タイトル「バリスタ彼氏編」

 通勤途中にある歩道が十分にとってある広い通り沿いの小さな喫茶店。間口が狭くて奥行きが長い。

 優島透(ゆうじま とおる)は、そこにいるバリスタが気になっていたのだった。

 高いカウンターのあっち側にいるのに、背が高いと分かってしまうほどの身長。刈り上げた後ろ髪に目にかかるほどの前髪は漆黒で、伏せ目がちにしているところを見てドキッとしてしまった。彼の名前は西寺研司(さいじ けんし)。それ以外は性別くらいしか分からない。それさえもプレートで知った情報でしかないのが情けなかった。

 今日こそは個人的に声をかけようと意気込んで行っても、口に出せるのは注文くらい。

「こんなんじゃ駄目なんだけどなっ……」

 思ってみてもなかなか行動に起こせない。そんな時、意外にも意外な場所で彼と会った。しかも真正面から。

「あ…」

「…………ぁ」

 最初に気づいたのは、もちろん気にしてる透のほうだった。その固まった仕草に遅まきながら研司のほうが気づく。場所は駅の改札。しかも喫茶店がある駅ではなくて透がいつも乗り降りしている駅の改札だ。

 あり得ないっ…………。

 相手は入ってくるほうで透は出るほうだった。最初に透が出て、まだ入らない彼の真正面に立っていたのだった。

「どうも……」

「ああっと……お客さん」

「あ、はい。いつもお世話になってますっ。僕、優島透って言います」

「優島…さん」

「透のほうで」

「ぁ、失礼。透…さん……?」

「ぁ、はい。えっと……あのっ……何故西寺さんがここに……?」

「えっと……。じゃあ俺も下の名前で。研司でお願い出来ますか?」

「じゃ……じゃあ、研司さん。何であなたがここに?」

「あなたは?」

「僕は、ここが降りる駅ですから」

「ぇ……」

「え?」

「俺もここが乗る駅なんですよ?」

「……ってことは、もしかして一緒の駅、利用してます?」

「みたいですね」

「ぇ………ええ?! そ、そんなことって…………」

 あるんだっ…………!

