タイトル→「いつでもいっしょ」
森の中では森の色。でないと早くに食われるよ。
言われなくても分かっていた。だから季節によって色を変える生き物だっているのだ。
だけどリナンの場合、どうあがいてもそれは不可能だったのだ。
「俺だってこんな色に生まれたくはなかったんだ。
母さんだって俺を生んだときにはたいそう驚いて、天地が引っ繰り返ったって騒いだくらいなんだから」
「分かった分かった。いちいち外野の声に反応しなくてもいいから」
「だって!」
「だっては、いい。
お前さ、俺が近くにいるからそんなこと言うんだったら、もう一緒に帰ってやらないぞっ?」
「………お前こそ、いつからそんなにいぢわるになったんだよっ!
友達が陰口叩かれてんだぞ? 少しは親身になれよっ!」
リナンはツンッと真っ白な耳を立て、綺麗に手入れされたフサフサの白いしっぽをフルフルと左右に振ったのだった。
ここ、らるたの森の学校では小さな生き物から大きな生き物まで、さまざまな動物たちが集う。
その中でもリナンは際立っていた。
なぜかと言えば本来の色を失って生まれてきたからだ。
全身は真っ白く森の中では目立ち、目もみんなのように黒くはなくて泣き腫らしたように真っ赤だった。
そのせいでよく他の動物からは敬遠されてしまうのだ。
そんな中でもいつも一緒にいてくれるのは気丈夫なウサギ・ナギだった。ナギはウサギはウサギでも枯れ葉色だ。
ウサギと言う言葉で連想するのは、まず真っ白な体毛。知り合った頃は幼くて種の違いも分からずに憧れからかナギからリナンに近づいてきたのだ。
最初は同じくらいの大きさだったのに、今ではどこから見てもナギのほうが体格が良くて男らしかった。
リナンとしては真っ白くないウサギのナギがどうして自分の着るはずだったキツネ色を着て、自分がウサギ色とも言える真っ白なのかが釈然としない毎日だった。
「ナギはいいよな。白くても茶色くても何も言われないし」
「ウサギは色々な種類があるからね。中には黒いのもいるみたいだよ。俺は見たことないけど」
「ふ…ふーんっ……!」
強がってみるが、気になる。リナンはチラチラとナギを仰ぎながら何か言いたそうな顔をしていた。
「…………キツネにも色んな種類がいるんじゃないだろうか……って今思ってる?」
「えっ?!」
「………そんな顔してたから」
「そっ…んなことないよっ! 俺は…俺だしっ! 他にこんな色のキツネがいやしないかなんて思ってないしっ!!」
「……………」
思ってるんだ………。
まさにそんな顔をされてリナンはバツが悪くなってしまった。
「おっ…俺は別にっ!!」
「正直になれよ、リナン」
「ぅっ………」
「今度図書館で辞典を調べてみよう」
「一緒に?!」
「ああ」
「うんっ!」
自分ひとりじゃ心細い。本当はそう言いたかったのに言えない。
最近リナンは羨ましいのと憧れと色々な感情が彼に沸いてきてしまって自分でもとても困惑していたのだった。
「あっ……の……ナギ」
歩いていってしまう後ろ姿に声をかける。
「ん?」
「………何でもないっ。………図書館明日一緒にいってな」
「ああ。何か収穫があるといいな」
「うん………」
二人して歩く森の道は、昼下がりの優しい日差しを彼らに与えていた。
歩くたびに広がる二人の距離。彼に追いつこうと速足になるリナン。
「ナギっ!! お前分かっててやってるっ?!」
「ぅん?」
「歩幅っ!」
「分かった?」
「あったり前だろっ?! お前、俺が速足になった時点で気づけよっ! もっと優しくしろっ!!」
「はいはい」
クスクスと笑いながら歩幅を緩めるナギに後ろからぐぅで背中をパンチする。
「ちょっ! 痛いだろうがっ!」
「お前の跳躍力に俺がついていけないことくらい分かってるのに、わざとそんなことするからだっ! 今度したらぐぅじゃないぞ」
「ちょきだぞぉぉ」
「お前ぇぇっ!!!」
はははっ! と軽快に笑ったナギはそのままピョンピョンと撥ねてあっと言う間に遠くにいってしまった。
「だからおいっ!」
「分かった分かった」
来いっ! と指でリナンを招いてくる。
仕方なく勢いをつけて跳びはねると相手に追いついた。
間近までくると、そのまま抱き上げられて跳びはねるナギに振り落とされないようにしがみついて歯を食いしばった。
ピョーンピョーンピョーンとジャンプするとそのたびに空が近くなった。
「うーっ!!!」
「どう? 俺といると気持ちいいだろっ?!」
「うーっ!」
気持ちいいと言うよりも危ない。
空が近くなって大きな木のてっぺんに手が届くほど近づける。
自分じゃできない技だとは思ったが、自分ひとりじゃできないのが癪に触る。
リナンはこれが終わったらまたナギを怒鳴ってやるんだからっ…と心に決めて相手にしがみついていた。
嫌いだ………っ!
