タイトル「花火の夜」
蒸し暑い夜の空に花火が打ちあがる。
それを遠くの土手から寝ころんで見上げていた戸米室は、隣で同じように寝ころんでいる和倉牧緒のほうに顔を向けた。
「いい場所見つけましたね」
「だろ? 来年からはここで見ればいいんだよ」
打ちあがる花火の音も聞こえるし、川からの風が気持ちいい。これで虫さえいなければ何も言うことないのに‥と言えるほどいい場所だ。
「しかし隣の街から打ち上げ花火を見ようなんて、よく考えたもんですね」
「ここは少し高いからな。場所的にはいいんじゃないかと思ったんだ」
「いいですね。ここは誰も思いつきませんよ」
室と牧緒は顔を見合わせて笑っていたのだが、他に誰もいないのがまたいいと思えた。
毎年夏にある納涼祭で最終日に打ち上げられる花火は、この辺りでは有名だった。各地から人が押し寄せてきて、とても近くで見れたもんではないのだ。だから遠くから見られて、ちゃんと音も聞こえる場所は限られていて、その中でも人が少ない場所を探すのなんて絶対に無理だと思っていた。なのに先輩の牧緒はこの絶好な場所を探し出してきたのだ。
急な山道を上って頂上まで行かずに八合目辺りで脇にずれる。するとちょうど道の脇に休憩スペースが作られていて東屋が造られている場所がある。しかしあいにく東屋は壊れかけていて危険だったので、それが幸いしてか人は誰もいなかったのだ。
二人はその東屋の横にある小道を下って開けた草地に着いていた。そこが何のためにあるのかは分からなかったが、二人にとっては好都合な場所だった。電池式のカンテラにブルーシート持参で寝ころぶと喜んでいたのだった。しかし回りは木々に覆われていて、しかも夜なので当然ながら暗い。
「でも牧緒さん、ここ誰もいませんけど、もしかしてもしかしたらヤバイ場所なんじゃないんですか?」
「ヤバイって?」
「あの………何かよからぬものが出るとか………」
「よからぬものね………。それって普通の人には見えないものとかか?」
「えっ………ええ、まぁ」
「オバケかっ」
はははっ! と豪快に笑われて顔が熱くなった。
「ちょっ‥! ちょっと言っただけじゃないですか! そんなに馬鹿にしなくてもっ」
「馬鹿になんてしてないだろう。そんなこと言っている内に花火が終わっちゃうぞ。ほら、ちゃんと空見ろよっ」
肩をポンッと叩かれながら言われて、仕方なく空を見上げる。
静かにしていると花火の音と近くで鳴く虫の音だけがあたりに響く。室は近くに感じる牧緒さんの息づかいを聞きながら心穏やかな気分に浸っていた。
「俺………牧緒さんのこと好きですっ」
「俺も室のこと好きだよ」
「どのくらい?」
「形には出来ないな。でも室野ことは大好きだから」
ギュッと抱きしめられて、おでこにキスするとスッと離れる。牧緒の体温を一瞬感じてまた室は穏やかな気持ちになった。
夜も九時を回るとラストの花火が打ちあがる。それは今までにないくらいの大きさで、音もハンパなく大きかった。
「すっごいっすね」
「ああ。あんなに大きな音する花火、あるんだな」
室は耳を塞ぎながら隣の牧緒を見た。牧緒も同じように耳を塞ぎながら苦笑していたのだが、二人の間に花火の煙みたいな靄が立ちこめて牧緒の姿を隠してしまった。
「あれ‥。牧緒さん? 牧緒さん?」
何度呼んでも返事はなくて、室ひとりだけがそこに取り残されていた。
「牧緒さん………」
今年で三回目になる彼との花火デートは、この日この夜だけと限られていた。なぜなら彼はここに来る途中、バイクで事故に会い亡くなっていたからだ。あまりに突然の死に彼はまだ自分が死んだことを知らない。そしてそのバイクの後ろに乗っていた室自身もそれを信じたくなくて、こうして毎年彼に会いに来てしまっていた。そして出来なかったここでの花火を見るのを楽しみにしていたのだ。
「今年も連れてってもらえなかったな………」
また来年。室はまた来年も同じように驚き、言うはずだっただろう言葉を繰り返す。彼がいた証を求めて。
終わり
タイトル「花火の夜」 20120711