 驚いてしまったが、それは相手も同じで。顔だけは知っているいつものお客が自分と同じ駅を利用してると知って驚いているようだった。

「あのっ、少しお時間いいでしょうか。すぐ済みますんでっ!」

「ぇ…あ……はぃ……」

 透の勢いに圧されて思わず返事をしてしまった感じの彼の手を引っ張って壁のほうまで急ぐ。そして向かい合うと一気にまくし立てた。

「僕っ、あなたに会いたくていつも店に行ってました。一方的で悪いですが、付き合ってくださいっ!」

「ぇ…………」

「すみませんっ」

「いや…………」

「返事はいいですっ! ただの一方的な気持ちですからっ! ただ言いたかっただけでっ!」

 嫌われるのが嫌でそんなことを口にした。だけど出来れば、あわよくばと言う気持ちがなかったわけじゃない。だから相手の出方を待ってしまった。

「……」

「あのっ、それだけですんでっ! すみませんっ! お忙しいところ、呼び止めたりしてっ……!」

「あのっ……」

「はいっ!」

「俺、男ですけどいいんですか?」

「ぁ、それはもぅ……」

「だったら別にいいですよ?」

「は?」

「俺、今付き合ってる人いないし、こう言っちゃ失礼だけど同性って今までないからおもしろそうだし。だからいいですよ?」

「ほんとにっ?!」

「はいっ」

「ウソみたいだっ……」

「ウソにしますか?」

「いえ、それは無しの方向でっ!」

「だったらよろしく、透さん」

「…よろしくお願いしますっ、研司さんっ!」

 手を差し出して堅い握手をする。それもこれも全て勢いだった。まさかそんな嬉しい答えが出るとは思っていなかったからだ。

 それから先はもう夢見心地でLINEの交換をして、彼は用事があって出掛けるからと駅で別れた。

「何だ、この展開っ…………。ウソみたいだっ…………」

 でもこれでこのまま放って置いたら、たぶん立ち消えてしまう。そう思った透は絶対明日LINEに連絡を入れて店に行こうと誓ったのだった。





『今日、お店に行きます』

「こっ…これでいいかな……」                                                    

 LINEを書いてから、それを送るのに躊躇している朝。

 昨日はあまりの展開の良さに思わず夢じゃないかと何度も駅を振り返りながら家路についた。そして駅が見えなくなってからは交換したスマホの画面を見てはニンマリを繰り返し、家についてからはテレビをつけていても何をやっているか頓着なくて、ただただ明日彼に会えるのに舞い上がってしまっているだけで終わった。そして今、書いた文字をポチッと押してしまってから「うううっ〜!!」と悶えてしまっていたのだった。

「夢だったら死ぬっ! ホントッ、返事なかったらもうあの店行けないっ!!」

 朝なので時間との戦いだと言うのにこんなことをしているとピロンッと音がして彼からの返事が早速きたのだった。恐る恐るスマホの画面を確かめるとOKのイラストがあった。

「ひぃぃっ……とっ! OK。OKだってさっ。良かったぁぁ」

 嬉しがっているとまたピロンッと音がして『時間はどうしますか?』と書かれてあった。

「どっ…どうしよう…………」

 いつも行くのは会社が終わってからなので六時くらいだ。

「でもあっちはいつも何時までやってるのかな……」

 困った。困ったぞ……。と思っているとまたピロンッと音がして『今日は早く上がりますから、六時半ではどうでしょう』と、こっちが困っているのを見越すようにまたLINEが送られてきた。

「おっ…おっ…おぅ……!」

 ようやくOKのイラストを送ると画面を切り替えてガックシと膝をついた。

「なっ…んか。朝から体力超使った気がするっ…………」

 思ってみたが、それはけして嫌なことではなく嬉しさが倍になったと言う感じだったので喜ばしてことだ。

「いかんっ!!」

 時間がっ! と時計を見て慌てて家を後にすると駅へと急いだ。

 会社には行ったが一日気もそぞろで定時になる。

「お先失礼しますっ!」

 終わりのチャイムと同時にカバンを持つと急いで出口に向かう。後はもう彼の働く喫茶店に一直線だった。

 会社と駅のちょうど中間地点にあるそこは、時間的に夕方の込み合いを見せていた。透と同じように会社帰りにそこに立ち寄る人が多い場所でもあるのだ。だからこの時間、本当はひとり抜けたら大変なんじゃないかと思うのだが、それよりも自分を優先してくれたことに嬉しさを覚えた。

 定時は五時半。そしてゴソゴソしてから帰って店に立ち寄ると六時と言うのがいつものパターンだが、今日は待ち構えていたのでいつもより早い。それに約束は六時半だから明らかに早い。どうしようかと思った透だったが、どこかで時間潰しをする気にはなれずに店に向かった。

「いらっしゃいませ」

 ドアを開けるとウェイトレスから声がかかる。透はカウンターを指さすと「いい?」と聞きながらそっちに歩いた。笑顔で「どうぞ」と答えられて、こちらもニッコリとほほ笑み返す。空いている席。特に彼がいい角度で見られる席に座り込む。それに即座に気づいた彼がわざわざ声をかけてきてくれた。

「いらっしゃいませ。もうちょっと待っててくださいね」

「あっ、はい。まだ時間じゃないのにすみませんっ」

「いつもの、注文なさいました?」

「ぁ、いえまだ……」

「それでいいですか?」

「はいっ」

「じゃ、順番にお作りしますね。お待ちください」

 いつもの、とはカプチーノだった。

 毎日と言っていいほど通っているので本当はただのブレンドコーヒーでいいのだが、カプチーノだと彼がそれだけ時間と手間をかけてくれるからだ。ミルクを入れながら描かれるいくつもの絵柄に指定はしない。それに今日は会話が出来ているのにも喜びを覚えていた。いつもは『カプチーノお願いします』『かしこまりました』で終わりだからだ。