●
翌日の学校図書館で。キツネに関しての辞典がないか調べていたふたりだが、そんな書物はなくて頭を抱えた。
「ウサギはあるのに」
「キツネは書くまでもないんだよ、きっと」
「何だよ、その書くまでもないってのはっ!」
「正確に言えば書くことがないってことかな。種類もきっと俺たち種族よりは少ないし、取り留めて何もないって言うか………」
「つまりそれは、俺が突拍子もなく変な奴ってことだな」
「………まぁ。俺が知ってる限り、白いのってのはウサギ以外じゃフクロウのおっさんしか知らないからな」
「白いのって言い方はやめろっ! 俺が傷つくじゃないかっ!」
「ごめん」
「俺、今の言葉で相当傷ついたぞっ!」
「ごめん」
「駄目だっ」
「これ以上謝りようがないよ」
「それでも駄目っ!」
ひとりで癇癪を起こしているのは分かっていたのだが、なんだかどうしても許せなかった。
『白いの』と言う言葉は本当に嫌いだったのだ。
「じゃあさ、これで許してよ」
目の前にいたナギの手がリナンに伸びてきたと思ったら、首に回って引き寄せられた。
引き寄せられて抱き締められると、しっかりと筋肉のある胸に抱き締められる。
「ぇっ………?」
「白いのってのはさ、俺にとっちゃ憧れの言葉でもあるんだけどな」
「……」
「あのさ、俺たち真反対の毛皮着てるから引き寄せられてるのかもしれないっての、覚えといてくれよ」
「ぅ…うん…………」
思わず相槌を打ってしまったが、そんなこと言われたのは初めてだった。
「お前……そんなこと思ってたのかよっ…………」
「うん」
「俺、お前は強いだけの奴だと思ってたよ」
「跳躍力がってか?」
はははっ! と笑ったナギはさっきの神妙な顔付きとは全然違う、いつもの彼になってリナンをのぞき込んできた。
だからリナンは、それ以上何も言えなくなって口ごもった。
もうすぐ別れ道。そしたらそこで「また明日」と手を振って別れる場所になる。
リナンは右の道に、ナギは左の道に行くはずだった。しかしその少し手前で大きな木が道に横倒しになっていた。
「危ないなぁ」
「誰だ? 何があったんだ?」
ナギがキョロキョロと辺りを見回す。リナンは倒れた木を見て、それから根元のほうに目をやった。
「ぁ……」
「ぁ…ごめん。悪いけどちょっと遠回りするか、木を跨いでいって」
言ってきたのは、枯れ葉色をした歯の大きなネズミみたいな生き物だった。
「誰?」
「お前、ビーバー…だよな?」
何でこんなところにいるんだ? と、ばかりに少々怪訝な顔をしたナギがリナンを庇うように前に立った。
「ぅ…うん……」
相手は大きなウサギにビクビクしてるみたいだけど悪い奴ではなさそうだった。だけどナギは不機嫌な声のまま言葉を続けた。
「たしかビーバーは森の約束で、もっと奥地にいなけりゃいけないんじゃなかったっけ?」
「ぅ…うん、まぁ……そうなんだけどぉ………」
「公共の場をこんな風に自分の利益のために邪魔してもいけないんじゃなかったっけ?」
「ぅ…うん。だけどこれは………」
「あのさナギ」
「何?」
「怒るのは、その子の話聞いてからでも遅くないんじゃない?」
「………いいけど。でも言っておくけど、このままにして逃げたら承知しないぞっ」
「ぅ…うん………」
話を聞くと彼の名前はビーバーのトモロと言って、森の清掃員をしていると分かった。
この木は先輩の清掃員が風の道を作るために倒したもので、新米の彼に後始末を任せて先にいってしまったものだと判明した。
「だけど道に倒しちゃいけないんじゃなかったっけ?」
「ぅ…うん。でも俺、そこまで言えなくて………」
「じゃ、今度管理局のほうに苦情入れておく。そうすればお前に迷惑かけなくて済むだろ?」
「……うん。ごめんね」
「それよりさ。この木、早く何とかしないと交通の邪魔だろ? 俺たちで良ければ脇に寄せるくらい出来ると思うんだけど」
