タイトル「ゴミ捨て場で美青年を拾ったモブの話」その8 終
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「俺は今のままが一番いいんだけど、いつまでもタダ飯食わせてもらうわけにもいかないし……。そろそろ稼がなくちゃな」
半分バイト先が決まった。後は自分の意思次第なんだけど、芸能事務所ってのが嫌なんだよな……。
「俺も工場とかでバイトしたいな……」
そうすれば土日休みで木実と一緒にいられるのに……。
ブツブツ言いながら掃除をすると洗濯をこなしてスーパーの買い物に出かける支度をする。
この間の事があってゆっくり帽子を選ぶことなんて出来なくて、結局適当に決めたノーブランドのキャップを深く被る。
「よし、行くか」
エコバックと渡されているお財布を肩掛けバッグに突っ込むと靴を履いて外に出た。どれもこれもここに来てから手に入れたものだ。別に新品じゃなくても前のものじゃなければいいと思った。
「ふふふっ」
部屋に鍵をかける時にいつも口元が緩んでいた。
同棲じゃん……。
誰かから鍵を渡してもらえるなんて、初めてのことで嬉しくて仕方ない。そしてまさかこんなことになるなんて思ってなかったから、木実のために何かしたい。今は彼の信頼に応えたい気持ちが大きかった。
マンションを出て駅に向かって歩き出す。
何度か通っていると商店街への近道も分かったし、どの店が何が安いとかもちょっとだけ分かった気がしていた。毎度、最安飯に挑戦の献立はスーパーの値札とにらめっこしながらの買い物だった。でもそれも初めての経験で楽しいし、料理自体も見様見まねで何となくやった。
一週間の内、だいたい二回くらい。近くのスーパーを何件か回って一番安い食材を探して回っている。
「やっぱ一件目かな…」
一件目のスーパーで安売りをしていた豚肉とモヤシ、それに納豆を買って、どうしても欲しかったポテトチップを買って店を出る。家では豆苗やネギを育てていたので納豆は毎朝のおかずとして欠かすことはない。元々彼ひとりで暮らしていたのだから一人分の食材で済むはずなのに大人の男、しかも彼よりデカい男がひとりプラスされれば食費は抑えに抑えても以前のようにはいかない。それを重々承知している一季は食材探しにも吟味に吟味を重ねた。今日もその吟味が達成出来たとルンルンで足取り軽く家に向かっていた。しかしその途中、視界を遮る足元が見えた。
「よお」
「ぇっ……」
前に立ちはだかっていたのは、会いたくない相手・猿島岐岩(さるじま ぎがん)だった。
一季よりもまた頭ひとつ分大きくてスーツを妙に着崩している姿は見ようによってはカッコイイ。でも一季はそうじゃないと思うほうだった。ガラが悪い、疲れたおっさん。年齢と立場が果たして合っているのかどうか……といつも思う。彼、猿島は神田商事と言う貿易商の広報担当者だった。
「探したぜ」
「……」
「何故逃げた」
「……」
「お前はさ、抱いてもらってなんぼの商売やってんだろ? ちゃんとケツ振れや」
「その商売は、もう辞めた」
「誰が辞めていいって言ったんだよ。お前は一番の稼ぎ頭だから、簡単に辞めてもらっちゃこっちが困るんだよっ」
「でも、もうしたくない」
「あのさ、それはお前が決めることじゃない」
「……」
「帰ってもらうぜ」
「……見なかったことには、出来ない?」
「はっ? 何言ってんの?」
「……殴っても犯してもいい。だから俺には会わなかったことにしてくれ」
「無理な話だ」
「……」
「もし、今俺が見逃したとしてもきっと誰かがお前を見つける。時間の問題だ」
「……」
「観念しろ」
「……」
「ちゃんとボスと話せ」
どうする……。
このまま帰ったらもう二度とここには戻れないような気がした。それでも見つかってしまった以上戻らないと木実に迷惑をかけてしまう。一季は唇を噛みしめて俯くと「分かった」と悔しそうにつぶやいたのだった。
■
「一季、申し訳ないっ…………」
「ぇっ……」
そう言われたのは高校を卒業する日が迫っていた日だった。
「本当はもっと早くに引き取りたかったんですがね。そこはあなたの希望を尊重しました」
「すみません……」
「どういうこと?」
片親で父とともに暮らしていた一季は、今まで何不自由ない生活を送っていた。
私立の中学から高校にエスカレーター式で上がり、このまま大学も上に上がるだけの学力はあったので本人もその気でいたし、支度もしていた。だが突然父親から就職するように言われて、イエスもノーも言ってない内からもう相手側からお迎えが来てしまっていた。何が何だか分からなくて立ち尽くしていると父親が涙を流して手を握りながらひたすら謝ってきたのだ。
父親は小さいながら自分で会社を経営していたし、経営難だと言うのはついぞ聞いたこともなかったので心配していなかった。なのにどういうことだろう。
「父さん、どうして? 俺、上に行くもんだと思ってたのに……」
「父さんだってそのつもりでいたよ。まさかこんなことになろうとは……」
「さあ、支度をお願いします。住込みですから」
「ぇ、住み込みなんですか?」
「ええ。急いで支度してください」
「は、はぃ」
とりあえずトランクに洋服と日用品を押し込んで、後はまた日を改めて取りに来ようと思ってた。
「ではいいですか?」
「ぁ、はい。じゃあ父さん、俺行ってくるね」
「すまないっ。本当に……すまないっ」
涙を流す父親を背に、迎えに来ていた黒塗りの車に乗り込む。一社員を迎えにくるにはずいぶん御大層な車だなと思っていたが、余分な口は利かずにシートベルトをつける。
「行ってくれ」
「はい」
静かに車が走り出す。そして着いたのは閑静な住宅街にある一軒の屋敷だった。
「ぇ……ここ?」
「ええ」
ここで使用人として働くってことかな、と漠然と思った。でも使用人としての知識が何もない一季は、しばらくは大変な日々になりそうだなと腹をくくって車から降りた。
「荷物は後から運びます。ついて来てください」
「ぁ、はいっ」
綺麗なお屋敷は洋風でレンガの建物だった。庭も手入れが整っていて春になったら、きっと綺麗な花が咲き乱れるんだろうな……と容易に予想出来るほどだ。
俺……は何をするのかな……。
一季を迎えに来た男はとにかくガタイがデカくて不愛想だった。名前は猿島岐岩だと車中もらった名刺で分かった。
「神田商事、広報二課所属」とも書かれていた。
広報……。広報ってもっとあたりの柔らかい人がなるもんだと思っていた。チラチラと隣の彼を見てみたが、彼はそれについて何も補足しようとはして来なかった。
屋敷に入ると大きなホールがあって、そこから左右にアールのかかった階段があった。途中でそれがひとつになって上に上る。階段には赤の絨毯が施されていて、気づけば頭上にはキラキラ輝くシャンデリアが吊るされていた。
「凄っ……」
「こちらに」
「はい」
導かれるまま階段を上がりいくつかある扉の一番奥の部屋に案内された。
「ぇ……? この部屋……ですか?」
「とりあえず、今はここしか空いてないので」
「ぁ、ああ」
そういうことか。使用人にこんな豪華な部屋用意されるわけないじゃん。と納得すると促されるまま窓辺に置かれたテーブルで向かい合う。
間髪入れずにお茶とケーキがワゴンで運ばれてきて、それを食すように手で促される。いいのかな……と思いながらも言われたので出されたショートケーキと紅茶を口にした。
目の前にいる猿島はその様子を「チラリと見ては外を見る」と言う行為を繰り返し、時間を気にしているようにも見えた。
「ご馳走様でした」
「では、主人が帰って来たらまた伺いますので、それまでこの部屋でくつろいでいてください」
「分かりました」
ひとりになると部屋の探検に乗り出す。この部屋で、と言うことは外には出るなと言うことらしい。