 彼はいくつもの注文の品を作ると最後に透のカプチーノを作って目の前に置いてくれた。

「飲んだら外に」

「ぁ、はい……」

 ウインクしながら小声で言われて、爆発するかと思うくらい顔が火照った。だから熱いカプチーノは飲むのに時間もかかりそうだったが、彼が奥に消えて改めてカプチーノの絵を見てまた顔が火照った。

「ハートって……」

 意図的ではないと思うのだが、やはりちょっと「そうなのかな?」と思ってしまう。まだ何も進展していないのに。





 時間をかけて飲んだわけではないのだが、やはり自分自身が熱かったから時間がかかってしまった。

「ありがとうございました」

 いつもと同じように店員さんに挨拶されてペコリとお辞儀をしながら店の外に出る。ドアの向こう側はすぐに広い歩道だ。だけど彼の姿はそこにはなくて、キョロキョロとしてから歩道の街路灯に背をもたれて待つことにした。するとそこに移動したとたん店横の路地から彼が現れた。

「お待たせしました」

「いえ。今出てきたところですから」

「じゃ、ひとまず歩きましょうか」

「そうですね」

 いつまでもここにいるわけにもいかないので、ふたりして駅に向かって歩きだす。

「時間も時間ですから、食事でもどうですか?」

「そうですね。研司さんのお勧めの店、ありますか?」

「何が食べたいですか?」

「別に何でもいいですよ」

 あなたと一緒なら。

「じゃあ、手っ取り早く寿司とかどうですか」

「いいですね」

「回る寿司ですよ?」

「回ってないと逆に怖いです」

「俺もです」

 はははっ……! と笑い合って駅周辺にある寿司屋のチェーン店に出向く。歩きながら彼の口から「俺」と言う言葉を聞いて、さっきとは違うと悟る。

 まるで会社の同僚や友達のように喋りながら食事をすると店を出る。しかしそこからが問題だった。自分から「付き合ってくれ」と言っておきながら実は何もその先を考えていなかったのだ。ただ浮かれるばかりで、まるで現実味がない。未だ夢見心地と言ってもいい。

「これから、どうします?」

「え?」

「せっかくシフト変わってもらったんだから、もっと楽しみましょうよ」

「シフト……変わってもらったんですか?」

「せっかくのお誘いですからね」

「それは……すみません…………」

「別にそれは構わないんですよ?」

「でも……」

「俺の場合、今まで予定らしい予定もなかったから我がまま言ってなかったんです。だから他の人の都合に合わせたシフトになってたって言うか、俺がその透き間を埋めてたって言うか」

「……」

「だからたまに俺が我がまま言ったって聞いてもらえるんですよ」

「はぁ……」

 それはそれで今まで平坦な人生だったんだなと知らされる。それに関しては嬉しい出来事だが、問題はそれからだ。

 これからどうするか。それが問題だった。

「あのっ……!」

「何です?」

「用事がなければ、これから僕の家に行きませんか?」

「ああ。そのほうがいいのなら……って、いいんですか? よく知りもしない男を家に呼んだりして」

「そう……言われればそうなんですけど…………」

 相手に言われて「そうだな」とも思ったが、そんなに危険も感じてないし、第一相手は好きな人だ。そしてこれはデート。そしてそして今透が提示したのは、言わば「お家デート」だったりする。自覚はないが。

「あーー。じゃあどうです? 今日は駅から近いほうの家に行くってのは」

「えっ……?」

 突然相手にそう言われて驚いた。

「どっちが近いんでしょうね。俺は中央商店街抜けて五分ってところでしょうか」

「僕は……駅から歩いて十分内、くらいですかね。商店街は通らずに駅出て右側のエリアです」

「あれ、それどっちが近いか分からないですね」

「そうですね……」

 商店街はさほど長くないので、たぶん駅から同じくらいの位置にあるのではないかと思えた。でも商店街を通っていくのは人気エリアだから、たぶん彼のほうが家賃が高い。そう考えると彼の住まいに興味を覚えた。

