タイトル「幾多的賞味期限の掟」

 多田幾多(ただ いくた)は物憂いな高校生。だがそのあまりのマイペースぶりには周りが驚きを通り越して「引く」と言う域まできていた。
今日も空は晴れている。
幾多は登ってはいけない屋上で寝ころび日向ぼっこをしていた。そこには一面空しか見えない……はずなのに、突然人の顔が現れた。

「なッ‥!」
「お前は影か薄すぎる。人間ではなく魔物になろうとしてるのか?」と聞かれた。
しかし聞いてきた奴が聞いてきた奴なので、あまり信用は出来ないと判断する。何故ならその相手は、見た目が小学生くらいだからだ。
 ムッとして身を起こすと邪険に扱う。
幾多は、小学生は無防備で誰からも愛されて当然だと言う顔をしているのが嫌だった。それに、ここは高校だ。小学生がいていい場所ではないのだ。
「どうやって入ったか知らないが、ここはお前のいるような場所じゃないぞ。さっさとでて行け」
「お前こそ。言っただろ? お前は魔物に変わろうとしている。だから僕が来たんだ。
いいか、これからは僕の言うことをちゃんと聞け。でないともうすぐ心がなくなるか、それとも肉体自体がなくなる」
「はっ?」
 言われている意味が分からなかった。
いや、正確に言えば分かっていたんだが、到底信じられなかったのだ。
幾多は目の前の子供を押し退けると、立ち上がって教室まで帰ろうとした。それを後ろからシャツを引っ張り引き留めてきたのは、言うまでもなく子供だった。
「邪魔をする気か」
「言うことを聞かなければ邪魔をしても仕方ないだろう。お前は何か。人を見た目で判断するのか。だから僕がこの格好では不服と言うことか」
「平たく言えばそうなんだが、平たく言わなくてもそうなんだな。要するに俺は不法侵入のガキの言うことなど聞く耳は持たないと言うことだ。
分かったら出て行け。そしてもう俺の前に現れるなっ!」
「‥‥ふーん。そんなこと言っちゃっていいのかな。お前、もう半日も経つと大変なことになるんだぜ? そうなってからじゃ遅いんだぜ?」
「‥‥‥」
 その言い方が妙にリアリティがあって怖かったので、幾多はその場に固まってしまった。そして自分の周りをクルリと注意深く見てしまったのだった。
「やっとちょっとだけ心配になったか」
「あっ‥あんまりお前が言うから。俺もちょっとだけお前に付き合ってやってもいいかなって気になっただけの話だ」
「そうか。それは賢明な考えだ。いいか男」
「男じゃねぇ。俺にはちゃんとした名前があるんだ。だからそっちで呼べ」
「では名を申せ」
「変な言い方するなっ」
「癖だ。気にするな。早く名を申せ」
「……幾多だ。多田幾多だ。お前は?」
「僕か。僕の名前はパイン。パイナップルのパインだ」
「プッ。パイナップルだって。食い物名称かよっ!」
 思わずプププッと笑ってしまったが、相手は気を悪くするでもなく、それがどうしていけないのかが分からない様子だった。
「そんなにおかしいのか」
「普通はおかしいだろっ。それでお前は、そんな格好をしていったいいくつなんだって?」
「十万飛んで11歳か」
「へぇ。そりゃどっかの誰かさんみたいだな」
 カラカラと笑い出してしまうのを押さえられない。幾多はパインを指さしながらしばらく腹を抱えて笑ったのだった。
そうしている内に教室では授業が終わったらしくのんびりとしたチャイムが校内に鳴り響いた。

