もっと力を抜いて」
「は、はいっ……」
「気持ち良くない?」
「気持ち、いいですっ……」
「中も……もっと奥まで欲しいと思うでしょ?」
「は、はいっ……」
 変なものでソコをいじられると、もっともっとと貪欲になる。彼に彼のモノを入れられて奥まで突いて欲しいとか平気で思うようになっていて、事実そうして欲しいと口にまでしてしまっていた。
「俺、もぅ…………」
「もう? どうして欲しいの?」
「いっ……れて欲しいって言うか…………」
「ふふふっ。イイコだね。でもそれは誰にでも言うような言葉じゃない。僕にだけ言って欲しいかな」
「ぁ、はいっ……。あっ! ぁぁっ……! ぁっ……ぁ」
 返事と同時に挿入を開始され、そのグイグイ来る圧迫感に鳥肌が立つほど震えた。
一番奥まで入れられて、入れられたかと思ったら引き抜かれて。それからはその繰り返しで、気持ち良さに身を委ねていると自分が身をくねらせているのに気付く。
「君っはさ……、どっちかって言うと、こっち向きかな」
「ぇっ……ぁ……ぁぁ」
 こっち向きって…………どういうこと?
 思いながらも突き上げられてその快感に身を揺らす。知らぬ間にシーツを握っていた手が自分のモノを掴みしごいていた。両手でしっかりと握りしめてしまうほど身の置きどころがない。呻きながらも、その中に甘いささやきがあるのは否めない。突き上げられるほどに、その甘さは増しモノの先端から汁を流す。
「あっ……ぁっ……ぁっ」
「イイとこ突いてる? 気持ちいい?」
「はっ……はぃっ。とても気持ちが……ぁっ……ぁぁっ……ぁっ」
「いいよ。僕の前でモノをしごいてくれるなんて。なんていい眺めなんだっ」
 ズブズブヌチュヌチュと部屋中に淫猥な音が響く。されている行為と耳から聞こえる卑猥な音にいやらしさでゾクゾクする。
「俺っ……も……出ちゃうぅっ……!」
「ふふふっ」
 彼の含み笑いを聞きながら自分の手の中に射精する。
「ぅっ……ぅぅっ……ぅ」
 指の隙間から射精した汁が湧き出るように流れ出る。小路はそれを感じながら、まだ中にいる彼のモノが大きさを増したように思えた。
「ぅぅぅっ……! うっ……ぅ……うっ!」
 ドクドクドクッと彼のモノが発射されたのを膚で感じる。だけどゴムをつけているせいで中には出されずに引き出される。
「あっ……」
「ごめん。早かったかな……」
「そ……んなこと……」
 とは言っても、出て行かれたところがポッカリと開いてしまったようで物足りなさでいっぱいになる。
「俺……」
「うん?」
「なんかココ空っぽな感じで……」
「……もしかして、まだ足りない?」
「足りない……のかな……」
「ポッカリ空いてる感じがするのは、ちゃんと僕が入った証。もっと入れてあげてもいいけど初回からそんなにガッツいちゃ駄目だよね。だから」と立ち上がって彼が持って来たモノは初めて見るモノだった。
「ぇっ……」
「コレ、何だか分かる?」
「それ……」
「僕の……じゃなくて、セフレの勃起コピーバイブ」
「ぇ、セ、セフレ……?」 コピー? バイブ?
