タイトル「イヌピー、卵をもらう」

「卵をもらったんだが」
「誰にだよ。どこでもらった」
「ここに来る途中。商店街歩いてたら、どっかのばあちゃんが持ってけってくれた」
「……どうしてとか分かんないのかよ」
「分かんないけど、珍しいからもらってきた」
「確かにな……」
 乾の手には大きなダチョウの卵と思えるものが抱きかかえられていた。
「で、どうするつもりだよ、それ」
 聞いたのは九井一。通称ココ。力仕事には不向きな頭脳労働者特有のほっそりした体系に鋭く涼しい眼差しを持った男でもあった。
卵を持っているのは乾青宗。通称イヌピー。顔に火傷の跡があるのに妙に美人な見た目の男は、見た目とは裏腹に男らしい、ちょっと喧嘩っ早い男でもあった。
二人は幼馴染で恋人同士。
どちらかと言えばココのほうが彼を好きなのかなと言う感じもしたのだが、不意打ちでぶっ込んでくるイヌピーの愛情攻撃に面食らうこともしばしばのココも存在していた。
「食おうぜ」
「ぇっ、今から?」
「卵だから早くしないと雛が生まれるし」
「いや。いやいやいや。イヌピー君、卵が全部ヒヨコになるってのは間違い。嘘だから」
「んっ?」
 違うのか? と言う顔で首をかしげる姿が可愛い。ココは彼の純粋な眼差しにクラクラしながらも彼の抱えている大きな卵を受け取ると小さくため息をついた。
「食べるのはいいとして、まず何作って食べようかとか考えよう」
「目玉焼きでいい」
「俺はオムレツがいいな」
「ああ。オムレツでもいい」
「じゃあ、まず材料用意しよう」
「ココん家、ウーバーばっかで何もないからな」
「ごめん」
「いいって。俺が冷蔵庫に貯蔵しているので作ろう。調味料は捨ててないよな?」
「イヌピーが持ってきた物は何ひとつ捨ててないから」
「じゃ、作る」
「今から?」
「今から。いいだろ?」
 時間は午後二時。
ちょっと遅い昼食とも取れるが、昼は昼でもう食べてしまっているので今更食べたくない。だから出来れば夕飯用に作って欲しかったが、イヌピーは大きな卵を割りたくて仕方ない。出来ればもう少し後でと言いたいわけだが、そうも言ってられない雰囲気に仕方なく了承する。
「ぁ、玉ねぎない」
「……買ってくれば?」
「ぁ、うん。そうだな。他には……」
「ハムとか?」
「ああ。ハム、ハム。後は?」
「調味料あるなら文句言いません。けどさ」
「なに」
「食べるのは、もう少し後でもいいかな」
「?」
「仕事あるから。今決済迫られてんの」
「……ああ、ごめん。だったらもう少し待つ。てか、玉ねぎ買いに行って来るわ」
「ああ。そうしてくれると助かる」
「うん。……ココ」
「ん?」
「仕事頑張って」
「うん。イヌピーが来てくれるだけで頑張れるから大丈夫」
「ホントか?」
「ホント」
「だったら嬉しいな」
 ニッコリしながら近づいてくると彼がココの首に手を回してくる。抱き着くほどに顔を近づけて向かい合うこと数秒。お互い相手の顔を見つめて惚れ合う瞬間。
「……」
「……」
「するか?」
「ぇっ……」
「尻、綺麗にして来ようか」
「あーーーー。それは、もうちょっと後でもいいから。まずオムレツの用意しような」
「ああ、そうだった。玉ねぎ買って来るわ」
「ヨロシク」
「うんっ」
 彼用に用意してある財布を手渡すと、イヌピーは柔らかな笑みを作りながら商店街に玉ねぎを買いに出かた。それを見送ったココは大きくため息をつきながら脱力したのだった。
「情緒な、イヌピー…………」