「あのっ……じゃあ、今日は商店街で何か買ってからあなたの家に行きませんか? そして次は僕の家ってことでっ!」

「いいんですか?」

「はいっ」

「実はどっちに行っても俺が悪い人だったりしたら一緒だし、その場合、俺の家のほうが危ないんじゃないですか?」

「……研司さんは『悪い人』、なんですか?」

「自分自身そうは思っていませんが、あなたから見た俺は、俺には分かりませんから」

「怖いこと、言わないでくださいよ…………」

「すみません、悪気はないんです。ただあなたが俺を好きだなんて……何だかまだちょっと信じられなくて…………」

「こっちこそすみません……。突然告白してしまって……。気持ち、悪いですか?」

「いえ。言ったでしょ? 興味があるって」

「……」

「俺は彼女いない歴ただいま三年目。なのでそんな俺に好意を抱いてくれる人、無条件に大好きですっ」

 ニッコリとほほ笑まれて、そのほほ笑みにまたヤられた。





 それからふたりは商店街でツマミになるような物とビールを物色すると彼の家に向かった。彼の家は案の定、透の住まいよりもワンランク上の新しめのマンションだった。

「透さんはいつからここに?」

「ぁ、僕は二年くらいかな……。研司さんはまだ新しいですよね?」

「ぇ?」

「だってこのマンション新しいですもん」

「ええ。俺はこのマンションが出来た時にこっちに来てますから、約一年前ですね」

「そっか……」

 正直ちょっと失敗したかなと思った。興味本位でまずは彼の家に行きたい…と思ったが、これは明らかに失敗だ。だってここはちょっと自分が住んでいるところとは掛け離れている気がしたからだ……。

 透が住んでいるところは、いわゆるコーポと呼ばれる二階建の賃貸物件。しかも築二十年近い。それと、このほとんど新築物件とは運丁の差がある。あり過ぎる……。

 研司はポストを確認するとエントランスに入るために数字パネルの上に指を走らせた。すると天井まである観音開きの透明の扉が静かに開く。彼にとっては毎日の出来事で、さして気にするでもなく中に脚を進める。しかしそれに続く透は挙動不審だった。

「最新システムですね」

「まあそうなんですが、それについてはあんまり関心ないって言うか」

「何でですか?」

「俺がここに住もうって決めたのはセキュリティーってよりも場所、ですかね」

「場所?」

「ええ。駅から出て食品を買いながら家路に着く。これはコンビニとはまた違った楽しみを与えてくれる。それが魅力的なんです」

「……言われてみれば、ですね」

「でしょ?」

「ええ」

 透は駅を降りると目の前にあるコンビニで買い物をして家に帰ると言う日々を送っている。商店街が目の前にあると言うのにそうするのは、商店街で買い物をすると事実上行って帰る感じになってしまうのが無意識に面倒なのだ。

 研司は一階で待っているエレベーターで七階まで上がると、左右ふたつずつある部屋の左の門部屋に入った。

「掃除してないので、ちょっと散らかってますけどどうぞ」

「……お邪魔します……」

 元々新しいので綺麗なのだが、物が散らかっていると言うほど散らかってもなくていたって普通の部屋だった。玄関からガラスの扉を隔ててすぐにリビングがあり、そこから水回りに続いていたり隣の部屋に続いていたりと、廊下がない造りになっていた。

「さすが高層ですね。景色がいい」

「高層って……。七階で高層はないですよ」

「でも僕の部屋は二階建ての二階ですから。それに比べれば」

「確かに。それに比べれば高層ですかね」

 はははっ、と笑われてちょっとばかり恥ずかしくなる。

「適当に座ってください」

「は、はぃ」

 だいたいテレビを見る位置を機軸として……と無意識に考えながらテーブルの向こう側のソファに座る。ソファは三人掛けくらいの大きな物だったので、とりあえず端っこを意識して座ってみた。

