タイトル「触発恋」
「係長ぉぉっ! 俺、寂しいですっ! これからどうしたらいいのか……」
「そんなこと言うなよっ。俺がいなくなってもしっかりやるんだぞ?!」
「出来ませんよ、そんなことっ!」
うううっ…! と泣き出したのは部下である袴田武(はかまだ たけし)だ。
俺は今日会社を辞める。
と言うか、辞めさせられるんだ。いわゆるリストラってヤツ? あまりに部下の失敗を庇い過ぎたせいで自分に火の粉がかかった。人事に呼ばれて通達書を渡された時には凹んだ。ここに入ってから、この会社に入社してから一番限りなく凹んだと思う。期日は二週間。その間に身辺整理をするように言われた。しかし俺はまだマシなほうだと後から知るんだが、もしかしたらこの会社はそう長くは持たないかもしれないなどと予感していた。
しこたま飲んで部下の袴田と二人だけの送別会を済ませると終電で帰宅しようと駅へと向かう。だけど時間を間違えたのか袴田の乗って行くはずの電車はすでに出てしまった後だった。
「どうすんだ、お前……」
「係長のところに泊めてくださいよっ」
「ぅ…うーん……」
それしかないだろうな……とは思ったが、躊躇する部分もあった。何故なら俺は袴田が好きだからだ。だからあの家を見せるのに抵抗があるんだ。
「ねぇ、係長。いいでしょ?」
「しかしなぁ。俺ん家今メチャメチャ汚れてるんだよ」
「係長は俺に野宿しろって言うんですかっ?!」
「そうじゃあないけど……」
「別にいいですよっ。汚れてても係長が寝るスペースはあるってことでしょ? それじゃあそこに一緒に寝させてくださいよっ。狭いのは我慢しますからっ!」
「ぅ、うーん……仕方ないなぁ……」
「やりっ! やったっ! 良かったぁ。恩にきますっ」
ガシッと抱き着かれて笑いながらも弱り顔になる。
「知らないぞぉ……」
袴田は世間で言うイケメンと言われている部類の男だった。見返りを求めない優しさは誰からも愛され、「武器だろ」と言われても仕方ないくらいいい奴だ。それに比べて俺はと言えば、奴よりも10歳も年上で、年の割りには係長止まりで、止まってりゃまだマシだったんだが、挙句の果てはリストラされて、年頃に結婚も出来なくてしっかり三十路になっちまった不甲斐ない男だ。ピンキリ・月とスッポン・色々な言い方はあるが、袴田と俺とはあっちの端とこっちの端にいる両極端な二人だった。
「深夜だから静かにな」
「分かってますよっ…」
カツンカツンと音が出てしまう外階段を極力静かに歩くために爪先立ちをする。後ろに続く袴田も同じように静かに上がってきた。外階段を上がるとすぐにある部屋が俺の住まいだ。2Kの築25年コーポと言う名のアパートだ。
ガチャガチャと鍵を開けようとするのだが、酔っているせいかうまく鍵穴に鍵が刺さらない。
「貸してください」
俺がやりますからっ。と、袴田に鍵を取られた。奴は俺より飲んだはずなのに一発で鍵穴に鍵を差し込むと難無く開けてしまった。そして最初にドアを開けたのは部屋の持ち主じゃなくて奴だった。
「大丈夫ですか?」
「たぶんなっ」
自分の家なのに暗くて躓いたのは俺のほうで、奴にまたまた先を越された。袴田は玄関先の電気のスイッチをオンにすると散らかっている靴を整理してから俺の手を取って引き入れた。何かちょっとムッとしたけれど、こっちは世界がもう斜めってるから逆らえない。玄関の横にあるキッチンの汚さと、その奥にある部屋に広がる敷きっぱなしの布団や脱いだままの洋服が恥ずかしいだけだ。
「だから言ったろ、汚いって」
「構わないって言ったはずですよ。あ、風呂入っていいですか? 何だか汗ばんじゃって」
「いいけど。俺はもう寝るから、勝手にその辺で寝てくれ」
「分かりました」
