タイトル「好きも嫌いも好きのうち」
円と研人の場合
円。→赤瀬円(あかせ えん)。先輩。研人よりも身長が低いのを気にしている。平均身長だと思っている168cmのツンデレさん。
顔は可愛らしいが負けん気は強い。押しに弱いので押し切られて関係を結ぶも、実は円も研人のことが好きだったと言うオチ付。
研人。→野村研人(のむら けんと)。後輩。やたら身長がある。2m近い。能天気で天然。ひたすら円が好き。
顔は堀が深くモデル並だがモテてる自覚なし。彼のご機嫌を取るのが日常の一コマとなっている。それもこれも好きの極み。彼の犬。
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最近素直になれてない。そんなことはわかっているのになかなか言動がついてきていないのに円は気づいていた。
「どうしようかな……」
特別な日が近々あるわけでもなく、かと言って何かをしかけるなんて出来そうもない。一緒に暮らし始めて数ヶ月。
まだ円のほうが日常に慣れていないと言ったほうが良かった。
「でもなぁ……」
いつまでもこんなツンデレ状態じゃいけないのは自分でも分かっている。だから行動を起こしたいのだが、何をしたらいいのかが分かってないのだ。
今日、相手である研人は友達との約束があるとかで外出している。だからまた円は部屋でモンモンとしているのだった。
「誰かに相談したほうがいいのかな……。でも誰に……?」
誰かいないのか、よくよく考えてみる。
「誰か……」
考えてみても誰もいないので泣きたくなった。
「こんなこと相談出来る奴いるもんかよっ……」
虚しいため息をつくとビニール袋をポケットに突っ込み外に出る。円は食事を作る担当なので今からスーパーに買い物に行こうと言う算段だ。
近くのスーパーまで歩いて五分。時間的にまだタイムセールとは重ならないためか結構空いている。
入り口でカゴを持って何を買おうか最初に何となく一周する。
これは円が最近覚えたやり方だ。いい気になって食べたいものをカゴに入れると思ってもみない金額になってしまい、結局レジに並ぶ前に売り場に返しに行くことになるからだ。
食事の担当をしていると言っても得意だからしているわけじゃない。相手が何一つ出来ないから、ちょっと出来る円が「それじゃあやろうか」と手を上げただけの話だ。だから普通の料理、もしくは男の料理とか一品プラス何か、くらいのものしか出来ないのだ。出来合いの物ばかりでは二人で出し合っている食費もすぐに無くなってしまうので円は頭を使うばかりだ。
円はスーパーの中を一周すると割引されているものや、今日の一押し品を品定めすると惣菜売り場で白飯を買って肉コーナーで豚バラ肉のパックとにらめっこして一品を選んだ。
「キャベツはある。焼き肉のタレもある。なので今日はこれで良しっ」
それもこれも毎日新鮮なものを買いに来れば食中毒にはならないだろうと思っていたからだ。白飯ふたつと豚肉1パックをカゴに入れてレジに向かう途中「モヤシ」があったほうがかさ増しになると思い、もう一度野菜コーナーに戻る。
「あったっ」
今日は特売で10円になっていた。目玉商品だ。それに手を伸ばしてカゴに入れようとした時、入り口から人が入ってきた。
「あれ、円先輩じゃないですか」
誰だ? と声のするほうを振り向くと、そこには高校の時のひとつ後輩・伊那部始(いなべ はじめ)がいたのだった。
高校の時とは違った容姿は、前髪がふんわりしていて何トーンか明るい髪のせいか垢抜けているようにも見える。背も円より高く研人より低いので、気持ち見上げるようにしなければならないのが癪に障る。
「ぇっ…………。なんで? なんでお前こんなとこいるんだよっ」
「えっ……って。こっちこそですよ。聞いてないんですか? 俺、最近こっちに越してきたんですけど……。研人に言ってあるんですけど……」
「は? ぇっ、奴とは連絡取ってるの?」
「ええ。……知ってますよ。ふたり今一緒に住んでるんですよね? で、恋人同士なんですよね?」
「えっ……?! あ……いつ、そんなことまで…………?」
研人と彼は同学年だったせいか在学中から仲が良かったのは知っているが、まさかまだ繋がっていたとは。と言うか、なんでそんな詳しい情報まで知っているのか。それを知らされていない円としては、まさにクラッとして倒れそうだったと言うのが合っていた。