 時間はもう七時半を回っていた。今から彼との宴会が始まると言うのに帰りはいつになるだろうか……などと思ってしまう。

 すると彼はリモコンでテレビをつけながら買ってきた総菜を皿に盛り付けている様子だった。それさえも満足に確かめることも出来ずにただ固まる。これは場違いって感じと緊張してるのと、これからの展開にちょっとばかり期待しているのもあってのことで。何にせよ相手は一般人なんだ、自分に対しての優しさはちょっとした好奇心に過ぎないと思っていたのでドキドキが止まらなかった。そんなことを強く強く思いながら自重しなければと時間を過ごそうと心に誓う。

「今日はどうでした?」

「ぇ?」

「忙しかったとか、大変だったとか、結構楽出来たとか」

「ああ。普通ですよ、普通。たいして忙しくもなく、かと言って暇を持て余すほどの時間もなく、適度に忙しく、適度に余裕がある。そんな日でした」

「それは良かった」

「……研司さんは? 今日はどうでした?」

「俺は今日午後からでしたからね。モーニングもしなかったからそんなに忙しくはなかったですよ」

「研司さんのところって夜からバーになるんですよね?」

「ああ。九時からですね。でも夜はまたオーナーが違うんで店員も全然違うんですよ」

「ぇ、そうなんですか?」

「ええ。制服も違いますから」

「へぇー、行ったことないからてっきり同じ店かと思ってました……」

「間違えても無理ないですよ。たまに俺も飲んで帰りますから」

 にっこりとされて場が和む。それから買ってきた総菜とビールで飲み会になり、もっと砕けた感じになった。

「ぇ、研司さんって三十なんですか?」

「そう。もうおじさんの域になってしまって……。なんて言うか……ちょっとショックなんですけどね」

「いやいや、言わなきゃいくつとか分かりませんしっ! 全然若いですよっ?!」

「そういう透さんは、いくつなんですか?」

「今年で二十六になりました」

「へぇ」

「同じところで四年目になります、未だ平社員」

「いいんじゃないですか? 俺は色々転々としてるから年齢的には店長でも、バイトリーダーくらいかな?」

「バイトなんですか?」

「いいえ。俺は正社員。だけどバイトを仕切る役目なのでバイトリーダーと呼ばれています」

「ああ。ややこしいですね」

「まったくです」

 ふふふっ……と笑い合ってビールを煽る。透自身そんなに酒が強いほうではなかったが、研司もそれは同じなようで一本二本と開ける内に腹も満たされてすっかり酔っ払ってしまった。

「あーーーーっ、すみませんっ。なんか僕……いい気持ちですっ」

「それは良かった。俺も透さんのこと知れて嬉しいって言うか……。新しい友達が出来たみたいです」

「僕も……。僕は……今まで触れられなかったあなたに……こうして接していただけて光栄ですって言うか……」

「それは……何だか俺、アイドルちっくな感じですね」

「そうですか? あーー、何か僕……言っちゃいけないこと言っちゃったかな……。すみませんっ……!」

「正直なのはいいことですよ。そういう気持ちで俺と接してくれてるなんて……。何かお返ししないといけないですね」

「ぇ? あーー、僕見返りとか全然望んでませんから気にしないでくださ……」

 そこまで言った時には顎を取られて唇が重なっていた。

「んっ……。んんっ……?!」

「少し黙って」

「す…みませっ……んっ……んんっ…ん…………」

 チュッと重なってから、もう一度唇が重なって舌が入り込んでくる。それに必死になって応じようとするのだが、不意打ちに対処出来なくてドキドキが止まらない。肩を抱かれながら床へと押し倒されて彼が覆いかぶさってくるのを目の当たりにする。

「あっ…あのっ……」

「試してみたいんだよね、同性ってのを」

 言われながらキスされてワイシャツが引き抜かれる。

 それから先は、あれよあれよと言う魔の出来事だった気がする。透は下半身だけ脱がされてモノをしごかれていた。

「ぁっ…ぁ…ぁ………」

「どう? 今まで人のモノってしごいたことないんだけど……」

「すっ……ごくいいっ……けど………」

 これ、ホント?!