それはあまり興味もないので、どんなものが置かれているかとか、どの程度の調度品なのかとか、色々と金持ち具合をみようかなと探ってみる。
部屋にはバストイレは当たり前についていて、ベッドも大きな天蓋付きのフカフカスプリングだった。調度品も花瓶とか割ったら弁償するのに大変そうだなと一目で分かる代物が揃っていた。
ひとしきり室内を見てしまうと、とたんに退屈になる。一季はフカフカのベッドに転がり込むとスヤスヤと眠り込んでしまった。
〇
「……?」
「ああ、ボス。起きたみたいですよ」
「早いな」
「効き目が悪いんでしょうかね。もうちょっと盛りますか?」
「いやいい。現実を知るのは早いほうがいいだろう」
目が覚めると一季は手足をベッドの柱に縛られて仰向けで大の字になっていた。どういうことなのか分からずに手足をバタつかせながらキョロキョロとする。周りにはさっきの猿島とそれよりも年上の、たぶん主人・ボスと呼ばれる男と、後は若い男が数人椅子に座っていた。
「待たせたな。儂の名前は神田元治(かんだ もとじ)、お前の父親と取引した男だ」
「取引?」
「儂はお前の親父のせいで大分な被害を受けた。その落とし前をどうするつもりなのか、色々話し合ってきた。で、出た結論がこれだ」
「どういう……?」
「まだよく分かってないようだから教えてやろう。お前は親父に売られたんだよ。身売りされた」
「ぇ……」
「五千万。お前の親父は三千万損してる。バミューダで儂らの荷物は海賊どもに取られた。もう戻っては来ない」
「……」
「しかしこれは金の問題じゃない」
「……」
「だが、これはお前の親父が持ち掛けてきた話だ。だからケジメはつけさせてもらう。お前には、これからこちらが損した分だけ働いてもらう。せいぜい稼げ」
「そ……れは…………」
どういう内容なんだろう……。身売りって……? 売られたって……? 何、その売られたって……。
まだ現実がよく理解出来ずに顔を引きつらせて笑おうとしている自分に気付く。
「商売にはこういう仕事も必要だ。後は任せたぞ猿島」
「承知」
神田が数人の男とともに部屋から出ていく。残ったのは猿島と若い男が二人。今まで座っていた男が二人立ち上がると、その代わりに猿島が椅子に腰かける。
「男を相手したことは?」
「えっ……なに? なにそれっ……。ぇっ? えっ? えっ?」
「ないか……。ないのか……。ならお前たちの出番はなさそうだな」
言うと若い男は二人とも部屋から出ていった。スマホを見ながら立ち上がった猿島は窓のほうを向くとどこかに連絡を入れていた。
『ああ、猿島です。今から時間作れませんか?』
『----』
『初掘りしたいならいるんですが、どうです?』
『----』
『高いですよ? ではお待ちしております』
どこかに約束を取り付けると彼はゆっくりとこちらを振り向いた。
「お前は美人だ。これから稼ぎ頭になるだろう。客が来るまでここにいてやる」
「……俺……男に抱かれるの?」
「そういう商売もある。お前はそこに身売りされたんだよ」
「そ……んな…………」
それから一時間半。何を聞いても男は答えてくれなかった。彼はただひたすらスマホを弄っていて何かを画策しているようだった。
そしてドアは開かれ汗だくのスーツ姿の男が大股で入り込んできた。男はハンカチで汗を拭きながら猿島に握手をすると礼を言ってこちらを見た。
「この子か」
「はい。美人でしょう?」
「ああ。すこぶる美人だ。これで経験がないって? いくつだ?」
「十八です。経験のほうは本人から聞いたほうが確実だと思いますが、くれぐれも、ですよ?」
「ああ。丁重に扱うよ。今後があるからね」
「では、私はこれで失礼します」
「ああ。連絡ありがとう。恩に着るよ。で、この子の名前は?」
「……アイ(I)……で、お願いします」
「分かった。アイだね」
猿島は一季に勝手な名前を付けて部屋を出ていった。四肢を縛られたままの一季は見知らぬ男と向き合うしかなかったのだった。
〇
「アイ君か。可愛いし美人だ。未経験なんだって?」
「……」
「お初は高くつくからね。十分に楽しませてもらうよ?」
男は上着の内ポケットから小瓶を取り出すと今まで汗を拭いていたハンカチにそれを染み込ませて一季の鼻に押し付けてきた。
「やめっ……ぅっ……う」
「吸い込んで。楽になるから」
「ぅぅぅっ」
「麻薬じゃないから大丈夫。少し眠気がくるだけだ」
そう言われたのは覚えている。たぶんさっきも睡眠薬を盛られたから、今の薬は効き目も抜群だったんだと思う。体の力が抜けて眠ってしまいたい気分だ。
「効いてきたようだね」
脚の縛りを解かれて下半身をすべて脱がされた。股間のモノを確かめるように触られて顔を近づけられると口に含まれてネチネチと舌で嬲られる。
「ぁっ……ぁぁ……んっ」
「いい声だね。ここもまだ誰にもこうされたことはないんだろう?」
「ぅっ……ぅ……」
まったく力が入らないのに気持ち良さだけはダイレクトに伝わってくる。チロチロとモノの先端を舌先で舐められてゾクゾクが止まらない。脚を割られて秘所を晒されるとヒクつくソコを舌で舐められて嗚咽が漏れた。
「やめっ……やっ……ぁっ……ぁぁっ……んっ」
「ここも……今まで出す行為しかしてこなかっただろ? だけどね、ココはお客様のモノを受け入れて大袈裟に感じて喜んで見せる場所でもあるんだよ。僕は最初のお客だから君が腰を振って啼いて喜ぶまでやめる気はないから、そのつもりでね」
「ぁっ……んっ! んんっ! んっ……」
すべて中途半端で、後ろに入れられるわけでもなく、前も射精されもせず、一季は手の縛りも解かれると自分で上の服を脱ぐように言われた。こうなったら従うしかなく、すべてを晒した一季は男の服を脱がせるのを要求されてぎこちない手つきで彼の服に手をかけた。
汗臭い。そして雄の臭いがする。下着を脱がせてモノがポロリと現れるともうソレは大きく硬くなっていて思わず気負いする。一季は床に正座すると前に男が立つ。
「さっきしてあげただろ? 口に含んで舌で舐めて」
「うっ……ぅぅ……ぅ……ぐっ」
グイグイ口の中に勃起したモノを押し込まれて逃げたいのに逃げられない。
力が入らないし、頭を掴まれているから抵抗らしい抵抗も出来ない。それでもさっきしてもらったように必死になって舌を使った。脚で股間を踏みつけられてモノがピクンッと反応する。
「腰を振れ」
「うっ……うっ……う」
「そう。そうだ。自分で射精が披露出来るようになったら一人前だからな」
「うっ……ぅっ……うっ……」
ノドの奥までモノで突かれて、それでも必死になって腰を振って耐える。苦しいのとゾクゾクするのが一緒にくると、どうしようもなく体が揺れた。
「いい傾向だ。一度出すからちゃんと飲み込め」
「ぐぐっ……おぇっ……ぐっ……」
ノドの奥に勢いよく射精された。息が出来ないほどの威力に鼻息荒く、逃げ出したい気持ちでいっぱいになり涙が頬を伝う。射精を終えたモノが出て行ってからは、口を拭うのも許されず、その場で自慰を強いられた。
「ベッドに背中をつけて、脚を広げてモノをしごけ」
「ぅっ……ぅっ……」
言われるままに脚を広げると中途半端に勃起しているモノを彼に見えるように片手でしごいて見せる。もう片手が余っているからと前の汁を
掬い取って後ろに指を入れるように言われた。戸惑いながらも指を一本だけ入れると二本と言われて仕方なく指の数を増やす。
「射精して。後ろの指をもっと根本まで突っ込む」
「はっ……はぃ……」
とにかく必死だった。射精しないと終わらない。次には行かないからだ。時間制限はないようだし、こんなことずっと続けられたら身が持たない。
こんなの早く終わらせたいっ。
後ろに差し込んだ指を抜き差ししてモノをしごく。小さい喘ぎ声が室内に響くのを他人事のように感じる。
「あっ……ぁぁっ……ぁ」
もう少しで出るっ!