「大丈夫ですか?!」
ガシッと腕を掴まれドキッとしてしまう。
「だっ……いじょうぶだよ」
それを慌てて解きながらなんとか笑って見せるが、円は自分が本当にクラッとしてしまったことに驚いてしまっていた。
「主婦、ですか?」
「はっ?」
「お料理するんでしょ?」
「それは、あいつが出来ないからでっ!」
けして主婦と言うわけではないんだぞっ?! と否定するように語尾を強める。すると相手はニッコリとして「まあまあ」と知ったような顔をして何度も頷いて見せた。
「おいっ!」
「分かってますって」
「お前は俺の何を分かってるって言うんだよっ!」
「そういうところ、変わってませんね……」
またまた始は「うんうん」と腕組みをしたまま頷いた。
だいたいこいつは高校のころから胡散臭いって言うか、知ったかって言うか……。
迂闊には信じられない円は訝しげに相手を見つめた。しかし何故研人は彼と連絡を取っていたのか。何故恋人同士だと知らせたのか。全然分からない円は次の言葉がなかった。
「買い物。しなくていいんですか?」
「お前こそ何かを買いにきたんだろ?」
「ああ。俺は焼海苔を買いに」
「焼海苔? お前料理なんかするのかよ」
「一応しますよ? たぶん円先輩くらいは出来ると思うんですが、どうでしょうね」
ニカニカと自信有りげに言われてムッとした。 いや。いやいや。こんな奴といつまでも言い合いしてても仕方ないしっ。
「俺はもう帰るから。どうぞごゆっくり」
棚からもやしを一袋取るとカゴに入れてさっさと退散しようとする。だけど始は円の後を追うようについてきたのだった。
「ちょっと。何でついて来るんだよっ」
「俺もこっちに用があるからです」
「へええっ!」
言われてみれば当然のことに返す言葉もないのだが、そうだねと肯定するつもりもない。円はさっさとレジのほうに向かおうと足を早めた。すると途中で後ろをついてきていた始がいなくなるのに気づいた。海苔を取りに行ったに違いないのだが、その間にレジを済ませてる。客がいないからすぐに会計も出来た。円はポケットから持参した袋を取り出すと買った品物を入れて店を出た。
「帰ろ帰ろっと」
相手がどっちに行くかとか、どこから来たかとか、そんなことはどうでも良くて早く帰ろうと思った。だから家路に向かってひたすら歩いていると、ちょうど半分来たくらいで「ちょっと!」と後ろから聞こえてきた。
「ちょっと待ってくださいよっ」
「んだよっ」
「先輩、俺のこと嫌いですか?」
「別に」
「俺は別に先輩のこと嫌いじゃないんで、そんなにツンケンされると辛いんですけど?」
「……」
だったらついて来んなよっ。
思ってみたが、口には出さない。まっすぐ前を見ながら歩くと自分の住んでいるマンションが見えてきて、このまま家に帰っていいものかどうかとても迷った。迷ったがすぐに答えは出た。このまま帰るわけには行かない。家に帰ったら一緒に入ってきそうだからだ。
仕方ない、公園行くか…………。
「何でいちいちついて来るんだ」
「だってせっかく会ったんだし、ちょっとくらい話しましょうよ」
「話したかったら研人とすればいいじゃないか。友達なんだろ?」
「友達だけど? だけど研人より先輩に話したほうがいいんじゃないかって思うこともある」
「……なんだ、それは」
用件は何なのか。ちょっと引っかかる物言いに彼のほうを見た。見てしまってから後悔もした。何故なら彼のその顔がニンマリとしていたからだ。
「あれっ、家に帰らないんですか?」
「用件はそこの公園で聞く」
「用件だなんて人聞き悪いなぁ」
「……」
家の近くにある小さな公園のベンチに腰掛ける。暑いので日陰になっているところを探して座ると円は相手の出方を待った。
「先輩は研人のこと好きですか?」
「……好きじゃなきゃ一緒にはいないと思うが?」
「恋人だって聞いてますけど、そうするとすることしてるんですよね?」
「ぅっ……。そんなのお前に関係ないだろっ」
「もし、研人がそれに満足してないとしたら?」
「…………それ、お前に何か関係あるの?」
「ちょっと相談されてます」
「何をどう相談されてるって言うんだよっ」
「どうしたらいいかなって」
「は?」
「先輩から距離を置かれてるって」
