タイトル「課長との出張 -誰にも言えない話-」

 久しぶりの遠出だった。
 俺・幕間錬太郎(まくま れんたろう)と課長・野々宮策(ののみや さく)は新幹線に乗ってお泊まりの出張をしていた。
 三時の新幹線に乗り、定時ギリギリで相手の会社に着いて不良品処理の作業をして、新製品の最終打ち合わせをしてから親睦を兼ねて相手サイドと軽い食事をした。仕事自体は滞りなく終わり、今はホテルの一室だったりする。出張なので一人ワンルームは用意してもらえるはずもなくツイン部屋。
 当然のことながら風呂を先に課長に譲った俺は、ビール片手にこれからどうしようかと考えていた。てか、頭の中はもう色んなことが渦巻いていてとても説明出来るような状態じゃなかった。
「………」
 場しのぎにもう一度ビールを煽るとチラリとバスルームを振り返る。
 本当は今すぐ手を出しても良かったんだけど、俺だって少しは余裕があるってことを見せたくて未だにポーカーフェイスを装っている。だけどそれもそろそろ限界だ。
 今頃課長は……と思うといても立ってもいられなくなる。俺は最後の一口を仰ぐと立ち上がった。そしてその場で衣類を脱いで風呂場のドアに手をかけた。
 ガチャッとそれはすんなりと開いた。
 鍵、してないんですね………。
 俺はニンマリとして勢いづいた。
「失礼しますぅー!」
「えっ?! あっ! 幕間君っ、僕まだ入ってるのにっ……!」
「どうぞお気になさらずっ! 俺は俺で勝手に体洗いますからっ」
「で、でも。ほらっ、ここ狭いしっ!」
「ええ。狭いですね」
 言いながらバスタブに入り込むと後ろから抱き着いてシャワーを奪い取る。
「ぇ……?」
「それに、知ってます? ホテルのバスルームは、とてつもなくよく響くんですよ」
「ぇ…………」
「だからあんまり大声立てないでください。苦情の電話が入っちゃいますから」
「ぅ…ぅん……………。でも…………」
 湯煙の中でも戸惑う課長の裸体をしっかりと見つめる。そしてもっと隅々まで確かめたくて、お湯をシャワーから水道の蛇口に切り替えるとバスタブに栓をして相手の肩を掴んだ。
「課長、脚を開いて屈んで。でないと俺、一緒にしゃがめません」
「風呂? 僕はシャワーで」
「いいから」
 しっかりと両方の肩を掴んで溜まってくる湯船に浸からせる。向かい合うように座るとしっかりと相手の脚を開かせて、その痴態を堪能した。実は課長ももうしっかりと食事の時にビールを飲まされていて酔いが回っている。だから俺が無理強いをしたところで、いつものような強気に出るとは考えられなかった。この人は酒が弱いんだから。
「ふふふっ…」
「……?」
「課長のソコ……。入れてもいいですか?」
「ぇ………?」
「覚えてないんですか? 二カ月前」
「ぁ………………」
「俺があなたを開発してあげたんですよ?」
「…………」
「気持ち良かったでしょ?」
「ぅ………」
 赤い顔をもっと赤くしてそっぽを向く課長。こういうところが可愛らしいって言うか……。弄らずにはいられなくなる相手だった。