「あっ…ありがとぅ! 俺、ひとりでどうすりゃいいのか、すっごく困ってたんだ」
今までオドオドしていたトモロが初めて明るい顔になった。
ナギはあまりいい顔をしなかったが、リナンは積極的に倒れた木を片付けるのを手伝いにかかったのだった。
大木をそのまま押したり引っ張ったりするのかと思ったらそうではなくて、ふたりの仕事はトモロがかみ切った枝を脇に避けることだった。
トモロの仕事っぷりは素早くて、あっと言う間に枝は噛みちぎられて散乱した。
それを手早く拾い上げて道の脇に積んでいく。さっさとやっても追いつかないくらいふたりには休む間もなかった。
「小枝多すぎだ……」
「束ねて持てば大丈夫だ。頑張れよ」
「と言われてもなぁ……」
元々やる気のある奴と、ない奴の差なのだろうか。
ナギは体は大きいのに動きがのろくなってきていた。それでもやり終わるまでは家に帰るつもりはないリナンに付き合って枝を運ぶことに専念する。
「リナンは、そっちの細いほうじゃなきゃ駄目だ」
「え、俺だってそっちの太いヤツ持てるし」
「能率が悪くなるだろ? 俺なら二本は持てる」
「そうだけど」
そう言われるとちょっと癪に触るリナンだが、事実だからしょうがない。ブツブツ言いたいのを飲み込むと、ひたすら小枝を拾って道の脇に持っていく。
しばらくすると横たわっていた大木は丸裸にされて、その太い幹もトモロの歯によっていくつかに切断された。
そうなると転がして移動出来るので作業は楽になり、思ったよりも早くにすべてが片付いた。
「ありがとう。君たちのおかげで仕事が早く済んで良かったよ」
「てか、お前。俺たちがここを通りかからなかったらどうしてたんだよ」
「わ…かんない……」
「いいじゃん。俺たちが通りかかったんだから。それよりさ、この木はどうするんだ? このままにしておいていいのか?」
「……うん、たぶん大丈夫。帰ったら回収係の人に言ってみる」
「じゃ、俺たちはここでサヨナラでOKだな。行こうリナン」
「ぁ、待って」
ナギがリナンを呼びながら一歩歩きだした時、後ろからトモロが呼び止めてきた。
まだ何かあるのか? と少々不機嫌そうな顔をするナギに苦笑しながら、リナンもトモロを振り返った。
「あの………言いにくいんだけど、キツネさんって脱色してるわけじゃないんだよね?」
「………うん」
「白い…とかって馬鹿にされることない?」
言われたリナンはギクッとして、それから相手が何が言いたいのかが分からなくて困惑ぎみに尋ねた。
「………何で?」
「もしかしてお前、助けてやったのに馬鹿にしようとかしてるわけ?」
リナンの困惑を上回る勢いでナギが体中の毛を逆立てながら相手に詰め寄る。
「ちょっ…。まっ…待って。俺、馬鹿にしてるわけじゃないんだよ?」
「じゃあ何が言いたいのか、はっきり言えっ!」
「いや…あの………。キツネさんの白さ、すごく素敵だけど森では目立つでしょ? 俺、キツネさんと同じ色の人にそんなふうに聞いたことあったから……」
「同じ……色の人? 誰それっ。教えてっ!」
「え…っと………」
「ちょっと待て。同じ色の人って、元々白い色もある種じゃないだろうな」
「違うよ。その人は…コヨーテのツムじいさんって言うんだけど…」
「コヨーテ?!」
「ぅ…うん…」
「コヨーテ……」
コヨーテと言えば狼と同種。肉食の生き物だった。ウサギはおろかキツネだって食事の対象だ。
同じ色の生き物と聞いたリナンは、その人に会って話を聞きたくて仕方ない様子だったが、険しい顔のナギはリナンの肩をギュッと掴んだ。
「駄目だぞ、リナン」
「だけど俺、会って話を聞いてみたい」
「駄目だっ。トモロ、お前は何でそんな奴に会ったんだ」
「あ……っと………。エリア外の森で迷っちゃったんだ。そしたら助けてくれて……」
