タイトル「雨宿り」
急に降ってきた雨に傘を持ってなかった須田清彦(すだ-きよひこ)は慌てて軒先に入り込んだ。
会社から取引先に出かけて帰る途中、慣れない場所での突然の雨は厄介だった。
「どうするかな………」
この調子だとすぐには止んでくれそうもない。
かといっていつまでもここに立ち尽くしているわけにも行かないし………。
清彦は道路に背を向けて自分の立っている場所が店屋の軒先ではないかと確認してみた。
喫茶店とかならそのまま雨宿り出来るのに………と踏んだのだが、あいにくそこには看板ひとつなく店屋とかではなさそうだった。
しかし雰囲気がいい。
格子戸が一面に作られている和風な建物だった。
町中の建物なせいか隣との境がなく続けての作りに「入り口はこっちからじゃないのかな………」などと首を傾げていると中からふいに声をかけられた。
「雨宿りですか?」
「ぇ…?」
「こっちですよよ。こっち」
「ぁ、ああ」
よく見ると中からこちらを見ている青年がいるのに気づく。
「す…みません…」
「宜しかったら中に入って雨宿りされたらいかがですか?」
「ぇ…でも………」
そういう場合は遠慮するのが筋だろうと思うのだが、声とか垣間見える雰囲気とかから好きなタイプの同姓だと言うのが分かる。清彦は彼の姿をもっとはっきり見たくて図々しいのを承知でもっと中を見つめてみた。
「お茶でもいかがですか? すぐには雨は止みそうもありませんから」
クスっと笑って言われてこちらも自然と笑みがこぼれる。
「すみません。いいですか?」
「どうぞ」
声の主が中で移動するのが分かる。
「こちらから入ってください」
「ぇ、どっち?」
「こっちですよ」
一面格子戸になっている一番端の部分がガタッと動いて引き戸が開かれた。
そんなところに………。
びっくりしていると中から顔が出てきて「こっちですよ」と手招きをした。
美人だった…。
男に美人と言う言葉が合っているのかどうかは分からないが、品のある柔らかな面差しは今まで出会ったこともないような感じの青年だった。
恋人とかいるのかな?
ふいにそんな下種な考えが脳裏を過ぎるが、清彦はそれを表に出すことなく笑顔を作った。
「とんだ雨ですね」
「すみません…」
中に入るとそこは京都の町屋作りのような感じで廊下代わりの土間が奥まで続き、そこが玄関の代わりにもなっていた。男の部屋は格子戸に面した部屋らしく会社とか店屋ではなく、まったく個人の部屋だと分かったのだった。
「こんな風になってるんですか…」
「そうですね。中から見るとよく見えるんですが、外からだと全然見えないでしょ」
「ええ…」
「だから僕はここから外の風景を見るのが案外好きなんですよ。みんな誰にも見られてるって思ってないでしょ? だから素が見えたりするんですよ」
クスクスと笑いながら部屋にあがるように促すと「コーヒーでも入れましょうね」と部屋の片隅まで歩く。壁にはコーヒーメーカーがあって隣にある小さな冷蔵庫から水を取り出すとコーヒー豆を匙ですくってコーヒーを作り出した。
「ホットでいいですよね?」
「あ、はい」
靴を脱ぎながら答えると畳になっているそこに足を踏み入れる。そこは大きさで言うと六畳ほどの空間でベッドはなく小さなテレビと冷蔵庫、テーブルくらいしか目に付くものはなかった。キョロキョロと中を見ていると男が話しかけてきた。
「お仕事ですか?」
「ええ。こっちは初めてで…」
「田舎でしょう」
「でもそこが売りなんですよね?」
ナントカ造りとか言う建物を保存して、それを観光客に見せると言う昔ながらの観光商法だが、それがまた昨今のブームでもあるようで人気があった。清彦は観光ではないので立ち寄ることはなかったが、珍しい建物を見られてラッキーだと思ったのと同時に、それよりもラッキーな出会いに心踊らせていた。
男の見た目は自分と同じくらいの二十代半ば。背の高さも自分と同じくらいの中肉中背。ただし醸し出す雰囲気がとてもおだやかで一緒にいると落ち着けるような空気を持っていた。もちろん顔の作りがいいからと言うのもあるだろうが、何より自分の好みだったのだ。だから少しでもお近づきになりたい。出来ればまた次にも会ってもらえれば、もっと先に進めるのではないか、などと妄想までしてしまえるほど男の愛想は良かった。
コーヒーが出来てテーブルを挟んで外を眺めながら男と会話をする。
「今日はお休みなんですか?」
「在宅なんです。今日は休みなんですけどね」
「へえ。在宅の仕事なんですか。いいなあ」
「いえ。出来高なのでやらなければ終わりませんし、相手の意向も汲まないといけないしであまりオススメ出来るものではありませんよ」
「ぁ、俺はこういう者です。遅ればせながらで申し訳ないっ」