 彼に抱かれてモノをしごかれながらも酔っているせいか、イマイチ臨場感がない。

 本当だったらいいけど、夢だったらちょっと悲し過ぎるっ……!

 そんな考えとは裏腹に彼の行為はエスカレートしていった。

「要は女と一緒でOKだよね?」

「ぁ、はいっ……」

 惚けながらも何とか返事をすると、今度はうつ伏せにされて尻を高く持ち上げられ四つん這いの恰好を取らされた。

「そのまま待ってて」

「ぁ、はぃ……」

 何? どうして……? ぇっ……?

 そのままの恰好で考えていると「確かここに……」と言う声が聞こえてきて取って帰ってきた彼の手にはローションが握られていた。歩きながらキャップを取り、手にローションを取ると、膝をつくと同時に裸の尻にローションを塗られてビクッと体を揺らす。

「ぁっ…!」

「そのまま」

「はっ…はぃっ……。でもっ……」

 いいのかな……。こんな突然っ…こ…んなことして…………。

 考えている間にもローションでニュルリと彼の指が中に入り込んでくる。最初から二本入れられて次にはすぐに三本入れられてから勃起したモノをあてがわれた。

「いい?」

「ぁ、はいっ……。でもっ……」

「じゃ、いくね?」

「あっ…! ぁぁっ…ぁぁぁぁぁ……………」

 ズズズッ……と彼のモノが勢いをつけて入ってくる。腰を掴まれしっかりと根元まで突っ込まれてから遠慮なく出し入れされて初めて繋がっているのを実感した。

「あっ! ぁ! ぁぁっ!」

「結構イイね。……ひょっとして、こういうの慣れてる? いつもこうやって誘ってるの?」

「ちがっ…! ぁっ! ぁっ! ぁぁっ! んっ!!」

 繋がりながら言われて否定したくても出来なかった。何度も何度も突き上げられて少しでも奥へと突っ込まれる。そういうつもりじゃなかったのに、そう取られてしまうとどうしようもなく悲しい。喘ぎながらも涙が出て止まらなかった。

 どうしたらいいんだろう…………。





「…………」

「……」

 行為が終わって繋がりが解かれると、さっきまでの楽しい気持ちはすっかりなくなっていた。透は彼が言った言葉に幻滅もしていたが、気軽過ぎた自分を恥じてもいた。

「帰りますっ」

「……待った。さっきの話の答え、まだ聞いてないよ」

「……」

「いつもこうやってるの?」

「そ…んなこと、するわけないじゃないですかっ!」

「でも、ちょっとすんなり行き過ぎてる気がする」

「……だったらそう思えばいいじゃないですかっ! 僕はっ……僕だけ有頂天になって……。馬鹿みたいだっ!」

 乱れた服を整えると涙で濡れた頬を手で拭いながら玄関に急ぐ。

 最初っから調子良すぎたんだっ。

 玄関で靴を履くのももどかしくドアを開こうとしたら後ろからそれを遮られる。

「ごめんっ」

「離してくださいっ」

「駄目だ」

「どうしてっ?!」

「…………まさか泣かれるとは思わなかった」

「……どうせ僕は女々しいですよっ」

「いや。そうじゃなくて、ごめんっ。俺が言い過ぎた。さっきも言ったけど、ちょっと調子良すぎたから疑った」

「……」

「よく知りもしないのに性交すると、どうしても何かを疑いたくなる。俺はそういうセコイ男なんだよ。君は? 君はそんな心の狭い奴とはもう付き合いたくない? 俺は付き合いたい。付き合って欲しいっ。悪かった。謝るっ。なんなら土下座してもいい。俺の不躾を許してくれないか?」