「はい。ストップ」
「ぇっ……」
本当に後少しで射精出来るところまできていたのに、止められたと思ったらモノを袋ごと根本で縛られた。
「なっ……」
「よく出来ました。次、いくから四つん這いになって」
「ぇっ……?」
股間がキリキリと痛い。
きつくモノを縛られて泣きたい気持ちでいっぱいなまま床で四つん這いになると、ベッドの脇に置かれているボードの引き出しからジェルとボールが連なって一本の棒になっている綺麗な水色の器具が取り出される。ジェルでその棒を濡らすと縛ったモノをキュッと引っ張られ、「あっ!」と思っている内に後ろの穴にソレが突っ込まれた。
「うううっ! ぅっ……」
ズボズボとその棒を抜き差しされて「ひっ……!」と声をあげて逃げようともがく。だけど縛ったモノをギュッと掴まれてガクガクと膝を鳴らすしかなかった。
棒はボールがいくつもついている感じでだんだん大きくなっていた。だから根本まで入れられるとモノが腹半分くらいまで入ってるんじゃないと思うほど強烈で。ガンガン入れられると気絶しそうだった。
「このくらいかな……」
ズボッとそれを抜かれるとポッカリと空いたソコに後ろから生身のモノを突っ込まれた。
「あーーー」
「!!! くっ……ぅ」
「中出しする。下の口でもしっかりと受け止めろよ」
「うううっ……うっ! うっ! うっ!」
一季は後ろから突っ込まれて足掻いて逃げようとしたのだが、とうていそんなこと出来るはずもなく、空しく足掻いた手が宙を舞う。そしてベッドから垂れたベッドカバーを掴むと後ろからの突き上げに耐えた。何度も何度も突き上げられて途中で記憶がなくなった。尻を叩かれて目を覚ますと、やはりこれが現実だと知ることになる。
一季は射精直前で縛られてしまったモノを解くことは許されず、絶倫な男の上に跨ると自ら腰を振って二度目の中出しをされようとしていた。
「ぁっ……ぁっ……ぁっ」
「初めての騎乗位はどうだ? モノが根本までしっかり入って気持ちいいだろ?」
「ぅっ……ぅっ……ぅっ……」
自分の重みで密着してるところからぐちゅぐちゅと卑猥な音が漏れている。
恥ずかしいのと、気持ちいいのと、やらなければ終わらない使命感とがごちゃ混ぜになって一季は必死に腰を振った。途中自らの乳首も摘まむように命じられて、一季は腰を振りながら両方の乳首を摘まんだり揉んだりして喘いでみせた。
「あっ……ぁっ……んっ……ん」
縛られたモノからとろとろと精液が垂れた。その量からして縛られているのに射精してしまったらしい。でももう止められない。男の腹の上に精液が垂れて萎えた。
「あー、駄目じゃないか。せっかく精液飲みたかったのに……」
「す……みませ……」
「また来る口実が出来たね。今度は道具を使って楽しもう」
「……」
「返事は?」
「……はぃ」
初めての接客はベッドの上ですらなかった。中出しされて口でも受け止めて望まれてもいない時に期待外れの射精をしてしまった。
一季は汚れた体のまま男に洋服を着せ床に頭を擦りつけて送り出した。
初めての客……。精液まみれの俺……。五千万? 無理じゃん、そんなの……。
すっかり住み込みの下働きだと思ってたのに男娼として売られてた。その現実に愕然とする。
俺、死ぬまでここで男に掘られるのかな……。
絶望としか思えなかった。
客は毎日毎日誰かが来た。時には何人も相手することもあったが、基本一日一人の仕事量。
それもこれも安売りしてないからだと後から知った。
屋敷の中には各部屋にひとりの男娼がいた。でも部屋から出るのは許されず、外に出る時には屋敷の者が数人ついていたので誰と接触するのも違わなかった。ただ遠くからお互いの顔を見るくらい。部屋がいくつあるのかも教えてもらえてない。だけど一季がいる二階には少なくとも四部屋はあるのは分かっていた。皆どういう経由でここに来たかは分からないが、一般人とは違う粒ぞろいばかりだった。
男娼館には時として反対側の客も来る。
「知識としてはあっても、いざとなると出来ないかもしれないので」と言うことで猿島から動画を見せられた。
「これは門外不出なので、他の客には言わないように。分かったか?」
「……はい」
中身はニュースなどで見たことのある顔が客だった。名前は忘れたが、政治家だったか、元政治家だったか。その男がふてぶてしい裸体を縛られてボンレスハムのような恰好で調教を受けると言うもの。
「美男子に罵られて、汚いケツにブチ込んで欲しいらしい。しかも中出し。放尿もOK。竿ミルクも、お口から欲しいんだってよ」
「はぁ……」
「お前は出来そうか?」
「別に相手はどれでも一緒なんで。ただこんな醜い男に勃起するかどうかがカギですね」
「馬鹿。勃起しなかったら金取れんだろうが」
「すんません」
「ああ。でもこいつは続きがあるんだよな。最初にボロクソされて、次には形勢逆転。相手に同じことをしてやっと満足するんだよ」
「ぇ、じゃあ」
「するのは、した奴じゃなくてもいいんだ。それなりの要員はいるから」
「何その『それなりの要員』って……」
「すぐに大金がいる奴。世の中にはそんな奴がゴロゴロいるんだよ」
「……」
「こういう客って手加減ない場合が多いから、お前みたいな部屋持ちはそこまでしなくていいってこと」
「部屋持ち……?」
「最初から部屋がもらえるなんて破格だからな。器量良しじゃなきゃ最初は普通箱からなんだよ」
「箱?」
「ああ。普通の路店舗、本番ソープみたいなもんだ。一日に何人も相手をしなくちゃならないし、単価も安い」
「……」
「酷い奴は立ちんぼからって奴もいる。まっ、そういう奴はもう薬で体ボロボロってのが多いからウチは関わってないけどな」
「そういう……もんなのか……」
「そういうもんなんだよ。お前は運がいい」
「こんなんで運がいいなんて言って欲しくないよ」
「それでも、お前は運がいいんだよ」
「……」
しばらく、流れのまま抵抗も出来ずに在籍していると常連さんも出来て相手の性癖も分かってくる。だからそれに合わせて満足してもらえるように努力したりもした。
するとひとりの常連さんはチップをくれるようになった。だけど「ここでチップを手にしても使い道はないから」と断ると「じゃあ見えないチップをあげようか」とオンライン口座を作ってくれて、そこに一季のいる前でチップを入れてくれた。
「この口座は誰でも作れるわけじゃない。だから他言無用。内緒だよ」
「うん」
「使い方はまた今度」と、含みを込めた笑顔で言われると、その見返りとして萎えたモノへのおしゃぶりが命じられる。
一季は素直にソレを口に含むと舌先で転がしながら歯を立てたり吸ったりして、いかにも旨そうにうっとりしながら舐めた。
心とは裏腹なことも簡単に出来るようになった。順応性に長けていると、その点では長所とも言えるんじゃないかと自分でも思ったくらいだ。
しかしここにいる限りネット環境は望めない。スマホなんて持たせてもらえないし、電話とかもNG。どうにか外部と繋がっているものとして観られるのはテレビくらいだった。
服は相手によって王子様風だったり、スーツだったり、パジャマや全裸の時もあるし、逆に女の恰好をさせられる時もある。
こういう衣装はだいたいが特注品なので体にフィットするものばかりだった。この間着たばかりのミニスカポリスなんかは下着NGなのにスカートの丈が短くて股間のモノがチラチラ見えてしまいそうで大丈夫かなと思ったほどだ。
客への奉仕が終わればクローゼットに用意されている服を自由に選べた。そこにはどこにも出かけられないと言うのにハイブランドばかり揃っていて、帽子からバック、靴まで用意されていたりして空しいばかりだった。
