タイトル「仮)男人魚とひとの子と-2」

所を変えて話そうと寒い海岸からふたりして歩く。
こうやって歩いているとまるで知ってる者同士だが、名前しか知らない間柄だ。
しかも相手は絶対に偽名だと分かるお粗末な名前を名乗っていた。
「あっ、あそこにしましょうか」
「いいけど」
 歩いて数分のところにあったのは夏場ならきっとすごく賑わっているだろうカフェだった。
さすがに外のテラスを使う者はいなかったが、中には数人の客がいるようだ。
 そこから今までいた場所が見えなくて良かった………と変なところを気にしてしまった琳太郎だが
誰にも見られていないなんて言えないだろうから困る。
もしあんなところ誰かに見られていたりしたら、どう対処していいのか全然分かっていないからだ。
だけど相手は浮かれ顔で自分のしたことに頓着ない様子だった。
 カフェの窓際は客が座っていたので、逆に奥まった場所に向い合って座る。
「コーヒーを」
「私はホットミルクを」
 ふたりしてまったく違うものを注文してウエイトレスが離れていくと本題に入った。
「言えよ」
「はい」
「早く」
「はい。せかさずにお願いします」
「だから早く言えって」
「はい」
「お前の名前は?!}
「さっき言った通りですが」
「何て言ったっけ?」
「人魚田幸太郎、ですか」
「ふざけてるだろう」
「いえ。人型での名前は何でもいいと思ってるので」
「なんだ、その人型ってのは」
「私、人魚なのです。陸に上がる時にはこうして人型になるので人型です」
「まったくふざけてるな」
「そうですか?」
「そうだろうっ!」
「それがそうでもないのですよ」
「はっ?」
「人は私が人魚だと言うとたいていそんな反応をします。そして最初は信じない」
「だろうな」
「でもすぐに私の言ったことを信じます。私はあなたの精液を摂取することで生きながらえます。と言うか、あなたの精液がないと私は干からびて死んでしまいます」
「はははっ。どんなに気の利いたキャバ嬢だってそんな言葉言わないぞ」
「かっぱの皿の水・吸血鬼の血液摂取・そんなものと一緒だと思っていただければわかりやすいと思うのですが、
私の場合厄介なのは特定の人物でないと駄目なところです。だから呼んだでしょ? 旅に行かないかって」
「えっ………」
「一種のテレパシーって言うんですかね。私、自分のお相手には心で念じれば届くようになってるのですっ」
「………信じると思ってるのか?」
「でもあなたはこうして私に会いに来てくれたじゃないですか」
「って言われてもな……」
「頭の中には届いたでしょ?」
「うんまぁ…」
「ならやっぱりあなたで間違いないでしょう。精液もおいしかったし」
「そっ…それだけどさっ! おかしいだろ、そういうのっ」
「そうですか?」
「普通はそうだろっ」
「でももう遅いですよ。相手はあなただって分かったんだから、もう離れませんからね」
ニコッと微笑まれて返事に困る。

カフェを出て旅館までの道をふたりして歩く。
離れないと言った通りこの分だと旅館までついて来るに決まっている。
どうしようか…。
だけど相手はルンルンと言うかウキウキしているように見える。
「あんたさ、これからどうしたいわけ?」
「どう………と言われましても………」
「俺についてきてもいいことないよ?」
「でも私はあなたがいないと困るので、ついて行きますよ?」
「だったら金持ってるよね? 今から俺、旅館に帰るんだけど、あんたの分までの料金持ってないよ?」
「金………ですか………。金(きん)なら多少は持ってきてるんですが、それでは無理でしょうか………」
「金?!」
「ええ。沈没船などにたっぷりありますので陸に上がる時に少しづつ持ってきています」
「そっか………」
金には困らないのか………。
でもそれを換金しないと旅館の金は払えない。
琳太郎は幸太郎を貴金属店に連れて行くと金を換金して旅館へと連れて行った。
「あんたはあんたで部屋を取ればいいよ」
「それじゃあ意味がないので、是非一緒の部屋で泊まらせてください」
「今更っ?! 俺、シングル取ってるんだけどっ?!」
「それなら今からダブルに取り直しましょう」
「えっ…ちょっ……っと?!」
ツインじゃなくてダブルって?!
初対面でやられたことがやられたことなので対処に困る。
琳太郎は旅館が見えてきてからもどうにかしてこいつを撒けないかと考えていた。
しかし自分よりも一回りは絶対にデカい相手に適うとも思わなかったので無駄な体力は使わないほうが賢明かなと心のどこかで思ってもいた。
「あのさ」
「はい」
「もう一度聞くけど、あんたは何?」
「人魚ですよ?」
「じゃ名前は?」
「ですから人魚田幸太郎です」
「それ、俺の名前をもじっただけだよね」
「ですね」
「本当の名前は何なんだ?」
「言っても通じませんから」
「そんなこと言ってみないと分からないだろ?」
「そうですか?」
「そうだろ」
「では」と言って相手が口にした言葉に本当に困惑した。
言葉と言うよりは口パクとでも言おうか、声になってない声だったからだ。
「分からないでしょ?」
「う…うんまぁ……」
「基本私たちは水の中での生活です。だから周波数を合わせて振動での会話になるのです」
「振動…か…」
確かに水の中ではそうかもしれない。
だけどそんなことは信じちゃいけないと思ったので逆に訝しがってしまう。
彼はそれを見て「疑り深いですね」と言ってきたのだった。
「あいにく俺は思慮深い人間なもんでね」
「そうですね。今までの方よりも少し疑り深いのかもしれませんね」
「今まで?」
「ええ。私たちはどうやら人より長生きらしいので、来るたびに世界が違います」
「って、あんた何歳っ?!」
「それは人で言うとですか、それとも」
「魚年じゃ分からないよっ!」
「でも人間年だと私が分かりません」
「じゃあ、初めて陸に上がった時、世界はどんなんだった?」
「今とそう変わりはしませんが、人の着ているものが多少違いましたね」
「着物か?」
「のほうが多かったです。あなたのように洋服の人もいましたけど」
「げげっ……」
そんなに前の時代に来てた相手を今目の前にしてるなんて………。
「それから何度こっちに来てるんだよ」
「数え切れません。外部調査と言いましょうか」
「外部調査?!」
「それと栄養接種ですね。私たちは長生きですが、海の中の生活だけだとどうしても栄養が偏ってしまいます。
ですから若さを保ためにも定期的に人の精液をいただかなければなりません」
「…じゃあもう全然年寄りなんじゃん?」
「ええ。でも私、これでも若いほうですよ。それに人魚は見た目だけでは年が分からないので案外年上の方との接触も多いです」
「お前より年上って…」
それはいったいいくつなんだろう…と思う。
質問するたびにクラクラしてしまいそうな返事に困惑するばかりだ。
旅館の手前でそんな質問攻めをした琳太郎は頭を抱えた。
「最初に会った時、地面に張り付いてたじゃん。あれはどう見ても俺を探しているようには見えなかったけど?!」
「あれは探し物を引き寄せているとでも言うんでしょうか」
「ぇ……」
「足音で分かるんです」
「足音?」
「はい。捕獲相手の足音です。やっぱり振動とでも言うんでしょうか。区別がついてしまうんですよ」
「怖いな…」
「そうですか?」
「だろ」
それ以上言うこともなくなってしまったので仕方ない旅館に入ると手際よく部屋のチェンジがされたのだった。

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