袴田の返事を聞きながらも俺はもう眠りかかっていた。袴田が風呂場に向かうまでは見ていたのだが、そこから先はもう覚えてない。何となく風呂場のドアが開く音やシャワーの音を聞いた気がする。
そして深い眠りについていた俺を起こしたのは奴が俺の布団に入り込んできたからだ。
「なっ…んだよ………!」
「入れてくださいよ。係長の家、布団これだけじゃないですかっ」
「……………仕方ないなぁ…」
言われてみればそうだった。背後から潜り込まれて抱き締められると何とも言えない気持ちだ。だが布団はシングルサイズ。どうやっても大の男が二人ならこうやって寝るしかないんだろうなと諦める。
それにしても……。いい匂いだな、こいつ。
ウトウトとまた眠りにつこうとした時、首筋に唇を感じて「ん?」と違和感を覚えた。だけど相手が何もしてくる気配もなかったので、そのままにしていると後ろから抱き着いてきている相手の手が胸や腰の辺りを蠢きだした。
「………袴田?」
「……」
「何してるんだ?」
「係長の体の具合を確かめてるんですよ」
「心配するな。俺は何ともないっ」
「そういう意味じゃなくて、どこがどうなのか。こうね……」
「ちょっ…やめろよっ…」
今まで服の上にあった指がボタンとボタンの間から入り込んできて素肌を触る。もう片方の腕でしっかりと腰を掴まれて気が付けば尻に奴のものがぴったりと張り付いていた。
「袴田? おいっ、何やってんだっ?!」
「だから言ったでしょ。体の具合を確かめてるって」
ワイシャツを引き抜かれるとスッと手を入れられて今度はしっかりと素肌を触られる。それはサワサワとあちこち行き来して酔っている俺にはちょっと気持ちが良かったりしたのだが、いやしかしこれは何かイケナイ方向に行っているような気がしてならない。
「俺の体は大丈夫だからっ! 早く寝てくれっ!」
「嫌ですっ」
「何でだよっ!」
「だから今から係長の体を確認するんですよっ! 俺と相性がいいかどうかっ」
「な…んだそれっ!」
「もう今日しかチャンスがないじゃないですかっ!」
「はぁっ?!」
「俺っ! ……今まで言えなかったけど、係長のこと好きなんですっ! だから俺との相性、確認させてくださいっ!」
「相性?」
「ええ」
相性とは何なのか。半分眠っているのと酔っているのとで思考がこんがらがる。しかしこういう場合の相性と言えばやっぱりあっちのことを言っているんだろうと解釈する。
「って、えぇぇぇっ………?!」
「お願いしますっ!!」
「何で俺なんだよぉぉっ!」
「係長は俺のこと好きじゃないんですかっ?!」
「好きだけどっ! それとこれとはちょっと違うだろうっ!」
「違いませんよっ! 俺は係長のことずっと好きだったんですからっ! 今日は引きませんよっ! 係長が嫌でも俺、やっちゃいますよっ?!」
「お前………自分が何言ってるのか分かってるのか?」
「分かってますよ。こ…んな時じゃなきゃ言えないってのも分かってますよ。だから係長……」
「俺はもうお前の係長じゃないよ。今日で会社退社だし。けどだからって」
何がどうしてどうなったのか……。そんなことを深く考える間もなく袴田は躊躇する俺に跨がると巻いていた腰のタオルを取った。俺は奴がどんな格好をしているのかさえ分かっていなかったから奴の裸を目の当たりにしてドギマギしてしまった。薄ら明かりの中で全裸になった袴田が眩しい。そして跨いでいる股の中心でいきり立つモノが薄明かりだからはっきり見えてないのにしっかり見えているようで……。何だか想像力だけが空回りしてしまい、俺はカラカラになった喉をゴクンッと鳴らすことしか出来なかった。
「俺だってこんなことになってなきゃ、告白なんてしませんでしたよ。係長がずっとそばにいてくれるって信じてたから……」
