タイトル「堕ちた蛍」
「誘い水」に出て来る「用務員×保健医」の話になります。


「すまないなぁ」
「いいですよ。それより木村先生はこれから帰られるんですか?」
「ああ。こいつは独り者だけど、俺は帰らないと後が怖いからな……」
「はぁ……」
 苦笑交じりの言葉を吐き出す木村に、曖昧な返事しか出来ない。向かい合ったままぎこちない笑いをしていると、相手が酔っ払いの男を担ぎ直した。
「もらいますよ」
「悪いな」
「……いえ、泊めるだけでいいんですよね」
「ああ。酒癖悪いなんて聞いたことないから、このまま朝まで起きないだろう」
「分かりました」
 すっかり身軽になった木村は腕を揉みながら笑顔を作った。入れ替わりに男を預かった用務員・湯谷錬司(ゆや れんじ)は、酔っ払ってぐったりしている奴を抱えながら挨拶代わりに片手をあげたのだった。
「じゃ、よろしく頼むわ」
「ええ」


 校舎内にある用務員室。
 ここ柿田高校は、今時珍しく常時在中している用務員がいた。だから職員たちは学校が終わって街に飲みに出たはいいが電車がなくなったり、タクシー代が高く付くと言う時には必ず彼の元を訪ね、一晩の宿を求めていた。しかしそんな彼らもだんだんに結婚する年齢になり、最近では滅多に訪れることもなくなっていたと言うのに……。
「まっ、いいけどな」
 もうすっかり酔い潰れてしまっている男を抱いた腕に力を入れる。
「にしても、重いな。ほら、しっかり歩け」
「ん…………ぅん………」
 抱えられた男は、もう夢でも見ているのか、返事らしき声は出すものの目も開けなかった。ただ単調にどうにか歩を進める程度の意識しかないのだ。俯いているせいで男の柔らかそうな前髪が顔にかかって大きく揺れている。
 こいつ……確か保健室の……何とかって奴だ。
 湯谷の中では昨今泊まり客もなかったので、教師の名前もろくに覚えてない。
 覚えなくとも自分の仕事は出来るから気にもしなかったが、彼の顔だけは何故かよく覚えていた。彼は自分のように汗をかきながら仕事をしない。いつも保健室から校庭を見ている物静かなイメージのある男だった。
「それが、何だってこんなに酔っ払ってるんだ……」
 湯谷は訝しげにつぶやいた。
 用務員室は校庭に面した校舎の一番端の一階にひっそりと存在していた。そしてその室内はキッチン兼居間と、その奥にある寝室の二部屋しかなかったのだった。
 一人暮らしならこれで十分なのだが、今はこの重いだけの荷物をどうにかしなければならない。玄関から寝室に行くには居間を通り過ぎなければならないから運ぶのは一苦労だった。
「まったく……」
 どうにか歩かせて、と言うよりもほとんど引きずるような感じで、ようやく寝室までたどり着く。
 和室になっている寝室には、こんな時のために客用の布団が押し入れにあるのだが、正直こんな奴のためには出したくもなかった。湯谷は抱えた男を覗き込みながらちょっと考え込んだ。
 アンカくらいにはなるか……。
 季節は冬。
 コンクリートで出来ている校舎にあるこの部屋は、透き間風が入り込んで来るような心配はなかったが、寒さに関して言えば半端なかった。
 特に夜ともなれば自分以外誰もいなくとなると、寒さが倍増したりするのだ。暖めても暖めてもなかなか暖かくならない。だから男だろうと女だろうと人肌が恋しかったのかもしれない。
 畳の上には万年床があった。湯谷はその掛け布団を器用に足で捲ると男をそっと横に寝せた。そうしてから捲った掛け布団を上から掛けてやる。眠っている彼は、少しほほ笑んでいた。
「平和な奴だな」
 顔にかかった髪を手で払ってやると、ほほ笑んでいる顔がもっとはっきりと分かる。湯谷はその顔をマジマジと見つめてから首を傾げるように顔を近づけた。顔を近づけてクンッと匂いを嗅いでみる。案の定、男臭さがいっさいなく、爽やかなコロンの香りがするだけだ。
 きっとこいつなら一緒に寝ても大丈夫だ。
 そう思いながら立ち上がると、静かに隣の居間に移動する。