言いながら名刺を両手で差し出すと男も引き出しから自分の名刺を取り出して渡してきた。
「こんなことしてくれる人初めてですよっ」
「そうですか?」
コロコロと笑いながら名刺交換をしてコーヒーをすする。相手の名刺を見てデザイナーだと言うのが分かった。
「須田…清彦さん?」
「ええ。小さな電機部品メーカーで働いてます。そちらはデザイナーさんなんですね」
「僕も企業のデザイナーです。立場は似たようなものだと思いますよ?」
またコロコロと笑われて心地が良くなった。
「一日中部屋に籠もりっぱなしなんですか?」
「時には、ですよ。気分転換に外に出たり食料の買い足しにだって外に出ます」
「…ここは…賃貸なんですよね…?」
「ええ。正確にはシェアハウスなんですけどね」
「え?」
「僕はこの一室。これから奥も部屋が三つほどありますが、すべて違う方が間借りされてます。キッチンやお風呂やトイレは共同。仕切りはこの襖や障子のみ。なので、ある程度信用出来る相手とじゃなければ隣になりたくありませんね」
「へぇ。ここシェアハウスですか………。これはまた驚いた」
「でしょ? こんな物権は珍しいと思うんですが、これがまた一利あるって言うんでしょうかね。一部屋一部屋を土間で繋いでいるから玄関なくてもどうにかなるって言うか、面白いなと思いまして」
「ですね。昔の作りってのもいいし、それなりに生活出来ますもんね」
「ええ。僕はここが気に入って契約したんですよ」
「そうなんですか………」
自分とは違う、ちょっとお洒落さんな相手の名前は恩田初音(おんだ-はつね)と言った。名前だけ聞くと女かなと思ってしまうが、妙に彼に似合っていた。
「初音さんは忙しいんですか?」
「そんなに根を詰めると死んでしまいますので、あまり仕事はしないようにしています。頭が疲れてしまいますといいアイディアが浮かばないんです」
「ああ。そうですね」
そんなに優雅な暮らしをしてみたいものだと思ったが、実家が金持ちなのかな? と思い深く考えることはしなかった。
「あの」
「はい?」
「どうして俺を引き入れてくれたんですか?」
まさか毎度こんなことをしているわけでもなかろう。気に入ったから引き入れたのだと言って欲しかったのかもしれない。清彦はそんな淡い期待を含めながら質問してみた。
「どうして…と言われましても………」
特に理由なんてないんだけどな………と言う顔をしながらこちらを見つめてくる。初音のそんな顔は何か誘っているようでもあり胸が高鳴った。まさかとは思うが相手も自分と同じように同姓を好きになる種なんじゃないかと思ってみる。しかしそれは都合のいい話で、そんなわけがないじゃないかと頭を横に振ってみた。。
「好きなんですよね」
「え?」
「そういう一生懸命働いてる人を見るのが」
「ぁ、ああ…」
そういうことか。
一瞬自分のことを好きなのかと思ったが、それこそご都合主義だと思った。
いかんいかん。こんな美人を目のあたりにすると自分に都合のいいことばかり考えてしまう。
「それと」
「…?」
意味深な言葉を口にされてちょっと動揺してしまう。清彦は自分が期待している言葉を言ってもらえたらどんなにいいだろうと思いはしたが、そんなに簡単に意志は通じないだろうとも思っていた。
「あなたは僕みたいなのが好きなんでしょう?」
「はっ?!」
「僕の目に間違いはないと思うんだけど」
「えっと…………」
何を言っているのか最初は分からなかった。しかしその目の光を見た時、あーこれは同種なんだな…と直感した。
「僕の仕事はね、日がな一日こんなところで仕事をしてるんですよ。だから外を歩く人を見て過ごすことが多い。その中でも自分と同じ種と言うのはよく分かるんですよ」
「………」
「もちろん一般の人からしたら分からないでしょうけどね………」
「…」
「あなたのその目。僕を見るその目。あわよくば、系ですよね…?」
「……」
「もっと言わなければ白状しませんか? あなたは行きずりの恋とか、行きずりの関係をしたことがある」
「あるわけないだろっ」
「でも僕のことが好き、ですよね?」
「ん…ぅん。まぁ…………」
それには嘘はつけなかった。清彦は相手から顔をそらしながらも何故こんなことを相手が言うのかが分からなくて頭の中をフル回転させていた。
もしかしてもしかしたら、こいつは俺とそういう仲になりたいからそんなことを言ってるんじゃないだろうか…………。そう考えれば辻褄が合う。しかしそれはすごく虫のいいことだとも分かっていた。
「試してるのか?」
「何をです? 行きずりの人間に何を勘ぐることがあるって言うんですか? 僕はちょっとあなたと関係してみたくなった。それだけですよ?」
