タイトル「主人の素顔」

 せっかくお気に入りの遊君(遊女)を身請けしたのに、彼の気持ちを重視して他人に譲ってしまった駄目男。それが我が主人であるお人よしの金持ちタヌキ・漠流さまだ。彼は見た目からしていかにも優男。言い方を変えれば和風ダンディと言った風貌で、べっ甲の眼鏡がよく似合う抹茶アイスみたいな人だ。
 そして俺・ハクビシンの曽棋(そぎ)は、そんな主人をマヌケだと思うしトロイとも思っているが口に出してはいけない職業でもある。俺は彼の執事だ。



『先代の執事・猛舵(もうだ)からの引き継ぎは出来ているのか?』
『はい。完璧かどうかは分かりませんがワタシなりに漠流さまの好みや嗜好などは教わったつもりでおります』
『そうか。お前と私とは種も似ているから何かと安心だな』
『そう言っていただけるとワタシもお仕えし甲斐があります。よろしくお願いいたします』
 そんなことを口にしたのは一カ月前だ。
 先代の執事・猛舵が年には勝てずに引退すると同時に彼付きの執事に就任した。先代執事はインコだったので何かと嗜好が違ったが、曽棋と主人とは種が似ているため食事なども支度がしやすかった。しかしここ数日、主人である漠流の凹み具合が半端ではない。それもこれも自己嫌悪からくるものだと分かってはいるが慰めようがないのも事実だった。
「漠流さま、食事の支度が出来ましたが」
「………うん……。でも食欲がないんだ…………」
「昨晩も朝食もそんな具合でしたね。いい加減召し上がっていただかないと、こちらの立つ瀬がありません」
「ごめん……。でも食べられる気がしないんだ………」
 漠流はあの遊女・千夜(ちや)の一件で自分の不甲斐なさに気落ちして寝込んでしまっていた。曽棋からすれば、それは正しい判断だったのではないかと思うのだが、やはり回りからはそうは見てもらえずに落ち込む一方だ。だがこう何食も食が進まない日が続くと執事としての曽棋のプライドが傷つく。
 その点この主人は分かっているんだろうか。
 せっかく作った食事を下げながら曽棋は思った。
「では失礼いたします。また何かご用がございましたら呼び鈴でお呼びくださいませ」
「悪いな」
「いえ」
 定義的な言葉を交わして主人の部屋を出ると曽棋は執事にはあるまじき行為、舌打ちをした。
「チッ……。体格だけはいいくせにナヨナヨしやがって」
 これも本来言ってはいけない言葉だが、あいにく誰も聞いていないので口にする。曽棋は主人のために用意した鴨のローストをポイッと口にするとキッチンまで戻って全部たいらげた。
「あー、ムカつく」
 ムシャクシャした。執事たるもの、この程度で主人を馬鹿にしてはいけないし、逆にフォローしなければならない立場だと言うのも分かっている。分かってはいるのだが、こちらもあの主人の不甲斐なさには我慢の限界が近づいてきているのだった。