 男臭いのは嫌いだ。
 以前教頭を泊めてやった時のこと、あまりの臭さに参ってしまったので湯谷はその点ではすごく敏感になっていた。人の匂いと言うのは本能で受け入れられるものと、そうでないものがある。彼は前者だった。
 後から考えてみれば教頭の場合はただの加齢臭だったのかもしれないが、とにかく嫌なものは嫌、受付ないのだ。あの時、湯谷は教頭のせいで彼が寝てから自分の布団を居間に引きずり出して寝た覚えがある。
「自分の家なのにな……」
 そこがどうも今になっても釈然としないのだが、いまさら文句もないだろう。でも今後、彼だけは泊めてやらないと決めていたのだった。

 居間に戻るとストーブで暖を取りながら付いているテレビで時間を確かめる。
 もうすぐ十二時だ。
「そろそろ行くか」
 毎日のことだが、この時間になると校舎内の見回りをしなければならない。これが終わって初めて湯谷の仕事は終わるのだ。そのために常駐しているのだが、さすがにこの時間の見回りは好きではなかった。
 懐中電灯と鍵、そして毎度のことながら怖さしのぎの木刀を持つと深呼吸して用務員室を出る。
 非常灯だけが灯った薄暗い廊下を一番近い階段目指して歩きだす。一番上から下へと降りて来る方法が一番手っ取り早いと日ごろの経験で分かっている。コツコツと自分の足音だけが校内に響き渡る中をいつもと変わりなく歩いて行く。
 一気に上がり切って四階から教室内をガラス越しに明かりを照らして覗き込む。セキュリティもしっかりとはしているのだが、外からの被害に備えて一階の教室だけはしっかりと室内まで入り戸締まりの確認をする。こうしていつも終わるのに三十分はかかってしまう。
 一番最後の教室の鍵をかけて用務員室まで戻ると、ジャスト十二時半だった。時計を確認した湯谷は、時間ピッタリなことに満足げな笑みを作った。
「これでやっと寝られる」
 背伸びをしてあくびをすると、テレビを消して天井の照明を豆電球にする。襖を開けて再び閉めると寝室は真っ暗だった。湯谷は手探りで布団を探すと急いで潜り込んだ。
 思っていた通り、自分より先に布団に入っている人間がいると中はすでに暖かかった。いい気になって冷たくなった手や足を奴に引っ付けるように抱き着くと、相手がビクンッと反応した。
 寝ててもやっぱり反応するんだ……。
 のんきに思いながら抱き着いていて、ふとあることに気づく。
 ぁ………こいつまだコート着てる……。
 思えばこいつが来てから、ここに転がして布団を掛けただけだった。
 でも…これで寝ちゃあ、暑いよな。
 面倒だと言ってしまえばそれまでだったが、彼が明日起きてからことを考えると、ここは無理をしても全部引っ剥がして寝かせたほうが利口だと思えた。
 用務員室に泊まったら、服着たまま寝せられて皺くちゃになっちゃったんですよ、などと言われちゃ心外だ。
 寒かったが、仕方ないので布団から出ると襖を開けて居間の電気を点ける。
「ハンガーハンガーっと……」
 押し入れの縁に掛けてある金属のハンガーを二つ手に取ると、そっと掛け布団を剥ぐ。奴はさっきの冷たさにびっくりしたのか猫のように丸くなって寝ていた。
「おい、コートと洋服、ハンガーに掛けるから脱げ」
「……」
「って言っても、寝てるから無理か……」
 諦めのため息をつくと、さっそく相手の服を脱がしにかかる。男は体を横にしていたので、そのままコートの袖から腕を抜くと、もう片方も同じように抜いて転がすようにコートを引き抜く。
「やっぱりちょっと皺ってるな……。ってことは洋服は、もっとってことかよ……」
 コートをハンガーに掛けると押し入れの縁に引っかけ、急いで男が着ている洋服を脱がしにかかった。コートの下には、ブレザータイプのグレーのジャケットにワイシャツ。下は当然のことながらスラックスだった。
 この頃になると、こっちのほうが寒くてたまらなくなる。湯谷はもう相手が寝てようがお構いなしに服を脱がせにかかった。さっきと同じようにブレザーを脱がせると、スラックスも脱がそうとベルトに手をかけた。