クスクスっとイタズラっぽく笑うのを見ると、本当はとんだ悪魔かもしれないとか思ってしまうのだが、どうだろう………。
「今、好きな人はいますか?」
「ぃ………いや…これと言っては…………」
「なら、お付き合いしてる人はいますか?」
「いや、いないけど…………」
「ならいいじゃありませんか。僕は美人局じゃありませんよ?」
ドキッとすることを言われて胸が倍くらい鳴る。だがそれもあり得る状況で、そんなことを言うのはおかしいんじゃないだろうかと考え直していると向かいから手が伸びてきた。
頬に男の指先が触り包み込むように触られる。
「こんなことをしていると女郎蜘蛛と間違われることもあるんですが………、僕は僕の感性でこうしてるだけですから。あまり深く考えなくてもいいんですよ?」
「…………」
と言われてもな…………。
言われれば言われるほど怪しさが増す。清彦は相手の手を解くと立ち上がって鞄を持った。
「金でも取ってるのか………?」
「…………馬鹿にしてるんですか?」
「いや。単純な疑問だ」
「取ってませんよ」
「ならいい。また来る。その時にしてくれないか?」
「…嫌です。今したいんです。僕の気が変わらない内に早く服を脱いでください。下半身だけでもいいですよ?」
「………」
時間はある。まだ社に戻っても言い訳出来るのには余りあるほど時間はあった。
どっちだ…………。
自分はこの青年を抱きたいと思っている。しかしもしかしたらこの青年も俺を抱きたいと思っているとしたら…………。
ちょっと青ざめた。
「お前、どっちだ」
「何がですか」
「どっちが好みなんだ」
「……ああ。どっちも出来ますが、あなたになら抱かれてもいいですよ?」
「………そっか………」
そこで一安心してしまったのが運の尽きだった。男は机を足で退けると手を伸ばして抱きついてきたのだった。
「久しぶりです…………」
「それを初対面の俺に言うのか…………?」
「はい。男とこうして抱き合うのは本当に久しぶりなので…………ちょっと興奮していますっ」
嬉しそうにそんなことを言われては邪険に出来なくなる。それを見越してるんだろうか…………とも思ったが、男が凄く嬉しそうなのでどっちでもいいか………と思い直す。
畳の上で抱き合い絡み合いながら相手の服を脱がせていく。
外にあまり出ていないと言うのは本当なのか、彼の肌はとても白くて滑らかだった。若い女のような肌に無骨な指を這わせながら洋服を剥いでいく。白いシャツの下には何も見つけていなかった男は自らズボンの前立てを外すと下着毎全部脱ぎ去り全裸になった。全裸だと言うのにどこも隠さない。隠すところがないとでも言いたそうな顔つきだ。全部さらけ出しても恥ずかしくもない。むしろ今からすることに意気揚々としてる感じたった。
男の裸に見とれていると、今度は相手がこちらを脱がせてきた。それなら同様の態度を取ったっておかしくはないだろうと張り切っていると、あっという間に全裸にさせられて乳首を舐められた。
「んっ…」
「逞しいですね。思った通りだ」
ニコニコしながらも積極的としか言いようがなかった。清彦は裸にさせられたかと思ったら体中舐め回されて袋の裏まで彼の舌を感じることになった。その頃にはもう準備も万端で、先端からは先走りの汁が「ほとばしる」と言う言葉が一番正しいんじゃないかと言えるほどの状態になっていたのだった。
後は相手の用意次第だった。男は気が済むまで清彦のそこを舐め清めると畳の上で足を広げて見せてきたのだった。
「僕の準備はいいですよ。そうされるのが好きなのでお気遣いなく」
「…うん…まぁ…………。あんたがいいのなら、それでいいんだけどね…………」
準備らしい準備もしないままなのが準備万端だと言い放った男は何もしていない閉まりきったそこに清彦を受け入れようとしていた。
いいのかな…………。
そんなことを思った清彦だが、もう待っていられない事情がこっちにだってあった。そそり勃つそれを相手の引き締まったそこにあてがうと奥へと行くために体勢を変えていった。
「うっ! …っ………」
小さく呻いた男は身をくねらせて清彦をうまいこと奥へと迎え入れていた。それに戸惑うほどに順調に進む。それは果たして何を意味しているのか…………。
元々緩くてこうなんですとか言うんじゃないだろうな…………と苦笑してしまったが、相手は今それどころじゃないし清彦自身もそんな場合ではなかった。
荒くなる息遣いに高鳴る鼓動。意味を成さない言葉が出てしまったり、互いに気持ちよくなるために必死だと言って良かった。相手が脚を絡めて清彦に抱きついてくる。それを抱きしめると唇が近づいてきて自然に重なった。
「んっ………んんっ………」