毎日毎日男の相手をさせられる。
話が出来るのは、その客とスタッフくらい。皆男だった。体が慣れてくると客への奉仕が終わっても足りない感じがしてどうしようもなくなる時がある。
「あんなジジイの相手したくらいじゃ足りないっ! 客は満足したかもしれないけど、俺が足りないんだよっ!」
駄々をこねると壁の扉を開かれて偽物の男根やオナホを使って「自分で処理しろ」と言われる。それでも粘ると「仕方ないな……」と言った表情をされて「誰」と指名を促された。
「いいの?」
「相手の了承があればな」
お戯れ感覚で時々そんなことが許される。スタッフの中から指名してまぐあえることがあった。他の部屋の奴もこんなことが出来ているかどうかは分からないが、一季にはそれが許された。だからスタッフを総なめした。そして今日は最後のひとり、猿島を指名したのだった。
〇
「性欲のかたまりだな」
「それしか与えてくれないくせに」
「今日は俺が欲しいのか?」
「もうあんたしか残ってないじゃん」
「……」
「させて」
「させてもいいけど、俺男相手に勃つかな」
「満足させてみせる」
呼ばれて仕方なく部屋に入ってきた猿島はそう言った割にはそんなに嫌そうでもなく、口の端に笑みを作ってネクタイを緩めながら歩いてきた。
「今日は誰だったんだ?」
「徳間のじいちゃん」
「ああ。あの人は確かに温いかもな」
徳間とは大手食品会社のオーナーで赤ちゃんプレイが大好きなじいさんだった。
普段は女相手で楽しんでいるらしいが、時々若い男の竿ミルクも欲しがるらしい。たまたま一季が今回宛がわれたが、相手にこだわりはないらしく他の男も相手をしているのは耳にしている。
彼は赤ちゃんになるので、こちらが全部動かなくてはならない。
大きな揺りかごに赤ちゃん帽とおしゃぶり、よだれかけとオムツをしたじいさんが運ばれてくる。小便をしたオムツを外し柔らかいタオルで体を丹念に拭きながらの愛撫と萎えたモノへのおしゃぶり。ちゃんと相手が射精するまでしゃぶらなくてはならないので口が疲れた。そしてそれが終わると次にはミルクを飲まさなければならない。つまりそれまでに自分のモノもしっかり勃起させておかなくてはならないので自分をその気にさせるのに苦労した。しかし苦労はその程度で自分の体に負担があるわけではない。毎日毎日男のモノを突っ込まれ相手が射精するまで尻を振る行為よりは格段に楽だった。
何も与えてもらえない男娼が出来るのは結局自分を満足させるためにモノを漁ることくらい。
自嘲しながら近くまで来た猿島に抱き着こうとして遮られる。
彼は一季を手で払うと自ら背広を脱ぎ棄ててベルトのバックルを外し、下着毎スラックスを脱ぎ去りベッドに上がった。そしてワイシャツとネクタイを取り払うとその裸体を一季の前に晒したのだった。
その体に思わず生唾を飲み込む。
筋肉がしっかりとついた彼の体は、ここに来る男たちとはちょっと違っていた。どこかのジムに行ってつけた筋肉と仕事でついた筋肉。彼の筋肉は惚れ惚れするほど整っていて、股間のモノももうすっかりその気なのが一目瞭然だった。
「勃ってるけど、どうする?」
「……しゃぶりたいっ……です」
「いい?」と相手の同意を求めると「来い」と顎をしゃくられて洋服を脱ぎながらベッドに這いあがった。
股の間に入り込むとその中心に顔を埋めてモノにむしゃぶりつく。両手で支えて賢明に舌を使ってソレを味わう。今まで味わったこともないような濃い感じ。それに頬にあたる剛毛。一季は彼をしゃぶりながら自分の中に指を入れて拡張すると、嫌と言われる前に相手に跨って腰を落とした。
「うううっ……ぅっ」
「ったく。メチャメチャする奴だな」
「だって……」
「お前今日ソコ使ってないんだろ? それなのにそんなに急にそんなことしたら」
「無茶だって分かってるっ。でも、今はそんな気分なんだっ……ぁっ……ぁ」
「俺はお前を壊すためにコレに付き合ってるわけじゃないからな」
「分かってるっ。分かってるってば」
一季はしっかりと根本まで腰を鎮めると涙を流しながらゆっくりと腰を動かし始めた。
「んっ……んっ……んっ……」
太いっ……。それに長いから奥の奥まで突き抜けるような……。
猿島はされるがままベッドに横たわり経過を見守っているようだった。一季は彼のモノを味わうためにズブズブと抜き差しを開始して自らのモノをしごいた。
「あっ……あっ……あっ……」
「こんなんで満足するのかよ」
「させるっ」
「ふーん」
言ったかと思ったら、いきなり突き上げられて体がビクビクッと震えた。体が支えきれずに後ろに倒れ込むのを起き上がった彼が引き寄せて抱き締められる。
「ぁっ……」
見た目よりも思ったよりも胸厚な胸にスッポリと包まれる。まるで巣の中にいるような、そんな暖かさに安心感さえした瞬間、そのまま後ろに倒され背中がシーツの上につく。
「俺、ほんとは女とのほうが好きなんだぜ。普通に普通の女とやりたいんだよね。こんなんじゃなく」
「うっ……うっ! うっ! うっ!」
腰をガンガン押し付け、突き上げながら一季の体を二つ折りにする勢いで攻めてくる。
「ったく乳ないしよ、第一柔らかくないところが駄目だよな」などと言いながら、小さな乳首を摘まんだり捏ねたりしてくる。
指を二本口に突っ込まれ時々奥まで入れられるもんだから嗚咽と涙が止まらない。一季は彼の大きなガタイに翻弄されるように体を揺らした。でもなかなか相手は達してくれない。
さんざん正常位で挿入された後に突然入れていたモノを抜かれてぽっかりと穴が開いたような感覚に戸惑う。猿島は壁に収納されている偽物の男根を物色すると自分と同じサイズか、それよりも大きいんじゃないかと思うモノを手に取り戻ってきた。
「道具を使おう」
「ぇっ……」
「コレを入れてやるから、入れたら正座しろ」
言われるままに偽物の男根を有無を言わさず入れられ床に正座した。入れてからスイッチを入れられたので、中ではブルブルとモノが振動してはしたない声が出てしまいそうになるのを抑えきれない。
「ふっ……ぅぅ……ぅ……ぅ」
その前に椅子を持ってきて陣取った猿島は大きく股を開くと自らのモノを手に取った。
「萎えた。しゃぶれ」
言われなくても目の前にソレがあればしゃぶる。ここではそれが普通だからだ。
一季はズリズリと体をずらしながら彼の元に近づくと萎えても大きいソレに口をつけた。舌先で入口の穴をチロチロと舐めるとカリまで含んでペロペロと味わう。そして次にもっと口に入れて頬張ると正座している股の中心に片足が伸びてきて勃起しているモノをムニムニと触られた。
「!」
「どうした。しゃぶれよ」
「ぅぅ」
「足コキでイかせてやるからよ」
「ぅぅぅ」
スイッチの強度をリモコンで変えられると尻をモジモジさせるのがやめられない。
ああ、もぅ……。
イきたくてもなかなかイけないもどかしさ。口で彼のモノを奉仕しながら上目遣いで物欲しそうに彼を見る。
「中出しして欲しいのか?」
「ぅぅ」
偽物はしょせん偽物でしかない。一季は「した証=交わった証」として中で出されるのをフィニッシュと捉えていた。だから大きく首を縦に振った。それを見た彼は「仕方ないな……」と頭をかくと「後ろを向いて四つん這いになれ」と命じてきた。だから即座にそれに従う。ポロリと尻から男根が抜け落ちて床で振動している。猿島はソレを放ったまま一季の腰をしっかりと掴むと緩くなっている秘所にモノを押し込んできた。
「緩々じゃねぇか。謝れよ」
「ぇ……?」
「ゆるゆるガバガバでどうもすみませんって謝れよ」
「ぇ、だって……」