「どうする」
「どうするって……。もしかしてお前も教室に行く気か? お前が教室に行ったら断然変だろう」
「では、もうちょっと大きくなってみるか」
「はっ?」
 コホンと咳をして時計回りに一回転回ると、あっと言う間にパインは高校生の姿になっていた。
「これで良かろう」
「すげー魔法だな」
「魔法か。人間はそんなくだらない言葉で神の行為を一括りにしたがるな」
「神?」
「神だ」
「誰が?」
「僕が、だ」
「そりゃあ‥‥いったい何の神なんだか。まさか貧乏神だなんて言わないよな。もしそうだったら許さないからな」
「神は人間などに許す許さないと言われる筋合いはない。ただお前の存在がなくなるだけ。僕はそれでもいいんだがな」
「‥‥‥」
 そうなると今度はこっちのほうが下手に出なければならなくなる。幾多は、どうしたもんだろう……と考え込んでしまったのだった。
「じゃあ、お前。本当は何の神様なんだよ。どうしていたずらに俺を助けたがる」
「たまたまだ。たまたま影の薄い人間が僕の視界に入ってきてしまった。これは、あれだろう。慈悲をかけなければならない、と言うことだろう」
「まっ、神様が言うんならそうなんだろうな。で、何の神様だって?」
「言っても笑わんと誓うか」
「名前からして変な名前だから、あんまり期待はしてない。安心しろ」
「そうか。では言おう。俺は果物の神だ」
「思った通りです。で、今から何がしたいんだっけ?」
「しばらくお前とともに行動する」
「してもいいけど、みんなにはどう言うつもりだよ」
「僕は前からクラスメイトだ。そしていなくなれば前からいなかった奴になる」
「‥‥‥便利な機能だな」
「機能ではない。我々が意図的にやってるんだ。それよりどうだ、この姿は」
 聞かれて改めて相手のことを見つめてみる。
最初が小学生と言うだけあって高校生になってもあまり大きな変化はなく、ちょっと幼い感じのする高校生だった。
制服を着ているから高校生だと分かるが、でなければ、どう奢って見ても声変わりしてすぐの中学生だ。
 幾多は正直にそれを言ってしまってはいけないと思ったので、大きく咳払いをひとつすると恥ずかしそうに「似合うぜ」と告げたのだった。
「そうか。そうだろう」
 そうに決まっている。と言わんばかりにパインは顔をほころばせるとピョンッと大きくジャンプしたのだった。





 本当にそんなことが起きるのか? と半信半疑で恐る恐る教室に行くと、クラスのみんなは何事もなくパインを迎えたのだった。
「お前らふたり仲いいよな。そんなに仲いいなんて何かあるんじゃないのか?」
 からかってきたのは、クラスでもムードメーカーの山田だった。
山田の中では、ふたりは最初から仲がいい設定になっているらしく、それはクラスでも同じことが言えた。
 じゃあ机はどうなんだ。と考えていると、パインは不登校の生徒の机をちゃっかりと使い、そこを自分の場所としてしまった。
そして名前はと言えば、パインではさすがにお笑いの芸人なのかと思われてしまうので、最初のパを取って「印」と名乗っていた、と言うか、みんなにそう認知されていた。
「印はさ、どうしてこんなに何も言わない奴にくっついちゃってるわけ」
「さあ。波長が合うのかもしれんな」
「へぇ。そりゃ、随分ご執心なんだな」
「致し方ない事情と言うのもあるから、波長が合うんだろう」
 ブスッとしながら幾多が言うと、山田はその言葉が気になったらしく即座に食い付いてきた。
「その「致し方ない事情」って言うのが気になるんだけど」
「それはふたりだけの秘密だ。他の奴に教えると効力がなくなってしまう」
「ちぇっ。印も不思議なこと言う奴だな。だからふたりがくっついてるってのがよく分かるよ」
 ふふふんっと笑われて、幾多はこの雰囲気が悪くないのを感じ取っていた。

 今までと違う。
これは何か。何でもない。何とも言えない甘い香りとともにクラスの雰囲気が良くなっていく。
パインの役割がようやく分かった幾多だが、それと同時に自分の存在意義を考え始めた。
 今まで自分は何だったのか。はっきり言えば、いてもいなくてもおかしくない存在。
自分もそれでいいと思ってたし、周りも自分をそんなに必要としなかった。だから自分は空気だとでも思っていた。だけどそれが違うことに気づく。
考えてみれば学校に来ても誰かと話すことなどあっただろうか。
もしかしたら、なかったかもしれない……。だけど今はパインがいるだけでみんなが話しかけてきてくれる。こんなにありがたいことがあるだろうか。
幾多は自分が消えかかっていると言う意味がやっと分かった。そしてわざわざ教えにきてくれた神様だと名乗る男に興味を持ち始めていたのだった。

「おい、神様パイン。それはお前の特徴なのか?」
「それとは何だ」
「このまったりとした雰囲気だ。今までこのクラスは殺伐とはしていたが、まったりとはしていない。これもお前の仕業なのか?」
「仕業と言うな、仕業じゃない」
「じゃあ何だよっ」
「僕がいるところは、みんなこんな感じになるんだ。でも居すぎると、今度は酸っぱくなってくる。だから僕がいられるのは期間限定だったりするから、気をつけてな」
「そんなこと一度も聞いたことないぞ」
「だから今言った。僕がいられるのはせいぜい一週間。それを過ぎると僕は熟して臭くなっていく」
「変わった神様だな」
「鮮度が命のパインだからな。お前もせいぜいうまく生きられるように成長しろ」
「‥‥そう、だな…………。ちょっと努力、してみるかっ」
 この時、ほんのちょっとだけ幾多はパインのことが好きになったのだった。 
終わり
タイトル「幾多的賞味期限の掟」 20131208-k