「お前はいいよな、水に潜り込めば難を逃れられる。だけど俺たちはそうはいかないんだ。陸続きで会いにいったら、そのまま食われて終わりってことも有り得るんだぞ?!」
だから駄目だと言うナギに、リナンは耳を貸さなかった。
「俺、会いたい」
「会ったって何も産まれやしないっ!」
ギュッと肩を掴んだ手に力が入る。だけどその情報を聞いてしまったリナンは、いても立ってもいられなかった。
「でも俺、会いたいっ!」
「リナンっ!」
「あっ…の」
ふたりの会話に口を挟んだトモロに、ナギが威圧するようにギロリッと見据えた。
その圧力にトモロが身をすくめる。
「お前が余計なことを言うから、こういうことが起きるんだっ。よくトラブルメーカーって言われないかっ?!」
「ぇ…そ…んなことは………」
「トモロ、教えて。俺、まだ俺と同じ人と会ったことないんだ」
ナギの怒りそっちのけでリナンはトモロに詰め寄ると相手の手をしっかりと握り締めた。
「ナギの言葉は聞かなくていい。今は俺がトモロに聞いてるんだ」
「リナンっ!」
「でもっ……」
「教えて」
「ぅ…うん………」
リナンとナギに挟まれて、どっちの言葉を信じたらいいのか迷った揚げ句、やっぱり本人であるリナンの気持ちを優先したトモロがお目当ての人物のいる場所を口にした。
「会えるかどうか分からないよ? それに今の季節、いくらツムじいさんが人がいいからって絶対に獲物として相手を見ないとか言い切れないし」
「うん」
「それでも行きたいの?」
「うん。遠くからでもいいから話を聞きたいんだ」
「そう……」
●
れまのの森。そこにツムじいさんはいるとトモロは教えてくれた。
「絶対駄目だからなっ!」
「いいもん。自分ひとりで行くからっ」
「それも絶対駄目っ!」
翌日になって、午後から学校をさぼって隣の森である『れまのの森』に行くつもりのリナンにナギが異議を唱える。
だけどそれに耳を貸すつもりは毛頭なくて、リナンは学校への道を歩いた。
「ナギはさ、俺の気持ち分かってくれてると思ってたけど実は全然分かってなくて、ただいたずらに行っちゃ駄目とか大人が言うようなことを口にしてるだけなんだ」
「そうじゃないっ! 相手が相手だから会うべきじゃないと言ってるんだ」
「……」
「危ないんだってばっ!」
「うん。分かってる」
「だったらいい加減にその考えを改めろっ」
「嫌だ」
「なんでだっ!」
ちくしょうっ! とばかりに握った拳を大きく何度も振り続ける。ナギは駄目を繰り返し、結局納得いかないままリナンについて行くことにしたらしい。
午後になってそっと学校からいなくなろうと席を立つと、同じように席を立って金魚の糞みたいにリナンの後ろについてきたからだ。
一定の距離を開けてナギが後ろからついて来る。
足を止めると相手も足を止め、歩きだすと相手も歩きだした。タタタッと小走りに歩いてクルッと後ろを向いたリナンは道に仁王立ちになった。
「どうしてついて来るんだよっ!」
「どうしてもだ」
「ツムじいさんに用事があるのは俺だけだっ」
「俺はお前が心配だからついて行くんだ。ツムじいさんに用があるわけじゃない」
「じゃあ、俺がツムじいさんと会っても邪魔すんなよっ!」
「するかよっ!」
フンッ! とお互いにそっぽを向くとリナンはまた前を向いて歩きだした。
「まったく心配性なんだからっ!」
うつむきながら小声でそんなことを口にするが、本当のほんとは、ほんのちょっぴり嬉しかったりした。だけど素直にそれを出すのは癪なのでおくびにも出さない。
「フンッだっ」
れまのの森には行ったことはなかった。だけど隣の森なのでそんなに恐怖や戸惑いは感じていなかった。
平坦な道をずっと歩いていくと、だんだん草や木がなくなる場所がある。