 その時、それを阻止するように相手が湯谷の手を掴んできた。
「!! ………何やってんだよ。脱がせてやるから、手ぇ離せよ」
「………ぃや……っ…」
 男はギュッと湯谷の手を掴みながらも目を開けなかった。だから寝ぼけているのだと思いその手を払いのけると、無理やりベルトを外してスラックスを下ろしてやろうとした。だが男は目を瞑ったまま湯谷に抱き着いてきたのだ。
「!! ………」
「ぃや………やっ…ぁ…」
 ビックリして固まっていると、男は湯谷の首筋に唇をあてて同じことを繰り返した。
 いったい…………何が嫌なんだよ……。
 抱き着かれて首筋で囁かれると吐息がかかる。そうなると、いくら相手が男でも薄暗い中、妙な気持ちにもなってしまうものだ。
「おい………」
 言う声も少しうわずっているのが自分でも分かる。
 こいつ……いったい誰だと思って、こんなことをしているんだよ……。
 湯谷には分からなかったが、勘違いされてても嫌な感じはしなかった。

 そのまま男はまた眠りについてしまったらしく、グラッと体が横に倒れていく。慌ててそれを抱き止めた湯谷だったが、これからどうしようかと迷ってしまった。でもこれ以上同じことを繰り返しても自分が寒くなるだけだと思い、おとなしく布団に寝かせつける。
 少しくらい皺になってもいいか……。
 残るはワイシャツとスラックスだったが、もうここまで来ると「後は自己責任で……」としか言いようがない。湯谷はあまりの寒さに自らを掻き抱くと隣室の電気を消して襖を閉めた。真っ暗な寝室で手探りで掛け布団を探し当てて潜り込む。
 布団のサイズはセミダブルなので一人なら少しは余裕があるものの、さすがに男二人となると狭い。でも寒いので一人で寝るのは嫌だったから、寝ている男を抱き寄せて足を絡めて頬を擦り合わせて目を綴じる。
 このアンカは、なかなかいいぞ。
 寒さしのぎと同時に癒しにもなる人の匂いは、眠りにつくには最高だ。湯谷は相手が悪夢にうなされるような声をあげても抱き着いて離れないぞと思いながら眠りについたのだった。



 翌朝。湯谷は男にしっかりと抱き着いたまま眠りから覚めた。相手もそろそろ目覚めようとしているのだろう。瞳が瞑っている瞼のなかで微妙に動いていた。
「おい、保健医」
「………ん……」
「朝だぞ。学校遅れるぞ」
「……………えっ…!」
 パチッと目を開ける男を間近に見て、思わずプッと噴いてしまいそうになる。と言うか、噴いた。
 慌てた彼はガバッと起き上がろうとして、それがままならないと知って、また慌てていた。眠りから覚めたら、どこだか分からないところにいるし、雁字搦めに四肢を奪われていたら焦らないほうがおかしいとも思うが……。
「ちょっ……何?! あ、あれ……?」
「昨日相当飲み過ぎたみたいだな。木村が連れてきたんだぞ。面倒見てやったんだから礼くらい言え」
「………面倒って………これが…面倒なんですか……?」
 自分が布団の中で抱き枕状態なのに戸惑いの表情を隠せない。
「お前さ、ダダ捏ねるんじゃねぇよ」
「な…にがです……?!」
「服脱がせてやろうかと思ったら、嫌だとぬかしやがった」
「ふ、服を……?!」
「当たり前だろ? そのまま寝たら皺くちゃだ」
「そりゃ…そうですけど………。いい加減、この状態……どうにかしてくれませんか?」
「嫌だ」
「ぇ……?!」
「思えば今日は休日だしな。もう少し寝てても何の支障もないって、今気づいた」
「ぁ………そっか………」
「そう」
「でも………さすがにこの状態は、苦しいんですけど………」
「布団から出ると寒いんだ。お前には一夜の宿を与えてやったわけだしな、多少俺の我がままを聞いてもらっても罰は当たらんと思うけどな」
「そ…そりゃ………」
 ギュウギュウと相手を抱き締めながら頬を擦り寄せてみる。自分の髭は多少伸びていたが、相手は少女のようにツルツルお肌だった。
 変な奴だな……。体毛が薄いののか……?
