タイトル「異倫のキツ」
「んっ…んっ…んんっ…………!」
「ああっ……。君の中は熱いねっ………。生だからかな………」
「あっ…ぁぁ…ぁ………」
汚い駅の便所で、後ろから知らない男に挿入されてサマサはうろたえていた。もちろん誘ってなどいない。なのに汚い便所に押し込められてズボンと下着を降ろされると股を割られて無理やり後ろから入れられていたのだ。
何故だっ?! 何故こいつに僕は捕まってるんだっ?!
●
男の名は富永キツ(トミナガ キツ)と言った。26歳。生粋の変態だ。
入れるのは誰でもいい。だけど相手は情緒不安定な相手じゃなければならないと決められていた。見極めはキツ自身。襲うのも彼自身。だから最終的には受け入れてもらえる相手でなければならない。だけどそれが少しでも間違っていれば即座に警察行きとなる。そのスリルと相手の反応に興奮しながらの行為はキツをより興奮させていたのだった。
「あああっ………! いいっ! いいよっ………! 君の中に僕の一部を……。置いていくよっ………!」
「ぅ……ぅぅぅ……………っ!! 殺すっ……! お前っ……! 無理やり入れやがってぇぇっ……!」
「うっ! ううぅ……………っ………」
その言葉を聞いたキツは即座に勢いをなくしうろたえるしかなかった。それでも入れた以上達しなければ出せない。そう決めていたキツは、後ろから男を攻め立てた。
「あっ! あっ! あっ!………君の中に入れた僕のモノは……どうだいっ?! いいだろっ?!」
「ぅっ……ううっ………ぅ………」
「ああ…………いいね…………。出しちゃうよ……! 君の中に出しちゃうよっ……!」
ふ…ふぁふぁふぁふぁふぁっ……!
変な笑いをしたと思う。キツは入れた男に打ち付けて打ち付けて射精した。射精してもまだ彼の中からは出さなくて出し入れを繰り返していた。その間にも相手のソコからはトロトロとキツの放った精液が太ももに流れ出ていた。
そしてようやく満足して相手からモノを取り出すと男が汚いトイレにズルリと崩れ落ちる。キツは己の欲望に満足しながら身支度を整えると、ちょっとだけ相手を気にした。
崩れ落ちた裸の下半身。少しだけ勃起した股間のモノが気にかかったが、さっと逃げてしまおうとトイレのカギをカチッと開けると一歩を踏み出す。
「………」
「なっ………!」
だけどキツの行為はそこで止まってしまった。何故なら相手に足首を握られてしまったからだ。
「お前っ………。まさかこれで終わるとは………思ってないよな?」
「ぇ……………」
言われた言葉がにわかには信じられなかった。何故ならその言葉は弱っている彼からは出るとも思えないほど力強かったからだ。
「ぁ………」
うろたえるキツに崩れ落ちた男が顔をあげてもう一度言う。
「まさかこれで終わるとは………思ってないよな?」と。
「………す………みませんっ……! すみませんっ! すみませんっ!………俺っ! 俺っ………!」
「落とし前………つけてもらうからなっ! 覚えてろよっ!」
凄みのある声で言われた。そこまでは覚えているのだが、それから先は覚えていない。
○
そして次に気が付いた時、キツは両足を鎖で繋がれて白い部屋の中に突っ立っていた。
「ぁ…………」
なっ………んだ……? 何がどうなったんだ……?
何が何だか分からなかった。キツは自分が立っている足元の鎖を見つめると、その白い室内をくるりと見回した。
「いったい………」
真っ白な部屋には同じように白いベッドと洗面用の水道、そして剥き出しのトイレしかなかった。
「窓が……ない……」
そこはまるで隔離されているような……。
しばらく立ち尽くして自分の立場を考えてみたが、やはりどうしてここにこうしているのかが分からない。
「ドア……は…」
ドアから出られないか近づこうとするのだが、鎖で繋がれているために距離が足りなくてそこまで行けなかった。仕方がないので諦めてベッドに歩くと足元でジャラジャラと嫌な音がした。顔をしかめてベッドに腰を下ろすと、突如として目の前に男がいたのだった。
「!!」
男は白い椅子に腰掛けて笑って腕組みをしていた。
「あ…んたは……………」
男はキツを見て意味ありげに笑っていた。その笑いが卑屈そうでもあり優雅そうでもある。キツは何も言えずに生唾を飲み込んだ。
「僕が誰だか分かるか?」
「…………………ぁ…!」
「おっ…思い出したのか」
「お…まえ……どうして………。てか、ここはどこだっ! 俺をどうしたっ!」
「何だその言い方はっ」
ふんっ! と鼻を鳴らすと立ち上がりドアに向かって歩きだす。キツは男に詰め寄ろうとして、結果後ろに続くこととなったのだった。しかしさっき試した通り足元にされた鎖のせいでドアまで近づけないせいで男との距離は広がるばかりだ。男がドアのノブに手をかけてキツを振り返った。
「謝れ」
「はっ?!」
「僕にしたことを土下座して謝れ」
「今っ?!」
「今じゃなくて、いつ謝るんだ。心を込めて謝れ」
「……」
少し考えたが悪いことをした自覚があるので即座に手をついて頭を床に擦り付けた。
「いきなり襲ってすみませんでしたっ!! どうぞご勘弁くださいっ!」
「………やけに殊勝な行動だな」
「………」
「いいだろう。ただし、僕の許しがない限り僕に触るな。これが守れないならその鎖は外さないし、この部屋からも出さない」
「分かった。お前には以後触らないし変なこともしないっ。だから」
この鎖を解いてくれっ! と目で訴えた。男はまたしても「ふんっ!」といけ好かなそうに鼻を鳴らすとドアを開いた。それと同時にキツの足元の鎖がジャラリと解けたのだった。
「ぇ…?」
「来い」
「ぁ…ああ」
それが何故取れたのかが分からず首を傾げながらも早くここから出たくて走りだす。
やったっ!