「謝れ」
「……ゆるゆるガバガバですみませんっ。あなたのお汁を……俺の腹の中に注いでくださいっ」
「ああ。そのくらい謙虚な物言いじゃないとな」
要は「いただく」と言う感覚をしっかりと持てと言うことらしい。一季は彼に太くて長いモノを最奥まで入れられて十分過ぎるほどの精液を注いでもらうとやっと満足して倒れ込んだのだった。
気が付くと一季は尻から彼の精液を垂らしてベッドで横たわっていた。
時間はそんなに立っていないのにもう彼はいなくてボケボケした頭で身を起こすと夢だったんじゃないかと思う。しかし体の具合をみれば一目瞭然で、けして夢ではないのだと教えてくれている。
「なんだろう……」この気持ち。
ふだんとちょっと違う。感覚が違う。残っているものがいつもと違うと言えば合っているのだろうか。
散々女の方がいいと言われながらもちゃんと満足させてもらっている。だが、彼がこんな酔狂な行いに付き合ってくれたのはこれが最初で最後だった。以後、どんなに誘っても了承してくれることはなかったので、一季はちょっと自信をなくしたりもしたのだ。
〇
こんな世界で暮らしていても四季は流れる。
五千万ってどのくらい減ってるのかな……。
一回相手していくらとかも聞いてないので、どの程度借金が減っているのかも分からない。でもたとえそれがなくなっても、どうしていいのか全然分からなかった。
父親は行方不明だと言うし、住んでいたところは賃貸だったのでもう他の人が住んでいるらしい。自分の荷物はどうなったのかな……とか色々思うところもあったけど、何を望んでも結局何にもならないと言うのは分かってる。
何度目かの冬。冬にしては風もなく暖かい日差しが部屋に差し込んできていた。
一季は窓を開けてベランダに椅子を持ち出すと日光浴よろしく目を綴じた。外に出られないからこうした日光浴はかかせない。
最近思うのは、別の部屋にいる奴らのメンツが知らない間に変わってるんじゃないかと言うこと。
明らかに年齢層が下がってる、ように思う。そしたら今まで奴らはいったいどこに行ってしまったのか。今度スタッフにでも聞いてみようかと思っていたところに階下で話し声が聞こえてきた。よく聞かないと聞き取れないほどの声だったが、周りが静かだったので注意して聞けば聞ける範疇だった。
『〇〇ですが、そろそろ……です。いかがいたしましょう』
『……選ばせろ』
『承知しました』
『では、アレはどういたしますか?』
『そっちも選ばせろ』
『承知』
「……」何? 誰かまた出ていくのか? 選ばせるって何? アレって何だろう……。
声はこの娼館の主と猿島だった。日頃顔ぶれが変わったことを気にしていた一季にとって、この話はとても気になる話題だった。誰が出ていくかも気になるが、それよりも内容だ。
「何が……そろそろなんだ? 何を……選ばせるんだ?」
一季は腕組みをして考えた。
単純に考えれば……、もうトウが立って使い勝手が悪くなった奴どうにかしたいとか……? そんなの俺だってもう何年もここにいるんだから……。
「あっ!」 しっ……始末するってことか?
ここにいる奴らは一季と一緒で売られてきた人間だろう。もう戸籍もどうなってるのか分からないような状態だから、本体がどうなろうとそれは一個体、ひとつのゴミでしかないのかもしれない。そう考えると『選ばせろ』とは自死か事故かくらいの選択とかが考えられる。アレとは最後に名前が分かるようにするかどうか、とか……。
「あれ、そうすると俺……もしかしてそろそろ、とか?」
そう考えるとさすがに今までのようにのほほんと日々を過ごす気にはなれなかった。いつその扉が開いて『どちらを選ぶ?』と言われてもいい身なんじゃないかと思うからだ。だとしたらそろそろ俺も身の振り方を真剣に考えないと。
〇
「今日は奮発したからね。縛り跡つけても鞭跡つけても大丈夫なくらい払ったよ」
「そう……ですか……」
その日に来た客によって一季は縄の服と称して縄で亀甲縛りをされると犬の首輪をされて廊下と庭を散策させられた。尻にはフワフワの尻尾付男根を突っ込まれていたので自分のモノも刺激されて先走りの汁を床に垂らしての散策だった。途中庭でフェラしゃぶして相手のモノを口にしながら腰を振って汁をまき散らした。
部屋に帰ってからは粗相を攻められて尻を腫れるほど打たれた。
乳首を木製のクリップで摘ままれ、ついでに袋にも木製のクリップをされると頭の後ろで手を組まされてスクワットさせられた。尻と袋と乳首を刺激されてのスクワットは膝を曲げるたびに感じてしまいモノから汁が垂れた。
「誰が垂らしていいと言った」
「ご……めんなさぃっ……。ごめんなさ……ぁっ……ぁぁっ……ぁ」
バシッとまた尻を叩かれて一気に果ててしまい、粗相をした罰として床を舐めるのを命じられた。
「ごめんなさ……。すみませ……」
床が綺麗になると、やっと後ろから挿入される。
「わんっ……わん、わんっ……ぅぅぅっ……わんっ……んんっ」
「いい子だ。オナホを許す」
「わわんっ……わんっ」
後ろから入れられながら自らのモノをオナホに突っ込んでしごく。ヒダヒダじゅるじゅるのオナホは本物とどう違うのか分からないまま
ひたすら射精するだけのために手を上下させる。
「うっうっうっ。出るっ。中に出すよ」
「わ、わんっ」
ゴシゴシゴシッと懸命にモノをしごくと同時射精をして喜んでいただく。
その後、一季は天井から吊るされるとバケツに小便をして尻から注がれた精液を吐き出すとようやく許された。小便をしたモノをしゃぶられて乳首と袋につけられたクリップを乱暴に外されると最後に尿道に細いブラシを突っ込まれてピクピクしているところでタイムアウトだった。
「延長したいところだけど、次に取っておこうかな」
「あ……りがとう……ございます……」
体はボロボロで、でも生きてる感触だけはする。これから先、どうしようか、どうしたらいいのか考えるのが精一杯の一季だった。
そして翌日。体の回復期間と言うことで休みがもらえた。でもこの体を一日で治せと言うのは無理な話で、どうしてもあと二、三日はかかるだろう。けどそんなに休みはもらえるはずもなく、それでもこの休みを楽しもうと思う。
一季は叩かれた尻がまだ痛かったのでベッドでうつ伏せになりながらテレビを観ていた。
世間ではホワイトデーがどうのとか、もうすぐ桜の季節だとか、そんな話題で盛り上がっていた。どれも今の一季には関係のない話だ。でも。この日から一季は真剣に外に出ることを模索しだしたのだった。
●●●
「帰って来ない」
いったいどうしたって言うんだ……。
鍵を渡して数日。外出する時には施錠していく必要があるから渡した鍵ごと彼は帰って来なかった。鍵自体は予備の鍵を持ち歩いていたので事なきを得たが、肝心の彼が帰って来ない。
数日待ったけど帰って来ないところをみると何か心情に変化でもあって、ここにいたくないと思ったのではないかと言うことだ。そう考えないと彼の行動はおかしいし、自分自身を納得させられなかった。
「……行くか」
今までいたものがいない感覚になかなか慣れない。
彼がいた空間が埋めきれないまま会社に行くのに玄関先で指さし確認をする。そして最後に意図せず溜息をつくと駅までの道を急いだ。
あの日彼を拾ったゴミ収集所の前を通る。通りすがらチラリとそっちを見てみるのだが、案の定彼は落ちていなかった。
当たり前だな。
そんなに都合よく自分の思い通りにはならないのも分かってる。だけど突然いなくなったその理由が知りたい。欲を言えば彼にもう一度会いたい。もう一度彼との生活がしたい、とか思ってしまっていた。