「……」
「先輩は奴に距離おいてるんですか?」
「……普通だよ。普通。別に距離もおいてないし、ベタベタするのも嫌だし」
「じゃあお願いします。いい加減先輩のほうからアプローチしてやってくれませんかね」
「ぇ……」
「あいつ、ちょっと悩んでます。こっちから行っても拒否られるし、そっちからくるわけじゃないし。そこから前に進めない。好きなのに困ったって」
「………………そりゃ、悪かったな。俺だってそこんトコは十分苦慮してるんだよっ。お前に言われなくたって」
「だったらいいんですけどね」
「……」
「俺、言いましたよ?」
「……」
「先輩と奴とじゃ体のサイズも違いますから、先輩が躊躇されるのよく分かります。奴を受け入れるのは辛いですか?」
「くっ……」
「…………」
「辛いよっ! お前なんかに言いたくないけど辛いよっ! キツいよっ! だからなかなかそのっ……仲良く出来ないって言うかっ」
「じゃ、それ奴に知らせておきます」
「知らせたって一緒だよっ! どっちかがどうにかなって、ちょうど良くなるわけでもないんだからっ!」
「でも別におやゆび姫と人間じゃあない」
「経験もないお前に言われたかないっ!」
「……奴が何故俺に相談してきたのか、分かりません?」
「……」
「俺も、現在進行系中なんです」
「ぇ……ええっ?! えっ、それ、誰?! 俺の知ってる奴?!」
「先輩は知りません。この春からの付き合いなんで」
「ぁ、ああ……そうか。ごめん……。つい」
「大丈夫です」
「じゃあさ、じゃあ、お前はどうなの? 俺たちみたいなの? 困ってないのか?」
「俺は躊躇しませんし、するタイミングを逃しませんから。相手にノーとは言わせません」
「そっ……そうかよっ」
悪かったな。いちいち拒否ってよっ。と言いたい言葉を飲み込んだ。
「ぁ、これ。良かったら使ってみます?」
シャツのポケットから、まるでヤクの売人みたいに小さな紙包みをひとつ取り出して眼の前にかざしてきた。
「んだよ、これ」
「媚薬です」
「ぇっ……」
話には聞いたことはあるが、現物があるとは思ってみなかった。
「お前これ、使ってるのか?」
「俺はこんなの使わなくても十分満足させられますし」
「だったら何で」
「奴に渡すつもりで手に入れたんですけど、これは先輩に渡したほうがいいかなって思って」
「……」
「先輩が使うかどうか、決めてください」
「ぅ……うーん…………」
「使い方は尻の穴に塗るだけです」
「だけってお前…………」
「塗るとどっちもイイ感じになるみたいですよ?」
「イイ感じ?」
「はい。でも使いすぎると癖に……って一回分しかありませんから、またくださいってのはナシでよろしくです」
「ぅ、うーん…………」
「これを突破口にしなくちゃ、次へは進めませんよ?」
「お前に言われてもな」
「ですね。じゃ、決めるのは先輩ってことで」
「……おいっ」
立ち上がって数歩進んでから振り返り、意味深な笑みを残して始は去ってしまった。
手に残った媚薬。
それを円はマジマジと見つめてから、中身が気になってそっと紙包を開けてみた。中にはピンク色の粉が少しだけ入っていて、風で飛んでしまいそうなくらい少なかった。そうなってしまってはいけないと、とっさに紙を畳んで元通りにする。そうしてからゆっくりと天を仰ぐ。
「どうすんだよ、これっ!」
○
「とんだ災難だっ」
口ではそう言っていたが、戸惑いしかない。
夕食の買い出しに行ったはずが、なんだかとんでもないものをもらってしまい正直円は気が気でなかったのだ。
使うか使わないかは俺次第だなんて…………。
「そんなに急に使えるかよっ」
ブツブツ言いながら早々に肉や白飯を冷蔵庫に入れて、自分はペットボトルの水をがぶ飲みした。今日研人はバイトがあるから帰りは八時くらいだ。それまで円は暇なわけだが、掃除して洗濯して買い物に行ったらもう時間は夕方になっていた。
「洗濯しまわないと……」
陽が陰ってきたのでベランダに干した洗濯物を室内に取り込む。
洗濯は元々大型の洗濯機が部屋に付いていたから重宝していた。でも節水のために洗濯は週二回だ。洗濯物を取り込んだ円はソファの上にそれを置くと自分は床に座り込んで洗濯を畳みだした。
夕食はまだ彼が帰って来ないのでもっと先でもいいかな……と思いながらも、それもこれも自分の腹の減り具合だなと決める。