 広い洋館の中を戸締まりするのに歩き回る。この館にいるのは自分を含めて使用人四人と主人のみだった。近くに住む家族や親類の類いは頻繁に来れど、女の影は無。
「愛でる対象を自ら手放す。俺には出来ないなっ」
 ボソッと呟くが聞くものはいなかった。
 館の奥から順番に見回りをすると最後に主人の部屋に行き挨拶して仕事を終える。その時、明かりが消えていれば挨拶はせずにそのまま仕事を終えるのだが、その日はいつもと違う展開が待っていた。
「失礼いたします」
 軽くノックをしてドアを開けると明かりはついているのだが、主人からの返事がなかった。
 うたた寝でもしているのか?
 明かりをつけたままで寝ることは、ままあることだがランプなので危なくもあった。曽棋はそっと室内に入ると机の上につけてある明かりのところまで歩いた。振り向くと主人はベッドに半分だけ体を預けて、まるでようやくたどり着いたとでも言う風体で寝ている様子だった。
「どういう寝方をするんだ、この人はっ……」
 小声で言うと自分の持っているランプを机のランプの横に置いて主人の元まで足を進めた。
「漠流さま。寝るのならちゃんと布団の中に入ってくださいませっ」
「ぅ………んっ…………」
 それでも起きないのはどうしてなのか、すぐに分かった。
「なにをやってるんだっ………」
 主人である漠流の足元にはワインの瓶が何本も転がっていたのだった。
 確か漠流さまはそんなに酒は強くないはず。なのにどうしてこんなに飲むんだっ。
 いったいいつ調達してきたのか、漠流は地下の倉庫から勝手にワインを持ってきてベロベロになっていた。少し呆れてその姿を眺めているが、このまま放っておくわけにもいかずに行動を開始する。後ろから脇に手を差し込むと、よいしょっと持ち上げてベッドに寝かせつける。そうしておいてコロンと仰向けにすると彼の上に跨がった。
「失礼」
 そっと眼鏡を外すと羽織りの結びを解き腰の細帯を解こうとして、それがままならないことに気づく。曽棋はため息をつくと相手の上半身を抱き起こして羽織りだけ脱がせ腰の帯に手をかけた。相手の身を起こしておきながら急いで帯を解き、改めて寝かせると着物を開いた。片手づつ脱がせて背中から引き抜くと柄襦袢になったままの漠流が寝返りを打った。
「漠流さま。足袋を脱がせますよ?」
 言いながら跨いでいた身をずらすと片足づつ足袋を脱がせにかかる。彼の足元はさっき自分で寝返りを打った時に襦袢の裾が乱れていて素足が太ももまで見えてしまっていた。曽棋は足袋を脱がせる前にそちらに手を伸ばして襦袢を整えようとしたのだが、触るつもりのなかった彼の肌に誤って触れてしまった。ビクッと曽棋の身が震える。そして少し身を離すと彼の寝姿をじっくりと眺めてみた。
「これは…………」
 腕組みをして指で唇を撫でながら太ももを露にしたままの漠流に見入る。しばらく眺めてからニヤリと唇を歪ませせた曽棋は、上着を脱ぐとネクタイを緩めた。
「さぁ漠流さま。今宵は楽しい時を過ごしましょうか」
「……」
 相手が寝入っているのをいいことに曽棋は彼の襦袢の紐を緩めるとそっと開いた。そこには自分と同じようにほどよく筋肉のついた無駄のない肉体が現れたのだった。足袋を履かせたまま下着を取り去りまた眺める。曽棋は寝ている漠流に覆いかぶさると確かめるようにそっと抱き締める。そうしても起きないのを確認するとニッコリとほほ笑みながら乳首に舌を這わせた。腰を掴みながら両方の乳首を舌先で舐めては甘噛みする。そのたびに彼の体がピクンッと反応して吐息が漏れた。
「漠流さま。さぁ、起きてください。あなたは、あなた自身を見つめ直す必要があるんですっ」
「ぅ……ぅん…………」
 それでも起きない漠流を抱き締めると股間に股間を押し付けて尻の割れ目に指を這わせた。秘所を探り当ててそのまま指を前に這わせると袋をやんわりと握りしめて寝かせる。相手が起きないのをいいことに曽棋は漠流の脚を開かせると、そこに顔を埋めた。舌先で秘所を刺激するとキュッと引き締まっては元通りに直る。それを楽しんでから舐めまわして指を差し込んで解す。さすがに本数が増えると違和感を感じた漠流が覚醒しだした。
「ぅ………んっ…………ん………」
 グチュグチュと秘所を解す卑猥な音が響く。漠流が寝返りを打とうとして出来ないのに顔を曇らせるとゴシゴシと目を擦って薄目を開ける。しかし曽棋は相手の行動など構わずに指の出し入れを繰り返した。
「な………んか……………………」
「ようやく起きられましたか、漠流さま」
「……………曽……棋………? な…んでお前…………」
 朦朧としているのか、まだ夢見心地な漠流は体に力が入らずにされるがままになっていた。
「どうです? 気持ちがいいでしょう? もっと気持ちよくしてさしあげますからね」
「ふ………ぅ……」
 ズボッと秘所から指を引き抜くと相手の脚を持ち上げて両肩に担ぎ上げる。そしてものを押し当てると有無を言わさず差し込んだ。
「あっ…! ぅ…ぅぅっ……! ぅ…!」
 さすがにうつらうつらしてても異物が入ってくれば嫌でも反応する。漠流は手をばたつかせて暴れたのだが、下半身の自由を奪われてはどうしようもない。最後には曽棋が抜き差しするのに合わせて必死に呼吸を整えるしかなかった。ギリギリまで出しては一番奥まで突き入れる。曽棋は少しきつそうに顔をしかめたが注挿を繰り返し、伸ばしてきた彼の手を振り払うともっと奥へと入るために彼の体を二つ折にした。そうしておいて激しく腰を打ち付け精を吐き出す。
「ふっ…」
 出すものを出してしまうとすっきりして漠流から離れる。漠流はベッドの上で信じられない体験に呆然としていた。
「この私が何故? ですか?」
「………」
 曽棋は身支度をしながら近くで転がっている漠流に話しかけた。だけど漠流はまだ半分夢の中だ。酔いが醒め切らなくて返す言葉がないらしい。
「あなたはするもの好きそうだが、されるほうが似合ってますよ。その証拠にほら、股の間が汚いほどに濡れている。ワタシはあなたのものに触れてもいないのに。あなたときたら、いつ射精したんでしょうね」
「……………」
 言われて初めて働かない頭を動かすようにぎこちなく手が股間に移る。そうして自らが射精しているのを確認した漠流は、自分の精液を指で何度も確かめていた。そんな漠流を見た曽棋は彼の両手を取ると十字に張り付けて上から言い放った。
「ぁ…」
「あんたのお遊びは男でも女でも許す。だが、あんたのケツはもう俺のものだ。誰かにさせたら許さない。分かったか?」
「……………」
 漠流は何も言わなかった。言わなかったが小さくコクンと頷いてみせたのだった。
「曽棋…………」
「何です?」
「私とお前は……これから何なんだ?」
 目を潤ませながら漠流が聞いてくる。それに曽棋は優しくほほ笑んで答えた。
「主人と執事ですよ」
終わり
20111205
タイトル「主人の素顔」












漠流(ばくる) タヌキ 27歳。自呼称(私) 身長182cm イメージカラー/笹色 イメージ/金持ちダンディ 
遊君(遊女)・千夜(チヤ)のことがお気に入りの郭常連客。彼を身請けしたはいいが、結果的に好きな相手と逃がしてしまう優男。眼鏡有。

曽棋(そぎ) ハクビシン 22歳。自呼称(俺・ワタシ) 身長188cm イメージカラー/白めのグレーまたはシルバー 
イメージ/内心主人を小馬鹿にした執事。 漠流の家に新しくきた執事。しなやかな身のこなしをするそつのない男。しかし粗削りな部分も有。優男の主人を見守っているつもりだが、その女々しさにムカつく部分もある。長身白髪一重の切れ長美人。