駅まで来ると、平日だと言うのにいつもとは違う風景が広がっていた。
「ロケ車?」
ロータリーの中に見慣れない車が何台も止まっていて人も慌ただしく動いているのが見えた。木実はそれを横目で見ながら時間を気にして構内に入ろうとしたのだが、見知った顔を発見してしまい脚を止める。
「ぁ」
それは一季と行った芸能事務所のマネージャーだった。こちらが気付いたのと同時にあちらも気付いたらしく笑顔になってこちらに駆け寄ってくる。
「おはようございますっ!」
「お……はようございます」
「ぁ、お返事せっついてはいませんからね。彼はお元気ですか?」
「ぁっと……それが……」
彼がいなくなってしまったと告げると、とたんにマネージャーの顔が曇る。
「それは……私たちが接触したからなんでしょうか……」
「分かりません。ただ……日常から彼が消えてしまったと言うだけで……」
「すみません。私たちがゴリ押ししたから……」
「そんなことはないと思うんですが……。正直訳が分からないんです。何故彼が突然いなくなってしまったのか……」
「あの、今晩お暇ですか?」
「ぇ?」
「今晩伺ってもよろしいでしょうか」
「でも……もう彼はいませんよ?」
「分かってます」
「……」
「いいですか?」
「それは……いいですけど……」
「では今晩。ゆっくり話しましょう」
「ぁ、はい……」
彼が何を話したいのかは分からなかったが、ひとりぼっちの家に誰かが来てくれるのは気持ちがパッと明るくなる。だからその日一日はちょっとウキウキもしていたのだった。
一季が声をかけられた芸能事務所のマネージャー。名前は清海照善(きよみ-てるよし)。見た目は一見木実同様地味だが磨けば光るんじゃないかと思うほど整った顔立ちをしていた。
会社から帰って食事を済ますとちょうどいい時間に彼は来た。
「お時間取っていただいて申し訳ないです」
「いえ。でも……」
何の用事なのかが分からない。玄関入ってすぐにあるキッチンテーブルに向かい合って座るとさっさく彼が話し始めた。
「一季さんはこんなことよくあるんでしょうか」
「あるも何も僕のところにいたのは一、二週間くらいでして……。その前はたぶん同じようなことを繰り返してたんじゃないかと思うんですが……聞いてみないと分かりませんね」
「もう戻って来ないと思いますか?」
「どうして出ていってしまったのかが分からないんで、何とも言えないです」
「そうですか……」
「で、あの……今回はどうして……」
「もしかしたら戻って来てるんじゃないかと淡い期待をしたりしたんですが、まあそんなことはなく。……そこで僕は考えてきた案を出したいと思います」
「?」
「木実さん」
「はい」
「あなた、今の仕事に満足してますか?」
「は?」
「今の仕事、好きですか?」
「……好きかどうかは分かりませんが、暮らして行かなきゃいけませんからね。嫌ではないですが、好きかどうかは分かりません」
「よろしかったら、僕たちの事務所に来ませんか?」
「……それは、マネージャーとしてですか?」
「違いますよ。僕はマネージャーですけど、わざわざマネージャーをスカウトしには来ませんよ?」
「でも俺はスカウトされるような人材じゃありませんよ?」
「磨けば光ると僕は思います」
「何として……ですか?」
「俳優」
「俳優? ぇ?」
何言ってるんだろうこの人は……、と思ってしまうほど呆れた。
「主役を張ると言うよりも、その主役を助けるバイプレイヤー的な人材って、いるようでなかなかいないんですよ」
「はぁ」
「木実さんは見た目絶対主役ってタイプじゃないです」
「ぇ、それは……」 単にディスってるだけじゃ……。
「でも、物語って全員主役じゃお話にならない。でしょ?」
「まぁ」
「それぞれの置かれた立場ってもんがあるって言うか、見せ場があるって言うか……。要するに僕はあなたは中心じゃないところで輝くタイプだと思ったんです」
「……それ以前に俺の気持ちは?」
「はい。お返事をもらえてからの話です。もしOKをいただけてもすぐに俳優として働いてもらうつもりはありません。基礎からしっかりやっていただいて、それからの話です」
「はぁ」
「ウチの事務所はそういうところしっかりしてますから大丈夫ですよ。たとえ見習いの時期でもちゃんと安定したお給料は出せます。一度、考えてはもらえないでしょうか」
「はい。でも突然のことで……動揺してるって言うか、信じられないって言うか……」
「花形ではないですからね。その点は力を抜いてもいいと思います」
「……」
「これで一季君が戻ってくれればワンセットになるんですけどね……」
「ワンセット……ですか?」
「ええ。この間のお二人を見て、いい感じだなと思いまして。ぁ、ワンセットって言っても売り出し方がってことじゃなくて、心の支えって言いましょうかね。同期は必要ですからね」
「はぁ」
「一緒に頑張ってる。そういう存在って案外必要なんですよ。特に次はいつ、なんてなる商売だと自分の立ち位置が分からなくてグラつく。そんなの当たり前ですから」
「……」
「もちろん僕らはそんな役者さんのメンタルも十分に考えられる体勢を……」云々。
●
言うだけ言うと答えは急がないと付け加えてマネージャーの清海は帰っていった。その後ろ姿を見送って本当にひとりになると急に腰が抜けたような感覚に襲われる。
「なになに……何、今の話……」
突然過ぎて頭が混乱する。
役者とか、無理だから。
今までそんなこと考えたこともなかった。だけどちょっとだけ憧れはある。でもそれはただの憧れでそれ以上にはならないだろうことも知っていた。そもそもは一季がスカウトされたのがきっかけだったはずなのに肝心の彼がいないのは何故か。
「なんでお前いないんだよ……」
床を見つめながら口にしてみるが、原因ひとつ分からない。
もしかしたら今帰ってくるかも、とか思ってしまうほどに彼のいない生活は味気なかった。
元々いなかったはずなのに、彼のいない生活は寂しい。
帰って来ないから寂しさは増すばかりだ。もう帰って来ないかもしれないのに、それを待つのは辛い。いっそ引っ越ししてしまおうか、とも思うが今はそれだけの余裕もないし、どこかで彼を待っていたいと思ってしまうところもある。気持ちの整理がつかないまま平静を装って日々を過ごす。
「疲れた……」
週明けに残業二時間は体がキツイ。それでも腹は減るので食材を買って家に戻る。明かりのついていない部屋の鍵を開けると重い足取りで土間部分で靴を脱ぐ。後ろ手で玄関ドアのカギを締めるとキッチンテーブルに買ってきた食材の入った袋を置いて風呂の追い炊きボタンを押した。
買ってきたのは鍋の材料。手っ取り早く何かを口にしたい時にはこれが一番だと思えた。鍋に材料をぶち込んで火にかければ勝手に出来上がってくれるから重宝してる。
でもちょっとだけ疲れた体を休ませたい。そんな思いで食卓の椅子に腰かけるとテーブルに突っ伏した。
風呂が沸くまで。目を瞑るとそのまま眠りについてしまうのも分かっているのにそうしてしまう。ウトウトではなくぐっすり寝てしまうような気がしたが止めようがなかった。そしてハッとして目が覚めると慌てて時計を見る。時間はあれから二十分ほど経っているだけだった。立ち上がると同時に風呂が沸いたチャイムが鳴ったので、それに従ってノロノロと風呂に入った。
「あー、腹減ってたんだっけ……」
気が付いたように鍋を作ると口にして腹を満たす。風呂に入って食べるものを食べてしまうと後はもう本格的に寝るだけ。明かりを消して寝室に向かうとベッドに潜り込んで。
「えっ! なっ、何?」