「…………」

 一気にまくし立てられて唖然としてしまった。

 何か……想像してたのと違う…………。

「許してくださいっ!」

「えっと…………」

 それから居間まで帰って向かい合って座る。

「疑ったりして、どうもすみませんでしたっ!!」

 彼が床に頭をつけて謝ってきた。それに「…………うん……」と答えると、再び彼が口を開く。

「改めまして、こちらからお願いしますっ。お付き合い、お願いしますっ!」

「…………僕で、いいですか? 女じゃないですよ?」

「はいっ」

「……僕との相性は、どうでした?」

「悪くはなかったって言うか…………」

 ふぅ……と思い出したように口元を手で覆って顔を背ける。

 ぁ、良かったってことね……。

「でも僕は悲しくてイけませんでした。まったく最悪ですっ」

「すみませんっ!」

「あの」

「はいっ!」

「お風呂、入りたいです」

「は?」

「僕、されたままなので綺麗にしたいです」

「ぁ、はいっ」

 立ち上がって風呂場へ急ごうとする彼に透は「待って」と声をかけた。そして振り返った彼にもう一度座り直すように床を指差す。

「座って」

「ぇ、でも……」

「座って」

「……はい」

 言うと相手が神妙な面持ちで正座する。

「その前に、僕を楽しませてくれませんか?」

「…………つまり?」

「もう一度したいです」

「……」

「それから、後でパンツ貸してください」

 ニッコリ言うと抱き着かれてそのまま押し倒される。

「怒って…ない?」

「怒ってますよ」

「ぇ……」

「でも許してもいます」

 言いながら透の指が彼の背中を這う。

「僕で、いいですか?」

「え…?」

「僕、男ですし。研司さんの負担になるようなら一度だけでもいいです」

 どうします? と相手を見つめるが、当然ながらすぐに答えなんて出るはずもないので返事は期待しない。

 その代わりさっきは出来なかったこっちからのキスをしてみる。背中から首の根っこに指を移動して相手を捕らえてから唇を重ねる。

透は最初から深いキスをするために相手を引き寄せながら舌を差し入れて絡ませた。そうしておいて自らの脚を彼の腰に絡ませる。

 最初はドキッとした研司も透が乗り気だと知るとそれに合わせてきてくれたのだった。深くするキスにも応じてくれたし、絡ませた脚の意味するものが言葉通りだと捕らえてくれた。それからはもう止まることを知らずに互いの体を求め合った。

 向かい合ったままの正常位で性交する。

「んっ! んんっ……んっ……!」

「キツい?」

「だい……じょうぶっ…………」

 本当は全然ユルユルなのだが個人的に悦に入っていると言うか、もっと彼を味わいたかったのだった。

 彼のっ……。ドクドクしてるっ……。それに……熱いっ…………。それに…………。

 彼の息遣いが耳元に聞こえてきて嬉しさが爆発しそうだった。

「くぅっ! ぅっ!! ぅぅっ……」

「あああっ!! ぁっ! ぁぁっ!! ぁっ……」

 無事に中出しされて、自らも射精して、ふたりして満足いったように脱力する。

「ふぅ……………」

「満足した?」

「え? あっ…まぁ……。俺は二度目だし…………。それより」

 どうだった? と目で問われて、透は満足したように目を伏せて口元を緩ませた。

「最高です。それに……これは夢なんじゃないかとも思います」

「……君は……いつからそんな思いを俺に抱いてたの?」

「どうでしょうね……。気が付いたら気になってて……。毎日あなたが見たくて……毎日あそこに通って…………。でもいいです。これだけだとしても僕は後悔しませんし」

「だから言っただろ? 正式に付き合ってって」

「ええまぁ。それはそれ、これはこれってことで僕は考えてますんで」

 繋がったままそんな答えを吐き出したのは、単にさっきの彼の言動からだった。

 彼は別に男とじゃなきゃ感じないわけじゃない。たまたま言われてちょっと興味があったから交わってみただけの一般人なんだから……。

 あんまり期待しちゃ駄目だ。そう思いなから慎重に言葉を出す。それに対して彼は何も言わなかったが、ちょっとだけ信用されてないような悲しそうな笑顔をされて戸惑った。

「ごめんっ……。俺があんなこと言ったから…………」

「こちらこそ。女じゃなくて申し訳なく思ってます」

「…」

「ぁ、でも。これからもよろしくお願いします」

 にっこりとほほ笑み繋がったまま抱き着くと力強く抱き締められた。

終わり