週に二回の洗濯だとふたりしかいなくても案外量は多くなる。円は畳んだ洋服を「まずは彼のものから」と抱え込んで寝室へと向かった。
クローゼットは二枚の開きドアだった。左が彼、右が円と、とりあえず場所は別れているが、元々ひとつのクローゼットだ。洋服類は引っ掛けたり畳んだりしてそれぞれ使っている。円は左側のドアを開くとさっさと彼の洋服を入れると戻って今度は自分の洋服を抱えてきた。
「んっしょっと……」
まずは置けるものを置いて、それから引っ掛ける物を引っ掛ける。下着は洗面所にある棚にタオル類と一緒に収納するからそれだけは別にしてある。なので最後にタオルと共に下着を洗面所に持っていくとそれぞれの棚に物を入れ込んでおしまいだった。
「ああ、風呂」
風呂がまだ洗ってなかったっけ……と浴室に入ると湯船の栓を引っこ抜きながらスポンジで洗いにかかる。リズムをつけてゴシゴシと洗うとちょっとだけ自分が笑顔になってるんじゃないかと思う。
こういう単純作業は好きだ。
可も不可もない。ただすることをするだけの作業は必要以上の見返りを望まれないし、第一誰にも見られていないところが気が晴れた。
「ゴシゴシ。ゴシゴシっと」
入らなくてもいいのにまだお湯がある湯船に裾を捲って入り込みゴシゴシを繰り返す。
「いっけね……」
裾の捲り上げが足りなかったのか、すぐにズボンが濡れたのに気づく。だけどそれはそれでいいかとすぐに納得して、そのままバスタブを洗い続けた。湯船の水がなくなるとゴシゴシタイムも終わりになる。シャワーでバスタブを洗い流すと再び栓をして浴室を出た。
「……」
このままの姿では洗面所を出られるはずもない。円は濡れたズボンだけ脱ぐとカゴに放り投げて下半身は下着姿のままリビングへと向かった。テレビで時間を確認するためだ。
「六時か……」
寝室に向かいながら部屋の照明ボタンを押す。室内が明るくなって、それと同時に自分はそこから出ていた。寝室に向かうためにはいったん玄関スペースまで出て、それから寝室へ、と言うのがここの間取りだ。だから玄関スペースに出た時にまさか玄関ドアが開くとは思っていなかった。
「たっだいま〜!」
「ぇ」
「って、何してるんすか?」
「え……っと……。風呂掃除? が、過ぎてズボンが濡れた……から今着替えようと……。それよりお前、帰りが早いんじゃ……」
「ああ。ちょっと予定が狂っちゃって……バイトは無しってなったんで帰ってきました」
「そう……なんだ……」
「円さん。俺、腹が減りました」
「それじゃあ晩飯でも食うか」
「はいっ!」
ずいぶんと勢いのいい返事にこっちが笑顔になる。円は寝室に行くと急いでスエットの下を履いてキッチンに向かった。小さなひとり用の鍋式ホットプレートを引きずり出すとそれをキッチンの小さなテーブルに置く。そうしてからレンジで白米をチンするとキャベツとモヤシを切ったり洗ったりしてザルに入れる。入れてからその水を切るためにボウルを重ねてテーブルに置いた。
「今日は焼き肉だから」
「ぁ、俺も手伝いますね」
ついているテレビをボーッと立ったまま観ていた研人がバッグを置いて夕食の手伝いをしだす。とは言ってももうほとんどセッティングされているので、後は皿とか茶碗を並べるくらいだ。
「じゃあこれ、持って行ってくれ」
「はいっ」
残りはタレとお茶くらいかな……と冷蔵庫を探していると寄ってきた研人にそれを渡して自分は風呂の湯を張るボタンを押してからテーブルについた。
「スイッチ入れたか?」
「今入れましたよ」
「ぁ、お茶でいいか?」
「お茶でいいです。それより、こんな早い時間から向かい合って食事するなんて久しぶりな気がするんですけど」
「そうか?」
「そうですよ」
「そうかな」
考えてみれば最近はどちらかがバイトで、落ち着いて一緒に夕食を取ってなかったように思う。特に研人のほうは結構バイトの時間が長いので、円は先に食べてしまうばかりだったような……。
向かいの彼の顔を見るとニコニコだった。
これは食べ物を食べられる喜びなのか、それとも一緒に食べられることについての喜びなのか……。
円はちょっと考えてみたのだが、たぶんどちらもなのだろうと思った。
「そろそろ肉、入れていいぞ」
「じゃ、入れまーすっ!」
ジュッと音がして次々に肉が投入される。
