タイトル「ため息と心細さと」
君塚喜四郎は、窓の外に広がる校庭を見ながら大きくため息をついた。
「はぁぁ………。今日も雨か……」
雨が降ると憂鬱になるのは喜四郎だけではないのだろうが、喜四郎は雨が降っているから憂鬱なのではなくて、雨が降ると帰る工程が変わってしまうのがちょっと憂鬱なのだ。晴れた日は普通に徒歩での帰宅を選択する。だけどいったん雨が降ってしまうと、それは勝手に取り消されて校門の外に車がお迎えにくるのだ。
歩いても一キロほどのわが家なのにお迎え。しかも車で。などと言うのは、一般の家庭では甘えにしか見られない。それを喜四郎は分かっているから憂鬱なのだ。
「きっと今日もいるんだろうな……」
車は一人では勝手に迎えになど来ない。それを動かしている奴が必ずいるのだ。それは一般家庭では執事じゃないことは確かだ。
「ふぅ……」
もう一度軽いため息をついた喜四郎は、いつまでもここにいるわけにもいかずに席を立つと下駄箱に向かった。
下駄箱で靴に履き替えていると、雨なのでバスケ部が廊下で練習をしていた。その中に知った顔を見つけると片手をあげてそのまま横に振る。友達の共四郎だ。奴とは名前が四郎と言うことで入学早々から友達になっていた。顔も性格も何にも似てないし、共通点がないのに友達と言う珍しい友達だ。彼は喜四郎よりも背が高くて顔も堀が深くて外人っぽい男前だ。それに比べると喜四郎は細っこくて顔も生粋の日本人顔だった。お互いに無い物ねだりかもしれないが、お互いを羨ましく思っていた。
「今日もお迎えか?!」
「ぁ、うん……」
共四郎が駆け寄ってくる。喜四郎は苦笑しながら答えたが、それを非難しない共四郎だからこそ笑えたのだ。
「そんなに嫌がるなよっ!」
「普通嫌だろっ。俺、もう高校生なのに」
「いいじゃん。時間に余裕があるんだから来てくれてるんだろ? 有効に生かせよっ」
「………お前にこの立場譲りたいよ」
「ははっ! 俺も譲られたいよっ」
ケラケラッと明るく笑う共四郎を見ていると、他の生徒の陰口とかが気にならなくなる。みんなが言っているのは重々承知だからちょっと片身が狭かったりするのだ。喜四郎は共四郎と別れると傘をさして校門に向かった。いつものごとく彼の愛車である真っ赤な可愛らしい車がちょこんと待っていた。中から手を振ってくるのは、若い父・喜三郎だ。今年で三十六だが、どう見ても若いので二十代にしか見えない。そのために兄弟もしくは恋人とかとよく間違えられる。そのつど説明や弁明をするのが面倒なので、疑いのまなざしで見る人はそのまま放置している。
「毎度毎度ご苦労様」
俺のことは放っておいてくれてもいいよと言うつもりで言うが、相手はそんなこと感知せずにニコニコ顔で「なに、気にすんなっ!」と上機嫌だ。
「ふぅ」
彼が喜四郎をここまで過保護にするには、それなりのわけがあったのだ。だが当の本人である喜四郎には覚えがなくて、彼の行動を止めることが出来なかったのだ。喜四郎は自分が覚えてもいないほど小さいころ、誰かにつれ去られているのだ。一週間ほどで無事に帰ってきたのだが、それ以来父親は気が気ではないと言うのが本当のところだ。小学校のころは晴れててもお迎えが常にあり、中学になってからは今と同様雨の日だけになった。何故雨の日だけなのか。それはつれ去られたのが雨の日だったからだ。喜三郎にはそれがトラウマになってるらしく雨になると機嫌が悪くなることがある。でも、こうして喜四郎を迎えにくることでそれが解消されているのだ。だからこのお迎えはどちらかと言えば喜四郎のためと言うよりも喜三郎のためのお迎えでもある。それを回りに分かってくれと言い回る気がない喜四郎は胸の中にうっぷんがたまりつつあったのだ。
「今日は楽しかったか?」
「普通だよ」
「高校は一番楽しい時だからな。もっとお前も部活に入るとかしたらどうだ」
「いいよ。興味ないし」
「そうか……。こんなに俺が迎えにきてるのが嫌か?」
「そんなこと言ってないだろ」
雨の日は喜三郎の憂鬱さに拍車がかかる。喜四郎は自分のうっぷんはどこで晴らしたらいいんだろう…と思いながらも彼をなだめにかかった。
「父さん」
「父と呼べ」
「どっちでも同じだからいいじゃん」
「いや。俺は父がいいっ」
「…………父。今日は薬飲んだ?」
「ああ。さっき飲んできた」
「じゃあ今日は寝るまで飲んじゃ駄目だよ?」
「分かってる」
気分を高揚させる薬。雨の日だけ飲まなきゃいられなくなる薬は、喜四郎のお迎えとセットだった。男手ひとつで育ててくれた彼に喜四郎は感謝していた。だけどこの紙一重の気分の落ち込みように喜四郎は時に彼の母親みたいになることがあった。不安な時は抱いてあげて、寝る時も添い寝とかをする。胸を弄られたり股間に手が忍び寄ってきたりすることもあったりして気が気ではない睡眠を強いられるのだ。
いったい誰と間違えてるの?
聞きたいけど聞けない。聞いてはいけないような気がしていた喜四郎は今日も彼を抱きながら眠りにつくんだろうな……と車外の流れる景色を見つめながら思ったんだった。
好きだよ、父さん。
タイトル「溜め息と心細さと」
20010626
裏設定として
ちょっと病的な父親。この人は昔付き合ってた男(離婚後付き合った)に自分の子どもを誘拐されてしまうと言う過去を持ってます。
子どもを取るか自分を取るか、なんて馬鹿な天秤をかけられて傷ついてしまった人です。
で、誘拐された本人が今回の主人公ですが、彼はそんな細かいことは知りません。
けど自分の親は傷つけたくない。友達についても、まだ自分の気持ちに気がついてない日常の一片物語です。