ムニュとした感覚に飛び退こうとして一歩引いた時に手を取られて引き寄せられた。
「ギャッ……」
「木実……」
「えっ?」
「俺……」
「ぇ、一季?」
「うん……」
「何、ぇ……なになに、どうして……」
「ごめん……。眠い……」
「ぁ、ああ。俺も眠いけど……」
「寝よ」
「ぅ、うん……。まぁ……まあいっか……」
そういえば鍵持ってたっけ……。
などと思いながらも安堵してしまったのと疲れているのが重なって二人して抱き合って眠ってしまった。
明日……早く起きよう……。話はそれからだ。
半分眠った頭でそんなことを思うと口元が緩む。
「良かったよ……」
そう口にして眠りについた木実だった。
しかし。翌日起きたのはギリギリの時間で、隣に寝ていた一季はまだ夢の中だった。だから木実は舌打ちしたい気持ちいっぱいで泣く泣く会社に向かった。
「帰って来るまでいなくなるなよっ」
「ぅ……ん……」
会社に向かいながら自販機でスープを買うとそれを飲みながら駅に向かう。
普段ならこんなにギリギリの電車など乗るはずもなく木実は腕時計で時間を気にしながらの出社となった。髪もボサボサだし、服も昨日と似たような感じがする。それでもどこか気持ちが浮かれているのは、やはり彼が戻ってきてくれたからだろうか。
嬉しい。単純に嬉しい。でもこれて帰ったらいなくなってました、だったら泣くに泣けないよな……。
などと思いながら帰りたい気持ちを抑えて一日仕事をこなした。そして就業時間が終わると残業をパスして急いで家路に着く。
「いや、買い物しないと」
晩飯の材料を何か買っていかないと今日は二人分だし。
いつものスーパーでさっさと買い物を済ますと小走りで自宅に向かう。
家に近づいたところで部屋の明かりが点いているのを確かめると、やっと気が緩んだ。
「いる……」
確認するとやっと安心する。外階段を上りながら顔がニヤついているのが自分でも分かるが止められない。
いいじゃないか、そのくらい。
相手がやっと帰ってきてくれたことにただただ嬉しさを感じる。
「ただいま」
「おかえり」
「夕飯の食材買ってきたぞ」
「いちおう、あるもので出来るもの作っておいたけど……」
「ぁっ……」
見るとガスコンロには土鍋が置かれていて、中には鳥鍋が作られていた。
「旨そう……」
「ホントに? 良かった……」
「うん」
「じゃ、食べよ」
「ああ」
素早く手洗いをして食卓テーブルに着く。向い合せで座ると時間差なしの状態で食事が始まる。
「ポン酢? つゆ?」
「どっちでもいいけど……ポン酢、かな」
「じゃ、俺もポン酢で食おうかな」
勢いよく食べ始めてあっという間に食事が終わる。それから熱いお茶をすすり出して初めて木実は口を開いた。
「何で帰ってきた? てか、何で急にいなくなった」
「ごめん。見つかっちゃって」
「かくれんぼ?」
「……」
「じゃ、ないよな?」
「あーーっと、何から話せばいいのかな」
「いいよ。ゆっくりでも」
「俺と出会ったの、覚えてる?」
「出会いって言うか、ほとんど転がり込んで来たんだよな。俺がゴミ捨て場で拾ったって言うか」
「うん。感謝してる」
「それと関係あるのかな」
「あるような、ないような」
「はっきりしろよ」
「うん。あの……俺ちょっと逃げてたからな」
「何から?」
「うーん。ある組織から?」
「組織?」
「うんまぁ……。俺、親に借金のカタに売られたんだ」
「ぇ、何言ってんの? 今時日本じゃそんなことありえないだろ」
「うん。表面上はな」
「うそだろ?」
「嘘じゃない」
「ぅ、うーん……」
正直どう反応していいのか分からなかった。だから顔を引きつらせているくせに無理して笑おうとして変な顔になっていたと思う。正面に座った一季は湯呑を両手で包みながら俯いてゆっくり話し始めた。
「俺の親は、ぁ、俺親父と暮らしてたんだけど、その親父が仕事でヘマして相手の信用をなくした。で、相手の損失分として俺は親父に売られたらしい。俺は大学行くつもりで支度してたんだけど、実際行ったのは娼館でさ」
「娼館?」
「ああ。知らないだろうけど、高級住宅地の一画にあるんだよ。政治家とか社長とか相手にする宿が」
「うーん」
「俺、そこで男相手にしてた。ケツ掘られてた」
「……嘘」
「嘘じゃない。それしないとどうなるか分からなかった。でもある日気付いたんだ。他の部屋の奴らが知らない間に少しづつ変わってるのを。今までいた奴らはどこに行ってしまったのか。用済みになったら闇に葬られてるんじゃないかと思ったら怖くなって逃げた。でもどこにも逃げ場はなくて……金もないし凄く困った。で、行き倒れになってた時に木実に拾ってもらった」
「そんなの信じられない。てか信じたくない」
「うん。ごめん」
「だから芸能事務所は嫌だったんだ」
「うん。世間に認知されたくなかった」
「……どうしたらいい? 俺に出来ることあるから戻ってきたんだよね?」
「今まで俺、追われてると思っていつも緊張してた。でも見つかっちゃったんだ」
「ぇ、逃げたんじゃなくて?」
「見つかっちゃった。しかも案外偉い人に。で、仕方ないから戻った。木実にまで危害いくの嫌だったし」
「……」
「木実はこんな俺、嫌い?」
「嫌いじゃない。心配してた。いなくなって訳分かんなくて、どうしたらいいか分からなかった」
「良かった……。俺がここに戻って来れたのは、見つかった時に素直に帰ったからなんだ」
「どういう……」こと? と泣きそうな顔をしながら首を傾げる。
「なんか……俺の考えてたのとは結構違ってて思ったよりも良心的なところだった」
「?」
「ほら、俺言っただろ? 部屋の奴らが変わってるって」
「ぅん」
「それ、単に年期が明けたってことらしい。だいたいあそこにいる奴らは俺と同じ状況だから、年期が明けても帰る場所なんかないんだよ。だから引き続きあそこで働くか、誰かが見受けしてくれればそこに行く場合もある。誰もいなくても外に出る奴だって余裕でいるし、スタッフとしてそこで働きだす奴もいるんだって」
「一季は……」
「ここに戻ってくる選択を選んだ」
「うん……」
「つまり俺、年期明けるところだったんだ。早とちりで逃げちゃったけど、ちゃんとボスと話したし、残りの日数もこなしてきた。だから俺、もう逃げなくていいし、帰らなくていい。木実がここにいていいよって言ってくれるなら俺」
「いいよ。いいに決まってるっ。むしろ待ってた。もう、いなくなるなっ」
「うん。ごめんっ」
「一季、あの仕事どうするつもりだ」
「ん?」
「芸能事務所の誘い」
「今までしてきた仕事の都合上、俺あんまり表舞台に立つの駄目だと思う。言っただろ? 俺の相手してきたのは政治家とか社長連中だぜ? 何かと口にして欲しくないことだってあるだろうから、俺は世間に認知されちゃ駄目な人間なんだよ」
「そっか……。まあ最初から乗り気じゃなかったし、もっと堅実な方向で仕事探そうか」
「うんっ。俺、木実みたいに工場がいい」
「ぇ?」
「だってそうすれば休み一緒じゃん?」
「そりゃそうだけど……」
世間が放っておくだろうか。答えは否の方向に傾く。けど、今までの仕事を考えると一季の考えは正しいと思う。一個人が足掻いてもどうにもならない時だってある。そんなこと言ってないと言っても信じてもらえない時のほうが怖い。報復が怖い。波風立たせずに今後の人生を送りたいと一季は思っているんだろうと木実は思った。
「じゃあ正式に断るとして、しばらくは現状維持でいいんじゃないか?」
「現状維持?」
「俺が働いて一季は家のことやりながら」
「ぁ、俺退職金みたいなのもらった」
「へぇ」