そこが森の境界線だと言うことだったが、その付近でトモロはツムじいさんに出会ったらしい。
『大きくて岩の上にいたから最初は何なのかが分からなかったんだけど……』とトモロは教えてくれた。
だからたぶん自分よりも何倍もデカイんだろうなと想像は出来るのだが、自分より大きい生き物はクマくらいしか知らなかったので、それより大きいとちょっと怖いかも……と思っていた。
「この辺…かな………」
キョロキョロと見回してみても盛り上がった岩だらけの場所で、ここだけ別の世界にも思えるほど何もない寂しいところだった。
「あのーっ!! ツムじいさん、いませんかぁぁっ!」
リナンの声が岩々に反射して何回もこだまする。
「そんなに簡単に見つかるわけないだろ。きっとたまたまここを通った時にあいつが遭遇しただけだ」
「うるさいなぁ。ナギは黙ってろってば!」
「はいはい」
呆れ気味だが安心した風にナギが返事をする。
それに関してもイラッとはしたのだが、せっかくここまで来たのだから絶対にツムじいさんを見つけたいと思う気持ちは高まっていた。
リナンは相手の名前を叫びながら岩々の間を歩きだした。遠くに緑の森が見えるからしばらくこんな場所が続いているのだろう。
「何にもない……。こんな場所じゃ生きていけないよ………」
誰もいないし、誰も通らない。空気が乾いてて誰の匂いもしてこなかった。ただ風だけが岩と岩の間を通り過ぎる時にヒュ〜ッと嫌な音を立てているだけだった。
「もう帰ろう」
「嫌だ」
「……もうちょっとしたら強制帰還だぞ」
「なんだよ、その強制帰還って」
「強制的につれて帰るってこと」
腕組みをしながら苦々しくナギが言う。
デタラメとは言わないにしろ、こんな地に生き物が長く留まるはずがないと言うのがナギの結論らしい。だけど時間の許す限りリナンは彼を探したかった。
もうちょっともうちょっとと粘って探してみたが、結局何も誰も見つからないまま夕方近くになってしまった。
「残念だけど、ここまでだ。リナン、帰るぞ」
「ぅ…うん…………」
「もうこれ以上は待てないぞ」
「うん…………」
そう言われなくても、もうすぐ夜が迫ってきていることくらいリナンにだって分かっていたから抵抗は出来なかった。
トボトボと自分の森に向かって歩きだすと、ナギが横にきた。
「ショげてる?」
「多少」
「でも見つからなくて良かったと俺は思ってる」
「お前はそれでいいんだろうけど、俺はガッカリだよ」
「…………見つけても何も変わらないよ。相手は肉食だ」
「………俺も一応その肉食なんだけど」
「でもお前は俺の友達だし、相手を選別出来る力がある」
「まるで俺の探してる相手にそれがないみたいじゃないか」
「あるって言えるのかよ」
「少なくともトモロは食われなかったし、優しかったって言ってた」
「あいつは水場に逃げれば生き延びれる。俺たちは違う」
「………」
「………ごめん。でも実際に会うのはやっぱりやめたほうがいいと俺は思う」
「会ってないからいいだろ」
「ああ」
相手の気持ちは痛いほど分かったが、それを許して理解するまでには至っていなかった。やっぱりリナンとしては彼に会って話がしてみたかったのだ。
どう繕おうとしても、どうしても浮かない顔しか出来ないまま帰り道を急ぐ。ナギはリナンの歩幅に合わせて少しゆっくりと歩いてくれたのだった。
逢魔が時は一瞬で、あっと言う間に辺りは暗くなってきてしまった。
「早くしないと夜目の奴らが動き出す。リナン、走るぞ」
「うんっ」
ピョンピョンピョンッ! と跳ぶナギに全速力でついていくリナン。だけど跳躍力に長けているナギには適うはずもなくて、結局いつもと同じで抱き上げられる。
「急げ、急げ、急げっ」
夜目の獣らとって彼らは格好の獲物だ。特に白いリナンは暗い中でもよく目立つ。