 そんなことを思ったが嫌悪感はなかった。むしろ気持ちがいいので興味を引かれたくらいだ。頬寄せを繰り返していると、とうとう男が困り果てて泣き言を言い出した。
「あの…………あの……」
「何だよ」
「頬っぺた痛いんですけど………」
「チクチクするか?」
「しますよっ」
「お前、毛がないもんな。髭、伸びないのか……?」
「た……多少は伸びますよ……」
 すぐに強がりだと分かる返事に、湯谷の口元が意地悪くほほ笑んだ。
 ホントかよ………。
 抱き締めている体を弄りだしたかと思うと、布団の中で組み敷いてみる。
「なっ……何するんですかっ?!」
「ちょっと見せてみろや」
「ぇ…何?! 何するんですっ! ちょっ……ちょっと……!!」
 馬乗りになって上半身を脱がせにかかるが、抵抗されたので勢い余ってボタンを引きちぎってしまった。でもそんなことは気にせずに露になった胸元に目をやると、やっぱりツルリとして色んだ乳首しかなかった。
「はっ…ははっ……! やっぱり胸毛どころか、腋毛もないじゃないかよっ!」
「っ……」
 口惜しそうに唇を噛んだ男が、自分の胸を掻き抱きながら顔を背けた。そんな姿を見てしまうと、悪いが余計にもっと苛めてみたくなる。湯谷は相手が動けないのをいいことにベルトを外しにかかった。
「やっ…! やめてくださいっ……!」
「おとなしくしてろ、すぐに終わるから」
 言いながら、男の衣類を一気に膝まで下ろす。
「ぁっ……!」
 当たり前だが、股間には一応人並みに毛が生え揃っていた。
「ちっ……」
 思わず舌打ちしてしまったが、今度は瞬時にして面白いことを思いついた。湯谷はそのまま戸惑う彼のワイシャツを引っ剥がすと布団の外に放り投げた。
「なっ…何するんですか?!」
「ゲームだよ、ゲーム」
「ゲ……ゲーム………?!」
「今日は一日誰も学校には来ない。だからゲームをしよう」
「やっ……嫌ですよっ……! それ、何のゲームなんですか!」
 ジタバタと暴れて湯谷から逃げようとする彼を、今度はうつ伏せにさせて下半身を下着毎脱がせる。相手はアッと言う間に丸裸にされてしまい、悔しがりながらも脅えているのが手に取るように分かった。
 彼の上から退いて布団を出ると、相手は素早く掛け布団を手繰り寄せて引っ被った。湯谷はそれには構わずに彼の衣類を洗面所まで持って行くと、洗濯機の中に突っ込んでボタンを押したのだった。
「ふっ……。これであいつは当分外には出られないだろう。ぁ……でもな」
 思い当たることがあり、湯谷はまた寝室に取って返すと、彼の潜り込んでいる掛け布団を剥がした。
「ぁ……………! ………なっ…何するんですかっ!」
「俺の服を着て逃げるかもしれないから、軽く縛る」
「ぇっ……! な……んでそこまで………。ちょっとあなた変ですよっ?!」
「変じゃない。ただの親切な男だ」
「どこがですっ?!」
「……酔っぱらってグデングデンになった奴をタダで泊めてやった揚げ句、汚い洋服まで洗ってまでやる。おまけに乾く間いてもいいよとまで言ってやってるのに」
「そ…それはっ…………!」
 後半は有り難迷惑だと罵れようが、前半は否定しようがない。
 男は口をパクパクさせながらも、それ以上の言葉が出てこない様子だった。その姿を見た湯谷は、またしたたかな笑みを作った。
「そうだろ? 俺は親切な男だ」
「……………」