 時間までに決済を済ませなければならなくて画面と戦うこと数十分。
「終わった……」
 自分のことにかまけてばかりで、イヌピーが帰って来たかどうかも確認していない。後ろを向いて確認すると、彼はまだ帰ってはいないようだった。
「玉ねぎ買いに行った割には帰りが遅い……?」
 また商店街で油売ってんのかな……と思うが、探しに行くのも違うような気がしてまずは待つことに。
ココはキッチンカウンターに置かれた大きな卵のところまで行くと改めてそれを見て持ち上げてみた。
「重っ」
 テレビとかでしか見たこともなかったソレはとても二人分とは思えない。冷凍しておくわけにもいかないだろうし、これでホントにオムレツなんか出来るんだろうか……と首を傾げてしまう。
「第一これ、どうやって割るんだよ」
 普通の卵のようにコンコンパカッでは割れてはくれそうもない。
「トンカチ?」
 そんなものはこの家にはない。どうやって料理するんだ? と思っていると、ようやく彼が帰ってきた。
「何してんの?」
「ぁ、おかえり。これ結構量あるんじゃないのか?」
「重いだろ?」
「ああ」
「さっきのばあちゃん捕まえてどうやって食べるのか聞いてきた」
「ぇ、オムレツじゃないのか?」
「じゃなくて、食い方」
「食い方……」
「ほら、普通にやっちゃっていいのかな……とか」
「で?」
「やっぱ力任せに割るんじゃなくて、頭をコンコンッって割ってドロッと取り出す。そこからは普通にやればいいんだけど、だいたい十人分はあるからいっぱい食べな、って言われた」
「十人分……」
「ちょっとそれ、多いよな」
「多い」
「どうする?」
「ん?」
「こういう場合、どうする?」
「どうしようか……」
「じゃ、俺が残りもらう。いい?」
「いいけど、どうするんだよ」
「真一郎のところに持って行く。あそこに持って行けば兄弟いっぱいいるからすぐになくなるだろ?」
「ああ。それもそうだな。持って行けばいい」
「あーーでも、それは無事出来上がってからの話だな」
「そうだけど、お前なら大丈夫だろ?」
「量が違うからな。失敗したらごめん」
「元々お前がもらってきたもんだから俺は文句言わない」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「ああ」
「じゃ、さっそく作ってみるか」
「頼む」
 ココはソファに座ってキッチンに立つ彼を視界に入れながらテレビを観ていた。
本当はガッツリ彼を見つめたいのだが、そうするのが恥ずかしくてテレビを観るふりをして盗み見るのが大好きだった。彼は卵を立てると片手鍋でゴツンッと一撃加減しながら打撃を加えて大きな卵を割ろうとしていた。格闘すること数撃、無事に中身が取り出せそうなくらいの穴が開いたので大きく頷く。
「ココ。バケツとかない?」
「バケツ?」
「 だってお前ん家大きな鍋ないじゃん」
「そうだけど、さすがにバケツってのはな……」
 仮にも後で口にするものをバケツで調理するのは憚られた。
「ぁっ、そしたらさ、それそのまま真一郎のトコ持って行ったらどうだろう」
「そんなことしたらお前も俺も食べられないじゃん」
「そうだけど、ちょっと量が多過ぎるだろう。ここじゃ処理出来ないよ」
「だけど俺は ココと食べたい」
「……じゃあ、あっちに持って行って料理してから俺たちの分だけ持ち帰るってのはどう」
「ああ、それいい。でも割っちゃったからな…………」
 持って行けるのか? とココが言う。それに対して「大丈夫だ」と言うと、次には「それじゃあ」と割ったところにラップを被せる。
「これで良しっ」
「まあそうだけど」
「ココ」
「 んっ?」
「仕事終わった?」
「ああ、終わったけど」
「 じゃあ、する?」
「ぇ、何を?」
「エッチ」
「ぇ、今?」
「今じゃなくて、今から」
「 ……今から……」
「うん」
 時間は午後四時になろうとしていた。
まだ明るいのにとか、突然過ぎるとか、そういうのは彼には通用しない。
彼はココがしたいだろうな……と言う思いから突き動いている、ように感じていた。少なくともココにはそう見えてしまっていた。
「飯は後でもいい。シャワー入ろう」
「いいけど……。積極的過ぎじゃない?」
「仕事の後はしたい、だろ?」
「いや 。仕事の後じゃなくてもイヌピーとなら、いつでもしたいけど」
「ふふふっ」
 イヌピーの腕がココの首に絡みついてくる。
その顔が近づいてくるのをココは嬉しそうに眼を細めて抱き寄せた。
抱き締めてキスをして十分に体を触ってから互いの服を脱がしにかかる。向かい合って上半身、そして下半身もすべて脱いでしまうと手を繋いで浴室まで歩く。