互いに慣れているからこそ言葉はいらなかった。
抱きしめ合いながら相手の肌の柔らかさなど確かめると心地よさに酔いしれた。
ことが終わる頃には相手との相性…なんてのも考えたりして、それがすこぶる良かった場合、今後どうしたらいいんだろう…………と頭の片隅で思ったりして清彦は口元を緩ませたのだった。
時間を気にしながら洋服を着ると相手を気遣う。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。元々僕はこういうの得意ですし、好きですから」
クスクスっと笑うのがまた可愛らしい。男を可愛らしいとか思ってしまうのは、やっぱりちょっと変なんだろうな…と思いながらも清彦はこれからのことを考えていた。
相性が良かったからだ。
「あのさ。次いつ会える?」
「ぇ………?」
「会えない………?」
「………いえ、いつがいいですか?」
「今度の休み、なんてどうだろう」
「いいですね。ではまたここに来てください」
「ん…?」
「すみません。僕はここが拠点ですので動けないんですよ」
「あ…ああいいけど…………」
言葉の意味が今一つ分からなかったが、ここならまた来ることが出来るからいいかと軽い気持ちで了承した。
そして次の休み。
清彦はそういえば時間を決めていなかったな…………などと思いながらも、また違う男がいたらどうしてくれようといたずら気味に相手の家に向かった。
「あ…れ……? 確かここいら辺だったと思ったんだけどな…………」
探しても探してもそこには格子戸の家などどこにもなかった。
ひとしきり考えて、「そういえば」ともらった名刺を取り出すと相手の家の電話にかけてみた。
コール音が何度か鳴ってから留守番電話に切り替わった。
しかし内容が変だったのが気にかかる。
「この電話はただいま使われてません。番号をお確かめの上、再度お掛け直しください」と言うものだったのだ。
「何かの冗談かな………」と思ってはみたものの、そうでもないらしい。
何度かけ直してもそんな言葉しかアナウンスされなかったのだ。
家も見つからない、番号も違う、と言うかちゃんと繋がらない。
これはどういうことなんだろう…………と訝しがる。家のことは分からないが、電話のほうは意図的だ。そんなに会いたくなければそう言えばいいのに………と清彦は怒りしか沸いて来なかった。
その日はそれで潰れてしまった。どうしても気分が乗らなくて、それから行ったパチンコも勝てなかったし、スロットにも負けた。やけくそで、そんな関係が持てる店にも勢いで行ってみた。男版ソープと言うものだ。
可愛らしい男の子が泡々してくれるのがまた評判のいい店らしいが、初音と会うつもりだったのに会えなかった穴埋めにはならないだろうと踏んでいた。
「お客さん、僕初めてね」
「ああ」
日本人じゃないのか…………。
言葉遣いが少し変だったので分かったが、彼は出稼ぎらしい外国人青年だった。そのせいで気が緩んだのもあって、清彦は初音との出会いや今日の出来事を口にしてみた。すると。
「それはspaceが違うだけ。合えばまた会えるよ」
「space?」
「そう。spaceね」
「space………」
空間ってことかな………? 時空が違うとか言いたいんだろうか………と思ったが、ただの慰めだと思った。
「って、調子のいいこと言うなよ」
「チョウシノイイコト言ってないよ。僕の村にもそんな場所あった。長老しか入れない場所。でもgodと会えるかどうかは分からないね」
「godって…………神様ってことか………?」
「そう。カミサマね」
「………」
あれを神様とは言いたくもなかった。
あれを神様と言ってしまったら、清彦は神様としてしまったことになってしまうからだ。
「それはいくらなんでも駄目だろう…………」
「godはいつでも寛大ね。人の心を見透かすよ」
「ぁ…あー………」
それを聞いて清彦は何も言えなくなってしまった。
神様は何でもお見通し、ってことか…………。
清彦が彼としたいと思ったことがそのまま反映される。
嫌がられない、むしろ歓迎されると言う面ではまさにそれだと言えたのだった。
神様………神様ね………………。
それなら次にはいつ会える? 俺が会いたいと思ったら会えるんじゃないのか?
もっと強く望まないと会えないと言うのなら、もっともっと強く望んでやろう。
清彦はソープの青年に言われた言葉を鵜呑みにするのも悪くないとほくそ笑んだ。
そして次に初音に会ったら何と言ってやろう。何からどう攻めてやろうと考えながら家路に着いたのだった。
終わり
タイトル「雨宿り」
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