それからキスされて体を弄られて洋服を脱がされて……。夢うつつな俺はされるがままで、袴田の手で俺自身をしごかれて射精した。気持ち良くなったところで後ろの穴に指を入れられて初めて危機を感じたんだ。
「って、ちょっと?! お前何する気だっ?!」
「何言ってんですか。係長がされる側ですってば。何のために今まで気持ちよくしてあげたと思うんですかっ。さぁ、おとなしくしてくださいっ」
「うあっ…! あっ…ちょっ……」
奴の指は巧みで俺の胸の突起や臍の窪みを行き来しては、また違うところに這っていく。俺はその指に戸惑い驚き翻弄されながら後ろの穴を解されて、気が付くと勃起した奴のモノを宛てがわれていた。
「いきますよ」
「えっ…ええっ?! お…まえ、本当に……?!」
夢じゃないのに夢みたいで、俺は袴田に脚を抱えられていて次の瞬間には突っ込まれていた。
「ううっ…! うっ……! うっ! ぅぅっ………くっ………」
何だか得体の知れないものが内部に押し入ってくるっ……。俺はそれを受け入れる立場にいて、袴田はそれを実行する立場にいた。ズブズブと根元まで入り込んだそれは、おとなしくしていてくれなくて、入っては出たりが繰り返される。俺はそれに躍らされて体をくねらせていたような覚えがある。奴のそれが俺の中で爆発してドクドクッと流れ込んで来て………。俺はまたしても射精していたような記憶がある。しかし記憶はそこまでで、海原の船のように揺られ揺られて俺は眠りについていた。
そして目覚めた時、スズメがチュンチュンどころか、太陽は真上にあった。そして隣にいるはずの袴田は当の昔にいなくなっていた。
「夢か……」
そんな変な夢を見て、どうしたことかと体を起こそうとして尻が痛いのにしかめっ面をすることになる。
「痛っ! …………てててっ………」
それでも起き上がって自分の体を見るとそこいらじゅうに赤い斑点があって、それは明らかにキスマークだと分かるものだった。
「うわっ! …何だこれはっ……」
気分は最悪だった。俺は奴に突っ込まれたんだ……。俺は確かに奴が好きだったよ。しかしこういう立場になりたかったんじゃない。反対だよっ。反対。俺が奴にしたかったんだ。見た目じゃ確かにそうなるはずだろっ。
「くっそ………。何で俺がっ………!」
腰を摩りながら立ち上がってトイレへと歩く。その途中キッチンのテーブルに見たことのない紙切れを見つけて立ち止まった。
「何だ?」
手にしてみるとそれは引き裂かれた資料の一枚で、裏側の白いほうにボールペンで乱暴な字が書かれていた。
『後悔はしてません。また来ます。袴田』
「何だ、これは」
俺は後悔してるって言うのに、奴だけが満足してしまっているのがとても許せなかった。「あいつめっ……! 何がまた来ます、だっ! まったくぅぅっ……! 痛ってててて………。トイレトイレっと…」
あいつめっ……! また来たらその時は逆襲だっ! 絶対に逆襲してやるっ!
俺はトイレに入ってそんなことを考えていた。今日から行く会社さえないのに、だ。おめでたいと言えばおめでたいんだが、心の片隅で奴にまた会える手立てがあることに嬉しさを覚えていたのかもしれない。
終わり
20120624
タイトル「触発恋」
片丘哲哉(かたおか てつや)32歳・独身。土田橋商事・係長。部下の失敗をかばい続けたためにリストラに会う。身長178cm・肩幅のあるガッチリ系。そろそろ腹の出具合が気になるお年頃。部屋が汚い。自分のことより仲間を大切にする、ちょっと駄目な奴。しかし笑顔が抜群に素敵。色黒。
袴田武(はかまだ たけし)22歳・独身。土田橋商事・社員。中途入社。片丘の下について二年になる。優男。身長182cm・スラリとしてほどよく筋肉がついているモデル体系。たれ目なせいか、いつでも笑っているように見えるのが最大の武器。自分の意志を貫くことがいいことだと信じている。