 課長とそんな仲になったのは、前回の出張でだった。
 ちょうど今日みたいにほろ酔い機嫌になった課長と同室で泊まった時、初めての上司とのお泊まりに緊張していた俺に対し、この人はありえない行動をしてくれたんだ。
 夕食で飲んだ酒でほろ酔い機嫌だと思ってた課長は、実はすっかり出来上がっていて、部屋に入るなりベッドに横になってそのまま動かなくなってしまった。そして次の瞬間、実に心地よさそうな顔をして寝息をかきだしたんだ………。
『課長?』
『ぅ……ん…………』
 ムニャムニャと何かを言ったみたいだけど聞き取れない。けど実に幸せそうな顔だ。俺は上司との同室お泊まりに結構緊張してたんだけど、どうやら相手はそんなこと微塵も気にしてなかったみたいだ。
『なんか…気が抜けるなぁ』
 ポリポリと頭をかきながらスヤスヤと眠る課長を見つめる。
 俺はと言えば、正直まだ飲み足りなかったから課長に布団を掛けると、それをつまみに冷蔵庫のビールを飲み出した。室内は空調の音しかしなくて自分のしている腕時計の秒針の音が聞こえるんじゃないかってくらい静かだった。
 俺の部署の課長は異例の躍進をした人物として社内でも評判になるくらいの人だった。見た目はいたって普通だし、やることだって何が長けているわけじゃない。だけどフワリフワリと調子よく昇進する。人を怒ることはしないし、取り立ててすごく褒めるってこともないんだけど、やったことに対してのフォローを欠かさない。それが厭味じゃないことが上からも下からも慕われる理由なんだけど、俺はフォローされたこともないし、逆に怒られたこともない。それほど可もなく不可もなくって仕事をするのが俺だったりするんだけど、今こうやって課長と向き合うとそんなことよりも彼のまつげの長さとか指の綺麗さとかが目立ってしょうがない。
 ベッドの横に備えられていたテーブルセットに座りながら薄暗い照明の下で眠る彼を見ると、ちょっとした興味が俺をくすぐる。
 この人はどんな匂いがするんだろう………。
 気にしてなかったけど、今はとてもそれが気になる。立ち上がって眠る彼に顔を寄せると香水とかの匂いじゃなくて、この人の爽やかな体臭が匂ってきた。
『普通つけるだろ………』
 香水じゃなくても、使ってる整髪剤とかの匂いはするはずなのに、この人からはこの人の匂いしかしてこなかった。
『………』
 俺自身酔っていたと思う。眠っている課長に手を伸ばすと、その頬を摩って両手で頬を挟むと女にするみたいにキスをしていた。最初は軽いキス。そして徐々に深いキスに変わっていくと、もう歯止めが効かなくなっていた。それは相手が目を覚ましても止まることはなくて、最初は冗談で済まそうとしていた課長の気持ちを裏切るものとなった。
『ちょっ…幕間君っ……! っ……ぅ………』
 布団を剥ぎ取ると馬乗りになって相手が逃げられないようにしてから無理やりシャツを脱がせていた。下半身も下着ごと引っ張り脱がせてしまうと、むだな肉のない綺麗な体が晒されていた。
『綺麗ですね』
『……』
『俺、課長のこともっと知りたいです』
 言った端から飛びかかっていた。
『ぁっ……! まっ…くま君っ……っ……ぅ……』
 脚を開かせるとその間に入り込み、両方の肩を逃げられないようにギュッと掴みながら柔らかくもない胸の突起に唇を寄せていた。
『やめっ…』
 暴れられるのは嫌だったから、まずガリッと噛って相手を威嚇する。すると課長はすんなりと体の力を抜いた。
『ぅ…ぅぅ……っ…』
 それからは俺のやりたい放題で、自分が覚えているだけで三回は課長の中に出したと思う。しばらくして股ぐらだけを汚して横たわる課長を見た時、やっとこれはヤバイんじゃないだろうか…って気になった。だから俺は謝った。単純に率直に真摯に謝った。
『俺っ………。すみませんっ……!』
『…………』
 だけど当然のことながら課長は何も言ってくれなかった。
 ただ裸の体を丸めて背を向けただけだった。尻の割れ目から俺の放ったモノがトロトロと流れ出ていた。俺はそれをティッシュで綺麗にふき取ると後ろから課長を抱き締めた。
『ほっ…んと、すみませんっ。俺っ……酔ってて……』
『………』
 それでも課長は何も言ってくれなくて、廊下を歩く人たちのお喋りだけが聞こえてきた。 どうしようか……。
 これをどう乗り切るんだ……なんて考えてると、不意に『謝るな』と言われた。
『ぇ……?』
『謝るくらいなら、こんなことするなっ………』
『すみませんっ。………でも俺、やったことに対して謝るって言うよりも、課長に承諾もなくこんなことしちゃったことに対して謝ってるんです』
『……………ん?』
 訝しげに振り返る課長ににっこりとほほ笑む。俺はこの一件で課長の体のいいところを知っていたから、けして嫌がることなんてしてないってのは分かってた。
『課長は俺のこと、どう思ってるんですか?』
『ぇ…………』
『俺…は、課長のこと好きですよ。心も体も』
『………』
 この展開に課長の目はオロオロとしだし、改めて自分の立場を振り返っているようだった。俺はそれを見て、『落ちた』と思った。でも別に相手を落とすつもりでこんなことしたんじゃなくて、あくまでもこれは酔った勢いでしかなかった。そもそも俺はやる相手には不自由してないんだから。
『君……は、僕にどうしろ…って言うんだ』
『どうしろとも言いませんが』
『こ…んなことしておいて………』
『でも嫌じゃなかったでしょ? 嫌だったら俺、こんなことしてませんもん』
『それは………』
『それに嫌だったら課長自身、俺にここまでさせてないでしょう………?』
『ぅ………』
『……』
 経験はどうだか知らないが、願望とか欲望とかはあったはずだ。そして満足も。それから課長は何も言わなくなり、俺もそれ以上何も言わなかった。だから俺は彼を抱いたまま眠りについた。
 翌朝になると、課長は何事もなかったように振る舞った。俺もそれに従った。それ以降、今日の今まで俺たちの仲は凍結していた。だけど同じシチュエーションに俺のほうが我慢出来なくなっていた。
 この人は何を考えているのか………。よく分からない人だ。



 俺はバスタブで久しぶりに課長の裸体を光の下で見つめた。課長はあの時と同じように酔っ払っていて、潤んだ瞳に濡れた唇を半開きにしたまま少し困ったような恥ずかしいような顔をして俺を盗み見てきた。
「………」
 この人は自分が今どんな顔をしているのか分かってるんだろうか……。
 相手の股間に手を伸ばしながら考える。
 この二カ月間、俺は何人と何回しただろう。けど、この人みたいな人はいなかったな……。
「課長、これ以上します?」
「…」
「するんなら、今度はあなたから誘ってくださいよ」
 俺は顔を近づけてチュッと唇を奪った。それに驚いてこっちを見てきた課長の顔。
 この人は必ず落ちる。そう思った。
 今度は俺の恋人として。
終わり 
20010619
タイトル「誰にも言えない話」