「プレート小さいんだからさ、もっと野菜入れる場所!」
「すみませんっ。でも最初に肉しっかり焼いてから野菜入れたほうが味がついて旨いかと思うんですけど」
「ならそれでいい。しかしっ! 最初の肉は俺がもらうっ!」
「え〜?! って、いいですよ。でももうちょっと待ってくださいね」
「んだよ。お前が鍋奉行かよ」
「って、焼き肉でしょ〜?!」
「分かった分かった」
しばらくふたりして箸片手に鍋プレートの中を覗き込む。
「そろそろかな」
「そろそろですね」
肉の音が変わった時に研人が箸を突っ込んでそれを全部円の皿に入れる。そうしてからまた肉を投入して、ついでにモヤシも投入してジュルリと舌なめずりをした。
そんな研人を見ると単純に子供っぽくて好きだなと思う。でも次の肉が焼けるまでにはもう少し時間がかかるだろうし、皿に入れられた肉はちょっと量が多いので半分を彼の皿に取り分けた。
「ん?」
「量が多い。食ってる間に次のが焼けるだろ?」
「そりゃそうですけど……」
いいんですか? と言う顔で見られて「いいから食え」と促す。
「ほらタレ」
「ぁ、はい」
「飯はこれしかないからな。もしもっと食べたいならカップ麺でも食え」
「分かりました」
果たしてこの用意した量で相手が満足出来るのかどうか。食べっぷりを見るとちょっとばかり心配になってしまった円だが、他にもストックはあるし、またコンビニに行ってもいいし、といろんなことを考えプレートをつつく。
「しかしお前、なんでそんなに腹減ってんの?」
「円さんは減ってないんですか?」
「俺はいつも通りだけど?」
「あー、あれですね。きっと今日バイトなかったんで昼のまかない補給が出来てないからでしょう、きっと」
「じゃあ今日は何してたんだよ」
「ぁ、始と会ってました。先輩もスーパーで会ったんですよね?」
「あ、ああ」
「奴近くに越してきたみたいなんで、まだ全然片付いてないんですよ。だからちょっと片付け手伝ってきたんですけどあいつん家荷物多くて……参りました」
「…………あいつ何で近くに越して来たんだ?」
「仕事の関係なんじゃないですか?」
「ぇ、学生じゃないんだ」
「ええ。なんか中退したみたいですよ? だから今までいたところが学生寮で引っ越さなくちゃいけなくて急遽って感じらしいです」
「へぇ……。で、仕事は何やってんだ?」
「イベント運営みたいな仕事みたいですよ? だからバイトとかで呼んでくれたら行くし、って話もしました。円さんも行きますか?」
「いや、まだ分からないからどうとも言えない」
「じゃ、まず俺から行ってきますね」
「ああ、頼む。にしてもあいつ……。あいつに俺たちのこと話しただろ」
「……すみませんっ。でもあいつも俺たちと一緒で」
「それは聞いた」
「じゃあ今日あいつの相手と会ったのか?」
「いえ。相手は学生ですから、どうも同じ寮だったらしいですよ?」
「じゃあ逆に離れ離れになっちまったって感じか?」
「だと思いますけど、どうなんでしょうね……。あいつちょっと広めのアパートに越してましたから、もしかしたら将来的には相手を呼ぶつもりなのかもしれないし……」
「ぁ、そうなんだ……」
今まで始のことなんか眼中になかったから、「後輩」と言うくらいしか情報がないのが情けない。それに比べれば研人は同級なわけだし、親しく話していたとしてもおかしくはない。おかしくはないのだが……。
どうしようかな……。
円は食事をしながら始にもらった「媚薬」のことを口にしようかどうしようかと迷っていた。
もし口にして相手が聞いてなかったら単に墓穴を掘ったことになる。だけど聞いているとしたら早速「試しましょうよ」となる。
どっちがいいんだ…………。
ひとり焦っているとボーッとしていると思ったのか研人が顔を覗き込んできた。
「どうしたんですか?」
「ぇ?」
「おいしくないですか?」
「いや。普通に旨いよ?」
「なんか急に元気ないような、考え事してました?」
「ぁ……っと、悪い。ちょっとボーッとしてた」
「飯時に考え事はだめですよ。考えてる間にみんななくなりますよ?」
「悪い悪い」
さっさと食べようっ、と肉を入れる。
「ぁ、卵。卵焼いていいですか?」
「いいよ。まだあると思うから持って来いよ」
「円さんは?」
「俺はいい。野菜食べないと」