「うん。コレをね、こうしてソコに差し込んで」
「あっ……んっ! んんっ」
「スイッチを入れると……」
「あああっ! んっ! んっ! んっ!」
「綺麗だね」
「えっ……? あっ……! あっ! あっ!」
 半透明だったモノを埋め込まれてスイッチをONされると体の中でソレが生き物のように蠢く。彼が出て来ないようにソレを指で押さえながら顔を近づけて覗き込むような仕草をする。
「ふふふっ。中が見えそうなくらい綺麗に光ってるよ。小路は尻の具合がいいから、これから楽しみだな」
「あっ! あっ! あっ!」
 自分で自分の脚を抱えながら、その行為に耐える。彼は小路の尻に顔を近づけたままペロペロと垂れてくる精液を舐めて楽しんだ。
 ひとしきりそれを楽しむと射精を抑えたまま、バイブを入れたまま、正座して立った彼のモノを口に含む。
「小路はまだまだだからちゃんと舌を使って形をなぞって。最後に割れ目の汁を飲み込むんだよ」
「ううっ」
 小路は言われるまま忠実にその行為をした。
尻に入れたバイブが不定期な動きをするので、腰がくねったり声が出たりと大変だった。ちゃんと舐めないと勃起してくれないし、大きくもなってくれない。初めての精液の味に顔をしかめながらも片手で自分のモノもしごく。頭を撫でられながらする行為はけして嫌じゃなかった。
 俺……こういうの嫌じゃないかも……。凄く尻の中が……感じてるし……。それに中のコレ、大きいっ……。
「ふぅっ……ぅぅっ……ぅ」
「うん。そろそろ僕も出したいかな……。小路、ちゃんと飲み込んでよ」
「ぅぅっ……うっ!」
 ゴクゴクッと勢いよく口に飛び込んでくる精液を飲み込む。それでも予想外に量が多くて全部は飲み込めずに口から垂れてむせかえる。
「ゲホッ……ゲホッ……ゲホッ……」
「ぁ、ごめん。最初から難しかったかな……」
「すっ……みませ……」
「いいよ。じゃあそのまま自分のしごいて。射精するまで見てるから」
「ぇっ……」
「早く」
「ぁ、はい」
 正座したままで真正面に陣取られながら自分のモノをしごく。
尻の中のモノのウネウネ具合がたまらなく卑猥で、もう片方の手で袋を揉みながらモジモジしながら必死にしごく。
気がモノよりも尻の中のほうにいってしまっているせいか、なかなか射精出来そうもない。その様子を見ていた彼が面白くなさそうにため息をついた。
「ストップ」
「ぇっ……?」
「時間、かかりそうだよね」
「す……みません……」
「じゃあ、しごかなくていいから寝ころんで脚を開いて自分で男根出し入れしてみて」
「…………はぃ」
 座っているから出ては来ないが脚を開けばソレは出て来ようとする。それを出したり入れたりして相手を喜ばせないといけないとなると懸命にもなる。
 小路は彼の前で仰向けに横になると脚を大きく開いて膝を立てた。
それと同時に尻に埋め込んだ男根がポロリと出てしまいそうになり慌ててソレを埋め込む。
スイッチを切ってゆっくりと出し入れを開始するが、もう小路の尻ではガバガバになってしまっているので物足りない。満たされようとするのに満たされない複雑な気分になっていると、彼から新しい玩具を手渡された。
「こ……れは……?」
「既製品だよ。ビッグサイズ。使ってみて」
「はっ……はぃ……」
 トロリとローションをかけられて手渡されたソレは、黒光りしていてさっきよりも立派だった。ただそんなに大きいモノが自分の中に入るのかどうか。
不安を感じながらも、試してみたい気持ちもあってゆっくりと挿入を開始する。
「んっ……んんっ。……んっ」
「奥まで入れてみせて」
「はっ……はぃ。ぃっ……あっ……んんっ……んっ」
 見られていると思うと余計に感じてしまう。
さっきよりもキツい。
それでもローションの力を借りて中に中にと押し込んでいくと今までよりも奥に到達した。
「ソレ、長いだろ? 僕のお気に入りなんだ」