 押し入れを開けると手頃な紐がないかと捜し出すが、なかなか見つからない。だから適当に古いシーツを取り出すと、相手の目の前でビリビリと引き裂いて見せた。彼はそれを掛け布団に包まって顔だけを出し、唇を噛み締めて見つめてきた。
「あなた、変ですっ」
「そうかなぁ」
「決まってるでしょ」
 彼の前に座り込むと、布団から出ていた左足を引っ張って足首に紐を結ぶ。
「ぁ…!」
 そしてその紐を左手首に結わえ、右も同じようにすると、ちょうど体育座りをする格好になった。
「どれっ」
「やっ…!」
 ガバッと掛け布団を剥いでみると、男は横たわったまま身を丸めていた。一応男だが、やっぱり男としてのフェロモンが足りないと言おうか、現実女っぽいと言おうか……。何かがこの男には欠けているように感じた。
「……こ…んなことして……何が面白いんですかっ」
「………」
 はて、何だろう………?
 言われても即座に返答は出来ないが、何か興味をそそられる。
「ちょっとっ!」
「俺にも分からないが、お前は面白い。今日一日付き合え」
「えっ……?!」
「どっちにしても洋服が乾くのは早くても夕方だ。いいだろう」
「でっ…でもっ!」
 相手がまったく身動き取れないのをいいことに、湯谷はボリボリと頭を掻くと時間を気にした。
 朝はまた早くから用務員には仕事があるからだ。校内を一通り見て回らなければならない。
「八時か……。行くか」
「ちょっ…! どこ行くんですか?!」
「…………………秘密」
「ぇ……………」
「じゃっ」
「………あ、あのっ……! あの……布団だけでも掛けて行ってくださいよっ!」
「……ああ、悪い。寒かったな」
 寝室から出ようと背を向けたとたんに必死に声をかけられて、思い出したように振り返る。屈んだ湯谷は剥がした掛け布団を彼の体にかけてやると、上からポンポンッと軽く叩いた。
「何、小一時間ほどで帰って来るさ。お前はイモムシよろしく寝てればいいんだよ」
「小一時間………」
「ああ。帰って来たら飯を作る。待っててくれ」
「…………」
 立ち上がり出掛けようとする湯谷に、男がまた声をかけてきた。
「あのっ!」
「ん……?」
「……僕がいなかったら……どうするつもりですか?」
「……………どうしようか」
 正直そんなことまで考えてなかった。
 言われて初めて、そんな事態も有り得るな程度には思ったが、そこまで彼はしないだろうと端から頭になかったのだ。少し考えるように宙を仰いでから下を向くと横たわっている相手を見る。
「お前はそんな恩知らずな奴じゃないから大丈夫だ。俺は、お前を信じる」
「信じるって………そ…んな………」
「じゃ、行って来るわ」
 軽く片手をあげて寝室を出ると、朝日が差し込んできている校庭内を巡回する。
 昨日と同じように一番上まで行ってから下まで帰って来るやり方で、今度は一階の部屋まで入らずに、校庭にあるプールとかウサギ小屋、校門なども見て回る。
 これでだいたい一時間を費やすのだ。しかし今日の湯谷は自分でも気づいていなかったが、鼻歌など口づさんでいるようだ。廊下に響いた自分の声でそれを知った。ちょっと気恥ずかしい……。
「明らかに、あいつのせいだな………」
 でも自分で笑顔を作っているのが分かる。
「でも……もういないかもしれないしな」
 可能性はある。でもあいつは逃げないだろう……と心のどこかで思っていた。