「俺だって野菜食べますよ。焼いてください」
「分かった」
その後、ウインナーとかご飯とか焼いたりして、最後には何をやっているのか分からなくなる感じで食事は終わった。これは今回だけがそうと言うわけではなく、いつも結局焼けるものは焼いてしまおうと言う流れになってしまうので毎度のことだった。でも洗うものが少ないのでホットプレートはスグレモノだと思うが、冷めるまで待たなくてはならないのが弱点でもある。
「風呂お湯入ってるから先に入っていいぞ」
「はいっ。円さんは?」
「俺はこのホットプレートが冷めるのを待つ。その間皿を洗う」
「……一緒に入りませんか?」
「……嫌だよ。だいたいさ、お前自分の大きさ知ってて言ってる?」
「分かりましたよ。じゃ、さっさと風呂入ってきちゃいます」
「そうしろ」
おとなしく風呂場に行く彼の後ろ姿を見るとさっそく皿を洗いにかかる。汚れはすぐに落ちてしまうので、皿を拭いて定位置にしまうと次はホットプレートを洗うために鍋つかみを手にテーブルに行った。ちょっとつついて冷めているのを確認するとそれをキッチンに持って行って洗い始める。まだ少し熱さがあるので気をつけながら洗って終わり。それは研人が風呂から出てくるよりも早くに終わってしまった。
やることもないので、ペットボトルのお茶を冷蔵庫から取り出すと、テレビを見るためにリビングのソファに行く。テレビは今ニュースが終わろうとしている。もうすぐゴールデンタイムだ。
「今日は時間が早いな……」
○
「円さん、出ましたよ。入りますか?」
「そうだな」
入れ替わりに風呂場に行くと洋服を脱ぎだしてカゴの中に自分の脱いだパンツを見つけて「あの薬」の存在を思い出した。
「あー」
一瞬忘れていたが、これはこのまま忘れていたほうがいいのか、それとも言ったほうがいいのかまた迷う。
「でも後になって知ったなんてなったら駄目だよな……」
俺の友達ってわけでもないんだもんな……。
モノがモノなのでとても躊躇するが、後で彼に渡そうと決めて風呂に入る。
シャンプーして体を洗って湯船に浸かるとほわほわして気分が良くなる。勢いよく湯船から出ると洗面所で髪を乾かしてパジャマ姿でリビングまで戻ると研人もさっきの円と同じようにテレビの前でくつろいでいたので、その隣に座ってテレビを観だした。だんだんだらけ具合が半端なくなっていき、ふたりとも寄り添うような形になって最後には体の大きな研人が円の肩を抱くような、抱きつくような形になっていてどちらからともなく「寝よっか」と言うことになる。
「ぁ」
「何です?」
「あの……さ」
「はい」
「今日始に会った時、渡されたものがある」
「……何をです?」
「えっと…………。ホントはお前に手渡すつもりじゃなかったのかな…………」
「だから何をです?」
「媚薬」
「は?」
「だから媚薬っ!」
「ぁ、あーーー……。なんか今日会いたいとか言ってきたのは、実はそれが渡したかったのかな…………」
「……」
「それ、どこにあるんですか?」
「洗濯カゴの中の俺のズボンのポケット」
「何で放置なんですか」
「だって……」
モジモジすると「ふふふっ」と軽く笑われて肩を抱かれた。
「それ、本物かどうか試してみましょうよ」
「えっ!」
「俺、ちょっと円さんとのこと愚痴っちゃったんで、たぶん気を遣ってくれたと思うんですよ」
「……」
「それが本物かどうかは眉唾ものですけど、奴が気にしてくれたってのが嬉しいっす」
「それは……」
そうだな。
別に愚痴話に相槌を打っているだけでも良かったのに、わざわざそれを気にしてくれる。そんな友達の存在を嬉しくも思ったし、羨ましくも思った。
円は研人に肩を抱かれながら寝室に行くついでに洗面所に立ち寄ってソレを手にベッドに横になった。
「使うのか?」
「使ってみないと本物かどうか分かんないでしょ?」
「そりゃそうだけど…………」
眉唾ものだと言うけれど、使ってみて本物だったらどうしよう……とブルリと震える。
「怖いんですか?」
「お前は、怖くないのかよ」
「知らない奴にもらったわけじゃないですからね。それに」
「実践済かもしれないし」と意味深に笑われてゾクリと身が震えた。
「ぁ……」
下半身を裸にされると股間を頬張られながら脚を広げられる。そうされるともう逃げるに逃げられなくて、自分自身も覚悟を決めると言おうか……、その気になる。