 両足をグイッと広げられて「やってあげる」と言われる。
太いソレをズルズルッと半分ほど抜かれると、今度はまた元に戻される。最初はゆっくりと、そして徐々に早くされるその行為は、まだその太さに慣れていない尻穴には新鮮でゾクゾクした。
「あっ、あっ、ああっ、んっ!」
 小路は自分で自分の脚を抱えながら身悶えて鼻にかかる甘ったるい声をあげ続け、触ってもいないモノを震わせて射精した。
「ぁぁぁっんっ!」
「とんだ淫乱だね。触ってもいないのに射精するなんて」
「ぅぅぅっ……ぅっ……」
「明日、ちゃんと壁とか掃除しておいてよ。淫乱汁が飛んでるから」
「ぅぅぅっ……ぅ」
 それを出し入れされながら言われると、ロクロク返事も出来ない。小路は体をヒクつかせながら彼の言葉を聞いていたのだった。
「でも君、感度がいいから許すよ。明日からは入れたい時にすぐ入れられるように尻はちゃんと綺麗にして拡張しておくようにね。帰って来たら玄関で全裸で三つ指ついて。まずそこで入れたいから」
「ふぁ……ふぁぃっ……」
 「はい」と返事をしたつもりなのに、まともな返事も出来ない。小路は「明日はちゃんと六時に起きるように」と言う彼の言葉を耳にしながら深い眠りについた…………。




「起きろっ!」
「ひっ!」
「お前、また寝坊したなっ?!」
「えっ、はっ! すみま……せんっ!」
 言いながら飛び起きると全裸のままベッドで正座する。
「罰として、そのままの格好で朝食作ってもらうからね」
「ぇっ……裸で、ですか?」
「そう。カーテン開いた明るい中で……。そうだ。君は外に出ないんだから、部屋にいる間は別にそのままでいいよ」
「えっ?」
「外に出る時には洋服着てもいいけど、部屋にいる時には裸でもいいよ。それに合った温度調整すればいいんだし」
「えっ……でも……」
「何か問題でもある? 君は僕が帰って来た時には、すぐに入れられるようにしてなくちゃいけなんだよ?」
「……あーーー」
 そんなことを言われたような気がする……。
 朦朧とする中、言われた言葉を反芻して思い出してみる。
「尻に……」
「広げるのに、昨日の男根使っていいからね。ただし、昼間に遊び過ぎないこと。ガバガバの尻に入れたくはないからねっ」
「ぁ、はい」
「あーーーー。今日から楽しみだな。帰ってきたらまずセックスとか。今日は中出ししてあげるからねっ」
「……はい…………」
「中出し。入れた後は汁が漏れたりしないかオロオロすることになるよ?」
 楽しみだね。なんて言いながらリビングへと歩く。
小路は彼が支度してくれた食事を、彼と向かい合いながら食べた。用意されていたのはシリアルにヨーグルトと果物を混ぜたもの。それを光の中、全裸を見られながら食事をすることになろうとは。
 食事をして洗い物をする前に、彼が出勤する支度をしている前でモノをしごいて射精する姿を見せる。両手でモノを覆いながら体をビクつかせると汁を流して納得された。
「慣れてきたら行く前にも突っ込みたいから、尻穴は常に緩めておいてくれると助かるかな」なんて言われながら全裸三つ指で「いってらっしゃいませ」と口にする。
「……あれ。俺、あんまり嫌じゃない……。ケツ広げるのとか、汁飲むのとか、あの人だったら大丈夫な気がする。てか、大丈夫だよな…………」
 こんなんで、後はハウスキーパーとか言う仕事をすれば、ここに置いてもらえると思うと俄然頑張れると思った。ただ唯一の心配は第三者であるセフレと呼ばれる男の存在だった。
それがどういう人なのか、気にはなるが現在進行形とは限らないし、自分が口出し出来る問題ではないとも思うので除外する。
「尻穴の拡張と口での奉仕、それにあの人の精液をちゃんと飲み干さなくちゃな…………」
 当面の目標はそれだと思った。小路は玄関で全裸のままそんなことを考えていた。
タイトル「所持金830円」
20220819