 朝の巡回が終わり用務員室に帰って来ると、居間を通り抜けて迷わず寝室の襖を開ける。
「……………」
 いた。
 布団がこんもりと盛り上がっているのを見た湯谷は、自分でも思っていなかったほどホッとしていた。
「おい」
「………」
「逃げなかったのか?」
 モゴモゴと布団が動いたかと思ったら、中から男が顔だけ覗かせてきた。
「……この状態でどうやって逃げろと言うんです」
「……………だな。朝食を作ってやろう」
「………」
 相手はふて腐れたような困ったような顔をしていたが、湯谷は背を向けてキッチンに立った。
 朝食と言っても、十分な料理など今まで作った覚えはない。口に入れば腹が膨れる程度のものばかりだ。だが一人で食べるよりも二人で食べたほうが旨いに決まってる。
 オーブンにトーストを放り込むとフライパンを火にかけてベーコンと目玉焼きを作り、インスタントのコーヒーを入れる。バターとジャムを取り出してトーストに塗りたくると、適当に皿に置いて寝室まで急いだ。
「飯だ」
 出て来いと言わなくても、相手はさっき顔を出したままの姿勢で湯谷を見ていた。しかしその体勢ではどうやっても食事を取ることは不可能なので、掛け布団のまま起こしてやると、布団を背中から被るような格好で落ち着かせてやった。
「何から食べたい」
「………」
「じゃ、トーストからな」
 自分の分を口に銜えながら相手の口にもトーストを押し込む。男は無言のままそれを一口ほお張ると口を動かした。
「あなたが帰って来たのなら、この紐はもう必要ないんじゃないですか?」
「そうだな」
「………じゃあ解いてくださいよ」
「後で」
「………」
 次々に口に入れてやりながら相手と向かい合って食事をする。すると嫌でも布団の透き間から男の素肌がチラチラと見える。よくよく見なくても分かることは、彼は自分よりも筋肉がない。それに色が白い。
 日々の仕事内容を考えれば当然だが、こんなに間近で他人の裸をマジマジと見られるチャンスはないので、必要以上見つめてしまった。それを感づかれてサッと身を縮められてしまったが、湯谷は肩をすくめるくらいで何とも思わなかった。
「お前、いつもあんな飲み方をするのか?」
「ぇ………?」
「あんなにグデングデンになるほど飲むのかって聞いてるんだよ」
「………まさか」
「………何か…あったのか?」
「……ちょっと」
「ちょっと何だよ」
「……振られただけですよ」
「振られた? いつ…………。って、まさかあの木村に?!」
「ちっ…違いますよっ! 彼はタイプなんかじゃないしっ……! ぁっ………!!」
「………って、まさかお前………相手男だったのかよ………」
「……………」
 完全に「しまった……」と言う顔をする男に、湯谷はようやく納得した。
 今まで感じてきた違和感は、これだったんだ………。
「はっ…ははっ………。どうりで」
 何だか分からないが笑いが込み上げてくる。でもそれは力強いと言うよりも肩透かしを食った時に似ている、力無いものだった。
 無造作に髪を掻き上げて、改めて相手をそんな目で見つめてみる。するととても魅力的に見えてしまうのは、自分が飢えているせいだろうか……と思ってしまうほどだ。
 ニッといやらしく口の端を吊り上げて笑うと、相手は脅えて身を固める。それがまた楽しいと言うのに気づき、湯谷は食事そっちのけで皿を遠ざけると、代わりに自分が彼に近づいた。
「ゃ………」
「分かったよ、それで昨日の寝言の意味も」