 熱いシャワーで浴室が湯気でいっぱいになる中、お互いの体を泡で洗い合う。
「イヌピーの体はスベスベで綺麗だな」
「俺の体は喧嘩すると青タンとか出来て最悪だろ? けど、ココはそういうことあんましないからココのほうが綺麗だと思う」
「いや、俺は別にどうでもいいから」
「どうして?」
「どうしてって……」
「俺の好きなココが綺麗なのは俺が嬉しいんだけど」
「ああ、ごめん。でもそしたら俺だって綺麗なイヌピーが好きだけど……。でも好きなことしてるイヌピーも好きだから無理は言わない。たとえその手が油まみれだとしても、俺はイヌピーが好きだから」
「優しいなココは」
「優しいのはイヌピーにだけだよ。他の奴はどうでもいい」
「はははっ。ココらしいね」
「だろ?」
 はははっ、と笑い合ってシャワーで洗い流す。

「のぼせた……」
「もう出よ」
「ああ。ココは先ベッド行ってて」
「……分かった」
 言われるままに一人先に寝室に向かう。
彼は今からそれなりの処理をしてから寝室に来る。
いつも負担かけてると思う。だから「たまには俺が変わろうか?」と聞いてみるのだが、彼は譲らなかった。一度「どうして?」と聞いてみたことがあるのだが、明確な答えは言ってもらえなかった。
『どっちだっていいじゃん』
『ぇ』
『俺たちが気持ち良くなれるんだったら、俺がこっちに回っても別にいいじゃん』
『いいならいいんだけど……』
『ココはあんまり深く考えなくてもいいんだよ。俺を抱いて。俺を最高にしてくれよ』
『……うん』

 寝室で待つこと半時間。サイドボードの明かりしか点いていない寝室にバスローブ姿の彼が入ってきた。
「ごめん。遅くなった」
「いや、全然大丈夫だから」
「勃ってる?」
「勃ってねーし」
「じゃあそれからだね」
 彼はバスローブ姿のままベッドに入り込むと、同じくバスローブ姿のココの股間を探って手でしごき始めた。
「ちょっ……」
「ぁ、口のほうが良かった? だよね。そっちのほうがココすぐ勃つもんね」
 言うが早いか、イヌピーは布団に潜り込んでココのバスローブをはだくと股間に潜んでいるモノを口に含んで舌で味わい始めた。
「んっ……ん……んんっ」
 彼の舌先は巧みで、窪んでいる部分にチロチロと刺激を入れてから先端を吸いにかかると言う、ココの好きな行為を執拗にしてくれるので一気にその気にさせられた。
「あっ……ぁぁっ……ぁ」
 ジュプジュプとわざと音が出るような含み方をして誘っている。彼のやり方はココをその気にさせるには十分で、すぐに本領発揮出来るくらいの大きさ硬さになっていた。
「でっ……出ちゃうからっ。もう……。イヌピー」
「OK。じゃ、もう入れるね」
「ぅ、うん……」
 どっちのセリフだろうかと思うくらい淡々と、彼はココの股間に跨るとバスローブを脱ぎ去って自らの中に勃起した彼のモノをゆっくりと挿入していった。
「ふっ……ぅぅっ……ぅ」
「ぁぁぁっ……。イヌピー……っ……ぅぅ…………」
 中はニュルニュルしている。そして熱い……。
彼は根本までしっかりと埋め込むと一度大きく息を整える。それを見上げながらちょっと浮足立っている自分がいるのに気づいていた。

 この快楽と苦痛を伴った彼の表情はこの時にしか見られない。
つまりこういうことをしない限り、他には絶対見せない彼の顔を唯一見られる瞬間。だから尊い瞬間でもあるのだが、それが見られる自分はなんと贅沢な奴なんだろうと思う。

 彼を失いたくない。
彼を味わいたい。
出来れば縛り付けていつもそばに置きたい。
だけどそれは自分の傲慢でしかなくて、彼には自由に、思うように羽ばたいて欲しい。

 色んな感情がない混ぜになって自分を支配する。
近づけば近づくほどに遠ざかっていくような、けして手が届かないものを欲しがっているような……。
そんな感情がいつも湧いてしまう。

「動くよ」
「ああ」
「ぁっ……ぁぁ……ぁっ…………」
 ゆっくりと、最初は頃合いを見図るように。そして数秒後には本格的に腰をガンガン動かす彼に翻弄される。
「ココっ……。ココっ…………。俺のこと好き?」
「ああ……。好きだよっ……。眩しいくらいっ……綺麗だっ」
「ふっ……ふふっ……。ぅっ……ぅっ……ぅっ」
 グリグリ腰を右に左にと回し、不意打ちで前後左右に動かしてから上下運動をする。小さく喘ぎながらする彼の行為に恍惚の表情でココは彼を見上げた。

 凄いっ。
イヌピーっ……。俺の女神っ…………!