「ぁっ……ぁぁっ……ぁ…………」
モノをしゃぶられながら後ろの穴を刺激されて横にある引き出しから出されたジェルチューブをソコに塗られる。すると断然滑りが良くなってスルリと彼の指が中に入ってくるのを直に感じる。
「んっ……! んんっ……!」
チュプチュプとモノをしゃぶられながら後ろを刺激されると嫌でも腰が揺らいでしまって、それをどうにか抑えようと相手の頭を抱え込む。だけどそうすればするほど後ろへの刺激が強くなって啜り泣く声が抑えられなくなってしまうのだった。
「やっ……ぁっ……ああっ……んっ……! んんっ! んっ!」
「くふふっ……」
チュゥゥッ……とモノを吸われながら舌先で刺激されて円はガクガクと体を震わせながら涙を流した。
「やっ……ぁぁぁっ……ぁ……んっ……!」
後ろに侵入する指が一本から二本に増え、そのズブズブ具合も激しくなると自らも腰を振っているのに気づく。
「んっ……んっ……んっ……!」
根本までしっかりと太い指を入れられてイイところを刺激されると出したくて仕方なくなる。
「研人っ……けん……とっ! もっ……駄目だったらっ……! 出るっ! 一回出させてっ!」
それでも後ろへの刺激は止めてもらえなくて、前もモノをしゃぶられたまま円は彼飲む口の中に射精していた。
「あっ! ああっ……んっ! んんっ!」
それを全部受け止められてゴクンッと飲み干されると恥ずかしくなる。研人は円の精液を一滴残らず吸い尽くすとやっと口を離して顔を突き合わせてきた。
「濃くて旨いっすね、円さんの汁」
「ぅっ……ううっ……!」
「じゃ、次は俺のを突き刺すんで、味わってくださいね」
「ぁっ」
指を引き抜かれ脚を担がれると間髪入れずにモノを押し当てられる。
「行きまーすっ」
「ゆっ……くりだ。ゆっくりだぞ?」
「そんなの抑え効きませんって」
「あっ! うっ! うううっ! うっ!」
押し当てられた巨大なモノをグイグイ挿入される。最初は雁までで、次にはグンッと根本まで。それから雁まで出しては入れての繰り返しで、腰をしっかりと掴まれて突き上げられるとどうしようもなくなる。
「あんっ! あんっ! あんっ! ああつ……んっ! んんっ!」
「ああ……。円さんはいいなぁ…………。やっぱ円さんは最高だなっ」
「ぁっ! ぁっ! ぁぁっ……! ぁ……!」
突き上げの回数が半端なく増え、円は言葉らしい言葉も言えなくなってしまいただ身悶えた。
「ふっ……ぅ……ぅぅ……ぅ……んっ! んっ! んっ! んっ!」
「もっちょいっ! もっちょいでイキまーすっ!」
「ぅっ……ぅっ……ううっ……ぅ…………!」
ガンガン攻め立てられて勢いよく中で射精される。
「うううううっ!」
「っぅ…………クソがっ! はっ……ぁっ……ぁぁっ……ぁ…………」
中出しされてもすぐには抜いてもらえずにそのままの姿勢で抱きしめられてまったりされる。円としては入れられたところから汁が垂れやしないかと心配になるのだが、相手はそんなことどうでも良くてちょっとだけムカッとする。
「も……終わったんだから抜けよっ」
「もうちょっと余韻を楽しみましょうよ」
「それ、楽しみたいのお前だけだからなっ」
「ぇ、円さんはこういうの嫌いですか?」
「答えたくないっ」
「……いいですよ。答えてくれなくても、体は正直ですしっ。それにまだ終わりませんから」
「ぇっ……」
サワサワと背中を触られ肩に顔を埋められながらそんなことを言われた円は固まった。いつもするのはいいのだが、足腰立たなくなるまでされるので翌日体が使い物にならないのが辛いのだ。
「俺、いつも言ってるよな? 辛いって」
「うん。でも最近あんまり触らせてもらってないし……」
「お……まえ、俺のことちっとも考えてないだろうっ?!」
「いやいやいや。十分考えてますよ? これが俺の愛の証だし、それに「アレ」まだ試してないじゃないですかっ」
「ぁ……っと…………」
「まさか「もうしないだろう」とか考えてました?」
「だって……」
別に支障ないじゃん。と言いたかったが、この雰囲気では到底許してもらえそうにない。
「俺は試しますよ? 今こうして繋がってる時に使えば、ふたりとも気持ち良くなるかもしれないですしね」
「ぇぇぇっ…………?!」
そういう考えっ?!