「ね…ごと……?」
「お前、今と同じこと言った」
「ぇ……?」
「お前、相手を拒みながらも実は誘ってる。そうだろ」
「そ…んな………。そ…んなことっ……!」
「分かってる」
「何が分かってるんですか? あなたが…僕の何を分かってるって言うんですか………?!」
「全部だよ」
「ぇ……?」
「俺は、お前のすべてを知ってる。見えないトコ全部だけどな」
 グイッと顎を取ると、強引に唇を重ねる。
「んっ…!! んんっ……!」
 唇を重ねながら被っている布団ごと後ろに押し倒すと、手足を縛られた全裸の体が現れて、湯谷は遠慮なくそれに貪りついた。
「やっ…ぁ…! ぁっ…!」
「お前、俺を好きになれ。俺は……たぶんお前が欲しいもの、全部やれる」
「なっ…に言って…! っ…! ぅっ…!!」
 手足が自由にならない体を組み敷いて、その彩りにポツンと咲くような胸の突起に吸い付きながら揉みしだく。
「ぅっ! ぅぅっ……! んっ…!!」
 縛った脚の太ももを内側から尻にかけて指でなぞる。
「俺を好きになれ」
「ぅっ! ぅっ……! ぅ…!」
「俺を…好きになれよ……」
 体を弄りながら耳元で同じ言葉を何度もささやく。
 男は湯谷の下でもがきながらも逃げられずに涙を流した。湯谷としては、それが悔し涙だと分かっていたのだが、口の緩みが隠せなかった。
 指で秘所を探り当て、中に割り込みながら股間を触ってやる。
 触れなくても勝手に動いている股間のモノは、男と同じようにもうずいぶん前から涙を流していた。
「お前、虐げられるの好きだろ」
「っ……! ぅっ……くぅっ……」
「分かってるって言ってるだろ? ホントに往生際が悪い。お前は、口より股のほうが正直らしいから……口は塞いでやろう」
「やっ! やだっ…! やだったらっ………!」
 涙でクシャクシャになった顔で男は哀願してきた。
 哀れだ……。哀れだが、それは見た目だけで、実はそうではないことくらいすぐに分かるから笑いが隠せない。
 彼の股間からわき出るように流れ出ている先走りの汁を見てしまえば、自称「親切な」湯谷は使命感に燃えてしまうのだった。

 さっき彼を縛るのに引き裂いたシーツの余りを手繰り寄せて口に猿轡を噛ませてやる。おまけに両足を綴じてダダを捏ねないように、膝から背中を通してもう片方の膝に紐を固定した。
「ぅぅっ…! ぅっ…! ぅっ…!」
 彼の秘所は自分の流したものでぐっしょりと濡れ、シーツにも垂れていたので躊躇なく秘所に入れた指の数を増やしていった。
 先走りの汁は抜き差しを容易くし、穴を広げるのも楽にする。勃起した彼のモノをしごいてやりながら舌先で乳首をつついてから吸い付いてやる。
「ふっ…! ぅっ…! ぅぅ……」
 大きく息を吸いながら十分に彼の匂いを嗅いでから、湯谷は立ち上がってわざと男に見えるように下半身だけ衣類を脱いだ。
 そこには彼と同じように勃起したモノがヒクついていた。それを仰ぎ見た男は、目を見開きゴクリと唾を飲み込んだ。
「指、二・三本入れば大丈夫だろ」
「…………ふっ……ぅ……うっ…!! ぐっ……ぅぅっ!!」
 ズブズブとヒクつく秘所にモノを押し入れて行くと、男が鼻息を荒くして体をブルブルと震わせる。
「ぐぐっ…!! ぅっ! ぅ…ぅ…ぅぅっ……」
 それでも湯谷は押し進め、キッチリと根元までモノを突っ込んでからズルズルとそれを引き出し、また入れるのを楽しんだ。