「だからもっといいトコに移ってもいいんだけど……」
「お金は大切にしような」
「ぁ、うん。じゃあいざと言う時のために取っておこうかな」
「それがいい。で、いくらもらったんだ?」
「一千万くらい?」
「えっ?」
「他にもお客からのチップでオンラインバンクに一億とかあるらしい」
「らしいってお前……」
「どっちも数字しか見てないから、あんまり信用してないんだけどね」
はははっと笑う一季に素直に笑えない木実だった。
〇
日を置かずにまたあのマネージャー・清海が訪れていた。
今回は一季もいたので良かった良かったと嬉しそうに反芻していたが、仕事の話になると顔つきが変わった。
「最初は付き人からとか、どうですか? 普通の仕事よりもいい自給出せますよ」
「いえ。俺は正式に断らせてもらいます」
「ぇ、どうしてですか? 自給ちゃんと出ますよ?」
「そういうんじゃなくて、俺全面的に芸能界ってのに関わりたくないって言うか」
「どうしてですか? 前はそんなこと言ってなかったのに」
「ちょっと事情がありまして、芸能界の仕事は遠慮しておこうと決めました」
「どうしてですか。木実さんだって俳優さんとしての勉強していただこうと思ってましたのに」
「ぇ、そうなの?」
「話はいただいたけど、俺はとてもとても」
「そんなことないですって」
「俺の話はいいですから、一季と話してください」
「木実、木実にも話来てたの?」
「いや、俺の場合は一季を繋ぎ止めるためだけのスカウトだから」
「そんなことありませんよ? 木実さんは木実さんでいい役者になれると思いますし」
「でも本人にその気がなければ、いくら素質があったとしても無理ですよね?」
「それは……そうですけど……」
言いながらも分が悪いと判断した清海は「この程度では諦めませんよ」と口にして立ち上がった。
「また、折を見て伺います」
「はぁ。でももう俺たち全然興味ないですから」
「いえ。そんなことないと思いますっ。また来ます。失礼します」
「……ご苦労様」
清海がいなくなってから二人して顔を合わせる。
「どうする? あの分だとなかなか諦めてくれそうにないよ」
「でも……俺、やっぱり芸能界は無理だから」
「分かった。じゃあ今後も拒否の方向でいこう」
「ごめんね、手間かけさせて」
「ほんとに。ヘタに顔がいいと苦労するよな。風呂、入ろうか」
「うん。背中流す」
「頼もうかな」
「任せろ」
〇
「じや、明かり消すぞ」
「うん」
ひとつの布団で向かい合って横になる。抱き合って寝ないととてもじゃないが満足に布団に入り込めない。だから必然的に抱き合う形になるのだが、一季が遠慮がちに聞いてきた。
「あのさ……」
「なに」
「木実、俺のこと嫌いにならないの?」
「ぇ、何で?」
「だって俺……男に掘られてたんだぜ?」
「俺、そういう趣味ないから大丈夫」
「いや、大丈夫じゃないって」
「なにが?」
「だって俺の方がその気になったら……」
「……その気なのか?」
「うーん。……あのさ、疑問」
「なに」
「木実って極端に淡泊?」
「普通」
「でも俺、一緒にいる時オナってるの見たことない」
「そういえばしてないかも」
「……」
「え、変?」
「健全な男なら週に二、三回してもおかしくはないよね?」
「あーー。疲れてんのかな……。そういえばしてない」
「俺、解消法知ってるって言ったら?」
「なに? そんなの解決できるの知ってるの?」
「……知ってる。でも」
「ん? でもなに?」
「きっとやったら怒る」
「ぇ、やってみないと分かんないよね?」
「だったら、やってみてもいい? これ、絶対に解決するから」
「そう?」
「いい?」
「信じよう」
気を許したらこれ、と言うようなことってあると思う。それが今木実の元にきていた。
「ぇ、……ちょっ……なにするっ……んっ、ん」
木実は下半身をスルッと脱がされると、あっという間に股間のモノをしゃぶられていた。口に含まれて舌で転がされると甘噛みされたり吸われたりしながら脚を大きく割られて尻肉を広げられ秘所を晒された。一季は木実のモノを口に含んだまま何かを言ったのだが、置かれた現状を把握するのに精一杯な木実のほうは顔を真っ赤にするばかりだった。やがて一季の口から垂れた汁が秘所を潤し、知らない間に指が入り込んでくる。
「ぇ……ぁっ……一季っ……な……んで?」
「入れるね?」
「ぇ、ちょっ……待って。俺、そっちは」
「経験ないって言うんだろ? 大丈夫、俺がついてるから」
「そういうんじゃ……あっ、あっ、あああっ……んっ、んっ、んんっ」
「俺さ、入れられてたからよく分かる。木実の気持ちいいトコ聞かなくてもちゃんと分かるし、これからは俺がしっかりそういうの管理していくから、安心して」
「ぇっ……? あっ、あんっ……んっ、んんっ、んっ」
アッと言う間にいいトコを突かれて一季の手の中で射精してしまう。木実は何が何だかよく分からない内に一季の生身のモノを体内に入れて、その熱さや硬さ、しなやかさなどを感じて戸惑っていた。
「ああ……それにしても……木実の中は熱くて柔らかくて、スゲー好きかも……」
それに答えるだけの言葉が今見つからない。
つまりあっぷあっぷな状態で息の吸い方や吐き方を忘れてしまいそうな、そんな感じだった。風になびく木の葉のように体が揺れる。中で何とも言えないモノが出し入れされる。初めての感覚に必死になって相手にしがみつく。抱き締められながらも挿入は相変わらずで、知らぬ間に涙まで出てしまいながら彼の首元に顔を埋めた。
「ああ……もうすぐ。もうすぐ俺も昇天するっ」
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が繋がっているところからひっきりなしに聞こえてくる。
こんなに簡単に挿入されてしまい出し入れされるたびに感じてしまっているのが自分でも信じられない。一季が言葉を吐いてから腰を数回動かしたかと思ったら中に勢いよく射精する。木実はたっぷりと腹の中に精液を注がれて無意識に自分のモノをしごいていた。
「うっ……ぅぅぅっ……ぅっ、んっ……ん」
「木実っ……さいこぅっ……」
また出るの? としごいているのを見つめられて尻を突き上げられると、うっとりとした表情で二度目の放出をしていた。
「……ぅぅぅっ……ぅぅ」
〇
「お前……何してくれるんだよ」
不意打ちの性行為にやっと正気を取り戻した木実は、彼に肩を抱かれながら横たわりちょっとムッとしていた。
「ぇ、ムラムラ度の回復ってか性欲の調整って感じ? これからは任せて」
「いつ俺がケツに突っ込んでって言ったよ」
「怒んないって言ったよね?」
「そ……れは、そうだけど」
「俺のいる意味、考えて。俺は木実のところに戻りたかった。木実も俺がいない間寂しかったよね?」
「まあそうだけど……」
「だったらやっぱり。俺の存在意義はこれだよ」
「また勝手なことを」
「いやこれ絶対だって。だって木実だって二回も昇天してるし」
「そ、それは……だな」
「気持ち良かったでしょ?」
「初めてだから分かんないよっ」
「でも俺しか経験ないのにこれって、かなり相性いいと思う。俺もこっちのほうが向いてるんだって今分かったし」
「……」
「も一回する?」
「やめろ。明日会社行けなくなるから」
「分かった。ふふふ」
改めて抱き締められて頬ずりされると怒れなくなる木実だった。
これが正解かどうかは分からないけど……、とりあえず彼が帰ってきてくれたんだから良しとしよう。
これからは二人でいられるんだから。
終わり
20240402
タイトル「ゴミ捨て場で美青年を拾ったモブの話」