「あっ……あっあっあっ……ああっ……んっ……!」
「んっ! んっ! んっ!」
「ココっ……。好きっ! んっ! んっ! んっ!」
「ぅぅぅっ」 俺もっ!
「はっ!……はっ! ……はっ!」
 右に左にと舵を取るように目を瞑って自らのモノをしごく彼。動く毎に飛び散る汗が降り注ぐ。

 なんて……。なんて綺麗なんだっ…………!
 無心に快楽を味わう彼を見ると、それだけで幸せを感じる。ココはガンガンモノを刺激されて彼の中に大量の精液を放出していた。
「………………グロッキー…………」
「はぁぁっ……。もっ……ぐちゅぐちゅでトロトロっ…………。ココのモノ…………俺の尻の栓っ……」
 口元を緩ませながら、そんな戯言を言いながらツルッと結合を外して抱き着いてくる。
「ココっ……ココっ……ココっ……」
「大丈夫だ。俺はここにいるからっ」
「うん」
「…………」
 抱きしめ合って息を整えること数分。まるでスポーツの後のような清々しさを残して事が終わる。
「俺、オムレツ作るわ」
「ぁっ、ああ」
 ガバッと起き上がるとベッドから降りて卵の調理にかかる。
「イヌピー。まず体綺麗にしよう」
「ああそうか」
 尻からココの放った精液を垂れ流しながら「それもそうだ」とニッコリと微笑む彼。
眩しい。あまりに眩しすぎてクラクラしながら立ち上がると浴室まで誘う。

抱き締めて味わってもまだ物足りない。
特に今日は彼主導だったし……。
 これはまた近々だな。と思いながらお互いの体を洗うと彼が気にしている卵料理の続きをしだす。
「いいこと思いついた」
「?」
「ココ。ゴミ袋ある?」
「あるけど?」
「45Lのヤツ」
「うん。あるけど……」
「バケツにソレ、被せて卵入れる」
「やめて〜!」
「なんで?」
 いいじゃん。と頓着ないようなことを言うが、ココとしてはとても嫌だったので、「それなら」と提案をした。
「割った卵の中で味付けして、今いる分量だけ取り出して俺たちのオムレツを調理する。残りはそのままラップかけて真一郎のところに持って行くってのは、どう」
「…………ナイス。それナイスっ! そうするっ!」



 そうして無事二人分のオムレツが出来上がる。
「旨いっ」
「ああ。卵の大きさ違っても卵は卵だな」
「その前に生んだ鳥が違うんだが」と言いたいのを堪えてウンウンと頷きながらオムレツを口にする。
 いつもは彼が言うように出来合いのものばかり口にしているので旨いもマズイもない。だけど彼が作る料理は、ちょっぴり甘くてココの好きな味だった。
「お礼に洋服でも買おうか」
「馬鹿か。こんなオムレツごときで何言ってんだ」
「でもイヌピーあんまり自分の服頓着ないじゃん。だったら俺がこういう時にこそ」
「いいから、そういうの」
「ぅ、うん……」
 出来ればこのチャンスに彼の洋服を買い揃えたかった、別カラーに。
彼の服装。それはちょっとヤンキーがかっているような……。突拍子もない色とかロゴ、ヘンテコな形の服を好んで着る彼を少しでも変えたかった。
彼の容姿だったらもっと清楚だったり華麗な洋服を着れば申し分ないほどに王子様系になれるのに……と思うのだが、逆に言えば近寄ってくる輩が減って好都合だとも言える。だけどやっぱり自分の前だけでもちゃんと普通に見られる服装でいて欲しいと願うココだった。
 イヌピー……その真紫の派手派手Tシャツ、(別の意味で)眩しすぎるからね……。
終わり
タイトル「イヌピー、卵をもらう」
20230712