 射精を終えても、湯谷は彼の中からは出てやらなかった。入れたまま再び大きくなるのを待っては、また射精する。これを繰り返していたのだ。
 何度目かで相手がぐったりしたので手足の紐を解いてやり、今度は朝のように横になり後ろから抱き着きながら入れてやった。
「ぅ…ぅぅっ…………」
 彼も何度も射精しているので力を使い果たしてしまったのか、口にしてある猿轡さえ自分で取ろうとはしなかった。
 布団に包まりながら今朝の抱き枕を抱く感覚を思い出す。
 明らかに今のほうが気持ちがいいのを再確認するように、相手のモノを両手の指で弄んでみる。萎えてしまったモノは、湯谷にいいように揉まれてクタクタになってしまっていたために先端に爪を立ててやった。
「ぅぅっ!!!」
 相手はビクビクッと体を痙攣させた。
 それと同時に湯谷のモノは締め付けられて気持ち良くなる。後ろからピタリと抱き着いた湯谷は、彼の猿轡を口で咥えると下にずらしてやりながら項に舌を這わせた。
「お前、いつもより感じてるだろ」
「ぅっ…ぅぅっ……」
「正直に言えよ。でないと、またさっきみたいに爪立てるぞ。んっ?」
 股間と胸を弄り、後ろから相手の様子を伺う。男は股間にある湯谷の手に手を重ねながらガクガクと首を縦に振った。
「ちゃんと言えよ。いつもより感じてるだろ」
「うっ……ぅんっ……」
「うんじゃないっ。はいだろっ、はいっ」
「は…はぃっ……」
「お前。……こういうの、好きだろ?」
「…………は…はぃ、好きですっ…………」
「じゃ、俺らいいコンビだな?」
「は…はぃっ…」
「ふんっ……。こっち向けよ」
 無理やり顔だけこっちを向かせて唇を奪う。
 相手は苦しい体勢でも湯谷に従おうと必死になっている。それがまた嬉しくて楽しい。「んっ…んん……っ………」
 髪に指を差し入れて、かき乱しながら舌を絡ませる。
 しばらく楽しんだ後、ギュッと相手の髪の毛を引っ張って唇を離すと、後ろから力強く抱き締めた。首筋に顔を埋めて男の匂いを嗅ぐと、妙に落ち着いた気分になれた。
「お前、昨日帰れないほど酔って良かったな」
「………はぃ………」
 そう答えた男の声は辛いとか嫌だとか言うものではなく、少しほほ笑んでいるように聞こえた。そう感じた湯谷は彼の背中に舌を這わせると、意地悪く吸い付くようなキスをして、わざと赤い名残を残した。
「後で保健室から白衣を持って来てやる」
「ぇ………?」
「裸にエプロンじゃなくて、裸に白衣だ。それ着て一日俺に奉仕しろ」
「……ぁ、はぃ………」
 戸惑いながらも男はきちんと返事をしてきた。そして今日これからのことでも想像したのだろうか、体を震わせて自らを抱き締めた。それと同時に湯谷を入れている秘所がキュッと締まってモノを締め付けてくる。
「正直者だな」
「ぁ…りがとう…ございます……」
 耳打ちしてやると男は頬を赤らめて丁寧に礼を言ってきた。それにまた機嫌を良くした湯谷の目が細くなる。
 これから長い付き合いになりそうだな……。
「ところで保健医」
「はぃ…」
「俺の名前、知ってるか?」
「………湯谷…さんじゃ………」
「そっか………」
「ぁの……それが何か…………」
「いや、あ…っと………」
 湯谷はここにきて初めて、言いにくそうな口調になった。
「……お前の名前……何て言うんだっけ……………」
「ぇ………………」
終わり 070117