ナギは小さなリナンを隠すように抱き抱えて勢いよく跳び続けた。
リナンも必死で相手にしがみつきながら飛び上がるたびに近づく月の輝きに太陽がもう空にないことを確認し後悔した。
「ごめんねナギっ! ごめんねっ!」
もし自分のせいでナギがどうにかなってしまったらどうしよう……。
思えば思うほど涙が溢れ出てきた。
ピョンピョンピョンッ! と跳ぶたびに見える月の明かりで今までいた岩の上に白い大きなコヨーテがいるのが見えた、ように見えた。
「あっ……! ぁ…………」
でもそれが本物なのかどうか、はっきり分からないままどんどん遠ざかる。
リナンはその時、せっかく彼を見つけられたのにと言う気持ちよりも、ナギが誰かに狙われたら嫌だと言う気持ちのほうが強くてしっかりと目を綴じた。
俺っ…………。
自分たちの森の中でも中立地帯に入り込むと、やっとナギの速度が落ちる。
ピョーンピョーンピョーン……と大きくジャンプしていたナギが立ち止まって隠すように抱いていたリナンをそっと下ろした。
「良かった。無事帰って来れて」
「ごめん。ごめんね、ナギぃ………ぅ…ぅ…ぅぅっ………」
下ろされたリナンは涙で顔をグシャグシャにしていた。
「何泣いてるんだよ。そんなに怖かったのか?」
笑顔で屈み込みながらナギが頭をポンポンッと触ってきた。だけどリナンはそれを手で払いのけると大きく地団駄を踏んだ。
「ばっ…ばかっ!! そんなんじゃないっ!」
「じゃあなに? 怖くないんなら、彼を見つけられなくて悔しい…とか…かな……」
考え込むナギに自分の気持ちが伝わらない歯痒さでまた地団駄を踏む。
「違うっ! 俺っ…俺、ナギを危険な目に会わせちゃったかと思うと、わっ…るいなって思って。そしたら涙がワーッって出てきちゃって………」
「そっか。そこんとこちゃんと分かっててくれたのか」
「……ぅん。ごめん。ごめんね、ナギ」
「………どうしようかなぁ」
「……」
「そのごめんね、ちゃんと形にしてくれる?」
「わ…かんないよ。そんなの、どうしたらいいのか………」
涙を流したままの目で相手を見上げると、ナギが腰を折ってリナンの前に顔を差し出してきた。
「ここにチュッってしてくれたら許す」
「ぇ?」
「ここ」
チョンチョンと自分のほっぺを指さしてナギがキスをねだってきた。
それに驚いて目を丸くしたリナンだったが、もう一度チョンチョンと催促されると、しばらく迷った揚げ句そっと唇を寄せたのだった。
「んっ…」
チュッとキスをして素早く身を放す。それは単なる照れ隠しでしかなかった。リナンは顔を真っ赤にしたまま頬についている涙を両手で拭った。
「好きっ…とか言わないぞっ!」
「うん」
「絶対、好きっ…とか言わないからなっ!」
「………うん」
涙と恥ずかしいのが顔いっぱいに現れるリナン。それを見たナギは、今まで見せたこともないような笑みを作っていた。
「いいよ、好きって言わなくても。その代わりずっと側にいてな」
「ぇ……」
その言葉を聞いたリナンは、またまた顔を赤くして、どうしたらいいのか分からなくなってクルクルクルクル回ってから体当たりするようにナギに抱き着いた。
「リナンっ?」
「うー」
「リナン……」
リナンは相手の胸に顔を埋めて言葉の代わりに小さく首を縦に振ったのだった。
それからリナンは白いからとむやみに自らを卑下しなくなった。
ナギは相変わらずリナンにぴったりだし、リナンは相変わらずナギには生意気だ。だけどふたりの距離は確実に縮まっていた。
「なぁ、ナギ」
「ぅん?」
「………いや、やっぱなんでもない」
「そう?」
「うん」
今度は愛の言葉を口にしよう。
リナンはひそかにそう思っていたのだが、まだまだ現実にはなりそうもないな……とも思っていた。
もうすぐ春が来る。
終わり
タイトル「いつでもいっしょ」 20110202