円はどう返答したらいいのか分からなくてただただ驚き固まってしまった。
「ぇっ……ちょっ……あのっ…………。ホントにアレ、試すつもりなのか…………?」
「当たり前じゃないですかっ。試さないと。次に奴に会った時、感想が言えないですよっ」
「言わなきゃいいじゃんっ」
「駄目でしょ、それ」
「だけどっ!」
「いいからいいから」
有無を言わさず持ってきた紙包みに手を伸ばした研人はふたり共が見えるところでそっとそれを開いた。
「ぁ、粉か……」
「クシャミするなよ?」
「円さんこそ」
「するかよ」
ふたりしてしばらく中にあるピンクの粉を眺める。
「何か聞いてます?」
「ぬっ……塗れって言われた」
「ふーん……。じゃ、試してみましょう」と研人は紙包みを気にしながらジェルに手を伸ばすと粉とジェルを混ぜ合わせて繋がっている場所へと塗りだした。
「ぁっ……」
「動かないで。どう?」
「どぅって…………。そんなの分からないよ。お前こそどう…………?」
「どうって…………。何も感じない」
「……」
「偽物ですかね」
「偽物だろ。今度会った時に聞いてみろよ」
「そうします。でも、途中じゃ止められませんからね」
「あっ……!」
中に入っている彼のモノがググッと大きくなって腰をゆっくりと動かしてくる。そうしながら互いの髪を指ですくように抱き合いながら唇を重ねた。
「んっ……んんっ……ん…………。んっ?」
「んーんっ……ん? なんか…………意思とは関係なくモノがドクンドクンしてきたような…………」
「なんか俺も……中が熱くなってきたような…………」
偽物だと勝手に決めつけていたのに効果が出てきたのにちょっと驚く。
「本物だったんだ……よな?」
「たぶんそうですね。なんかちょっとモニョモニョしてきたような気がするんで」
ふふふっ……と笑い合いながら抱き合って続きをする。しかしそれからが大変で、何度イッてもふたりとも収まらなくて結局朝まで何度も交わった。「回数も分からないほど」と言ってもいい行為は、ふたりとも疲れて眠るまでされた。その証拠にふたりとも起きたのは昼過ぎだったからだ。
○
「どうしてくれるんだよっ」
「いや、それは俺も同じですから……」
「お前はいいよ。まだ起き上がれるし」
「……」
「俺はどうよ。この有様だよ」
「すみません…………」
ふたりして励んでしまったはいいが、いつもの行為でさえ躊躇っていた円からすれば、もう自殺行為と言ってもいいかもしれない。している時は良くても終わった後の今は、ちっとも身動きできません状態だったからだ。
精液で汚れたシーツに汚れた身が気になる。だけどまともに動けやしないので、ひたすら愚痴るほうに力を入れる。それを隣で正座したまま項垂れて聞いていた研人だが、その姿が全裸なのがちょっと間抜けだと思った。
「風呂に入りたいっ」
「ぇ、でも動けないんじゃ……」
「お前が抱っこしてくんだよっ!」
「ぁ、はい。じゃあ今からお湯はりしてきますっ」
「行けよっ!」
「はいっ!」
慌てて部屋を出て行く後ろ姿を見ながら内緒でクスッと笑う。
「あいつ、始になんて言うのかな」
天井を見つめながら考えるが、同時にあの薬は「イタダケナイな」と思った。だからもう二度と渡されてももらわないし、もらうなと言っておかなければと思う。
それでも今回はちょっと幸せを感じていた。それは相手との距離がより一層縮まった気がしたからだ。
肌の感触、息遣いや囁き。抱き合って確かめないと本物を忘れてしまいそうだと、もっと言えば恋しいと、思えてしまっている自分がいる。
「お湯、もうちょっとで半分入りますから連れて行きますね」
「半分で連れて行かれてもな……」
「体洗ってる内に入りますから。さっ、首に手を回してください。抱っこしますよ」
「いいけど……。なんか介護みたいになってないか?」
「なってませんっ。ちゃんと抱きついて」
「分かってる。……なぁ、研人」
「何ですか?」
「もう……あんな薬もらってくるなよ?」
「もらってきたのは円さんでしょ?」
「そっ……れはそうだけどっ。だからもう……アレはいらないっ」
「分かってます。ヤリすぎは毒でしかないって今回でよく分かりました。アレはなくても俺たちは大丈夫。でしょ?」
ニッコリ微笑まれると抱きつく腕に力が入る。円は近くに見える彼のその笑顔が一番好きだと思った。抱きついたまま頬にキスをすると、もっと強く抱きつく。
「ちょっ……苦し…………。円さんってばっ…………」
「………………しばらくまたしないから、今日は体を触らせてやるっ」
「それ、体を洗うの間違いでしょ? それに「しばらくまたしない」のはナシの方向でお願いしますよ。ね? 入れないならいいのかな。触るだけなら許されますか?」
「うっ……ぅーん…………。入れないんなら、ちょっと考えてもいい……かも…………」
「ホントですかっ?!」
「いっ……入れないならだぞっ?!」
「はいっ!」
「お前、ガンガン来すぎだからっ!」
「はいっ!」
「それだけだからなっ?!」
「はいっ!」
「別に嫌いとか、そんなんじゃないんだからなっ?!」
「はいっ!」
言い合いながら浴室に入る。また新しい一日が始まろうとしていた。
終わり
20190613
タイトル「好きも嫌いも好きのうち」