タイトル「Lovely Loveyou」番外編「君と朝日」

「君と朝日」と言うイベントは、初日の出を一緒に見に行こうと言う意味の略らしい。
名来鶉は今、そのイベントに向かうために支度をしていた。真夜中とも言えるほど早朝に出かけるなんて大晦日じゃなきゃ絶対にしない。けど無口な彼、川並駆史が一緒に行きたいと言うで断ることが出来なくて結局行くはめになった。
「どこで…とか聞いてないんだけどなぁ。あいつ、場所とか目星つけてるのかな」
 遠ければ車を借りてとか思ったのだが、肝心の目的地を相手が言わないので何も出来ない。鶉はコートを着た上にグルグル巻きにマフラーを巻くと待ち合わせである学校前に自転車で出かけた。
「さむっ………」
 でも待ってるのはもっと寒いよな。遅れないようにしないと。
 一駅分、街灯の明かりの下を自転車で走る。今日は特別な日だから、こんな時間でもチラホラと人影が見えたりして安心出来る。そして学校前。
「ぁ、いたいた。駆史」
 声を掛けながら自転車を近づける。
「にしても………なんで、こんなに人がいるわけ?」
 こんな時間にこんなところで何をしているのか、私服だが生徒に違いないだろう人間が閉まっている校門の前にゴチャゴチャいた。
「ぁ、鶉ちゃんだ」
「あれ? ほんと。どうしたの、こんな時間に」
「お前達こそどうしたんだ。どうしてこんなところにいるんたよっ」
「ぇ、知らないの?」
「何が」
「ここ、君と朝日の待ち合わせ場所だよ」
「ぇ、場所も指定されてるわけ?!」
「そうだよ。川並に聞いてないの?」
「聞いてない………」
 ついでに云えば、どの教師からもそんなこと教えてもらってない。
 なんで僕だけいつもそうなんだろう………。
 ちょっと引きつり気味に小首を傾げる鶉だったが、それにしてもこの現象は、教師としてどうしたらいいのか………。
 自転車を門の横にあるフェンスに立てかけると、どうしようかと腕組みをして考える。だが考えるよりも先に後ろから抱きつかれて抱え上げられると、横に移動しだしていた。
「ぇ………?! って、駆史!」
「しっ! 気付かれる」
「気付かれるって、お前っ………!」
「黙って」
 街灯が少ないので、よくよく見てないと二人の動きは分からない。その暗闇に乗じて駆史は鶉を抱き上げると、そのままフェンスのない山の中に入っていってしまった。
「何やってるんだよっ」
「いいから黙る」
「みんなと一緒のところじゃないのかよ」
「違う。でも待ち合わせは、あそこ」
「ぅぅーん………」
 まったくよく分からないイベントだ。手を取られて山を登ること数十分。頂上まで上るころには、すっかり汗ばんでいた。
「待って。早いよ、お前………」
「………」
 それでもなかなか相手は立ち止まってくれなくて、ヘトヘトになりながら引きずられていく。
 そしてもう駄目だと思った時、駆史の目的ポイントに着いたらしい。相手の足が止まった。
「ここ?」
「ここ」
 朝日が昇るまでにはまだ間があって、辺りは薄暗い。駆史が立ち止まったそこは、大きな岩の上だった。腰を下ろす駆史を見た鶉は、同じように隣に座ると、初日の出が出てくるのを待つ。
 鶉はマフラーを取りながら額の汗をぬぐった。隣の駆史はポケットからタオルを取り出すと、自分ではなく鶉のコートの中に手を入れてきた。
「ぇ、なに? 拭くの?」
「うん。俺が」
「いいよ。自分で拭くからっ」
「駄目」
「駄目って…。ちょっ……こらっ………」
 それでも駆史は鶉の体を拭くのをやてくれなくて、背中とお腹をしっかりと拭かれる。それが終わって始めて駆史は自分の汗を拭った。
「僕がお前を拭こうか?」
「いい」
「お前、僕を拭いたくせに」
「………」
「いいから貸せ」
 タオルを取り上げて自分がさっきやられたように相手の服の中に手を入れる。すると相手は体をビクッとさせてから、ニッコリと微笑んでその手を引っ張った。
「あっ! んっ………」
 次の瞬間には唇が重なっていた。体ごと引き寄せられて抱きしめ撫で回される。
「や……めろったらっ……………」
「鶉………可愛い」
「ばっ………か………」


 岩の上で寒さも忘れるほどイチャつき合っている内に、いつの間にか空が白んでいた。
「ぁ………ああっ?! 初日の出はっ?!」
「出てる」
「ぇ………。こういう場合、見たって言うの?! 見たって言えるのか?!」
「さぁ………」
「駆史っ!」
「………」
「駆史ったらっ!」
 慌てて相手を押しのけると、立ち上がって日の出に向かって両手を合わせる。
「お前もやれよ」
「うん」
 だけど相手は言うばかりで少しも動こうとしない。下から、手を合わせる鶉を見つめるばかりだった。
「駆史っ!」
「………なに」
「何で、やんないんだ?」
「………やるよ」
「じゃ、一緒にしようよ」
「うん………」
 仕方なく立ち上がった駆史と一緒に、岩の上で日の出に手を合わせる。
「何お願いした?」
「内緒」
「じゃ、僕も内緒」
 もっとも鶉は、最初から教えてやる気もなかったわけだが。
 もっともっと一緒にいられますように、とかお願いしたなんて絶対に言えないよな………。
 チラリと駆史を見上げてそんなことを考える。
「帰る?」
「ぇ、もぅっ?!」
「日の出、もう見た」
「そりゃ、見たけどさぁ………。もうちょっと情緒とか味わいたいと思わないのか?」
「うん」
「えぇぇぇ………」
 本当に初日の出を拝みにきただけの駆史に、鶉があきれ顔でガッカリして見せる。するとそれを見た駆史は苦笑して、風から鶉の身を守るように肩に手を回した。
「鶉、寒い。早く帰る」
「ぁ………」
 だから早く帰りたいってのか………。
 鶉は顔を柔らげて駆史の手を肩から外すと、しっかりとその手を握って相手を見た。
「じゃ、帰ろうか」
「うん」
「寒いもんな。ウチに寄って、お茶でも飲んでくか?」
「うん」
 嬉しそうにうなずいた駆史が握った手に力を入れた。それを握り替えして歩く鶉は、俯いてはにかんでいた。
終わり 090110