男に続いて部屋を出たキツはそう思ったのだが、それはすぐに落胆に変わった。部屋を出たそこは広い廊下で、例えるならば木造校舎のような造りをしていたのだった。それに加えて見渡す限り辺り一面、部屋と同様に真っ白だったのだ。
「ここは………どこだ………」
「知りたいか?」
「……」
「ここは僕の造った世界だ」
「………どういうことだ。お前の造った世界って………」
「正確には僕の造った世界のひとつだ。お前は、僕に対して悪いことをしたからここに閉じ込めてやろうと思ってな」
「……………」
それはずっとか? と聞こうとしたキツだったが、その答えが怖くて口には出せなかった。
「お前は、誰だ」
「………僕は…お前と同じ人間だった生き物だ」
「だった?」
「ああ」
「じゃあ今は違うのかよっ!」
「………ここには時間がない。ゆっくり話してやろう」
その言葉尻に笑いが含まれているのを感じる。キツはそれがにわかには信じられなかったが男について行くしかなかった。
○
見渡す限り白い世界。
天井も壁も床も照明の傘までも白い世界。色がついているのは自分たちだけだった。男はキツの数歩前を歩いていた。背丈はキツよりも低く、襲うのにちょうどいいサイズだった。ちょうど抱き締めてすっぽりと胸に収まるくらいだ。ワイシャツにスラックスと言ういで立ちはまるで高校生と言えば高校生でも通ってしまうように華奢だった。
ああ。だから俺はこいつを襲ったんだ……。
そのミスマッチな心と体のバランスにまた戸惑いもするが魅力も感じる。キツは前を歩く彼の後ろ姿を見つめながら声をかけていた。
「どこに行くんだ」
「………僕の名前は市井サマサ。年は21で止まった」
「…………止まった…?」
「お前はいくつだ。名は何と言う」
「俺…の名前は富永キツ。26だ」
「ふーん。キツと言うのか。こっちに来たらあんまり名字は必要ないしな…。もっと言えば名前も必要ないくらいだ。ああ。でもこれからは互いを呼び合わなくちゃいけないから名前は必要か」
はははっ…と自分の言った言葉に納得するように男が軽い笑いをする。だけどそれを聞いたキツは笑い事ではなく、思わず立ち止まってしまっていた。
「……………聞きたいんだが……」
「………何?」
「俺………って、帰れる…よな?」
「……」
「なあっ!」
どんどん出来る距離に叫んでみるが、相手は沈黙したままだった。不安になったキツは走って男に追いつくとその肩を持って振り返させた。クルリと後ろを向く格好になった男は無表情な面持ちで真っすぐにキツを見てきた。
「はっきり答えろよっ!」
「………残念だが、僕に悪さをした時点でもうアウトだ」
「ぇ……」
「お前はこのままここにいるか、それとも僕の僕(しもべ)として僕と行動を共にするか。どちらかしか選ぶ道はない」
「そ……んな…………」
「ゆっくり考えてもいいが、この世界に時間はない。だからいくら考えても一緒だぞ?」
「……………どうしてだ」
「何がだ」
「どうしてこんなことになった。お前、俺に何をしたっ」
「何も」
「何もっ?!」
「ああ、何もだ」
「何もって………」
そんな馬鹿なことがあるもんかっ……。
そう考えていると男が顔を近づけてこう言ってきた。
「いいか、よく聞け。こうなったのは全部お前のせいだ」
「…」
「お前が、僕に触ったからいけないんだ」
「ぇ……?」
「そもそも僕はあそこから移動するつもりだったのに、何故だかお前がそれを妨げた。それがすべての始まりなんだよ」
「………何だ…それ………。何なんだよ………!」
言われたことがすぐには信じられない。と言うか、信じたくなかった。
一度こいつを襲ったばかりに……ってことか? そんな馬鹿なこと…あるもんかっ!
キツはその場に崩れ落ちた。何もかも信じられない気持ちでいっぱいだったのだ。だけど現実は薄情で、白い世界は白い世界のまま何ら変わることはなかった。ただそこにいる自分だけが違うもののように思えるばかりだったが、そう思っているのはキツだけだと突き付けられる結果になる。
「だから言っただろう、覚えていろと」
「……」
「もうお前は戻れない。腹を括れ」
「どうして………どうしてだよっ………!」
ゴンゴンと拳で白い床を叩いてみるが、そこは現実と同じで手に痛みが走った。悲しさからなのか悔しさからなのか、いつの間にか涙が流れて頬を濡らしていた。
「俺は………」
「天罰とか言うんじゃないだろうな」
「……」
言おうと思った。
何もかも……お見通しってわけか……?
ゆっくりとサマサと名乗った自分が犯した男を見上げてみる。男は馬鹿にするでもなく諦めの笑いを返してきたのだった。
●
拳で床を叩きつける男を見たサマサは、ずっと以前……。自分が異世界に来てしまった時のことを思い返してしまったのだが、それも後の祭りだ。サマサは失望するキツをまるで自分を見ているように眺めたのだった。
ようこそ異世界へ。
終わり
タイトル「異倫のキツ」
20130922